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1 奇妙な男のこと 序 (2)
「離婚したんだって?」と彼が口を開いた。
“你是不是已经离婚了?”他倒是先开口说。
「二ヵ月も前の話だぜ」と僕は窓の外に目をやったまま言った。サングラスをはずすと目が痛んだ。
“这已经是两个月之前的事了。”我把目光投到窗外说。摘下墨镜的时候眼睛很疼。
「どうして離婚したんだ?」
“为什么要离婚呢?”
「個人的なことだよ」
“这是我个人的事情呀。”
「知ってるよ」と彼は我慢強く言った。「個人的じゃない離婚なんて聞いたこともない」
“这一点我知道。”他很傲慢地说。“没听说过离婚不是个人的问题。”
僕は黙っていた。お互いのプライブェートな問題に触れないことが長年にわたる我々の暗然の了解だった。
我沉默。不触及相互之间的个人隐私,我们在很长时间内都是在这样默然熟知中度过的。
「余計な詮索をするつもりはないんだ」と彼は言いわけした。「でも彼女とは僕も友だちだったしさ、ちょっとしたショックだったんだよ。それに君たちはずっと仲良くやってると思ってたからね」
“我也并不是想多余找事。”他开始讲理由。“可是她也是我的朋友,对我也算是一点冲击。一直以为你们在很好地过着。”
「ずっと仲良くやってたよ。それに喧嘩別れしたわけでもない」
“的确一直很好。而且也并不是吵架分开的。“
相棒は困った顔をした黙り込み、あいかわらずボールペンの先で手のひらをつつきつづけていた。彼は濃いブルーの新しいシャツに黒いネクタイをしめ、髪にはきちんとくしが入っていた。オーデコロンとローションの匂いは揃いだった。僕はスヌーピーがサーフボードを抱えた図柄のTシャツに、まっ白になるまで洗った古いリーヴァイスと泥だらけのテニス?シューズをはいていた。誰が見ても彼の方がまともだった。
同事一副难看的面孔沉默起来,他照旧还用圆珠笔在左手上戳着。他在深蓝色的新衬衣上系着黑领带,头发梳理后很整洁,还有浓浓的香水和洗发剂味。在我穿的T恤衫上印有一人抱着冲浪板图画,还穿着完全洗旧变白的牛仔裤,脚上穿的是满是泥的网球鞋。两人相比,别管是谁来看他都是一本正经的。
「我々と彼女が三人で働いてた頃のことを覚えてるか?」
“还记得我们俩和她三人一起工作的事情吗?”
「よく覚えてるよ」と僕は言った。
“记忆深刻。”我说。
「あの頃は楽しかったよ」と相棒は言った。
“那个时候很愉快的吧。”同事说。
僕はエアコンの前を離れて部屋の中央にあるスウェーデン製のスカイブルーのふわふわとしたソファーに腰を下ろし、応接用のシガレット.ケースからフィルターつきのポールモールを一本取って重い卓上ライターで火を点けた。
我从空调前离开,坐到摆在房子中间从瑞典进口的天蓝色的沙发上,从接待用的香烟盒中取出一支带过滤嘴的香烟,用放在桌子上很沉的的打火机点着。
「それで?」
“那么?”
「結局のところ、我々は少し手を広げすぎたんじゃないかって気がするんだ」
“到后来,你没有感到我们的工作多了业务扩大了很多。”
「君がいってるのは広告とか雑誌のことだな?」
“你所说的是那广告和杂志的事吧。”
相棒は肯いた。彼がそれを言いだすまでにずいぶん悩んだに違いないと思うと少し気の毒になった。僕は卓上ライターの重みを確かめ、それからねじをまわして炎の長さを調節した。
同事点头。在说出这件事之前他肯定很烦恼。一想到这些我就有点不忍。我确定了桌上打火机的轻重之后,然后转了转阀门调节了火苗的大小。
「君の言わんとすることはわかる」と僕は言ってライターをテーブルの上に戻した。「でもよく思い出してくれよ。そういった仕事はそもそも僕が取ってきたわけでもないし、僕がやろうと言い出したわけでもないんだぜ。君が取ってきて、君がやってみようと言ったんだ。そうだろ?」
“我明白你要说的事情。”我一边说着一边把打火机放到桌子上。“可是你要好好地想想,那些工作最初也并不是我弄来的,我也没有说想做。是你弄来的,你做下去的。是不是这样?”
「断り切れない事情もあったし、その時はちょうど暇だったし……」
“不便拒绝的事情也有,正好那时候也有空闲。”
「金にもなった」
“而且也有钱了。”
「金にはなったよ。おかげで広い事務所には引越せたし、人も増えた。車も買い換えたし、マンションも買ったし、二人の子供を金のかかる私立学校にも入れた。三十にしちゃ金のある方だと思うよ」
“是有钱了。为此也搬到了宽广的办公室,还增加了人。也换了车,买了公寓,让两个孩子也去了花钱的私立学校。在三十岁时已成为有钱人了。”
「君が稼いだんだ。恥じることはないさ」
“你也挣了钱。也没有可耻的事。”
「恥じてなんかいないよ」と相棒は言った。そして机の上に放り出したボールペンを手に取って、手のひらのまんなかを何度か軽く突いた。「でもさ、昔のことを思うとなんだか嘘みたいな気がするんだ。二人で借金を抱えて翻訳の仕事を集めてまわったり、駅前でビラを配ってた頃のことがさ」
“没有什么可耻的事。”同事说。把扔到桌子上的圆珠笔放到手里,轻轻地扎了几次手心。“回想一下过去的事,感觉就像虚假的那样。比如,两人借钱开始做翻译工作,在车站前发送小广告。”
「今だって配りたきゃ二人でビラを配ったっていいんだぜ」
“现在想做的话再去散发也不错。”
相棒は顔を上げて僕を見た。「なあ、冗談で言ってるんじゃないんだ」
同事抬起头看着我。“我可不是在开玩笑?”
「こっちもそうだよ」と僕は言った。
“我也没有开玩笑。”
我々はしばらく黙った。
我们沉默了一会儿。
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