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发表于 2005-1-15 21:26:58
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また夜が来る。村長はそれを忌々しく見上げていた。我々の時間が終わる。人でないものの時間が始まる。有史以来人間はあらゆる手段を使って様々な獣に対抗して生きてきた。火を自分達のものにして、夜は死の世界ではなくなった。剣や銃を手にする事で、森の守り手であった獣達の牙も脅威ではなくなった。唯一の敵は人間自身。すなわち、互いの信頼こそが繁栄の鍵であり、それさえ為されていれば何も障害として有り得ない。
だが、それが幻想だと言う現実をこの数週間で嫌と言うほど思い知らされた気がする。村長は、たとえそれが極めて狭い地域のみに有効なものであったとしても、自分に与えられた権力を疑う事はなかった。無能な支配者と言うわけではなく、村人から祝福されて皆を先導する立場の為政者。財力や軍事力のみに拘泥する過去の没落していく呙蛑椁陶哌_とは違い、自分こそは優れた村の救い手であると確信していた。
しかし、その自負が揺らぐ。ジョシュアが蔑んだ一瞥をくれるのが目に浮かぶ。最も知られたくなかった相手に自分の弱さを教えてしまったようだ。思えば、自分がこれほど自身に対して過信していたのも、或いは若い頃にあのクディックに対して覚えた得体の知れない恐怖感の裏返しだったのかもしれない。であるならば、深い意識の底では完全な敗北を認めてしまっており、それ故に表面的な「力」からの脱却に拘泥していたに過ぎないのかもしれなかった。とはいえ、今更生き方を変える訳にはいかない。それこそ目の前に迫った問題からの逃避であり、それに陥ったなら自分はもう2度と立ち直れない気がしたからだ。
森の入り口から踵を返し、村の方へと戻っていく。途中で中央から派遣された警官の姿を見かけたが、これは日に日に少なくなっているのは明らかだ。この連続殺人の背景にあったものが、単純な集団ヒステリーであると結論づけられ、目標はルガース個人に向けられた。人間1人の力ではこれ以上被害を大きくする事は困難で、かつ協力者が不在であれば逃亡する手段も乏しく、国境付近で警戒を続けていれば直に捕らえられるだろうというのが中央の担当者の考えであるようだった。もっとも、そんな指示が下るより先にとっくに現場の警察官達の士気は落ちており、職務に対して怠慢な態度が芽生えるより先に公式に撤収を命じたのが本音ではないかとも村長は考えている。いくら複数の殺人が行われたとしても、被害者らは政府の要人とは何ら関わりがなく、あまつさえ村の存続にも直接的に関わっていない身分の者達だった。自分の村にそんな立場の者が大勢居た事は内心驚愕せしめるものであったが、身寄りのない者への哀憫という私情を挟まないで考えるならば、これは幸撙妊预Δ伽陇扦猡ⅳ盲俊N恧蝸徽hを引っ張り出して事に当たるより先に、ルガースの処罰と言う事でさしあたっての問題は解決される事だろう。その点では、彼が生贄の山羊になってくれた事に村長は感謝すらしていた。
だが、根本的な問題の解決にはまるでなっていない事は明らかだった。それは村長自身誰よりも熟知している。クディックと名仱盲拷痼姢文小ⅳ饯椁膝衰胜伪镜堡胃赣Hであろうあの男の影がなくならない限り、世界の何処かで同じような事件が起こるに違いないのだ。それは判ってはいたのだが、これ以上クディックが村に関与しないという結末も有り得たし、それならば敢えて真実を主張して村人達の不信を自分に向けるよりも、沈黙のまま真相を墓に持っていった方が誰の為にもなるに違いないと結論づけるに至ったのだ。
「ヨハン、一体わしらの村はどうなるんじゃ」
村に戻ってくると、入り口付近で自分の帰りを心配そうに待っていた数少ない自分より年配の老人が村長に話しかける。村長はそれが村人達の総じて共通した意見である事も熟知した上で、村長としての意見のみを述べる事にした。
「どうもなりはせんよ。ハンスの事は残念だったが、おかげで今まで悪行の限りを尽くしていた者を見付ける事が出来た。直に警察が捕らえる事だろう。ジョシュアも手を貸して山狩りを続けているし、わしらはただ待っていればいい。他の者も、皆元の仕事に戻って今までと変わらぬ生活を始めている。何も問題はないさ」
昨日の山狩りの際に、重傷者が出た。彼は複数の村人と一緒に、ニナの死体を持って村から逃亡を企てたルガースを追っていったのだが、そこで見つけた見知らぬ廃屋の中で何者かに両手首を切断されたのだ。さいわいなんとか一命はとりとめたが、もう彼には元の生活は戻ってこない。さらに、恐怖にうなされた男の放った言葉は、ニナにやられた、というものだった。実際にルガースのいた部屋に入ったのはハンス1人で、他に同行していた者の話では彼らが部屋に入ったときにはルガースが中にいたのみで、既に辺りは血の海だったということだったのだが、部屋に入ろうとした瞬間に中から飛び出てきた影がニナによく似ていたというものも現れ、少なからず恐慌が起こり始めている。その後ルガースはハンスの手当てを他の村人に命じてから飛び出した影を追っていったということだが、最後にルガースの姿を見たパトラスの話は要領を得ず、ルガースがどの方向へ向かったかは判らずじまいだった。丁度その時最後の犠牲者が発見された辺りを重点的に捜索していたジョシュアはその話を聞くと、警官たちに混じって隣村との境界付近に向かっていった。村長は村に残り、村内に広がる混乱を収拾する為のスポークスマンになってはいたが、その彼自身が事態の解決を絶望的と捉えていた。
村長はすっかり疲れきっていた。村は表面的には何も変わらない。耕地を抜け、広場を抜けて中心部に戻ってくる途中でもまったく変化は見られなかった。村人達は皆仕事に精を出し、いつもと変わらぬ朝を迎え昼を過ごし夜になって眠りの準備を始める。周りの家々からは夕食の準備らしく良い匂いが漂い、平和と幸福に満ちているかのようだった。しかし、一旦村内からあれほどまでに悲劇的な事件を出してしまった事はもはや取り返しがつかない。哀れだとは思うが、ルガースの母親も村の生活に再び順応できる事はないだろうと考えていた。いずれどこか遠い場所を紹介してやらねばならない、自分の生まれた土地を離れる事は、自分も含めてある程度の年齢を超えた者には辛い事となるだろうが、他の村民の心情を考慮したならば止むを得ない処置なのだ、と。一刻も早く家に戻りたいと自然に歩く速度が速まる。家の扉を開けて真っ暗な部屋に戻り、灯りもつけないままソファーにいつも通り頭をうずめると、そのまま食事も摂らず眠りに就いて何もかも忘れてしまいたかった。
「ジョシュアはいないようだな」
村長は一瞬自分の耳を疑った。それはしかし幻聴でもなく、ただ単に音の振動が鼓膜を伝わって脳に達したと言うだけの事だった。その声には聞き覚えがある。村長が遠い記憶の糸を辿ってその主を特定するより先に、顔をあげた彼の目の前にその主は姿を現した。
「な──、貴様──」
この村では見られない透き通るようなプラチナブロンドの髪。夜目にも白く目立つ青い血管の浮いた肌。その目は、今は伏せられて見えないが、ほのかに銀色に輝いているはずだった。幼い頃のニナの手をひいて満月の夜に村長たち夫婦の元を訪れた記憶が蘇る。その時クディックと名仱盲磕肖巫摔稀ⅲ保衬昵挨趣蓼盲郡瘔浃铯椁氦巳簟─筏盲俊4彘Lはあるいはこれはあの男の息子なのではないかと一瞬考えもしたが、その考えは自分自身によって否定される。あの時感じた違和感、そして同時に覚えた確信から、その正体は判っていたはずだった。時を経て姿を変えない魔物、それが目の前にいるものの本質だった。とはいえ、村長が今まで姿の見えぬ脅威に怯えていたのとは違い、目の前にいるものから漂う威圧感は現実のものだった。村長がソファから慌てて立ち上がろうとしたその時、彼の意思を察したのか目の前の男はそれを制する言葉を発した。
「灯りは止めてくれないか、電灯というものはどうしても馴染めない」
クディックの手元に明かりが灯る。彼の右手には燭台が握られていた。それ自体は以前から隣の部屋に非常用として置いてあったものなので別に気に留めることもなかったが、クディックがどうやってそれに火を灯したのかは村長には判らなかった。クディックはしばらく半身のまま目を伏せてやや眠るような素振りを見せて立っていたが、村長がソファの肘掛を握ったまま動かないのを見ると、燭台を背後の壁際に備えられた飾り棚に置いて村長の方を向き直った。
「いきり立つな、お前をどうこうするつもりはない。その気になればお前の首はさっきの時点でとうに失せていたはずだ。そう言えば信じるのか」
クディックの言葉は内容を吟味したならば紛れもない恫喝なのだが、その口調はあくまでも優しく、恋人に花を贈るかのような声色だった。とはいえ、村長にはそれが甘い囁きでなかったことは事実で、腰をソファに戻して体勢を整えたものの、肘掛を掴んだ手の力が抜ける事はなかった。村長は意識してクディックを睨むように見詰めると、目の前の男は銀色の目を静かに開いて村長の視線を受け止めた。
「何故戻ってきた」
「何故──?再会した先から質問か。だが、問いを発する時点でお前は私の行動に理由があると確信しているのだろう。答えがあると判っているなら、何故改めて問う必要がある?お前の期待に沿わぬ答えを得たとしてもお前は信じないだろうし、それならば問いを発することこそ無意味な行為だ。お前が持っている答え、それだけで充分ではないのか?」
唄う様に問いかけるクディックの言葉は不可解だったが、それでも聞くものに納得させてしまう強制力を持っていた。その一言で急に自分の虚勢が萎え始めるのを理解しながら、あえて村長は通常自分が採るべきものと考えている態度を選択した。
「ふざけるな。お前は何かを企んでいてわしの前に現れたのだろう」
クディックの目線は村長にまっすぐ据えられており、飾り棚によりかかって腕組みをした姿はすぐにでもこちらに飛び掛る事を予測させ、緊張を解かせないものだったのだが、表情はむしろ笑みにも近いもので、彼は村長との会話を楽しんでいるかのようだった。
「企む?私がか?何の為に?私は望んで手に入れられないものなどない。なのにどうしてわざわざ可能性を低くする必要があるというのか?」
画策する事と希望する事は目的は同じだったとしてもその意味はまるで異なっている。その目的に対する手段を持ち得るか否かだ。前者はそれが自己による何かをもって対処できると言う事、後者は漠然と他者からの協力的要因を期待する事、それはあるいは幸撙趣夂簸肖欷毪F実的にその目的までの経路が判別していないということだ。しかし、村長の目の前の男はそのどちらも必要ないと述べている。目的が判然とした場合、何らかの手段を用いて最も狡猾に遂行するより早く、彼はそれを簒奪してしまうと言うことか。言葉としては極めて理論的でないように思われたが、その自負は自明であるように感じられた。彼はそういった自負を持つだけの何かを秘めている。そんな直感から、村長は返答する事ができない。
「──」
「それよりも先に私に聞くべき事は無いのか?何故夜を選んで隠れるように人の家を訪問するのか?何故灯りを嫌がるのか?どうして以前に会ったときから少しも歳をとっていないのか──?判っているんだろ、私が人とは違った血族に属している事を。だからこそお前は恐怖している。理解の及ばない世界の住人に。人が昔から狂気とか悪と呼んで忌避していたものだな」
全てが混沌とした東洋的な宗教と違って、村長も唯一的な信仰の洗礼を受けていた。彼は熱心な信仰者ではなかったが、それでもその基本理念は理解しているつもりだったし、それについて考えてみた事も幾度かはある。彼に信仰を説いた伝道師は「悪」も「善」から自発的に産まれた物だと説明したが、それでも彼にはこの世に「悪意」が確実に存在している事を実感していた。それは自分の中にも存在している。果たして「悪意」とは何なのか。それは自らが理解し得ないものへの恐怖なのかもしれなかった。もしくは、その恐怖のスープを理性や常識といったもので薄めた、味を感じられなくなった嫌悪感なのかもしれない。理解できないものは所詮「敵」だし脅威だし、その敵が唱える理論は狂気以外の何者でもないし、その「敵」が自分の世界を侵すことを予測しえたならば、その現象に対する感情は恐怖となり得る。村長は今恐怖を感じている。それまで中世的な魔物の跋扈していた暗螘r代から抜け出て、やっと新しい価値観の洗礼を受けようとしたその時に目の前に現れた科学の敵、サタンに対して。
「そんな事を話しにきたのか?貴様は暇を持て余しているのかもしれないが、我々には与えられた時間が限られている。用が無いのならどこへなりと消えてくれないか」
クディックの口元が歪み、半円形を形作って大きな笑みを生む。歯は見せなかったが、真っ赤な唇が欠けた月の形をとって笑いの表情を作ると、それは見る者の心を寒からしめる絶望の笑いとなった。
「自分とは違うと見とめたか。いいね、素直な人間は好きだよ。真実はいつも美しい。たとえそれがどれほど残酷であってもだ。──『用』ならいくらでもある。まずはそう、約束を果たしてもらおうか」
「何の事だ」
村長は額に汗が浮かぶのを感じている。まだ垂れるほどの粒になってはいなかったが、シャツの下の背中には冷たい汗が少なからず流れている。
「ニナと共に君の元を訪れた晩、私は確かに『預かってくれ』と頼んだ。私は何も拘束をしていなかったのだから、君も正しい精神状態で約束を聞いているはずだ。ならば、返してもらう為にここに来たとしても不思議はないだろう」
「──あれから何年経ったと思っている?13年だ。それまで何も事情を話さずにいたのだから、貴様がもう居ないものと考えるのは当然だろう。ニナがリーテルの娘だと思ったからこそ、わしはニナを預かったんだ。ニナはわしの娘として育てたし、あれもそう思ってくれている。今更お前が名仱瓿訾郡趣长恧切扭袱肜碛嗓蠠oいだろう」
「ヨハン、君は何も判っていない。ニナは確かに私の娘だ。そして私はヴァンパイアなのだ。ヴァンパイア同士には血の絆が確固としてある。血の中に受け継がれた情報はどれだけ忘却の彼方に封印した記憶でも、たちどころに蘇らせる事が出来るんだ。ニナはまだ疑ってはいるが、私達の血の繋がりは信じ始めているよ」
「お前の言っている事がもし本当だとして、だからといってすぐに子犬をもらう様に受け渡しできると思うのか?お前のような人でなしにとっては13年はさしたる長さに思えないかもしれない。だが我々には違う。わしらは、ニナが物心つく前からずっと成長を見守ってきた。ニナだって、人生のほとんどを家族として接しているわしらを捨てる気になるはずがない。お前が永遠に生きられるというのなら、わしらが死んだ後で引き取るなり何なりすればいいだろう。何故今になって──」
クディックの口調は物分りの悪い生徒に教える教師のように、一語一語噛んで含めるように丁寧なものにいつしか変わっていたが、村長の答えがほぼ懇願に近い形に変わってくるにつれてクディックの態度も緊張感を欠いた物に変わってきていた。村長の問いを受けたクディックは、ため息をつくように──実際は「ため息」を付く事ができないのだが──、眉頭を上げてやや上方を見詰めながら言葉を続けた。
「今でなくてはならない理由があるのだが──、少し長くなるが、昔話に付き合ってくれないか、ヨハン──」
ソファに座ったまま相手を下から睨むように見上げていた村長は、自分の膝に肘をついて両の拳を組んで口に当てていたが、クディックの言葉が自分への問いかけで途切れている事を知ると、静かに立ちあがってクディックの左方の飾り棚を開けた。
「医者には止められているんだが──、とっときのワインがある。飲むか?」
クディックは目を伏せ、首を横にふるだけで申し出を断った。村長はそのままグラスとともに一本の瓶を出し、ソファに戻るとグラスに赤い液体を注いだ。実際は部屋の中の光量が足りない為に姢à毪韦坤㈥柟猡卧扦弦姢胝撙蝼攘摔工氤啶撙扦ⅳ胧陇洗_かだった。酒を口にすると、若干の落ち着きを取り戻す。他人から見れば、ソファに座ってワインを傾けている老人の方がよほど吸血鬼然と見えたに違いない。それほど金髪の若い男はその永い生を象徴していなかった。多少着ている服が時代がかっているものの、それ以外は平凡な青年に過ぎない。もっとも、正面からその眼を見た者は彼の真価を知る事になるだろうが、その眼と共に2本の長い牙さえも見てしまったならば、多くの場合はその存在をこの世から失う事になるだろう。
「リーテルを覚えているか」
クディックは右壁際に置かれていた粗末な木製の椅子を引き寄せて座った。様々の家具に紛れて置かれたその椅子は他の家具と同様、妻が掃除をしなくなってから埃を被り放題であったが、クディックはまったく気に留めていないようだった。彼が椅子の上で足を組むのを見ると、村長は彼の言葉の意味を反芻した。脳裏に1人の少女が浮かぶ。まだ父が健在だった頃に出会った少女。陽光と笑顔の似合う女性だ。記憶の反芻がやや深い部分に触れそうになり、村長は目を閉じた。
「ああ、リーテルにはわしが今のニナくらいの時に初めて会った。美しく、そして賢い娘だった」
「そうだ。あれほどに素晴らしい女性はいない。私はリーテルを愛した。リーテルも私を愛してくれた。誓って言うが、私は人としての心を持って彼女を愛した。あれほど深く誰かを愛する事はおそらくもう2度とあるまい。あるとすればニナだが、この場合は少し違うな──」
ふと、クディックの顔が親のそれになる。村長にしても幾人か自分の子供について話す友人を見て、その度におかしさを覚えたものだったが、彼の場合は飛び抜けていた。見た目はまったく若い青年のままであるので、まるで世間を知った風の若者が人生を説いているようで、そのちぐはぐさは笑いを呼ぶものだ。とはいえ、クディックの表情は真剣そのもので、あるいは先の表情も無意識だったのかもしれない。
「だが私とリーテルの愛情は周囲から祝福されるものではなかった。こんな事を言うと変に思うかもしれないが、我々ヴァンパイアの中にも掟というものがあってね──、もっとも我々は孤立して完成された単体だから、人間のように皆で協力して生活共同体を営む事はない。ただ、種族全体を脅かす禁忌がいくつかあるのみだ。吸血鬼と人間が結ばれるのもその一つだ。吸血鬼と人の間に生まれた子が優れた吸血鬼殺しになるというのは聞いた事があるだろう?」
それは村長にも経験があった。彼自身、首都に行って学問を修めた過去を持っているので、その時に色々の噂を聞きもしている。中世の吸血鬼伝説もその一つで、ダンピールとかいう外国の吸血鬼とのハーフは、父である吸血鬼を殺す唯一の手段であると考えられもしたらしい。
しかし──。
「ああ──。だが、吸血鬼自体が伝説だと信じられている今、それを真に受ける人間がいるとは思えないがな」
「我々は信じているさ。実際にそれはそうなのだよ。人と吸血鬼の特性を併せ持つハンターは、我々の動けぬ昼間を使って狩りを行う。何より、吸血鬼を信じないという我々にとって最大に有利な条件を持たないのが強みだ。最良のハンターはその親のみならず種族全体を通して危機を与える為、その存在は禁忌とされている。また、人を愛したヴァンパイアは人の味方をして血族全体の敵となる可能性もある。通常は年月を経て充分に精神的強さを持った血族のみが純粋な人間との結ばれる事を許されるのだが、私の場合は子を設けないという条件で一族の長に許可を得ていた──」
「だがニナが産まれたわけだな」
「そうだ。私自身本当に人間と吸血鬼の間に子供が生まれる事に半信半疑だった事もある。それは私の愚かさから招いた事態なのだが、一族に知られれば彼らはリーテルを消そうとするだろう。我々血族の情報伝達は極めて早い。守りきる自信がなかった私は、リーテルを血族に迎え入れた」
クディックは先とまったく変わらずに淡々と話していた為にその内容の重要さはともすればわすれがちだったのだが、村長は即座にその意味を理解した。
「貴様、リーテルの血を吸ったのか!」
村長の手に持たれたグラスが揺れ、中の液体がもこぼれそうになる。
「それより方法が無かったんだ!私は、吸血鬼同士の子ならば、吸血鬼殺しにはなり得ないと考えたのだが──。結局リーテルの命を縮める結果になってしまった。ニナを生んですぐ、リーテルは天に召された」
天に召された。クディックが敢えて宗教的な匂いのする表現を使ったことにより、彼がそれに対して特別な感情を抱いている事が知られた。亡くなったリーテルへの哀慕なのか、その悲惨な最期に対して忘れたい想いなのか。
「ニナは吸血鬼ハンターになるのか」
「いや、女性はハンターにならないはずだし、第一完全な吸血鬼として生まれるはずだった。しかし、成長するニナに吸血鬼としての徴候は見られなかった。ニナが人間らしいと判ると、私は自分の能力の限界を感じ始めた」
「限界?」
「我々は日中活動する事が出来ない。ニナは人間と同じ暮らしをするべきなのに、昼の間は育ててやる事ができないのだ。ましてや、ニナが危険にさらされたとしても守ってやる術がない。考えた挙句にリーテルが若い頃に住んでいたという村にニナを預ける事にした」
「それが13年前だな」
「そうだ。私にはそれ以上ニナの父親として育てる事が不可能だと思ったし、人の中で暮らせば普通の人間として一生を終えられると思ったのだ。人間であると言うことが証明できれば、同族の目を気にする事もない」
「ならば何故今更」
「それから私は世界を旅して回った。色々なものを見たよ、地平まで続く岩山、空一面のオーロラ、年中溶ける事のない閉ざされた氷の大地、世代を越えて殺し合う人間達──。そんな中、私は奇妙な噂を聞いた。ニナと同じく吸血鬼と人との間に生まれ、ハンターとしての素質を見せる事無く普通の人間として育ってきた男が、突然暴走したのだ。原因はわからないが、体に眠る血の覚醒と人間としての理性が干渉しあって個人の許容量を超えてしまったのだろう。彼は数百の人間を殺し、止める為に男を闇に葬ろうとした数十の吸血鬼も殺し、最期には火口に投げ込まれ髪一本残さずこの世から消滅した──」
「ニナがそれに当てはまると言うのか」
「その時点では判らなかったが、私はニナの元に戻って様子を観察した。君らにはわからなかったのかもしれないが、ニナの体に私の血が生きているのは一目で解った。同じだけ両親から受け継いでも、吸血鬼の血は人間のそれに勝ってしまう。その均衡が崩れるのが人間として完成されつつあるこの時期──。一刻の猶予もならぬと判断した私はニナの血の封印を解く事にした。吸血鬼として覚醒してしまえば破滅に陥る事もない」
村長もニナの態度が変化しているような違和感は感じていた。それはしかし、思春期ゆえの変化なのかと捉えており、あるいは女親がいればもっと早くに気付く事もあったかもしれないが、いや、気付かない振りをしていたのか。ニナの親としてクディックに責められているようで、我ながら弁明地味た口調になっていく。
「お前はニナの気持ちも考えずにそんな事をよくもできたものだ。やはりお前は──」
「ルガースとかいう男の事か?確かに私はリーテルを失ってこの数年にすっかり吸血鬼としての心に近づいてしまったが、そんな人間の下らん感傷に浸って手をこまねいているよりはましだ。放っておけば、死よりも哀れな状態になるのだぞ」
クディックは、これは彼のクセなのだろうか、食指を赤い唇の前に立てて視線を真っ直ぐに飛ばしている。やや眼が細まり、その部分を強調したい意思が伝えられる。
「ともかく、人生観をどうこう言ったところで君と私達には決定的な種族の差が有るし、その溝は埋められない。そして、ニナは私達吸血鬼の側に迎え入れられたのだ。もはやそれが変わる事は2度とない」
クディックは再び指を下ろし腕を組んだ。その軽い拒絶は、村長からニナが剥離していったことをも示していた。
「ああ、ニナ──」
「いい加減にしないか、ヨハン──。お前が臆病な精神を披露したところで事態は収束し得ない、むしろその逆だ。お前の息子のジョシュアの方がよほど現実を見ているのではないか。私は今の状況を説明しただけだ。お前に同意を求めるつもりはない──。我々はこれからのことを話すべきだ」
苛立ったように荒々しく椅子から立ちあがり、獣が威嚇するかのように青年は部屋の中を歩き回る。革靴の底が床板に触れる音だけが部屋の中にこだまして誰にも省みられないまま消えていく。村長は両手の平で顔を覆ってしまい弱々しさを表現している。そうしていると、まったくただの老人のように見られた。
「私はニナを連れていく。吸血鬼として生を歩み始めた以上、生きる術を教えるのが闇の父としての努めだ。私はニナを独立した存在にするよう教育しなければならない。我々は老いて死ぬことはないが、それでも存在を断たれる危険がないわけではない。ただ、そのルールが人間とはまったく違うのでな。そこで、だ。ヨハン、君には我々の追跡の手を止めさせて欲しい」
「だが、どうやって──」
村長は動かない。いや、動けなかったと言うべきか。それまで均衡していた空気はある瞬間を境にまったくクディックの方へ流れていた。村長は顔を覆った手の指の間から苦しげな声を漏らすのみ。彼は何に拘泥していたのだろう。或いはただ混乱して明晰な思考ができなかっただけなのかもしれない。それでも、そんな打ちのめされた人間を見る事に慣れてでもいるのか、クディックは彼を見下ろすように冷たく話し続ける。
「私に策がある。国境付近に警官隊が駐留しているから、そこをあるモノに襲わせる。それを犯人として皆に認めさせた後、事件が解決されたと村の者が信じればいい。その為には、そうだな、襲撃箇所に誰か信用できる者を送り込んで、それを村に伝える役目を持たせる事だ。馬車などがあれば半日で辿り着けるだろう。それから村内の主だった者を検分にいかせれば終わりだ。それで信用は得られるだろう」
「そんなにうまく行くものか」
「行くさ。村人達も、いや、駐留している警官たちにしても事態の解決を心から望んでいる、納得できる理由が与えられすれば、それを信じるのが人間と言うものだ。大体、お前にしてもそれを与えようと考えていたのだろう?数百年前の吸血鬼事件をヒントにして。もっとも、それはお前だけは真実に迫っていると確信していたわけだが」
「ルガースさえあんな事をしなければ上手くいっていたんだ」
「違うな、ルガースがしなくてももう一人同じ事をしようとした奴がいる。それに、お前達が掘り起こした者達は吸血鬼の兆候を示してはいなかった。当たり前だ。そんなに容易に吸血鬼が生まれてたまるものか。ともかくあれでは住民の不安が消える事は無かったに違いない。次々と吸血鬼の疑いがかけられていたことだろう。ややもすれば、お前自身が疑われたかもしれないな」
老人はすっかり奸言に飲み込まれている。もはや彼自身では思考を続ける事あたわず、ただ諾々といかにも親身になって相談に仱盲皮い毪韦瑜Δ蕬B度に押し切られているのみだ。クディックは中世画に描かれた誘惑する悪魔よろしく、ヨハンの肩に手を置き声を落としながら言い聞かせる。ヨハンはようやく顔を覆う手から視線を上げたが、既にその眼は現実の世界を見つつ何も見ていない。
「馬鹿な」
「有り得る事だよ。私が生まれた頃はまだ異端審問がひどい時期だった。あれは別に本当の悪魔狩りを行っていた訳じゃない。自分にとって都合の悪い奴を告発して消していっただけの話だよ」
「もういい、判った。お前達がこれで村から離れていくというのなら追う事はしまい。信頼できる者をあたってみよう。だが最後に、もう一度ニナに会わせてもらえないか」
外見だけの青年は上体を起こし老人から離れる。これは完全な取引の交換条件であり、老人がその契約を飲んだ事を示していた。とはいえ、その条件にクディックは不満だったのか、今まで笑みすら浮かべていた表情を元の冷たい仮面に戻し、ほとんど唇を開かないで器用に言葉を発した。それは見ようによっては官能を催させるものであったのだが、先刻から顔を直視する事が出来ないヨハンに気付くはずも無い。
「ニナを連れてくる事はできないが──、しばらく我々は国境付近にある古い貴族の別宅で過ごしている。今は誰にも使われなくなって久しいからそれに至る道もなくなってはいると思うが、隣村に続く道を行けば判るはずだ。赤い尖塔を目印にすればいい」
「ニナを頼む」
老人の目は手元のグラスにのみ注がれている。か弱そうな青年の視線すら、今は受け止められる自信がなかった。元々蛮勇を誇示するタイプではなかった上に、脆く被った虚勢のペルソナを奪われたとなれば、残されたのはただ浪費された時間を刻んだ額の皺のみだった。クディックは再び笑みを浮かべて柔和そうな青年に変化する。腰を折り曲げてヨハンの薄くなりかけた頭を見ながら、頭皮を通して直接脳に染み込ませるかのごとく別れを告げる。
「判っているさ。だが、彼女はすぐに私の手を離れる。いつまでも私の庇護下にいるわけではないよ。お前は、残された人生を大事にするんだな」
明かりが消える。ドアの開く音はしなかったが、部屋の中から気配が消えた事からクディックが出ていったことを知った。
村長の心に父親の言葉が蘇る。お前なんかに俺の跡を任せておけるか──。父親が死んで止む無く村長の地位を与えられ、必死に努力してここまで信頼を得る事ができた。誰にも頼られずにただ父親の陰に隠れておどおどしている弱虫ヨハンはもういない。しかし、それでも長年の間に複数被りつづけてきた仮面が崩れて少年のときの無力な自分がまだ内にいる事を知らされる。気付かずにいられればどれほど幸福な事だろう。今思えば、ジョシュアに必要以上に厳しく当たっていたのは、あの鋭い視線が怖かったからなのかもしれなかった。ジョシュアが祖父から受け継いだ、鷹のように獲物を探すあの目を怖れて。
村長はソファを立ちあがり、部屋の明かりを付けようとして空のグラスを持ったままだった事に気付き、電灯のスイッチを左手でひねった。部屋の中に明かりが戻った事に心底安堵の感情を覚えながら、それでも自分の置かれた状況が考えていた中でも最悪の部類に達している事を噛み締めていた。ソファに腰を下ろし、傍らの瓶の中の液体をグラスにあけた。一気にワインをあおってから自分が医者から酒を止められていた事を再び思い出す。その事に思い至って咄嗟に口の中に残った分を飲み下す事を躊躇い、村長は人の生き死にに関わる問題に携わっている最中に自分がまだ健康を考えていた事に気付いて苦笑した。意識して笑ったのはどれほど久しぶりか判らなかったが、それまで刻まれていなかった顔の皺が作る線は、笑いをまるで泣いているかのように歪めていた。
(続く) |
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