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本帖最后由 印第安恋雅利安 于 2011-11-18 17:41 编辑
事業を通じ己を磨き、世に貢献すること
これが人が働く目的である
いま、出している私の結論です
さまざまな本や人の発言からこの結論になりました
仕事をすればいやなこともあります
では、何のためにそれをしているのか?
何度もそう思いました
いやなことが、社内の人間関係だったり
取引先との関係だったり
自分の能力のなさだったり
自分の甘えから来るものだったり・・・
さまざまです
でも、仕事だから仕方なくする
ある意味、仕方なくするのだけれどそれでいい
自分の都合だけだったらやらない
仕方ないから自分の都合を横に置いて人のためにする
その仕事というものが自分自身の弱さ、ずるさを鍛えてくれる
自分を磨いてくれる磨き砂なのだと
会社とは人が幸せになるための道具・器・手段
しかし、仕事があるからこそ自分自身が磨かれ
仕事があるからこそ、人の役に立てる
そして、仕事を一生懸命すると思うのです
さて、どこからが仕事でどこからが仕事でないのか?
仕事も生活も同じようではないか?
すべて仕事なのではないか?
寝ている時以外はすべて仕事・・・
いや、寝ている時も脳は考えている
潜在意識は活動しているとすれば・・・
つまり、生きている間じゅうすべて仕事だと
これを、働楽学と
働くと、楽しむと、学ぶが一緒
生活が全て、働楽学になる
ここまで来ると達人の域ですね
仕事とは神の与えた罰である
だから、早くたくさん稼いで老後は余暇を楽しむ
これが欧米思想です
しかし、日本人はそう思わない
働きそのものの中に喜びを見い出しそこから学ぶ
古来、日本人はそうしてきたようです
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