お父さんのコントラバス.
その日の学校からの帰り道、裕太はとても憂うつでした。なぜなら、社会科の時間に先生が、「みんなのお父さんやお母さんの仕事について調べてみましょう。そして月曜日に発表してもらいます」といったからです。
裕太のお父さんは、オーケストラの楽団員。オーケストラで楽器を演奏しているなんていうと、みんな「かっこいいね」なんていいます。でも、裕太はそのたびになんだか気が重くなって、そんなにいいものじゃないんだけどな、と思ってしまうのです。
理由のひとつは地方で公演があったりして家を空けることが多いこと。まだ小学五年生の裕太はお父さんともっともっと遊びたいのです。もうひとつは、裕太のお父さんの楽器がコントラバスだということ。コントラバスなんて楽器、裕太の友達は誰も知りません。
地味な低音しか出ないコントラバス。お父さんは、家にいるときはいつも部屋にこもってコントラバスの練習をしているけれど、聞こえてくるのは、ギーギーというくらーい音ばかり。裕太は今までに何度かお父さんが出演しているコンサートを聴きに行きましたが、お父さんのコントラバスがいったいどこで鳴っているのかさっぱりわかりません。
「あーあ、バイオリンやトランペット、それに指揮者みたいにかっこよかったら、みんなに自慢できるんだけどなー」
そうつぶやいたところで裕太は家に着きました。裕太はお母さんに、
「お父さん帰ってる?」
と聞きました。
「練習部屋にいるわよ。今日は公演がないから、夕方まで練習するんだって」
裕太は、練習部屋の分厚い扉の窓から、そっと中をのぞいてみました。お父さんは、相棒の大きな大きなコントラバスに軽くもたれながら楽譜をジーッと見つめています。その顔は真剣そのもの。裕太は、練習中のお父さんのまじめな顔がちょっと苦手でした。ふだんは無口だけど優しいお父さんが、練習中はとても厳しい顔になるので、裕太はいつも気後れしてしまうのです。
「お父さん」
裕太は扉を開け、思いきって声をかけました。
「おお裕太、どうしたんだい?」
お父さんはびっくりしたように眼鏡をはずして言いました。その顔は、いつもの優しいお父さんにもどっていました。
「社会科の宿題で、お父さんの仕事について調べなきゃいけないんだ」
「そうか。それなら日曜日の公演を見に来るといい。コンサートホールがお父さんの仕事場だからね。楽屋にも連れて行ってあげるよ。いろんな楽器が見られて楽しいぞ」
日曜日がやってきました。リハーサルが終わる頃にホールを訪れた裕太は、お父さんに連れられて楽屋に入りました。楽屋に入るなんて初めての経験です。
バイオリン奏者の男の人が楽器の手入れをしています。譜面を見ながら口ずさんでいるのは、チェロをひく男性。世間話をしてくつろぐ背の高くて恰幅のいい男の人たちの横には、ピカピカに磨かれたトロンボーンが並んでいます。裕太は、初めて間近にいろんな楽器を見たのでびっくりしてしまいました。
楽屋を一通り見終わって、裕太とお父さんは部屋を出ました。すると、そこにパリッと燕尾服を着こなした指揮者の先生が通りかかってお父さんに声をかけてきました。
「今日もよろしく頼むよ。あなたあっての低音パートですからね。頼りにしていますよ」
裕太はちょっとびっくりしました。正直言って裕太は、指揮者はコントラバスなんて地味な楽器、あまり気にしていないかと思っていたのです。それなのに、とってもえらいと思っていた指揮者の先生がお父さんのことを信頼しているなんて言ったのです。
裕太が首をかしげていると、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「おっ、裕太じゃないか!」
近寄ってきたのは、トランペット奏者の梅山さんです。梅山さんは、何度か裕太の家に遊びに来たことがありますが、とてもトランペットが上手で、裕太の憧れの存在です。
「楽屋にまで来るなんてどうしたんだい?」
裕太は、宿題のことを梅山さんに話しました。そして、別の楽団員と話しこんでいるお父さんに聞こえないように裕太は小声で言いました。
「でもね、お父さんが弾くコントラバスなんてとっても地味で目立たないから、友達には自慢できないんだ。発表するの、あんまり気がすすまないんだよね」
裕太の言葉を聞いて、梅山さんは一瞬不思議そうな顔をしました。そしてすぐに苦笑いをして裕太に言いました。
「今日演奏する交響曲の第四楽章の終わりの方に、トランペットの独奏部分があるんだ。その直前に、コントラバスだけが演奏する部分が出てくる。そこをよーく注意して聴いてみてごらん。お父さんのコントラバスの役割やお父さんがオーケストラのなかでどんな存在なのかがよくわかるから」
そう言い残して、梅山さんは去っていきました。
裕太はますます不思議な気持ちになりました。指揮者の先生や梅山さんの話を聞いていると、今までのコントラバスに対する印象が間違っていたように思えてきます。それに、お父さんのイメージまでもが裕太が考えていたのと違うようです。優しいんだけど無口で、コントラバスと同じように目立たないお父さんと指揮者の先生に信頼されているお父さんとがなんだかよく結びつかないのです。
(よし、本番をじっくり観察してみよう!)
そう思った裕太は、楽屋に迎えに来たお母さんと客席に向かいました。
客席のライトが落ち、舞台に楽団員が出てきました。し扦幛筏长螭坤袱丹螭猡饯沃肖摔い蓼埂¥袱丹螭郡隶偿螗去楗啸棺嗾撙稀ⅳい膜猡韦瑜Δ宋杼à斡叶摔岁嚾·辍⒈长胃撙いい工搜鼟欷堡蓼埂TL稀ⅳ袱丹螭蛞姢皮い毪Δ沥摔坤螭坤缶o張してきました。
しばらくして、さっきお父さんと話していた指揮者の先生が拍手とともに登場し、いよいよ演奏が始まりました。
真ん中で演奏するつややかな音色のバイオリンやチェロ、見るからに楽しげなクラリネットやフルート、キラキラ光っていて、音も迫力満点のトランペットやトロンボーンといったたくさんの楽器が、指揮者の舞うような指揮のもとに美しい音色を奏でています。
いつもならお父さんのコントラバスなんか目もくれずについついこれらの楽器の演奏ばかりに見入ってしまう裕太ですが、今日は違います。いすには半分だけ腰かけて前のめりになり、お父さんの音を聞き出そうとしますが、コントラバスの音色は、他の楽器の音に埋もれてしまってなかなか聞きとれません。
さて、曲はどんどん進んでいき、ドラマチックな第一楽章からリズミカルな第二楽章、ゆったりと美しい第三楽章を経て、壮大な第四楽章に入りました。いつもなら第三楽章あたりで眠くなってしまうのですが、今日の裕太の頭はよく冴えています。
そして、コントラバスがよく聞こえないまま、曲はクライマックスヘ。いよいよトランペットの独奏部分が近づいてきました。
そのときです。ホールを満たしていた大音響がふっと静かになったかと思うと、指揮者の先生がお父さんのコントラバスの方を向き、小さくなめらかに指揮棒を振ったのです。
ズーン ズーン ズーン
というお腹の底の方に響くような音色が響いてきます。確かに低くて地味かもしれませんが、お父さんのコントラバスから聞こえてきたのは、滑らかでものさびしくてそれでいて素晴らしくきれいな音でした。そして、とても正確で力強い音だったのです。
(コントラバスって、こんな音色だったんだ)
コントラバスの音が響き渡ったのはほんの数秒だったでしょうか。次に指揮者の先生はトランペットの梅山さんの方へ向き直り、小さく合図を出しました。コントラバスの正しい音程からすんなりとひきこまれるようにトランペットの独奏がはじまりました。
指揮者の先生は、とても気持ちよさそうに指揮棒を振っています。そして、梅山さんの独奏が終わるころに、ちらっとお父さんの方を見たのです。お父さんは、胸を張り、自信に満ちた表情でコントラバスを弾いています。心臓のドキドキがおさまらないほど興奮した裕太はその姿をみて、お父さんがオーケストラのなかで誰よりもひときわ目立っているように感じました。
そうして、華やかな交響曲は終わりました。
同時に、ほんの少し前まで最高潮だった裕太の緊張もすうっと解けてきました。裕太は、曲が終わってホッとしたお父さんの顔をみながらしみじみ思いました。
(お父さんのコントラバスがいちばんかっこいいや!)
その晩、夕ご飯を食べながら、お父さんが裕太に言いました。
「裕太、今日楽屋に行ってみてどうだった? 社会の宿題はできそうかい?」
裕太は、正直言って宿題のことよりも、お父さんの演奏にすっかり感動していました。
「うん、宿題は大丈夫。僕、わかったよ。お父さんのコントラバスは、木の根っこみたいなものなんだね。根っこががんばっているから、みんな気持ちよく演奏できるんだね」
お父さんは、少し驚いたような顔をしました。そして、ビールに酔ったのか、ちょっぴり赤い顔をしてニコニコとほほえみました。
翻訳:
爸爸的低音大提琴
这天在回校途中,裕太非常郁闷。为什么呢?因为上社会课时老师说:“大家调查一下爸爸妈妈的工作,然后在星期一进行发表。”
裕太的爸爸是管弦乐队的成员。一说到在管弦乐队演奏乐器,大家都肯定会说“啊,好酷啊!”之类的话。可是,不知为何,每到这时裕太总是变得心情很沉重,一点也不觉得这是什么好差事。
原因之一是碰上在地方演出时爸爸经常就不在家。对于还在读小学五年级的裕太来说,是多么想爸爸能多给点时间来陪自己玩啊。 还有的原因是因为裕太爸爸演奏的乐器叫低音大提琴。低音大提琴之类的乐器,裕太的朋友可是谁也没听说过。
那是只能发出朴素低音的大提琴。爸爸在家时总是一个人关在房间里练习低音大提琴,但传来的尽是“嘎嘎”的 噪音。裕太至今去听过有爸爸出演的音乐会,但是根本就不清楚爸爸的低音大提琴到底在哪部分奏鸣。
“啊-啊,如果爸爸能有像小提琴手、小号手、还有指挥那样酷的话,那就可以在大家面前尽情炫耀了啊。但是……”
这样嘟囔着裕太就回到家了。
“爸爸回来了吗?”
他问妈妈。
“在练琴房呐。说是因为今天没有演出,就要练到傍晚。”
裕太悄悄地透过练琴房厚厚的门上的小窗向里张望。爸爸轻轻靠在他的伙伴——庞大的低音大提琴上,目不转睛地在盯着乐谱。那脸色非常认真。裕太一见到爸爸练习中那副极为认真的脸色就开始挠头皮了。平时不爱说话但很温和的爸爸,一投入到练习中就会变得非常严肃,所以裕太总是有点胆怯。
“爸爸。”
裕太打开门,鼓起勇气叫了起来。
“噢噢,是裕太啊,有什么事吗?”
爸爸吃了惊似地摘下眼镜说道。又回复成了平日温和的神色。
“社会课的家庭作业,要求调查一下爸爸的工作。”
“是吗?那样的话你来看星期日的演出好了,因为音乐大厅可是爸爸的工作场所啊。我也会带你去后台看看的哦,那里能看到各种各样的乐器。”
星期日终于到了。裕太在乐团排练结束前后来到了音乐大厅,爸爸就带着他来到了后台。来到后台,这对裕太来说还是第一次。
小提琴演奏者模样的叔叔正在修理乐器。拉大提琴的叔叔一边看着谱子一边哼着调子。在几位身材高大、正舒适地闲聊着的的叔叔身边放着擦得锃亮的长号。裕太还是第一次近距离地见到了这么多五花八门的乐器,实在是惊喜不已。
走马观花地参观了后台之后,裕太随爸爸走出了房间。这时,对面正穿着笔挺的燕尾服的指挥先生走过来和爸爸打招呼:
“今天还要请你多关照哦。有你才有低音部啊,拜托了。”
裕太稍感吃惊。说实话,裕太一直觉得指挥是不会太在乎低音大提琴那样的朴素的乐器的。没想到一直认为是很神气的指挥指挥先生居然说很信赖爸爸的工作。
正当裕太苦思不地其解之时,传来了熟悉的声音。
“咦 ,这不是裕太吗?”
走过来的是小号手梅山先生。梅山先生多次来裕太家做客,小号吹得出神入化,裕太很是崇拜他。
“来后台做什么呢?”
裕太把家庭作业的事跟梅山先生在说了。然后,好象是为了不让正跟其他的乐团成员说话的爸爸听到似地他小声地说道:
“可是啊,爸爸拉的低音大提琴实在是平淡之极毫不显眼,可就不能在朋友面前吹了,发表什么的,实在是没什么心情啊。”
听了裕太的话,梅山先生一下子露出十分不解的神色,然后马上苦笑着对裕太说:
“今天演奏的交响曲第四乐章的结束部分,有小号独奏部份,就在这前面,会出现低音大提琴的独奏部分。你好好用心地去听,就会清楚地知道你爸爸低音大提琴的作用和他在乐团的地位。”
梅山先生甩下这么句话就离开了。
裕太越来越觉得不可思议了。听了指挥先生和梅山先生的话之后觉得似乎以前对低音大提琴的认识是错误的。而且,对就算对爸爸的印象好象也和裕太以前所认为的有所不同。怎么也不能把那个温和但沉默寡言,如同低音大提琴一般毫不显眼的爸爸和深得指挥先生信赖的爸爸联系起来。
(好吧,那就好好地看看正式表演!)
裕太这样想着,和来后台接他的妈妈一起走向了观众席。
观众席的灯光熄灭,乐团人员走出舞台。身着黑色礼服稍事化妆的爸爸也在其中。爸爸他们低音大提琴演奏者同往常一样,排在舞台的右端,坐在高背椅上。裕太看着爸爸,渐渐紧张起来。
不一会儿,刚才和爸爸说话的指挥先生在鼓掌声中登台亮相,演出马上就要开始了。
在正中间演奏的音色圆润的小提琴和大提琴、一看就极富乐感的单簧管和长笛、闪闪发亮的,声音也充满动人心魄的力量的小号和长号……各式乐器在指挥先生如舞的指挥中演绎着美妙的音乐。
换作平时,裕太对爸爸的低音大提琴之类的乐器根本不屑一顾,不由自主地就看着那些出彩的乐器入迷,但是今天却不同。他半坐在椅子上身体前倾着,想听到爸爸演奏的声音,但是低音大提琴的声音,埋没在其他乐器的声音之中很难听到。
乐曲不断向前推进,从雄壮激昂的第一乐章演绎到节奏轻快的第二乐章和舒缓美妙的第三乐章,最后进入第四乐章。一般在第三章左右就已经无聊不堪而鼾鼾入睡的裕太,今天却格外有精神。
然后,在听不清低音大提琴的情况下,乐曲进入了高潮。小号独奏的部分快到了。
就在这时,浸满整个大厅的音乐声一下子就静了下来。指挥先生面向爸爸的低音大提琴,轻而流畅地挥舞着指挥棒。
“锃,锃,锃。”
响起了仿佛是发自肺腑的音色。的确,这声音也许低沉而朴素,但从爸爸的低音大提琴传来的,却是圆润而又古色古香的非常清脆的声音。而且还是非常正确的强有力的乐音。
(所谓的低音大提琴,就是这种声音啊。)
低音大提琴的声音可能仅仅持续了几秒钟吧。然后,指挥先生转向梅山先生的方向,轻轻地发出了信号。小号好象从低音大提琴正确的音程上被顺利地拉过来一般,独奏开始了。
指挥先生看上去心情十分舒畅地挥动着指挥棒,然后在梅山先生的独奏结束之后,稍微地向爸爸的方向瞥了一眼。爸爸正昂首挺胸、自信满满地拉着低音大提琴。裕太的心扑通扑通跳个不停, 看着爸爸拉琴的样子,觉得爸爸是整个乐团最最显眼的人了。
华丽的交响乐就这样结束了。
同时,裕太刚刚还处于高潮中的紧张的神经也一下子放松下来了。他一边看着乐曲结束后而神情放松的爸爸,一边深深地感到:
(原来爸爸的低音大提琴才是最酷的耶!)
那天晚上,爸爸一边吃着晚饭,一边对裕太说:
“裕太,今天去了后台感觉如何?社会课的家庭作业能搞定了吧?”
老实说,比起家庭作业的事,裕太更是彻底地被爸爸的演奏所感动了。
“恩,没问题了。我,明白了哦。爸爸的低音大提琴就好像树根一样,树根不停地努力着,才能演奏出令人心旷神怡的乐曲来。”
爸爸的脸上略显出吃惊的神情,然后,似乎是喝醉了啤酒一般,微红的脸上绽开了灿烂的笑容。 |