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[好书连载] [山田風太郎] 忍法帖系列~魔界転生 上

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发表于 2008-5-8 11:29:17 | 显示全部楼层 |阅读模式
山田風太郎忍法帖6
   魔界転生 上
[#地から2字上げ]山田風太郎 著



  目 次
 地獄篇第一歌
 地獄篇第二歌
 地獄篇第三歌
 地獄篇第四歌
 地獄篇第五歌
 「敵」の編制
 故山の剣侠
 |黄泉国《よみのくに》
 |黄泉坂《よみのさか》
 やるか
 ゲームのルール
 |西《さい》|国《ごく》第一番|札《ふだ》|所《しょ》
 岸打つ波

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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:29:52 | 显示全部楼层
案内しながら、小笠原の侍|内《ない》|藤《とう》|源《げん》|内《ない》がすこしきげんが悪かったのは、足かけ五ヵ月のいくさがやっと終わって、|朋《ほう》|輩《ばい》とともに勝利の盃をあげようとしたところを、面倒な風来坊のためにその盃をとりあげられたということもあるが、この相手がどこか気にくわないせいもある。
 どこが気にくわないのか、じぶんでもよくわからない。
 年は三十三四であろう。――いや、ひょっとしたら、もっと若いかもしれない。髪を総髪にし、色白で、態度は軍師のように荘重だが、眼は若者のようにかがやき、よくうごく。しゃべり出すと、意外に|愛嬌《あいきょう》がいい。
 が、内藤源内がちょっと面白くなかったのは、浪人と名乗りながらこの男が、黒羽二重の衣服に|繻《しゅ》|子《す》の袴、こうもり羽織という、このまだ血と硝煙の匂いの残っている場所にふさわしくない、ふさわしくないどころか人をくったいでたちをしていることで、いま本人もぬけぬけといくさの見学にきたといったが、いったいこの天下の大乱をどう思っているのか、服装のみならずその|口《こう》|気《き》にも、愛嬌のいいわりに、どこか人をくっているところがある。――そんな点に反発をかんじていたのかもしれない。
 それくらいなら、はじめからはねつけてしまえばいいものを、この由比民部之介という男には、二三語、押し問答をしているうちに、フラリと相手をじぶんの註文にのせてしまう奇妙な呼吸がある。――
 で、内藤源内はつい彼の案内に立ちながら、仏頂面をして、
「かりにも軍監への面会者だからひき合わせるが」
 と、いった。
「新免武蔵どのは、小笠原家に仕官なされておるひとではないぞ。いわば、臨時やといの軍監じゃ。そのつもりで逢った方がよろしかろう。――」
 この浪人が、もしや新免武蔵を|手《て》|蔓《づる》にして、小笠原家に|禄《ろく》を得ようと志してもそれは無駄だ、と|釘《くぎ》をさしたのである。
「ほ、では客分でござるか」
 と、由比民部之介は案外な顔をした。
「客分、というほどでもない。――武蔵どのはあのお年になって、いまだ諸国を|乞《こ》|食《じき》のようにさまよっておられるらしいが、小倉には数年にいちどのわりで現われなさる。それ、例の|佐《さ》|々《さ》|木《き》|小《こ》|次《じ》|郎《ろう》をたおした船島が当藩にあるからよ、当人も、小倉にくるのがいちばんなつかしく、また肩身がひろいらしい。――とはいえ、あれはもう二十数年も昔、また小倉も当時の細川の代からわが小笠原に変わって六七年になる。べつに、さしたるあしらいもせなんだところに、このたびの乱が起こった。――」
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:30:26 | 显示全部楼层
仏頂面をしていた源内は、新免武蔵のこととなると、急に|饒舌《じょうぜつ》になった。しゃべらずにはいられない対象であるらしいが、しかし好意の感じられない|語《ご》|韻《いん》であった。
「すると、武蔵どのが是非参陣したいとおしかけて申される。ほかのときではない、ともあれいちじは世にきこえた剣客、いくさならば使いようがあろうと、一応軍監の名目で加わってもらったが」
 源内は肩をすくめた。
「何の役にも立たなんだな」
「そんなことはありますまい」
「貴公、このいくさを見ていたとあれば、寄手の難儀ぶりの一通りではなかったことは知っておろう。たかが百姓一揆、とたかをくくっていたが、どうしてどうして、きゃつら、殺しても殺しても、クルスとやらをささげ、魔軍のように刃向うてくる。たびたびの夜襲は神出鬼没、十二万余の寄手が顔色を失って逃げまどったことさえあった。もっとも、城に籠っておったのは百姓ばかりではない、敵にもなかなかの軍師がある。天草四郎という小わっぱの知恵ではあるまい、たしか森宗意軒とかいう豊臣方の遺臣が采配をふるっておるときいた。――」
 海風がつよくなり、|吐《はき》|気《け》をもよおすような匂いがいよいよ濃くなった。
「とにかく、それを見ながら、武蔵どのは、何をするというでもない。あの音にきこえた二刀流とやらをふるって敵を|斬《き》りちらすどころかよ、まるで石ころのように座っているばかり」
「なんぞ、ふかいお考えでもあったのでござりましょうか」
「といって、べつに兵略軍法を進言するというわけでもない。なんのための軍監か、わけがわからん。……もっとも臨時やといの軍師にうごかされるわが小笠原藩でもないが。――ともあれ、いくさは終わった。武蔵どのも、まずこれでおはらい箱じゃな」
 波の音がしだいに高くなった。原城の北方の島原湾沿いに布陣している小笠原軍であった。
「感心したのは、江戸から救援にこられた老中の松平伊豆守どのだ。あのお方は政務に練達のおひととはきいておったが、兵法の達者とはきいたことがない。しかるにそのお方が総大将となられるや、いままでてんでんばらばらであった諸大名が、まるで|織《は》|機《た》のようにうごき出した。――」
「知恵伊豆、と申される」
「それを、如実に見たぞ。要するに、もはや戦国時代の軍略兵法はあまり用をなさんな。ましてや古怪な剣法のごときをやだ。いわゆる剣豪、などというものは、これからさきは、いくさにおいても|案《か》|山《か》|子《し》同様だ、ということがわかった。……お、あそこだ、新免武蔵どのの幕屋は」
 ふいに内藤源内は、声をひそめて、かなたを指さした。

長い攻撃戦であったので、寄手もそれにそなえて、たんなる野営ではない、本格的な陣屋をつらねていたが、そこの海ぎわにぽつんとひとつ離れて、小さなむしろ張りの小屋があった。海から吹く風にむしろがめくれて、粗末な燭台にあぶら皿の火がゆらめいている。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:31:17 | 显示全部楼层
【二】

「わしはここで帰る。貴公、ひとりでゆけ」
 と、源内はいった。冷淡といえばいえるが、それより妙にしりごみした気配であった。声をひそめて、
「ところで、いまわしがいった武蔵論、これは告げ口せんでくれよ」
 逃げるようにひきかえしてゆく内藤源内を見送るのも忘れて、由比民部之介はむしろ張りの小屋をながめた。
 五十なかばとみえる男がひとり、灯の下に座って、黙々と何やらけずっていた。ひざの上から、むしろにいっぱいの|木《き》|屑《くず》がちらばっている。
 横顔が見えるだけだが、たかく飛び出したかん骨の下は、えぐりとられたように|頬《ほお》がこけて、それに|髯《ひげ》がまばらに生えて、渦をまいていた。あかちゃけた髯であったが、ところどころ白いものもひかっているようだ。髪はちぢれっ毛で、さかやきをぼうぼうとのばしていた。その頭をうつむけて、まるで内職でもするように、彼はいっしんに作業をつづけているのであった。
 ――何を作っているのか?
 なぜということもなく、足音をしのばせてちかづきながら、由比民部之介はくびをのばしてのぞきこんだ。
 ――|櫂《かい》らしい。
 と、民部之介は見た。
 すぐそばの海辺からひろって来たものであろうか。たしかにながい一本の櫂を彼はけずっている。どうやらそれは木剣のかたちに変わりつつあるようだ。
 卒然として民部之介は、その男がまだ若かったころ、豊前の船島で佐々木小次郎という名剣士と決闘したとき、舟の中で櫂をけずって木剣とし、これを武器としたという話を思い出した。
 これはこの男のくせであろうか。それとも。――
 海鳴りの音がきこえる。それとも――その潮の声にさそわれ、二十何年かむかしのあの劇的な試合を思い出すよすがとして、またもそんなことをはじめたものであろうか。
 ふと、民部之介は、この人物にあわれみにちかい感情をおぼえ、
「先生」
 と、呼んだ。
「新免先生」
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:31:51 | 显示全部楼层
男は、ふりかえりもしない。仕事に没入しているのか、放心状態なのか。それとも耳でも遠いのか。
 遠くちかく、海鳴りと、それにまがう|波《は》|濤《とう》のような酒歌のかちどきをよそに、孤影、惨たり、「それから」の武蔵。
 それでも、由比民部之介は、むしろ小屋の入口に手をつかえた。
「宮本武蔵どの、ここにおわすと承り、是非門人としていただきたく、はるばる江戸から浪人由比民部之介参上つかまつりました」
 武蔵は手も休めず、ちらっとこちらをふりむいた。
 一瞬、由比民部之介は、茶金色の|光《こう》|芒《ぼう》で面を射られたような感じがした。
 が、はっとまばたきして見返したときは、いまの一べつは錯覚ではなかったかと思われるほど、武蔵は何事もないかのように櫂をけずりつづけている。
「先生」
 と、民部之介はまた呼んだ。
「宮本先生がほとんどお弟子をとられぬことはうけたまわっておりまする。それは……おそらくなみの人間が先生の御|鉗《けん》|鎚《つい》に耐え得ぬからでござりましょう。さりながら、この由比民部之介はちがいます。およそ人間のなし得ることを、なし得る極限まで、あえてなしとげてみたいと、この年まで仕官もいたさず修行しておる者です。鈍骨ではござれど、われに七難八苦を与えたまえ、と、神仏に祈っておる者です。宮本先生、よっく拙者の顔をごらんくだされい」
 顔をあげた。|白《はく》|皙《せき》のひたいに、自信の炎が燃えしきっている顔であった。決して鈍骨などといった眼つきではない。知恵と敏捷と好奇心と野心のひかりにキラキラとひかっている瞳だ。
 武蔵は答えない、黙って木剣をけずっている。
「ただいま小笠原の家来から、先生のことをうけたまわりました。恐れながら、彼らは決して先生を買ってはおりません。いや、先生の使い方を知らないのです。あ、これは失礼、先生の御真価を知らぬのです。彼らは剣のみを以て武蔵先生を判断しようとしておる。しかし、拙者の見るところでは、先生はさらに大きなものをお望みでござる。民部之介のこの眼にまちがいはござりますまいが」
 武蔵は、無表情というよりむしろ|沈《ちん》|鬱《うつ》な横顔をみせて、黙々と手をうごかしている。ただ白い木片がはねとんで、かすかな音をたてている。
 いちど、むっとして、
「しかも、|郎君独寂漠《ろうくんひとりせきばく》。――」
 と、気をとりなおした様子で、いっそう愛嬌にみちた笑みを片頬によどませた。
「それは、先生御自身にも責任がござりまするぞ。お見受けしたところ、先生はあまりに孤高|峻峭《しゅんしょう》、人をして容易に近づくをゆるさざる秋霜の気を発し――発しすぎておられるようです。孤掌鳴りがたし、天下になすあらんと望まれるならば、もうすこし御身辺に春風を漂わせられることが必要でござる」
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:32:16 | 显示全部楼层
こう臆面もなくずばりと切りこむのが彼の独壇場だ。どんなにかまえている人間でも、初対面から彼のこういうなれなれしいもののいい方に逢うと、ふっと虚をつかれたような表情になり、そして苦笑する。
「拙者、先生のために春風の役を相つとめましょう。きっと先生を売り出してごらんにいれる」
 そのすきに、するりと彼は相手の腹中にすべりこむ。
「そもそも宮本武蔵どのともあろうお方が、たかが十五万石の小笠原藩などにちぢこまっておられるのがおかしい。いや、先生も御本心ではありますまい。拙者ですら――拙者はさきの征討使板倉内膳正どのの知遇を得て、かくのごとく陣中往来の鑑札をいただいているほどでござりまするが、それでも板倉家ごときに仕える気は毛頭ござらなんだ。拙者のねらっておるのは、ただちに幕府そのものです。とはいえ、無名若輩の拙者には、なかなか一足とびにこれはむずかしい。そこで、先生を旗としてかかげたいのです。十分先生は旗となり得るお方です。事実、先生は、そのようなお望みと自負を抱いておられたものと拙者は見ておる。いや、こう申せば先生を御利用するだけのことと思われましょうが、決してそうではない、先生を|劉邦《りゅうほう》|劉備《りゅうび》とするならば、拙者は|張良《ちょうりょう》|孔《こう》|明《めい》。――」
 弁舌さわやか、長広舌である。最初のしおらしい弟子志願の口上などはどこへいったのか。
「お笑い下さるな、これでも拙者ひそかに、張孔堂、と号しておる者です。お笑いになりましょうが、先生、いちどだまされたと思うて、この民部之介をお手もとにお使いになって下されませぬか、少なくとも先生にないものが、この拙者にはある、そう御納得になるでござろう。――いや、お笑い下さるな」
 武蔵はニコリともしない。黙って、ひざの上の櫂をにゅうと向こうへさしのばした。それはもはや、あきらかに木剣のかたちをしていた。
 むしろの隅に、七八本の筒切りにした|孟《もう》|宗《そう》竹がころがっていた。この老剣士は、彫刻とか細工物の余技があるとみえて、それは花生けにでもしかけた案配であったが、その一本を、きれいな反りをみせたその木剣のはしでおさえた。
 ぴしっ――という音がした。
 由比民部之介の眼は、かっとむき出された。
 かるくおさえたと見えただけなのに、そのふとい孟宗竹が木剣のさきで籠みたいにピシャリとひしゃげたのである。
 はじめて武蔵は、こけた頬をつりあげて、きゅっと笑った。作りつつある木剣を、まずこれでよし、と見た会心の笑いであろう。いままでの民部之介の|饒舌《じょうぜつ》など、ほとんど耳にも入らなかったように思われた。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:32:52 | 显示全部楼层
そして武蔵はその木剣を頭上にふりかぶり、真一文字にふりおろした。むろん、素振りだ。かつ、民部之介とは反対の方角にむかってふりおろしたのである。――が、それは空気を|灼《や》き切るような凄絶なうなりを発して、入口に座っていた民部之介が、見えない突風に吹かれたようにのけぞった。
「お師匠さま」
 そのとき、外で少年の声がした。
 ピタピタと草履をはねあげる音が走って来て、可愛らしい声がまた呼んだ。
「お師匠さま、城からだれか――ヘンな|爺《じじ》いと女がふたり、海へ逃げてくぜ」
 むしろ張りの小屋のすきまを通す灯影の中に、ひとつ小さい影があらわれた。
 見れば、十ばかりの少年だ。つんつるてんの着物をきて、かっぱみたいな髪をして、じぶんの背丈くらいもある木剣を腰にさしている。
 それが、素足に大人の草履をはいて|駈《か》けてきて、
「お師匠さまっ、寝てるのかい」
 といいながら、ヒョイと入口に座っている民部之介を見たが、べつに|挨《あい》|拶《さつ》をせず、
「なんだ、起きてるじゃないか。――たいへんだよ、落武者だよ、みんな追っかけてくよ」
 と、息はずませていった。
「ほう、まだ城に生きていた者がおったか」
 と、武蔵ははじめてこちらにむきなおった。
「しかし、追手が出たというなら、それでよかろう」
「それが、なんか敵の大将とかいったぜ」
「大将?」
 武蔵はくびをかしげた。
「まさか、天草四郎ではあるまいが」
「おいらが城のうしろをあるいていて見つけたんだ。ヘンな爺いとふたりの女だよ。それでお侍衆を呼んできたら、しばらくして、だれかが――ありゃ森宗意だ、森宗意軒だ――って、しめ殺される鶏みたいな声を出したぜ」
「なに、森宗意軒?」
 武蔵より、由比民部之介が、しめ殺されるような声を出した。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:33:13 | 显示全部楼层
森宗意軒――それこそは敵の首脳のひとりだ。いったいこんどの乱の首謀者は、小西行長の遺臣たちであるといわれ、それらが作戦の指揮をとっていたことはあきらかだが、なかでも森宗意軒という名が寄手に|妖《よう》|異《い》のひびきをおびて知られていたのは、乱の起こるまえ、首領の天草四郎という少年が、さまざまの神秘的な――たとえば、キリシタンの|呪《じゅ》|文《もん》とともにみるみる暁に西の空を夕焼けとしたとか、天から鳩を呼び、掌上で卵を生ませ、卵の中からキリシタンの経文を出したとか――余人には容易に信じられないことだが、キリシタンでない一帯の百姓たちもたしかにそれを見たといい張ってやまないのだが、そんな行為をするとき、必ずそばに枯木のごとき老人が侍立していて、それが森宗意軒という人物であったといわれていたからであった。
 しかし、その森宗意軒も、おとといたしかに討たれたはずだ。石火矢をかけられ、炎上した原城の断末魔であったから、顔もわからぬ焼死体も多かったが、とにかく|蟻《あり》の|這《は》い出るすきもない攻囲の中にあって、しかも徹底的な|掃《そう》|蕩《とう》|戦《せん》の結果、女子供をとわず三万七千の叛乱軍は一兵もあまさず|殺《さつ》|戮《りく》されたはずだ。
「はて」
 武蔵もいった。
 ぬうと起つと、六尺にあまる長身であった。その影が民部之介を無視して、つかつかと大股に小屋の外へ出ていって、
「伊太郎、案内せい」
 そういったとき、少年はもう三間も先を走っていた。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:38:46 | 显示全部楼层
【三】

 夜風をついて|駈《か》ける少年を武蔵は追う。
 それをまた由比民部之介は追いながら、ふとこの新免武蔵という人間が、壮年時から弟子らしい弟子をとらず、ただ時に童子を拾って、これをつれて歩いたという逸話を思い出した。……いまの少年もそれであろうが、ともかく一時あれほどの剣名をはせながら、一風変わった、へんくつですらある、民部之介などからみると判断に苦しむ武蔵のくせだといわなければならない。
 夜風は生あたたかく、潮気をおびていた。……かつ、それに異様な匂いがまじる。
 小笠原の陣は、原城の北方にあった。だいたい、この城は北をのぞいて三方が断崖と海で、その北方も一帯の潮田、沼田で、そのために幕府軍が難戦したのである。その海ぎわの道ともいえない道を、少年と武蔵は駈けていった。
 いや、武蔵は大股に歩いているだけだが、五十なかばとは思われぬ足の速さである。やせてはいるが、骨太で、みるからに|強靭《きょうじん》だ。民部之介は息が切れた。
 一帯の沼田には、刀、槍はもとより盾、竹束、材木、|土《ど》|嚢《のう》、旗差物、そしてまだ死体までが散乱して、これが道を作っている。そのかなたにもはや焼けつくしたであろうに、原城のあとが、ドンヨリと魚のはらわたに似た赤い火照りを夜空にあげていた。
 左手に海が見えてきた。星はないのに、それは黒々とうすびかって、うねっていた。
 南風がはげしくなるとともに、潮風にまじる異臭はいよいよ鼻をついた。もう護る兵もいないいくつかの焼けこげた木戸や|柵《さく》を通る。
 もはや岩だらけの場所を通って、城の裏手にまわる。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:39:05 | 显示全部楼层
武蔵と少年がそこに立ちどまっている。とみるまに、ピタと地に伏した。民部之介はやっと追いついた。
「どうしたのでござる」
「――しっ」
 と、はじめて武蔵が彼を相手にひくい声を出した。武蔵は、じっと前方に眼をすえていた。
 民部之介も、あわてて地に|這《は》いながら、眼をあげて――いま「しっ」と制されたのに、思わず「ああ」とうめき声をあげていた。
 すぐうしろにそそり立っている城の断崖の下から海へかけて、死体の荒野だ。いや、ここにそんな荒野があったわけはないから、おそらく海――少なくとも荒磯だったところであろう。そこが死体で埋めつくされているのだ。
 月もなく、もとより火影はないのに、一帯にただよっている蒼白い微光はなんであろう。……ここらの海で名高い|不知火《しらぬい》か、それとも――|冥《めい》|府《ふ》にもえるあの鬼火というものではあるまいか。
 それで、気がつくと、首のない死体が多い。落城とともに前代未聞の大虐殺を受けた|一《いっ》|揆《き》軍は、すべて首をはねられて、城外に立てならべた青竹一本ずつにかけられたからだ。……その数三万七千。そして、あと首のない死体は、ことごとくこの断崖の下へ投げおとされたのだ。
 三月一日の夜であったが、これはいまの暦でいえば四月のはじめである。それに春の早い九州の島原である。民部之介は、先刻小笠原の侍が「死体が腐っておるのだ」といった言葉を思い出した。吐気のするような匂いのもとはこれであった。ひるまから地肌もみえぬほどのおびただしい蠅の発生地はここであったのだ。
 コ、コーン。
 どこかで、木と木のふれる音がした。
 |鬼哭啾々《きこくしゅうしゅう》[#電子文庫化時コメント 底本のルビは繰り返し記号=大返しを使用。以下同様]。――いや、その声すらもないこの死の世界に、あの物音は?
 民部之介はぎょっと眼を凝らして、死体の荒野の果てに、小さくうごいている者をおぼろに見た。
 三人だ。――たしかに少年が告げた通り、具足をつけた白髪の老人と、白いきものをきた女ふたりが、死体の尽きるところ、海のきわで働いている。
 武蔵が、這ったまま、じりっ、じりっ、とうごき出した。
「どうした」
 と、きいている。
 はじめて民部之介は、すぐちかくに生きている人物がいることに気がついた。
「……恐ろしい奴だ」
 と、あえぐような返事がした。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:39:38 | 显示全部楼层
「九人、追いかけて、三人殺された」
「……あの老人にか?」
「あの老人に」
 生きているのは、二人の侍だった。さっき少年が、落武者を追っていった侍たちがあるといったのはこれであろう。――見わたせば、いかにもほかにそれらしい影はない。
「生き残った者のうち、われわれを除いて、助けを求めに陣の方へかけもどっていった……」
 侍がつづける。歯がカチカチと鳴っている。むろん、そばに来ているのが新免武蔵とは知らないらしい。
「あと、われわれが見張っておるのだが……」
 コ、コーン、コーン、とまた木の音がきこえた。
「あれは何をしているのだ」
「落ちてきた木、流れついた木で、|筏《いかだ》を組んでいるらしい」
 老人と、白衣のふたりの女は、必死にうごいていた。生きている者があろうとは思えない原の城から、忽然とあらわれた三人は、いまや筏を作って海峡のかなたへ逃げようとしているのであった。
「……あれが、森宗意軒?」
「知っておる奴があって、そういった。いった奴は殺された……」
「刀でか?」
「いや、|鎖《くさり》じゃ。鎖のただひとなぎで、三人がいちどに頭をたたきつぶされた……」
 そのとき、背後から黒いつむじ風のようなものが駈けてきた。十数人の武装した一団であった。
「どこだ、落武者は?」
「もはや、逃げたか? ――いや、逃げられぬはずだ」
「その|妖《あや》しき|爺《じじい》と女はどこにおる?」
 血相変えて、大声でわめく。
「あそこだ!」
 と、見張っていた男が指さすと、追跡隊は武蔵などには気がつかないふうで、死体の海を踏んでその方へ駈けていった。
 老人と女がふりむいて、立ちあがるのが見えた。
 からだに具足だけはつけているが、それが重げにみえるほどやせこけた影であった。ただ漂う|燐《りん》|光《こう》に、頬からあごにかけて吹きなびく|髯《ひげ》が銀のようにひかって見えた。
 左右をふりむいて、何かいったふうである。そして老人は一刀をぬきはらった。
 いちど立ちあがった武蔵がそのままうごかなくなってしまったのは、そのときふたりの女が、思いがけぬ行動に出たからだ。――殺到してくる武者たちを迎え、ふたりの女は、きていた白いきものをみるみるぬぎ出したのである。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:40:08 | 显示全部楼层
あきらかに若い――一糸まとわぬ雪のような|裸形《らぎょう》がそこに立った。
 老人は刀をふるった。なんと、敵にではなく、そのひとりの女の胸から腹へかけて、縦に|刃《やいば》を走らせたのである。
 まだ三四間の距離にあるのに、さすがの武者たちもたたらを踏んで立ちどまった。
 女のぬめのような胸から腹へ、黒いすじが走った。血がにじみ出したのだ。とみるまに、そこから八方に、あきらかに血ではないひびみたいなものが入って、それが網の目のようにひろがった。
「あーっ」
 悲鳴をあげたのは、女ではない。武者たちだ。
 そこに彼らは、実におのれの眼を疑う光景を見た。女のからだが裂けたのである。割れたのである。はじけたのである。全身の網目から白い皮膚が卵の|殻《から》みたいに|剥《は》げおちて、その内部から、べつの人間がニューッと現われてきたのである。
 むろん、はだかの人間だ。それが女のからだを押しわけるように現われて、なおふくれあがってきたところを見ると、男であった。髭すらはやし、筋骨たくましい壮年の男の裸身であった。……何が、どうなったのかわからない。彼を「|孵《ふ》|卵《らん》」した女は、皮膚の残骸に似たものを枯葉みたいにその足もとに積んだようだが、どこに消えたのかわからない。
 もうひとりの女が、地におちていたかいどりと刀をひろって、彼にわたした。
 老人が化鳥のような声で何かさけんだ。
 その男は、肩からかいどりを羽織り、手に一刀をひっさげて、フラフラと夢遊病者みたいにこちらに歩いて来た。
「来い。――来い。――地獄へ来い」
 と、彼はいった。地からわき出すような声であった。
 ……この世に起こり得ることではない。
 追撃してきた武者たちは、武者人形の一隊と化して、そこに凝然とかたまっているだけであった。二三人、ズルズルと、死体の上に座ってしまった者もある。
「来い。――来い。――地獄へ来い」
「卵生」してきた男はまたいった。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:40:27 | 显示全部楼层
すると、四五人の男が泳ぐようにすすみ出た。――これが、勇気をもって立ち向かっていったものでなく、魔につかれた行動であったことはすぐにわかった。
 まるで吸いこまれるように近づいていった彼らが、その男の周囲をめぐり、もつれかかるように見えたが、たちまちひらめく白刃に|斬《き》りたおされたのである。刀の打ち合うひびきもない。大根でも切るような|殺《さつ》|戮《りく》であった。
 が、血しぶきだけは飛んで、その「剣鬼」ともいうべき男の半顔を染めた。その男自身からも、ぼうと燐光が発していた。四十歳くらいの|沈《ちん》|毅《き》重厚な顔だちであったが、いま血をあび、燐光を放っている姿は、陰惨凄絶、あきらかにこの世の人間ではない。
「来い。――みんな、地獄へ来い」
 それが、また地からしみ出るような声であった。
「|又《また》|右衛《え》|門《もん》」
 と、うしろに寂然と立っていた老人がいった。
 呼ばれて、彼はフラフラとその方へもどっていった。まるで夢遊病者みたいな足どりだが、老人のまえに立って首を垂れた姿は、犬のように従順に見えた。何か老人にいわれて、彼は海ぎわに歩いていった。
 コ、コーン。コ、コーン。
 彼はそこで|筏《いかだ》を作る仕事を受けついで、その作業にとりかかった。
 気死したように立ちすくんでいる追跡隊を、老人はたたずんで、じっと見すえている。くぼんだ|眼《がん》|窩《か》のおくに、冷たく、あきらかに笑っている眼であった。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:40:56 | 显示全部楼层
【四】

「……武蔵どの」
 死体の中に|這《は》いつくばったまま、由比民部之介は、のどに鉄丸でもつまったような声を出した。
「……ありゃ、なんでござる?」
 武蔵は答えない。……が、さすがにびんの毛がそそけ立っているのが夜目にも見える。
「武蔵どの。……あれは切支丹バテレンの術でござるか」
「――あれは」
 と、武蔵はうわごとみたいにうめいた。
「たしかに荒木又右衛門。……」
「な、なんでござる。荒木。――」
 由比民部之介はうなされるような眼つきで、幻影に似た白いしぶきの中に、筏を作っている影を見つめた。
 荒木又右衛門。――その柳生流の名剣士の名は、彼も知っている。伊賀の上野、|鍵《かぎ》|屋《や》の辻で三十数人の大集団を相手に死闘し、みごとめざす敵を討ちとった話もきいている。寛永十一年初冬。いまから四年ばかりまえのことだ。
 しかし、その又右衛門は、たしか去年死んだときいている。
 いわゆる伊賀越えの|復讐《ふくしゅう》は、たんにやや規模の大きい|仇《あだ》|討《う》ちであったというだけではなく、実はその背景に大名対旗本の対立という重っ苦しい時代相をもった事件であって、又右衛門は首尾よく義弟の助太刀をして敵河合又五郎を討ったものの、又五郎の後盾となった旗本一派の再復讐を警戒してか、もとの主君大和郡山の松平家から、因州鳥取の池田家に籍を移した。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 11:41:12 | 显示全部楼层
鳥取に移った又右衛門は、その仇討ちのときからわずか三年を経ずして、この世を去った。享年四十一歳という。
 あれほどの剣名をとどろかせた壮士の最後にしては、あまりにも唐突でかつあっけなさすぎるので、旗本一派からの暗殺者に殺されたのだとか、或いはそれを怖れた池田藩の方で彼が死んだということにしたとか、いろいろと噂もながれたが、とにかく去年、寛永十四年八月二十四日、彼は死亡したということになっている。
 その荒木又右衛門が生きていた!
 いや、正確にいえば、|甦《よみがえ》った。つづけて生きていたとは信じられない。女体の中で胎児以外の人間があんなかたちで生きているなどということはあり得ない。――といって、眼前にその怪異言語に絶する光景を見ても、これまたあり得ることとは信じられないが、ともかく彼は再現した。いつ、どこで会ったのか知らないが、さしもの宮本武蔵が眼を張りさけんばかりに見ひらいてそううめいたのだから、あれが又右衛門であることにまちがいはあるまい。
 剣豪荒木又右衛門はここに復活した。しかも切支丹の|妖術師《ようじゅつし》森宗意軒の弟子として。
 いま彼は古代|奴《ど》|隷《れい》のごとく|筏《いかだ》作りに精を出している。
「お、お師匠さま。あいつ……女の皮をかぶっていたのかい?」
 と、伊太郎がいった。
「まことにそう見える。わっぱにそう見えるのは、むりもない」
 と、武蔵はいった。由比民部之介は声ふるわせて、
「な、なんたる妖術。……あ、あのようなことが、この世にあろうとは。……」
「待て」
 と、武蔵はその口を封じた。
 森宗意軒は追手を金縛りにしておいて、しずかにもうひとりの女をふりかえった。その白い裸身は、|凍《こお》りついたようにうごかない。
「又右衛門、できたか」
 と、老人はしゃがれ声できいた。
「まず、大体は」
 と、又右衛門はのぶとい声でこたえた。
 うなずくと、老人はまた刀身をひらめかした。
 白い女人の胸から腹へかけてまた|刀《とう》|痕《こん》が走り、八方にひびが入り、そして、卵の|殻《から》を破るようにして、またもやひとりの男が現われた。
 やはり全裸であったが、十七八の前髪立ちの世にも美しい少年が、そこに夢みるように立っていたのである。
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