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楼主 |
发表于 2008-4-11 12:44:15
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【二】
騎馬群がとまった。十三騎であった。
それが、どの馬も漆黒なら、鞍も手綱も黒く、乗り手の羽織、袴、刀の鞘もことごとく真っ黒だ。ただ猟師のかぶるようなからむし[#「からむし」に傍点]で作った頭巾で頭をつつんでいるが、まるで闇から湧き出したような一隊であった。
「――|伯《お》|父《じ》|御《ご》!」
城太郎は絶叫してはせ寄り、その馬の脚にすがりつかんばかりにした。
「おなつかしや、伯父御、かようなところでお逢いしようとは。――」
「と、ききたいのはおれの方だ。うぬこそ、こんなところでなにをしておる?」
と、馬上の影は野ぶとい声でいった。
「しかも、どうやら、怪我をしておるようではないか」
伊賀の首領、服部半蔵であった。
服部家はふるくは平氏の一門で、源平時代から伊賀国服部郷を領する豪族であった。代々、しだいに勢力をひろげ、いまでは伊賀一円、北の甲賀までの谷々を|統《す》べる一族となっている。この半蔵は、城太郎の伯父にあたり、このころ三十半ばの壮年であった。のちに彼は徳川家康に仕え、いわゆる服部党の頭領として、八千石の服部|石《いわ》|見《みの》|守《かみ》となる人物であるが、このころは家康もまた東海の一大名にすぎず、服部もまたさらに小さな伊賀一国をひそと護る一豪族でしかなかった。それでいて、ときの権力者、細川家とか三好家とか、あるいは松永弾正らの完全な支配からわずかにまぬがれていたのは、錯雑した山脈にかこまれているという地の利のほかに、この一門に古来伝わる忍法の秘技と、鉄のごとき団結以外のなにものでもない。
「伯父上、城太郎をお救い下され」
「どうした」
笛吹城太郎は、地べたに這いつくばってしゃべり出した。ときどき、子どものようなすすり泣きをまじえながら。
堺の傾城町|乳《ち》|守《もり》の里の遊女篝火と恋したこと、彼女と手に手をとって駆け落ちしたこと、彼女を忍者の妻にふさわしい女にするために、吉野の山中へつれていって、じぶんの力の及ぶかぎりきびしい忍法の修行をさせたこと、ようやくこれならばという段階に達して、伊賀へかえろうとしたこと、しかるに、はからずも奇怪な七人の根来僧に篝火を奪われたこと、篝火の死霊の知らせにより、彼女が松永弾正の|信貴山城《しぎさんじょう》で殺され、辱しめられたことが判明したこと、七人の根来僧は弾正の家来で、音にきこえた幻術師果心居士直伝の弟子らしく、超人的な忍法の体得者であること、その七人の忍者僧と、たったいまそこの般若野でたたかって、ひとりは斃したものの、あと六人に追われてここまで逃げて来たこと。――
「はからずも、服部一党にここでめぐり逢ったことこそ天の配剤、もはや城太郎は千人の味方を得たも同様です」
城太郎の眼はきらきらとかがやいた。
「みなの衆、いってあの根来僧どもを討ち果たして下され、こういっているあいだにも、きゃつら追ってくるでしょう。ここでとりつつんでみな殺しにし、おれの女房、篝火の敵を討って下され!」
「おれの女房、とは誰のゆるしを得たか?」
冷たい声がふって来た。はっとして見あげると、からむし[#「からむし」に傍点]頭巾の中から、寒夜の星のような眼がひかって、彼を見すえている。
かつて城太郎が見たことのない伯父半蔵の眼であった。いや、彼は知らぬことはない。服部党で掟を破った人間が出た際、断罪の座に出たときに見た厳格きわまる首領の眼だ。
「一年前、おれの用件で堺へやったうぬは、そのまま帰らなんだ。それすらゆるせぬ過怠であるぞ。そのうえ、傾城町の売女と逐電したなどと――ようも、ぬけぬけとおれのまえで申した」
城太郎は蒼白になっていった。それこそ、伊賀へ帰る途中、彼の胸をふるわせていた恐れだ。そのことを、篝火を殺された哀しみのあまり、また伯父に対する甘えのあまり、いま彼はうっかりと忘れはてていたのであった。
からだも心も硬直して、大地に伏した城太郎は、このとき騎馬のうち、二人が音もなく馬からとび降り、左右にわかれて前方へ駆け去ったのを見なかった。
「あまっさえ、うぬの勝手に女房とした女が殺されたからとて、松永家の家来を討ってくれだと? いま、松永家と争えば、服部一族をどのような運命が見舞うと思うか。うぬのような小せがれ一匹のために、伊賀一国を犠牲にするわけにはゆかぬ。それくらいのことがわからぬか、この大たわけめ」
声の鞭は、雨とともに城太郎を打ちつづけた。
「掟に叛いた馬鹿者、成敗してくれる」
そのとき、丘の中腹あたりで、獣のような凄じい絶叫が起こった。――服部半蔵はそれに耳のないもののようにつづける。
「とは思うたが――さような目に逢うてなお一党にすがりつくうろたえもの、みれんものには、成敗の刃もけがれる。小せがれ、うぬひとり、勝手にさらせ」
馬上にあった服部一党が、このとき闇夜になにを見たか、丘の下を見下ろして、いっせいに「おおっ」とうめいた。
半蔵がふりむいた。
「なんだ」
「ひとつ、丘の中腹から、傘が飛びました」
「傘が?」
「それが、傘の上に、血みどろの人間の|屍《かばね》をのせたまま、クルクルと丘の下へ舞いおちていってござる」
先刻、駆け去ったふたりの伊賀者が、息をきらせて駆けもどって来た。
「お頭、|風閂《かざかんぬき》を張ったところ、法師らしきものがかかって、先頭のひとり、たしかに両断されましたが」
「うむ」
「別のひとりが忍び寄り、その屍体をひらいた傘にのせ、屍体もろとも傘をとばして、丘の下へ逃げ下りていってござる」
服部半蔵はしばし沈黙した。
風閂――とは、伊賀に伝わる秘法の一つだ。ただひとすじ、ながい髪の毛を張るのだが、これに触れた人間は、|鋼《はがね》にかかった魚のごとく切断される。根来僧が追ってくる、ときいて、しばしの問答に邪魔が入ることをいやがった半蔵が、眼の合図をもって、配下の二人にその死の哨戒線を張らせたのであった。――闇夜に張られたひとすじの髪、ようやくそこまで追ってきた法師らも、さすがにこれには気がつかなかったとみえて、たちまちその一人が血祭りにあげられたものと思われる。
しかし、その屍骸を仲間が傘にのせて運び去ったとは?
「果心居士の弟子だと申したな」
夜目にも蒼いものがすうと面上を吹きすぎたが、すぐに厳然たるまなざしを地にもどして、
「城太」
と、呼んだ。
「その法師ら、ことごとく、うぬ一人の手で討ったら、伊賀へかえるをゆるしてやろう」
「は、はいっ」
「服部一党は、指一本、貸さぬぞ」
「はいっ」
大地に這いつくばった笛吹城太郎ひとりを残して、黒衣の騎馬隊は、粛々としてうごき出し、やがて一陣の黒いつむじ風のように丘を駆け下っていった。――伊賀へかえるのだ。
――それにしても、服部一党は、いまごろどこへ旅しての帰途であろう? そんな疑問は、城太郎の胸に思い浮かばなかった。――そんなことは、彼にとってなんのかかわりもないのだ。
笛吹城太郎は、ただひとり雨の丘に残された。 |
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