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楼主: demiyuan

[好书连载] [山田風太郎] 忍法帖系列~魔界転生 上

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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:04:50 | 显示全部楼层
【二】

 ――柳生の下屋敷を去った宝蔵院胤舜は、しかし京とは反対の方角へ――東へ歩いていった。如雲斎に逢うことはあきらめたとみえる。
 碁盤のような雲水が、長い槍をかついでポクポクとゆく。たとえ槍に革鞘ははめてあろうと、人目をひかざるを得ない。その対照がむしろ珍なのに比して、これとならんで歩く女が、異様なばかりに美しい。美しいというより肉感的である。
 年は二十七八であろうか、一見、武家風だが、身なりはそまつだ。それだけに、その肉感的な美貌がさらに異様に浮き立つ。あぶらののった白い肌、ぬれひかっているあかい唇。……しかも、この女は|白《はく》|痴《ち》のように無表情であった。
 その女の美しさにひかれて、街道ではしばしば妙な男がのぞきにやって来た。そのたびに雲水はジロリと網代笠の中から眼をむける。それだけで、たいていな人間が身うごきできなくなるほどの眼光であった。
 二月半ばといえば、いまの暦でいえば三月半ばだ。
 すでに梅もちり、風は春の気をおびた東海道を、名古屋から岡崎へ、浜松から天竜川へ――日数をかさねてゆくうち、宝蔵院胤舜は、じぶんたちと前後して東へゆく三人の六部に気がついた。
 二人は男だが、一人は女であった。
 三人の六部のうち、ひとり長身の男は六部笠の下を白い|頭《ず》|巾《きん》でくるんで、眼ばかりのぞかせているから顔はよくわからないが、どうやら四十前後の年ばえらしい。あとの男女一組は若い。男はまだ十七八である。これがおぼろ月のような美少年であった。女ははたちあまりか、これまたふっくらとした美しい娘であった。
 この若い一組が、顔に似合わず、実に放胆なまねをする。
 路傍に座って、人目もはばからず抱き合って、口を吸い合ったりしているのだ。人目もはばからず――といっても、そのとき通りかかったのは胤舜たちだけだが、それにしても傍若無人である。だいいち、もうひとり年長らしい六部がいつも傍に座っている。もっとも彼は、うなだれたまま腕組みをしたり、向こうをむいて、頭巾を下ろして|煙管《きせる》をくわえたりしていた。
 たしかこちらが通りぬけて前に出たはずなのに、彼らはいつのまにか|忽《こつ》|然《ぜん》と先に廻って、またこの抱擁の光景を見せるのだ。口を吸い合うばかりではない。少年が娘の|袖《そで》から手を入れているのがあからさまに見えたこともあるし、ときには|膝《ひざ》の上に横ずわりに抱いて、身をゆすっていたこともある。
「――きゃつら、わしに見せつけようとしておるな」
 ついに胤舜は気がついた。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:05:15 | 显示全部楼层
「――なんのためか? 雲水のわしが女をつれて歩いておるので、それをからかおうとしておるのか?」
 それにしても、あの者どもも六部である。諸国の神仏を巡礼している行者のはずである。何とも奇怪な、人をくった奴ら。
 そう思いながら、胤舜はそしらぬ顔をしてゆき過ぎた。彼は旅のあいだに、これと大同小異のいたずらに逢うことは、いままでいくども経験していたし、それにこんどの旅には、もっとほかに気をとられることがゆく先にあった。
 が、それでも、胤舜たちが|旅籠《はたご》に泊まるとき、三夜に一夜は、その六部一行もわざわざ隣室に部屋をとって、そしてからかみ一重越しに、あからさまな愛撫の声をきかせるには閉口した。それは、あの声があの少年と娘かと疑われるほどあらわでけだものめいたあえぎ声であった。
 それを五十六歳の槍術の達人宝蔵院胤舜は、じっと座禅して、鬱血しそうな顔色できいているのであった。
 すぐまえには、お佐奈という同伴者が、すでに夜具に身をのべている。胤舜に対して、何のはばかるところもないのか、彼女はしどけない半裸といっていい姿だ。それは白い液体がトロリとよどんでいるような光景であった。
 それを見ながら胤舜は身じろぎもせぬ。
 そもそも宝蔵院の僧は、すべて肉食妻帯せぬ清僧ばかりである。胤舜もその通りだ。五十六歳になるいままで、この槍の達人僧は童貞であった。
 じぶんにつきまとう三人の六部を「――何とも奇怪な奴」と宝蔵院胤舜はつぶやいたが、彼自身、それにおとらぬ奇怪な生活をつづけていることを、本人は自覚していたか、どうか。――
 胤舜は、これを修行だと思っている。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:05:40 | 显示全部楼层
 ――彼は五十六歳のいまでも、七日にいちどは夢精するほどの肉体の所有者であった。夢みて射精するのではない。はっきりと眼をあけていて、しかも猛烈な噴射を行なう。ただ、それは|空《くう》に向かってである。
 いつのころからであったろう、もう七八年にもなろうか、彼はじぶんの槍術に苦錬し、しかも天下広大、上には上があるということを知って|悶《もだ》えていたころ――ふと、じぶんのこの精がたまり、濃縮化し、その限度に達したとき、異常な能力を発揮することに気がついた。そんな場合、槍をつかんで立てば、木にとまった小鳥すらも狙っただけでうごかなくなり、水を刺せば、十数秒のあいだ槍のあとをとどめているのである。
 で、胤舜は、女をひとり召し抱えた。お佐奈というこの女は、もし彼が清僧の|掟《おきて》にとらわれない立ち場の人間であったら、もっとも官能をゆさぶられるたちの女であった。
 事実彼は、官能をゆさぶられている。それだからこそ召し抱えたのだ。が、彼はお佐奈に対して、曾て破戒の所業に出たことはなかった。それはただ寺法の掟に縛られているからではなく、彼自身、腹の底からそれが修行だと信じているからであった。
 胤舜の生活、あくまでも女を断つ。この戒律を破れば、おのれの槍術すべてがくだけちるような気がする。
 槍のための女だ。女は槍術の神髄をふるわんがための|賦《ふ》|活《かつ》|剤《ざい》だ。
 わざと命じて、女にしどけない、なまめかしい姿態をとらせながら、この老金剛童子は、三尺はなれてがっきと座禅をくみ、そして堂々と空にむかって射精した。
 こういう風に、女は飼い馴らされた。――たんに金で傭われているばかりでなく、お佐奈という女は、この達人僧の眼光にとらえられて、とうてい逃げることもできなかった。
 しかし、こんな奇怪な生活をつづけているうちに、女はどうなるか。
 最初彼女はむしろ利発な快活な女であったのに、いつしか、まるで白痴のような女になってしまった。女というより、それはただ白いやわらかい匂いある物体に変質していた。
 それを胤舜はふびんとも残酷とも思わない。彼の眼中にはただ槍だけがあった。
 その槍を|足《あし》|蹴《げ》にしたものがある。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:06:50 | 显示全部楼层
【三】

 |遠江《とおとうみ》最後の宿場|金《かな》|谷《や》の旅籠を立とうとして、|胤舜《いんしゅん》とお佐奈がわらじをはいているときであった。まだ明けきらぬ早春の朝である。
 いきなり、うしろからバタバタと駈けて来た女が、何をあわてていたのか、傍に立てかけてあった胤舜の槍を蹴たおした。――と、それを追っかけて来た男が、飛鳥のごとく土間にとびおりると、なんと、たおれてくる槍を、これまた足をあげてはねかえした。
 槍はゆっくりとはねかえって、ヒョイともとの位置にもたれかかった。
 立ちあがった胤舜を見て、男はニヤリと笑った。例の六部の美少年だ。女はいうまでもなくあの娘であった。むろん、いまは六部姿ではない。どちらもきものをまとっているともいえぬ姿であった。
「そなた、まだけさのつとめを果たさぬぞ。……いまさら何をいやがるのじゃ」
 と、少年はおっとりした調子でいった。
 そういって、娘のほそい胴に手をまわし、そのまま奥へひきかえしてゆこうとする。胤舜に対しては、一笑を見せただけで、それ以上の挨拶はない。
「待てっ」
 と胤舜は、槍をひっつかんでさけんだ。黒い顔が、紫色に変わっていた。
 声に、ふりむいた少年と娘は、じぶんの方にむけられている槍を見ると、|鞘《さや》がはめられているのに、まるで蛇に魅入られた小鳥みたいに身うごきもできなくなった。
「しばらく」
 槍と、ふたりのあいだに、すっと大きな影が入った。これはすでに旅支度をして、六部笠までかぶっているが、依然として笠の下の顔は白い布につつまれている。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:07:14 | 显示全部楼层
「御無礼、この娘、実は|唖《おし》でござりましてな。おわびも申せなんだのは、ひらに御容赦」
「なに、唖?」
 唖にしては、夜毎の|嬌声《きょうせい》はばかにはでにもらす。――と思ったが、そういえば、いままでの道中、この娘が何か人語をしゃべったのをきいたことはない。
「娘はともかく、そこな若僧、わが槍を足蹴にして一言の挨拶もないは、これまた唖か」
「これは、口はきけまするが、口をきくのがひどく|億《おっ》|劫《くう》なたちで」
 代わって白い頭巾がいう。これもあまりしゃべるのが得手なたちではないらしい、野ぶとい声だ。重々しい声で、人をくったことをいう。
「おまえはなんだ、その白いものをとってものをいえ」
「これをとれば、天刑病で」
「なんじゃと?」
 ふっと頭巾のあいだの眼を見て――いまの言葉はあきらかに嘘だと看破した。天刑病とは、|癩《らい》のことだ。深沈たる眼が笑っている。――逆に、胤舜の眼が、そのままうごかなくなった。
 もとより終始この男が顔を見せぬのは奇怪だ。が、いま胤舜の胸に、はてな? という疑惑を起こしたのは、その眼をたしかにどこかで見たことがある――という記憶であった。
 それが誰だかわからない。
 わからないが、はじめて思い知った。こやつら、たんにこちらを女づれの奇僧とみてからかっておるのか、と見ていたが、わしが何者であるかはっきりと知って、敢て|侮辱嘲弄《ぶじょくちょうろう》のふるまいに出ようとしておる!
 宝蔵院胤舜は、槍をもとにもどした。が。――
「出い」
 うめくようにいった声はひくく、しかし殺気にみちていた。
「うぬらにききたいことがある。外に出い」
「四郎、支度せい」
 と、六部がいった。美少年は相変わらずおっとりとして、
「なんの支度」
「立ち合いの支度」
 愕然としたのは、むしろ胤舜の方であった。――こやつら、わしを天下の宝蔵院と承知していて、その上で立ち合おうとしている。しかも――まだ童子の面影残る若衆の方に立ち合えといっている!
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:07:33 | 显示全部楼层
 激怒から、むしろ好奇心に変わった。こやつら、そも何者か? よし、その面皮を――文字通り、きゃつの白い頭巾をはいでくれるぞ。
 黙って、ギョロリとひとにらみくれて、宝蔵院はさきに旅籠の外に出た。若いふたりの六部は身支度のため奥へ消えたが、もうひとりの六部はあがりがまちに腰を下ろし、さきにわらじをはくのにかかっている。もとより逃げる気配はない。
 夜明けの風に吹かれながら、胤舜は先刻の疑惑を追おうとした。あの六部を、わしはたしかに見たことがある。ここ五六年のことではない。もっと以前のことだ。或いは十年以上も昔のことであったかもしれぬ。しかも見たのは一度か二度だ。が、決して忘れてはならない眼だ。――にもかかわらず、彼はどうしても思い出すことができなかった。声には記憶がないのだ。
 名状しがたいいらだたしさを、彼は殺気で断ち切った。いずれにせよ、この謎はいまわしが解く。――
「お待たせ」
 と、三人の六部が出て来た。
 まるで、これからいっしょに旅に出かけるようなものごしだ。若いふたりの六部は、先刻のばかげた痴話喧嘩などけろりと忘れたように、むしろたのしげに東の空にひろがり出した赤いひかりをながめていた。
 東の地上にも、水光が漫々とうごいているのが見えている。――音にきこえた大井川であった。
「どこで?」
 と年長の六部がきいた。
「あそこの河原がよかろう」
 そういって歩きながら、胤舜はふりかえった。
「あの若僧を成敗したら、おまえ立ち合うか」
「成敗できますか」
「誰を」
「あの若僧を」
 ついに胤舜は|大《だい》|喝《かつ》した。
「うぬら、わしを何者と知って勝負を挑んでおるのか、どうじゃ?」
 返事は笑いをおびていた。
「存じておりまする。宝蔵院胤舜さま」
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:07:55 | 显示全部楼层
【四】

 二月半ば――大井川の源たる赤石山脈の雪はまだ溶けぬ。名だたる大河の水は|汪《おう》|洋《よう》とながれているが、河原もまた広く、白い砂と石の上には、あちこちと枯れ草をなびかせていた。
 怒り、驚き、疑い、不快――さしもの胤舜も、これらの感情が真っ黒に体内にふくれあがってのどをふさぐのをおぼえ、もはやものもいわず、その河原の枯れ草の中を、ひとり先に、ト、ト、ト、と走るように歩いた。
 もう早立ちの旅人や川越人足たちが黒ぐろとうごいているのを遠くに見る地点をえらぶと、胤舜は立ちどまり、くるりとふりかえり、槍をとんとついた。
「ここでよかろう。……なお、いっておく。これでも|沙《しゃ》|門《もん》の身、よしなき殺生は好まぬゆえ、一応こらしめるだけのつもりであったが、ひょっとしたらいのちにかかわるかもしれぬ。|回《え》|向《こう》のために、名をきいておこう」
「荒木又右衛門と申す」
 と、覆面した六部がさりげなくこたえた。
 胤舜は、身うごきもしなくなった。じいっと相手の眼を凝視して――心の中を稲妻のごとくはためき過ぎるものをおぼえた。
 荒木又右衛門、それならたしかに――江戸の柳生道場で逢ったことがある。
 もう十数年もむかしのことだ。胤舜はそこで柳生但馬守と立ち合った。そのとき但馬守は、試合の様子をただひとりの弟子にだけ見分させた。その弟子は終始一語をも発しなかったが、道場の一隅に端座して試合の経過を見まもっている眼光は、容易ならぬ剣士であるという印象をじゅうぶんあたえるものであった。
 それからまた何年かたって、胤舜は、そのときの但馬守の高弟荒木又右衛門なる者が、伊賀の上野で敵討をとげたときいて、さもあらん、とうなずいた。
 その又右衛門がいま眼前に立っている。頭巾のあいだの眼は、たしかにあの又右衛門のものだ。先刻から、どこかで見た記憶があると思ったのも道理。――
 げんに。――
「胤舜どの、お久しゅうござったな」
 その六部笠の下の眼が笑って、そういった。
 にもかかわらず、
「ば、ばかなっ」
 と、胤舜はさけんでいた。さけばずにはいられなかった。
「荒木? 荒木又右衛門は、鳥取で死んだときいておる。たわけたことを申すな!」
「荒木はここにおり申す」
 と、又右衛門はいった。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:08:37 | 显示全部楼层
「御坊と立ち合うは、わしの弟子。名は申しあげるほどの奴ではござらぬ。天下の宝蔵院胤舜どのと立ち合って討たれれば、それだけで当人の本望でござろう。……ただ、立ち合うまえに、ひとつおねがいがござる。なにせ、御坊は無双の達人、この若者に少々支度をさせなければ、とうてい歯がたつものではござらぬ」
「荒木――その方が荒木として――なぜ、その方自身がわしと立ち合わぬ?」
「いや、その支度さえさせれば、この若者にてじゅうぶん間に合うでござろう」
「支度とは?」
「これなる弟子を、これなる女六部と、ここで交合させたいのでござる」
「な、な、なに?」
 宝蔵院胤舜は絶句した。
「それが支度で。――それさえおゆるし下さらば、まず大丈夫」
 頭巾の中の眼が、ひとを小馬鹿にしたように笑っている。
 いちど、やや蒼ざめていた胤舜の顔色が、また黒ずむばかりにあからんだ。――しばらく、大きな口を、ヒク、ヒク、とひきつらせていたが、たちまち、
「又右衛門、うぬにはまだきくことがあるが、あとできく」
 と、さけんだ。
「よいわ、勝手にさらせ! ただし、もはや胤舜、容赦はせぬぞ」
「おききとどけ下されて、かたじけない」
 と、又右衛門はお|辞《じ》|儀《ぎ》した。
「四郎、よいそうじゃ。……おまえも支度せい」
 と、女六部の方もさしまねいた。
 女六部はユルユルと、若い六部の方へ歩み寄る。四郎と呼ばれた六部は、胤舜の方を見て、ニヤリと笑った。ふたりは、むかい合って、笠をとり、きものをぬぎ出した。……
 暁のひかりは赤あかとして、いまや河原を染めつつある。水光を背に、赤くぬれた二つの裸形がすっくと立った。それはこの世のものとは思われぬ|妖《あや》しくも美しい影絵となった。
 ふたつの影絵は相寄り、からみ合い、ゆるやかに草の中へたおれていった。
 義眼のような眼でこれまでにらみつけていた胤舜は、このときたまりかねて、くるっとうしろをむいてしまった。
 まともに立ち合うはおとなげなし――という自負から、思わず相手の条件をのんだのだが、いざその条件を実行に移されてみると、その人を馬鹿にした「支度」は、彼の血を逆流させずにはおかない。……背後で、なまめかしいあえぎが水音を縫いはじめ、それはひとつの甘美なせせらぎとなった。
 ――胤舜は、怒りの眼で反対側をにらんでいる。その方角に、お佐奈がボンヤリ立っている。彼女はこちらをむいている。胤舜を見ているようで、その実、草むらの中でくりひろげられている行為に眼を吸われている。……彼女は顔が紅潮してきた。
 突如、胤舜ははっとした。
 これは、|嘲弄《ちょうろう》だ。いや、決闘のまえに交合するなど、あきらかな嘲弄にきまっているが、ただそれだけではない。こやつら、わしが女人禁制を以て槍術の奥儀をふるう|秘《ひ》|鍵《けん》としていることを承知しての嘲弄に相違ない!
「ううぬ」
 彼は憤怒にのぼせあがり、全身をふるわせた。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:09:02 | 显示全部楼层
頭の一隅を、おのれの禁断の周期が終わって、きょうか今夜にもそれを噴出するはずになっているということがかすめた。いまやじぶんの能力は極限にちかづきつつある。いま立ち合えば、天下にほとんど敵はなかろう。――
 いつのまにか、声のせせらぎはとまっていた。のみならず、衣服をつける音がきこえる。
 きしり出すように胤舜はいった。
「――支度はすんだか」
「よろしゅうござる」
 荒木の声であった。
 胤舜はふりむいた。三間はなれて、若い六部が立っていた。|肘《ひじ》をまげ、両こぶしをまえにつき出しているが、何の武器も持っていない。腰の戒刀はそのままだ。あきれたことに、笠までかぶって、胤舜を見て、ニンマリと笑っている。――
「それでよいのか」
「よい」
 と、少年はいった。
 胤舜はかっとした。槍の革鞘が赤い|暁天《ぎょうてん》に飛んだ。うなりをたてて二尺の穂先がななめに落ちてくると、七尺の柄はピタリとかまえられた。
「……おおっ」
 かすかにうめいたのは、荒木だ。
 横に立っていた又右衛門すらが、四郎の方にむけられている槍の穂先の|閃《せん》|光《こう》に、おのれの心臓を射られたような|心《しん》|悸《き》の|急搏《きゅうはく》をおぼえた。ズングリムックリした雲水が、九尺の長槍を横たえて立つ。――それが滑稽どころか、人槍一体となってこの世で最も恐るべき武器そのもののかたちに見えた。
 槍の鞘を飛ばせた|刹《せつ》|那《な》から、宝蔵院胤舜は、怒りも不快もともに空に捨てている。ただ彼は槍の化身となり、無念無想の境地に入った。
 その槍の穂のゆくさきで、ゆるやかにうごいているものがある。ありきたりの兵法者なら、これだけですでに気死状態に陥るはずなのに。
 それは四郎のふたつのこぶしであった。それが、春の日の水車のようにゆっくりと回っている。――はっとした胤舜の眼に、そのこぶしから何やらじぶんの方へ飛んでくるものがあるのが|映《うつ》った。
 はじめて見えたのだ。それは眼にみえぬほど黒い細い|環《わ》であった。径三寸ばかりの無数の環――それが、手のうごきの緩徐なのに比して、まるで烈風に吹かれるような恐るべき速度で舞ってくる。――
「あっ」
 その環が三つ四つ、槍の穂にはまり、手前にすべって来たと見て、本能的な危機をおぼえ、胤舜は相手を突くより、槍の穂を空にあげた。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:09:30 | 显示全部楼层
 怪しむべし、あとなお風に飛んで来た環は、それ自身生命あるかのごとくその穂先を追って、なお穂にはまって来る。――
「忍法|髪《かみ》|切《きり》|丸《まる》!」
 四郎が絶叫したとたん、胤舜の槍の柄は、数ヵ所で切断されて、バラバラになって地におちた。あとには、胤舜の手もとに三尺ばかりの棒が残った。
 彼がそれを投げつけるのと、四郎が鼠色の魔鳥のごとくおどりかかってくるのが同時であった。
 |戞《かつ》!
 空で三尺の槍の柄はこれまた二つになった。はじめて|白《はく》|刃《じん》をひらめかした四郎がこれを|斬《き》ったのである。
 そのまま飛び下りてくる四郎の足の下から、碁盤のようなからだをまろくして、宝蔵院胤舜はころがって逃げた。胤舜にしては、生まれてはじめてといっていいぶざまな姿であった。
 そのまえにまた四郎は飛んだ。
「それまで」
 と、声がかかった。荒木又右衛門が歩いて来た。
 胤舜は蒼白な顔を草の中からあげてうめいた。
「斬れ」
「と、仰せられるほどまじめな勝負ではござらぬよ、胤舜どの。これは冗談でござる」
 それはいっそうこの上もない侮辱だから、胤舜は激情のために口もきけなくなった。
「お腹を立てられな。――と申しても、宝蔵院どのともあろうお方が、かかる青二才にかかる目に逢うて、ただ平気でおりなされといっても通じますまい」
 又右衛門はちらと四郎を横目で見た。
「胤舜どの、あなたがいま立ち合った若者は、実はこの世のものではない。――」
「なに?」
 四郎はニンマリとして戒刀を鞘におさめている。
「と申して、亡霊、|変《へん》|化《げ》のたぐいでもない。――いちど死んで、また甦って来た男でござる。――といっても、まだ正確ではない。――」
 この奇怪な言葉に、胤舜は激情を凍結させて、相手を見あげた。
 荒木又右衛門はこういいながら、六部笠をとり、白い頭巾をぬいでゆく。――薄笑いした顔があらわれた。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:09:56 | 显示全部楼层
【五】

 まごうかたなき又右衛門である。十数年前、江戸の柳生道場で見たときよりやや老けてはいるが、しかし当時から印象に残った沈毅重厚な顔だちがそこにあった。どこかあのときとは別人のような妖気がある。薄笑いした眼も、からかうというにはあまりに陰惨だ。
「この少年は、いちど死んだ。死のときにあたり、ふたたびこの世に生まれ変わって、同じおのれにして|且《かつ》別のおのれとして生きたい。――かく念力を凝らしつつ、ひとりの女と交合した。そして、その女は|身《み》|籠《ごも》り、再誕生したのがこの少年でござる。しかも|嬰児《みどりご》として誕生したのではない。女のからだを押し破って、死んだときの姿そのままで出て来たのでござる」
「…………」
「お疑いか、胤舜どの。実はこの荒木も、先刻仰せのごとく、たしかに因州鳥取で病死いたしたものに相違ありませぬ」
 彼の声は、陰々たる冥府からのつぶやきのようだ。
「おきき及びでもござろうが、拙者の上野の敵討ちも、ただ義弟の助太刀をしただけではありませぬ。大名対旗本の積年の争いが、ああいうかたちとなってあらわれたものです。――河合又五郎なる者が、備前岡山池田侯の家来渡辺源太夫を斬殺し、追手をのがれて江戸の旗本にかけこみ、救いを求めた。旗本一派は奇貨おくべしとなし、池田家からの又五郎ひき渡しの要求をはねつけた。池田家はひくにひかれぬ立場となり、大名方は池田家に味方し、又五郎をめぐって両陣営はぬきさしならぬ対立状態に陥った。……」
 又右衛門は話し出した。
「旗本八万騎の三百諸侯に対する|鬱《うっ》|憤《ぷん》ばらしの|恰《かっ》|好《こう》な道具が河合又五郎なら、それを渡辺源太夫の兄数馬とともにつけ|狙《ねら》った|拙《せっ》|者《しゃ》は、まず大名陣の選手というべきものでござった。その又五郎を、伊賀鍵屋の辻で、われらはみごとに仕止めたのです。……これにて大名方の面目は立ったわけでござる」
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:10:19 | 显示全部楼层
彼一代の壮挙を語るのに、淡々――というより、むしろ風のように暗いひびきをおびた声であった。
「大名方としては、ここでこの争いをとめたかった。あと、これ以上、又右衛門をはれがましゅう世に出しては、あらためてまた旗本方を挑発するものと思案した。かるがゆえに、又右衛門を|僻《へき》|遠《えん》の鳥取に送りこみ、ふたたび世に出るを制した。されば、その扱いは一見旗本方の復讐から保護するに似て、その実配流幽閉にちかいものでござった。……又右衛門が、敵討ち後わずか三年を経ずして病死したは、この意外なる待遇に対する憂悶のためでござる。……」
 まるで他人の運命でも語るように、彼はいった。が、その冷やかな語調には、名状しがたい深刻の感がある。
 胤舜は凝然とその言葉に耳を吸われている。その姿に眼を吸われている。信じがたいが、相手の声と姿には、理非を超えて信じさせずにはおかない|妖《あや》しい力があった。
「死するにあたって、拙者は或る女人と交合した。そして約半年後……九州島原で、ふたたび世に出で、かくのごとくここに生きております」
 又右衛門はまた笑いをとりもどした。
「この若い六部もその通り。……宝蔵院どのが敗れられたからと申して、さして異とするにはあたらぬというは、かような次第だからです」
 又右衛門はきっと相手を見すえて、
「さて胤舜どの、もはや御推察であろうが、われらは最初からあなたを追い、あなたを挑発した。そのわけはいろいろとあるが、まず第一に」
「なんじゃ?」
 といったが、胤舜は、おのれの声も悪夢の中の声のように感じた。
「御坊に、御坊のようなばかげた女人禁制の戒律は、相手によっては、勝負の世界には何の役にもたたぬということを思い知っていただかんがためでござる」
「…………」
「ごらんなされ、本来ならばきょうあたり、御坊のわざはその奥儀を極めるのでござろうが」
「…………」
「にもかかわらず、ここのところ連日連夜乱倫をほしいままにし、またその直前たわけたふるまいをしてのけた若僧に、かかる惨敗を喫せられたはこはいかに」
「…………」
「|無《む》|駄《だ》、無駄、無駄でござるよ、胤舜どの、御坊の女人禁制は鰯のあたまにひとしいものでござる」
 なんといわれても、宝蔵院胤舜には一句の|反《はん》|駁《ばく》もできない。……相手の言い分にうちのめされたというより、おなじことだが、彼自身内部からの衝撃に、すべてが崩壊してゆく感覚に魂をさらわれているのだ。
「もっともいまの若者が事前に交合してみせたのは、ただ御坊をからかって落胆させるためだけではござらぬ。交合中の女人の髪が必要だったからで。――」
「髪。――」
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:10:52 | 显示全部楼层
胤舜はうめいた。さっき、槍の穂に次から次へとはまって来た黒い細い|環《わ》を、坊主あたまによみがえらせたのだ。
「あれは髪か。舞って来たのは髪の環か」
「交合中の女の髪を環にしたものでござる。それが御坊の槍の|樫《かし》の柄を、|蝋《ろう》のごとく切断した。……」
「ううむ。……」
「忍法髪切丸、という声をきかれたろう」
「忍法。――」
「源氏の名刀髭切丸にならったものでござるが、あれは首とともに髭まで切った名刀、これは名刀すら切りはなす髪ゆえに名づけた忍法髪切丸」
「あれは、忍者か、又右衛門」
「忍者というより、それ、先刻申したごとく魔界に生きておる男」
「名は? あの若者の名は何という?」
 又右衛門はこれには答えず、しばらく黙っていたが、やおら腰をかがめ、顔をつき出し、
「胤舜どの、御坊の槍術、あの忍法の域にまで達したいものとは思われぬか?」
 と、ささやくようにいった。
「なれるか」
「御坊は、そのおとしであれほどの精を蔵するお方、常人ではおわさぬ。なれます。しかも、不自然な禁欲をなさる必要はない。むしろ、あれは槍術開眼のために害がある。安んじて、女と交わりなさるがよい。――」
「な、なれるか」
「なれるお方と見込んだゆえ、御坊を追うて、かくからんで来たものでござる。いまの試合もまったくそのため。――」
「なれるか、又右衛門」
 胤舜の声は|嗄《か》れ、眼はギラギラとかがやき、憑かれた男のようであった。そうなるためには何をしなければならぬか、そうなっていったいどうしようというのか、すでに冷静な理性を失っている人間の形相であった。
「又右衛門、わしは不自然な禁欲をしてきたわけではない。宝蔵院の僧はすべて清僧たるべき戒律に縛られておるのだ。しかし――槍のためなら――槍の奥儀に達するためなら――わしは何でもやる。戒律を破るのも恐れはせぬ。いや、宝蔵院胤舜は、いま槍を打ち折られると同時に死んだのじゃ」
 と、胤舜はあえぎながらいった。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:11:19 | 显示全部楼层
「そ、それで、わしはどうすればよいと?」
「つまり、魔界に|転生《てんしょう》なさればよろしい」
 と又右衛門はいった。いいながら、頭巾をつけるのにかかっている。
「御坊の最も好ましいと思われる女人と交合なされば、少なくとも一ト月たてば御坊はその女人の腹をおし破り、まったく新しい生命力、いや魔力を持った宝蔵院胤舜としてこの世に再生なさることになる。――」
 胤舜は、ちらっと向こうに立っているお佐奈を見た。
「ただし、もとよりそれは条件がござる」
「条件とは?」
「新宝蔵院が生まれ出るまえに、旧宝蔵院は死んでおられる必要があるのです。というより、その交合は、御坊の死期迫ってからのもの――いまや死なんとして、あくまでも再生したいという最後の念力をこめたものでなくてはなりませぬ」
「わしの死ぬとき。――」
「きょうはそのときではない」
 又右衛門は六部笠をかぶりながらいった。
「御坊は、きょうお死にになるわけではない。――が、いつの日にせよ、このこと、宝蔵院転生のこと、御承知でござるな? ――御承知ならば、相手の女人にあらかじめ術をかけておかねば相ならぬ。術をかけずして、その体内に御坊御自身を養うことなどはならぬ。――あの女人に術をかけてゆくことを、お望みになるか、どうじゃ」
「……術とは?」
「――この者がかけます」
 と、又右衛門は、そばでうす笑いしている若い六部を顧みた。
「それは、あなたはお知りになる必要はない。御存じない方がよろしい」
 胤舜は、不安と迷いの交錯した|梟《ふくろう》みたいな眼で、若い六部の方を見た。その少年六部の先日来の所業が、ありありと頭をかすめたようだ。
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 楼主| 发表于 2008-5-8 15:12:01 | 显示全部楼层
「おいやなら、よします。世にこの魔界転生をなし得る人物はめったにござらぬ。またあったとしても、こちらが望まぬ。御坊は、われらが見込んだその貴重なるおひとりでござるが、そちらでいやと申されるならいたしかたがない。拙者ども、このままお別れいたす」
「…………」
「なお、欲せられるなら、われらのこと、公儀へなりと誰なりと、訴えられても結構。ただし、誰も信じはいたすまいが。は、は、は」
 又右衛門は六部笠をゆすって、ゆきかけた。
「ま、待て」
 胤舜はヨロヨロと歩み出て、
「ま、又右衛門、やってくれ!」
 と、肩で息をしながらさけんだ。
「ほ、では御承知か」
 又右衛門はふりかえって、ニヤリとした。
「案の定――いや、手数をかけた甲斐があったというものでござる。……宝蔵院どの、ではしばし――まず四半刻ばかり、ここで待っていて下され。うごかれてはなりませぬぞ」
「おぬしら、ど、どこへゆく」
「されば――あそこの枯れ芦のひとむらのところまで」
 と又右衛門は、そこから三十間ばかり離れた水ぎわちかい、ひときわ高い黄色い枯れ芦のあたりを指さした。
「四半刻ほどたったら、おいでを願う。……おつれのお方は、ぶじにお返し申す」
 そういわれても、胤舜はさすがに不安を禁じ得ず、またいまさらその不安を表明できないので、
「もういちどきく、又右衛門」
 と、ほかのことをいった。
「わしは、いつ死ぬか?」
「御坊が死なれるときは、われら必ず参上いたし、宝蔵院新生の産婆となってさしあげる。たとえ御坊がどこにおわそうと」
 若い男女の六部をうながし、あともふりかえらずお佐奈の方へ遠ざかる荒木又右衛門の笠の中から、声だけ返って来た。
 彼らはお佐奈のそばに寄って、何やら話しかけている。お佐奈がびっくりしたようにこちらを見た。胤舜は何ともいえないむずかしい|皺《しわ》を口辺にきざんで、「ゆけ」というようにあごをしゃくった。
 いままでも肉の人形のように、ほとんど胤舜の命令にさからったことのない――そのようにしつけられたお佐奈である。けげんな表情ながら、彼女は三人の六部とともに枯れ芦の方へ歩き出した。
 日はすでに地平から高くあがっている。明るい朝のひかりのみなぎった反対側の渡し場のあたりには、すでに旅人が雲集し、もう肩車や|輦《れん》|台《だい》にのせられて河を渡ってゆく風景も見られる。
 冷たい早春の風がサワサワと草を鳴らした。宝蔵院胤舜は、歯をくいしばり、こぶしをにぎりしめて、そこに待っていた。のびあがって見ても、背のひくい彼には、遠い枯れ芦の中で何が行なわれているかまったく見えなかった。
 四半刻たった。いや、四半刻も待ちかねて、胤舜はそこへ走った。
お佐奈は一糸まとわぬ裸体とされて、大の字になってそこに横たわっていた。乳房が大きく息づいているところを見ると、生きているにちがいない。……それどころか、何をされたのか、全身の肌は汗ばんで、ぬめのようにぬれひかっている。
 又右衛門と若い六部の姿は、忽然と消えていた。ただ、若い女の六部だけが、|叢《くさむら》の上にきちんと座って、けぶっているような表情で、お佐奈をじっと見まもっているだけであった。――胤舜はさけんだ。
「仲間はどうした?」
 娘六部はだまって河の方を指さし、笠を二三度横に、ユラユラと振っただけであった。
「――|唖《おし》か?」
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