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1 十六歩歩くことについて(3)
僕はラジオの交通情報を聞きながらコーヒーをすすり、はさみで二通の手紙の封を切った。一通は家具店からの通知で、期間中に家具をお買い上げになると全て二割引きになると書いてあった。もう一通は思い出したくもない相手から来た読みたくもない手紙だった。僕は二通の手紙をまとめて丸め、足もとの屑かごに放りこみ、そして残りもののチーズ?クラッカーをかじった。彼女は寒さをしのぐような格好で両手でコーヒー?カップを包みこみ、縁に唇を軽くつけたままじっと僕を見ていた。
我一边听着交通新闻一边小口喝着咖啡,把夹在腋下的两封信打开。一封信是从家具店寄来的通知,在规定时间内购买家具全部可以降两折。另一封信是不乐意记起的一个家伙寄来的也不想看的信。我把第二封信揉成团扔到脚旁边的垃圾筒,接着咬着剩下的奶酪。她像在驱寒那样用两手捧着咖啡杯,用嘴唇轻轻地挨着杯口定神地看着我。
「冷蔵庫にサラダがあるわよ」
“在冰箱里有色拉。”
「サラダ?」僕は頭を上げて彼女を見た。
“色拉?”我抬起头望着她。
「トマトといんげん。それしかなかったから。きゅうりは悪くなってたから捨てたわよ」
“是西红柿和豆角。也只有这些。黄瓜已经变坏,扔了。”
「うん」
“啊,是这样。”
僕は冷蔵庫からサラダの入った青い沖縄(おきなわ)ガラスの深皿を取り出し、瓶の底に五ミリほど残っていたドレッシングを空になるまでふりかけた。トマトといんげんは影のように冷やりとしていた。そして味がない。クラッカーにもコーヒーにも味はなかった。おそらく朝の光のせいだ。朝の光が何もかもを分解してしまうのだ。僕はコーヒーを途中であきらめてポケットからくしゃくしゃになった煙草をとり出し、まるで見覚えのない紙マッチを擦って火を点けた。煙草の先端がぱちぱちという乾いた音を立てた。そして紫色の煙が朝の光の中に幾何学的な模様を描いた。
我从冰箱里取出了装有色拉的青色冲绳高玻璃杯,在杯底约有5厘米的调味汁,把那些汁全部掏空涂上去。西红柿和豆角被冻得发阴,也没有味了。咸饼干和咖啡也都没有味了。恐怕是早上光线的原因,阳光把这些东西都能分解开来。我喝了一半咖啡就不再喝了,从裤兜里拿出了被压皱的香烟,用简直已经陌生的火柴点着烟。烟头响起啪啦啪啦的干燥声音。接着紫色的烟雾在早晨的阳光光线中画着可变的几何形状。
「葬式だったんだ。それで式が終わってから新宿に出てずっと一人で飲んでたんだ。」
“参加了一个葬礼。结束后去了新宿,一直一个人在那里喝的。”
猫がどこからかやってきて、長いあくびをしてから彼女の膝にひらりと跳び乗った。彼女は猫の耳のうしろを何度かかいていてやった。
猫不知道从哪里走了过来,打了一个长长的哈欠,轻快地跳到她的膝上。她几次挠着猫的耳后。
「何も説明しなくたっていいのよ。」と彼女は言った。「もう私には関係のないことだから」
“什么也不说,也无所谓了。”她说。“和我已经没有什么关系了。”
「説明してるんじゃないよ。しゃべってるだけさ」
“我并没有给你说明什么,只是随便说了出来。”
彼女は小さく肩をすくめ、ブラジャーの吊り紐をワンピースの中に押し込んだ。彼女の顔には表情というものがまるでなかった。それは僕に、いつか写真で見た海の底に沈んでしまった街を思い出させた。
她耸耸自己的小肩膀,把胸罩的吊带朝连衣裙里掖掖。在她的脸上简直连表情都没有了。这让我想起了什么时候从照片上看到的沉入海底的大街。
「昔のちょっとした知り合いだったんだ。君の知らない人だけどね」
“是以前认识的一位,你不认识的人。”
「そう?」
“是吗?”
彼女の膝の上で猫を手足をいっぱいに伸ばし、それからふうっと息を吐いた。
在她膝上的猫尽情地伸开手脚,然后轻轻地吐口气。
僕は口をつぐんだまま煙草の火先を眺めていた。
我闭上嘴看着烟头的红光。
「どうして死んだの?」
“是怎么死的?”
「交通事故だよ。骨が十三本も折れたんだ」
“因为交通事故。有十三根骨头断了。”
「女の子」
“是女的吗?”
「うん」
“是的。”
七時の定時ニュースと交通情報が終わり、ラジオは再び軽いロック?ミュージックを流し始めた。コーヒー?カップを皿の上に戻し、僕の顔を見た。
七点定时的新闻和交通信息播报完了,收音机再次播放出着轻音乐。把咖啡杯放到小盘子上,她看着我的脸。
「ねえ、私が死んだときもそんな風にお酒飲むの?」
“这样的话,等我死后是不是也要以那种方式去喝酒呢?”
「酒を飲んだのと葬式とは関係ないよ。関係あったのは始めの一杯か二杯さ」
“喝酒和葬礼没有关系。有关系的是开始的第一杯第二杯。”
外では新しい一日が始まろうとしていた。新しい暑い一日だ。流しの上の窓から高層ビルの一群が見えた。いつもよりずっと眩しく輝いている。
外面新的一天开始了。是新的暑热的一天。从洗碗池上面的窗户看到一群高楼。比平时更加光彩夺目。
「冷たいものでも飲む?」
“凉的东西也能喝吗?”
彼女は首を振った。
她摇摇头。
僕は冷蔵庫からよく冷えたコーラの缶を取り出し、グラスにつがずに一息で飲んだ。
我从冰箱里拿出了冰镇的瓶装可乐,也没有向玻璃杯里倒,直接一口气喝完。
「誰とでも寝ちゃう女の子だったんだ」と僕は言った。まるで弔辞みたいだ。故人は誰とでも寝ちゃう女の子でした。
“她是和谁都能睡觉的女人。”我说。这简直就像是悼词,死去的人是和谁都可以睡觉的女人。
「何故そんなこと私にしゃべるの?」と彼女はいった。
“为什么把那样的事讲给我听呢?”她问道。
どうしてかは僕にもわからなかった。
为什么呢,我自己也说不清楚。
「とにかく、誰とで寝ちゃう女の子だったのね?」
“总之,就是和谁都能睡觉的女人。”
「そうだよ」
“是那样的吗。”
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