|
2010年10月13日(水)付
印刷
阿伽羅(あから)とは10の224乗のことで、とんでもない数らしい。「あから2010」というコンピューター将棋ソフトが、大きい名に恥じず、女流王将の清水市代さん(41)に勝った。コンピューターがプロを退けたのは初めてという▼敗者として科学史に名を刻むリスクを承知で、清水さんは受けて立った。まずはその勇気をたたえたい。敵は情報処理学会が手塩にかけた最強システムである。さすがの第一人者も持ち時間を使い切り、秒読みに追われてミスが出たらしい▼創立50年の記念事業を快挙で飾り、学会は大喜びだ。まさに阿伽羅ほどもある将棋の局面から、一流どころの棋譜を徹底的に覚え込ませたという。詰めに入って相手のうっかりを見逃すはずもない▼しかも、コンピューター将棋の世界選手権で鳴らした四つのプログラムが、各自の考えを多数決にかける合議型。清水さんは、手ごわい4人組と戦ったに等しい。将棋ソフトの進化を目の当たりにして、偶然も幸運もない理詰めの世界を実感した▼日本将棋連盟は、プロが公の場で許可なくソフトと対戦することを禁じている。だが、トップ級の勇気がソフトを磨き、強いソフトが棋士を鍛える。この競い合いに愛好者も酔うのだから、連盟は「頂上決戦」をためらうことはない▼秒読みに焦り、長時間の対局に疲れ、練達の士も過ちを犯す。ファンはそうした人間味を含めての名勝負に期待する。いわば敵陣の東大工学部で、清水さんは白い着物で機械を相手にした。その指し姿は、勝敗を超えて十分に美しかった。 |
|