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◆ マネー・ローンダリング(Money Laundering)
マネー・ローンダリングとは一般に、犯罪などで得た“汚れた”資金を、その出所が分からないように偽装したり隠したりして、“きれいな”お金に見せる行為を指し、FATF40の勧告では「違法な起源を偽装する目的で犯罪収益を処理すること」と定義している。
もともと、薬物売買により得た不正な収益がマフィアの大きな収入源となっており、1980年代にアメリカが初めてマネー・ローンダリングを犯罪化して法令の整備が進められていった。
その後、国連麻薬新条約(薬物犯罪収益の仮装・隠匿の犯罪化等を規定)の発効、FATFの設置等により、国際的なマネー・ローンダリング対策が進められるようになった。
我が国においては、1991年(平成3年)に、麻薬特例法が制定され、薬物犯罪で得た収益の隠匿等が犯罪化されるなどしたが、1999年(11年)組織的犯罪処罰法が成立し、マネー・ローンダリングの前提犯罪(注)が薬物犯罪から重大犯罪全般に拡大されるとともに、没収制度や疑わしい取引の届出制度等が拡充された。
マネー・ローンダリングの規模については正確な数字がないが、薬物犯罪に関連して、世界で5,000億ドル相当のマネー・ローンダリングが行われているとの試算もある。また、IMFによれば、世界のGDP(国内総生産)の2~5%の規模のマネー・ローンダリングが行われていると推定されている。
1 麻薬問題への取組とマネー・ローンダリング対策
マネー・ローンダリング対策は、当初、当時国際的な課題となっていた麻薬問題への取組の
中で取り上げられました。麻薬問題には、それまでも生産面、流通面、消費面など様々な角度から取組が行なわれていましたが、さらに生産と消費の連環を断ち切るという観点、つまり、密造・密売収益の没収やマネー・ローンダリングを取り締るなどという角度からも対策がとられることになりました。
1988年12月に採択された「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」(麻薬新条約)では、薬物犯罪収益に係るマネー・ローンダリング行為を犯罪として取り締ることが各国に義務づけられました。その後、アルシュ・サミット(1989年7月)での合意により金融活動作業部会(FATF)が設立され、1990年4月にマネー・ローンダリング対策の国際基準ともいうべき「40の勧告」を提言しました。「40の勧告」は、麻薬新条約の早期批准やマネー・ローンダリングを取り締る国内法制の整備、顧客の本人確認及び疑わしい取引報告の措置を各国に求めるものでした。
2 組織犯罪対策とマネー・ローンダリング対策
麻薬密売組織に対抗する上でマネー・ローンダリング対策が有効な手段であったことから、ハリファクス・サミット(1995年6月)では、国際的な組織犯罪全般を防止する対策として、重大犯罪から得られた収益のマネー・ローンダリングについても防止措置を講じる必要があるとされました。そこで、FATFは「40の勧告」を一部改訂し、マネー・ローンダリング罪成立の前提となる犯罪(マネー・ローンダリングとして処罰される対象の収益を生み出す犯罪行為)を従来の薬物犯罪から重大犯罪に拡大すべきだとしました。また、バーミンガム・サミット(1998年3月)では、マネー・ローンダリング情報を専門に収集・分析・提供する機関(Financial Intelligence Unit :FIU)を設置することが、参加国間で合意されました。
3 最近の国際的な動き
合法的な経済活動のみならず、犯罪や犯罪収益も今やボーダーレスの時代となっています。一国のみが規制を強化しても、規制の緩い国へ逃れて行ってしまうため、取締りには国際的な協調が不可欠となっています。
FATFは、加盟国の対策のレベルを高めるとともに、加盟国の拡大を図っていますが、これに加えて1998年以来マネー・ローンダリング対策に非協力的な国・地域を特定し、改善を求める取組みを行なっています。その一環として、2000年6月に非協力的な15の国と地域を特定し公表しました。その後も、各国・地域のマネー・ローンダリング対策への取組を審査するなどして、非協力的な国・地域の追加及び削除を行っています。
またFATFは、2001年9月11日の米国同時多発テロ発生後、臨時会合を開催し、テロ資金対策も活動範囲に加える決定をするとともに、新たなテロ資金対策の国際的な基準というべき「8の特別勧告」(2004年10月には「9の特別勧告」)を提言しました。この特別勧告は「国連諸文書の速やかな批准・履行、テロ資金供与の犯罪化、テロリズムに関係する疑わしい取引の届出の義務化」等を内容とするものです。
さらに、マネー・ローンダリングの手法と技術は対策の発達に対応して変化しており、真の所有者や違法な収益の管理を隠すために法人を利用する事例が増加してきたことなど、近年、犯罪技術が精巧に複合化してきたことに注目し、これまでの「40の勧告」の再検討を行った結果、2003年6月に非金融業者(不動産業者、貴金属・宝石等取扱業者等)・職業的専門家(法律家・会計士等)に対する同勧告への適用を盛り込んだ、新たな「40の勧告」を発表しました。
我が国のマネー・ローンダリング対策
1 「疑わしい取引の届出制度」の創設
我が国では、このような国際的な動きを受けて、1990年7月に大蔵省から金融団体に対して顧客の本人確認実施の要請がなされ、1992年7月には「麻薬特例法」(注1)で、金融機関に薬物犯罪収益に関するマネー・ローンダリング情報の届出を義務づける「疑わしい取引の届出制度」が創設されました。
2 組織的犯罪処罰法の施行
さらに、麻薬特例法施行以降の国際的な動向を踏まえ、2000年2月に組織的犯罪処罰法(注2)により「疑わしい取引の届出制度」が拡充されました。同法は、疑わしい取引の届出の対象となる犯罪を従来の「薬物犯罪」から「一定の重大犯罪」に拡大するとともに、マネー・ローンダリング情報を一元的に集約し、整理・分析して捜査機関に提供する権限を、金融庁長官(特定金融情報室)に付与しました。
3 組織的犯罪処罰法の改正
2002年6月に、「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律」が可決・成立しました。同法の施行(同年7月2日)に伴い、組織的犯罪処罰法が一部改正され、テロリズムに対する資金供与の疑いがある取引についても疑わしい取引の届出対象とされました。
4 本人確認法の施行
2003年1月6日に「金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律」(注3)が施行され、金融機関等による顧客等の本人確認、本人確認記録・取引記録の作成・保存が義務づけられました。
5 犯罪収益移転防止法の制定
近年になり、マネー・ローンダリングは金融機関以外の事業者を利用するなど、その手口にも変化がみられるようになってきました。さらには、2003年6月のFATFの新たな「40の勧告」においては、措置を講ずべき事業者の範囲を金融機関以外に拡大することが求められ、こういった国際的な枠組みの中、我が国においてもこれを履行する必要が認められました。
このような情勢から、2007年3月「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(注4)が成立し、同年4月からFIUは金融庁から国家公安委員会・警察庁(犯罪収益移転防止管理官)に移管されました。
また、対象事業者も金融機関等からファイナンスリース業者、クレジットカード業者、宅地建物取引業者、貴金属等取引業者、郵便物受取・電話受付サービス業者、弁護士、司法書士、行政書士、公認会計士、税理士などに拡大されました。
警察庁刑事局組織犯罪対策部に置かれた犯罪収益移転防止管理官(JAFIC)は、我が国の新たなFIUとして同法に定められた国家公安委員会の事務を補佐する役割を担っています。
※ JAFICとは、日本のFIUの英語名称でJapan Financial Intelligence Centerの略称です。
注1
「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為等を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例に関する法律」(平成3年法律第94号)
注2
「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(平成11年法律第136号)
注3
平成14年法律第32号。預金口座等の不正利用を防止するため、平成16年12月(法律第164号)に改正され、題名も「金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律」に改められた。
注4
「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(平成19年法律第22号)
国家公安委員会・警察庁におけるマネー・ローンダリング問題への取組
国家公安委員会・警察庁には、我が国のFIUとして「刑事局組織犯罪対策部犯罪収益移転防止管理官(JAFIC)」が設置され、全国各地の金融機関などから届け出られたマネー・ローンダリングの疑いがある取引情報を様々な角度から分析し、捜査機関に捜査の端緒となるべき情報を提供しています。
犯罪収益移転防止管理官(JAFIC)は、所管行政庁や捜査機関等との定期的な情報交換を行うなど連携を取り合いながら、効果的なマネー・ローンダリング対策を検討するとともに、特定事業者が疑わしい取引の届出を行う際の判断基準となる「疑わしい取引の参考事例」などについて、所管行政庁と連携をしながら順次公開し、疑わしい取引の届出制度の適切な運用ができるよう努めます。
また、特定事業者による本人確認等の措置が的確に行われることを確保するため、犯罪による収益の移転防止の重要性について、広報活動などにより国民の理解を深めるように努めます。
さらに、国際的なマネー・ローンダリング対策に積極的に参画していくため、各国と協調し、連携しながら情報交換を行うとともに、手口情報の交換や施策の立案等様々な側面での連携強化に努め、マネー・ローンダリング対策及びテロ資金対策における国際協調において着実な貢献を果たしていきたいと考えています。
マネー・ローンダリング対策の変遷
マネー・ローンダリング対策の変遷(年表)
マネー・ローンダリング対策、テロ資金対策の歩み
年・月
取り組みの内容
1970年
米国において、銀行秘密法(BSA:Bank Secrecy Act)が制定され1万ドル以上の現金取引届出制度導入
1974年~1976年
米国において、銀行記録保持義務に関して合憲判決
1980年
米国において、ピッツア・コネクション、グリーンバックポーラーキャップ、BCCI事件等の大型マネー・ローンダリング犯罪を摘発
1985年
米国において、ボストン銀行事件発生
1986年
米国において、マネー・ローンダリング取締法が制定
1987年
フランスにおいて公衆衛生法改正によりマネー・ローンダリングが犯罪として処罰されることとなった
1988年12月
麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約(麻薬新条約)の採択「マネー・ローンダリング行為の犯罪化義務づけ」
1989年7月
アルシュ・サミット「金融活動作業部会(FATF)の招集を採択」
1990年4月
米国においてFinCEN(米国のFIU)が設立
FATFマネー・ローンダリングに関する「40の勧告」を提言
「麻薬新条約の早期批准、金融機関等に対して顧客の本人確認、取引記録等の保存及び疑わしい取引の報告等を義務づけ」
フランスにおいてTRACFIN(フランスのFIU)が設立
英国において、刑事司法法により、マネー・ローンダリング行為が犯罪として処罰化
6月
大蔵省が顧客の本人確認義務等に係る通達を発出(大蔵省銀行局長他)
1992年7月
麻薬特例法の施行「薬物犯罪についての『疑わしい取引出制度』創設」
英国においてNICS(英国のFIU)が設立
1993年
日本に対するFATFの第1回審査が行われる
1994年
FATFの活動が5年間延長されることが決定
1995年4月
ベルギーのエグモント宮殿において、各国のマネー・ローンダリング対策当局による非公式会合が開催され、エグモント・グループが発足
6月
ハリファクス・サミット「重大犯罪からの収益の洗浄防止の必要性を認識」
1996年6月
FATF「40の勧告」改訂「マネー・ローンダリングに係る前提犯罪を重大犯罪に拡大することを義務づけ」
1997年
日本に対するFATFの第2回審査が行われる
1997年6月
第5回エグモント・グループ会合「FIUの定義承認」
1998年3月
組織的な犯罪の処罰及び犯罪の収益の規制等に関する法律(組織的犯罪処罰法)を国会提出
5月
バーミンガム・サミット「FIUの設置を合意」
6月
金融監督庁が発足(FIU準備室を設置)
1999年12月
国連「テロ資金供与防止条約採択」
2000年2月
組織的犯罪処罰法の施行「疑わしい取引の届出の対象となる犯罪を薬物犯罪から一定の重大犯罪に拡大、日本版FIU(金融監督庁特定金融情報室)設置」
5月
金融監督庁特定金融情報室(JAFIO)エグモント・グループ加盟
6月
FATFが非協力国・地域リストを公表*1
当該非協力国・地域に係る取引に特別の注意を払うよう金融機関に要請(以後、リスト更新の都度金融機関に周知)
7月
金融監督庁が金融庁に組織再編
2000年11月
国連が「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」採択
2001年6月
FATFが非協力国・地域リストを更新*2
2001年9月11日
アメリカで同時多発テロ
9月
FATFが非協力国・地域リストを更新*3
10月
FATFがテロ資金供与に関する特別勧告を発表「国連諸文書の速やかな批准・履行、テロ資金供与の犯罪化、テロリズムに関係する疑わしい取引の届出の義務化」
12月
FATFがナウル共和国に対抗措置発動の決定
2002年1月
ナウル共和国について、対抗措置の発動の国内措置実施「金融機関に対し特別な注意を払うことに加え、取引相手方の本人確認、取引目的等の審査の厳格化等を要請」
5月
FATFが「40の勧告の見直し」に係るコンサルテーション・ペーパーを発表
6月
FATFが非協力国・地域リストを更新*4
7月
組織的犯罪処罰法の改正により、前提犯罪にテロ資金供与を追加
「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の処罰に関する法律」施行
10月
FATFが非協力国・地域リストを更新*5
12月
FATFがウクライナに対抗措置発動の決定
2003年1月
金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律の施行
「金融機関等による顧客等の本人確認、本人確認記録・取引記録の作成・保存の義務化等」
ウクライナについて、対抗措置の発動の国内措置実施
2月
FATFがウクライナに対する対抗措置解除
FATFが非協力国・地域リストを更新*6
ウクライナに対する国内対抗措置の解除
6月
FATF「40の勧告」再改訂
「非金融業者・職業的専門家等に対する疑わしい取引の届け制度の適用等」
FATFが非協力国・地域リストを公表*7
11月
FATFがミャンマー連邦について、対抗措置発動の決定
ミャンマー連邦について、対抗措置の発動の国内措置実施
2004年2月
FATFが非協力国・地域リストを更新*8
7月
FATFが非協力国・地域リストを更新*9
10月
FATFがナウル共和国及びミャンマー連邦に対する対抗措置解除
ナウル共和国及びミャンマー連邦に対する国内対抗措置の解除
12月
金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律の一部を改正する法律の施行「預貯金通帳等の譲受け等に対する処罰を規定するとともに、法律の題名を『金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律』に改める」
2005年2月
FATFが非協力国・地域リストを更新*10
10月
FATFが非協力国・地域リストを更新*11
11月
国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部において、警察庁がFATF勧告実施のための法案を作成すること及びFIUを警察庁に移管することを決定
2006年6月
「犯罪収益流通防止法案(仮称)」の概要を決定
FATFが非協力国・地域リストを更新*12
10月
FATFが非協力国・地域リストを更新*13
2007年1月
金融機関等による顧客等の本人確認等及び預金口座等の不正な利用の防止に関する法律施行令の改正の施行「10万円を超える現金送金などを行う際に、金融機関に対し送金人の本人確認等を義務づけ」
3月
「犯罪による収益の移転防止に関する法律」公布(2007年4月1日一部施行、本人確認義務の対象となる事業者の範囲が拡大される部分などについて平成20年3月1日施行)
4月1日
FIUが国家公安委員会・警察庁に移管(JAFICの発足)
5月
香港(JFIU)の資金情報機関との情報交換枠組みの署名
第15回エグモント・グループ年次総会において警察庁FIU(JAFIC)のエグモント・グループへの加盟が承認される
タイ(AMLO)、マレーシア(UPW)、ベルギー(CTIF-CFI)、オーストラリア(AUSTRAC)、米国(FinCEN)の資金情報機関との情報交換枠組みの署名
6月
シンガポール(STRO)の資金情報機関との情報交換枠組みの署名
7月
カナダ(FINTRAC)、インドネシア(PPATK/INTRAC)の資金情報機関とのとの情報交換枠組みの署名
9月
英国(SOCA)の資金情報機関との情報交換枠組みの署名
10月
ブラジル(COAF)、フィリピン(AMLC)の資金情報機関との情報交換枠組みの署名
2008年3月1日
「犯罪による収益の移転防止に関する法律」の本人確認の義務などの対象となる事業者の範囲が拡大される部分などについて施行される。
FATFが公表・更新したリストの詳細については下記のとおり。
*1
バハマ国、ケイマン諸島、クック諸島、ドミニカ国、イスラエル国、レバノン共和国、リヒテンシュタイン公国、マーシャル諸島共和国、ナウル共和国、ニウエ、パナマ共和国、フィリピン共和国、ロシア連邦、セントクリストファー・ネイビス、セントビンセント及びグレナディーン諸島
*2
バハマ国、ケイマン諸島、リヒテンシュタイン公国、パナマ共和国を除外、エジプト、アラブ共和国、グアテマラ共和国、ハンガリー共和国、インドネシア共和国、ミャンマー連邦、ナイジェリア連邦共和国を追加
*3
グレナダ、ウクライナを追加
*4
ハンガリー共和国、イスラエル国、レバノン共和国、セントクリストファー・ネイビスを除外
*5
ロシア連邦、ドミニカ共和国、ニウエ、マーシャル諸島共和国を除外
*6
グレナダを除外
*7
セントビンセント及びグレナディーン諸島を除外
*8
エジプト・アラブ共和国及びウクライナを除外
*9
グアテマラ共和国を除外
*10
クック諸島、インドネシア共和国及びフィリピン共和国を除外
*11
ナウル共和国を除外
*12
ナイジェリア連邦共和国を除外
*13
ミャンマー連邦を除外 |
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