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1 奇妙な男のこと 序 (3)
「いろんなものが変っちゃったよ」と相棒が言った。「生活のペースやら考え方がさ。だいいち俺たちが本当にどれだけもうけているのか、俺たち自身にさえわからないんだぜ。税理士が来てわけのわからない書類を作って、なんとか控除だとか減価(げんか)償却(しょうきゃく)だとか税金対策だとか、そんなことばかりやってるんだ」
“各种各样的事都在变。”同事说。“像生活的节奏、思想方法都在变。比如说我们真正赚了多少?我们自身也不明白。收税专业人员来后就制作一些让人不明白的图表文件,就是说明什么扣除、什么减价以及税金对策等,尽干那些事。”
「どこでもやってることだよ」
“什么地方都要做这些事。”
「わかってるさ。そうしなきゃいけないことだってわかってるし、実際にやってるよ。でも昔の方が楽しかった」
“我明白了。那些都是不该做的事,而实际上都做了。那么还是喜欢原来的方式。”
「生ひたつにつれ牢獄のかげは、われらのめぐりに増えまさる」と僕は古い詩の文句を口ずさんだ。
“生ひたつにつれ牢獄のかげは、われらのめぐりに増えまさる”一首古诗从我嘴中说了出来。
「なんだい、それは?」
“你这是在说些什么?”
「なんでもないよ」と僕は言った。「それで?」
“什么也没有说。”我说。“那么。”
「今ではなんだか搾取してるみたいな気がするんだ」
“现在感觉到什么都在像要搾取点什么?”
「搾取?」僕は驚いて顔を上げた。我々のあいだには二メートルほどの距離があり、椅子の高さの関係で彼の頭は僕より二十センチばかり上にあった。彼の頭のうしろには石版画がかかっていた。見たことのない新しい石版画で、羽根のはえた魚の絵だった。魚は自分の背中に羽根がはえていることにあまり満足しているようには見えなかった。たぶん使い方がうまくわからないのだろう。「搾取?」と僕はもう一度、今度は自分に対して問いかけてみた。
“搾取?”我吃惊地抬起头。我们之间也只有两米的距离,因为椅子高度的原因,他的脑袋比我的要高20厘米。在他的脑后掛有一幅石版画。是没有看到过的新石版画,那画是长有羽毛的鱼。也没有看出,鱼对在自己的背后长有羽毛挺满足的。大概使用的人也没有完全明白。“搾取?”我又说了一遍,这一次像是在问自己。
「搾取だよ」
“就是搾取。”
「いったい誰から?」
“到底从谁那里?”
「いろんなところから少しずつ」
“从各种地方少搾取一点。”
僕はスカイブルーのソファーの上で足を組んで、ちょうど目の高さにある彼の手と、彼の手の中にあるボールペンの働きをじっと眺めていた。
我坐在天蓝色的沙发上交叉了腿,正好盯着和我的眼睛一样高的他的手和他手中圆珠笔的动作。
「とにかく、我々は変ったと思わないか?」と相棒は言った。
“总之,你没有想过我们已经变了。”同事说。
「同じだよ。誰も変ってない、何も変ってない」
“相同的。谁也没有变,什么也没有变。”
「本当にそう思ってる?」
“真的那样想吗?”
「そう思ってる。搾取なんて存在しない。そんなものはお伽話さ。君だって救世軍のラッパが本当に世界を救えると思ってるわけじゃないだろう?君は考えすぎるんだよ」
“是的,就那样想的。搾取什么的不存在。那样的东西像是童话小说。你呢难道在想,救世军的号角真正地在挽救世界?你想得太多了。”
「まあいい、きっと俺は考えすぎるんだ」と相棒は言った。「先週君は、つまり我々は、マーガリンの広告コピーを作った。実際のところ悪くないコピーだった。評判も良かった。でも君はこの何年かマーガリンを食べたことなんてあるのか?」
“啊,是的,我肯定想多了。”同事说。“上个星期你,也就是我们,在制作人造黄油的广告。实际上也并不是恶意的广告。评价也不错。不过你在这几年间吃过那人造黄油吗?”
「ないよ。マーガリンは嫌いなんだ」
“没有吃过。我讨厌人造黄油。”
「俺もないよ。結局そういうことさ。少なくとも昔の俺たちはきちんと自信の持てる仕事をして、それが誇りでもあったんだ。それが今はない。実体のないことばをただまきちらしてるだけさ」
“我也没有吃过。结果就是那么回事。以前过去的我们至少在做有自信的工作,也有夸奖的。但现在没有了。只是在散布空洞的语言。”
「マーガリンは健康にいいよ。植物性脂肪(しぼう)だし、コレステロールも少ない。成人病になりにくいし、最近は味だって悪くない。安いし、日もちがする」
“人造黄油对健康很有利。是植物性脂肪,胆固醇很少。很难得成人病,而且味道也好。还便宜,保质期长。”
「じゃあ自分で食べろよ」
“既然那样你就自己吃吧。”
僕はソファーに沈み込んで、ゆっくりと手足をのばした。
我在沙发上沉下去,慢慢地伸了伸胳膊腿。
「同じだよ。我々がマーガリンを食べても食べなくても、結局は同じことなんだ。地味な翻訳仕事だってインチキなマーガリンの広告コピーだって根本は同じさ。たしかに実体のないことばを我々はまきちらしている。しかし実体のあることばがどこにある?いいかい、誠実な仕事なんてどこにもないんだ。誠実な呼吸や誠実な子便がどこにもないようにさ」
“一样的。我们吃还是不吃那个黄油,结果是一样的。做普通的翻译工作和拷贝欺骗的黄油广告,其本质是一样的。的确我们在散
布空洞的语言。但是有真实的语言在哪里有呢?实际上诚实的工作在什么地方都没有。就像连真实的呼吸和真实的小便在什么地方也都没有。”
「君は昔はもっとナイーブだったぜ」
“过去的你更纯真一点。”
「そうかもしれない」と言って僕は灰皿の中で煙草をもみ消した。「きっとどこかにナイーブな町があって、そこではナイーブな肉屋がナイーブなロースハムを切ってるんだ。昼間からウィスキーを飲むのがナイーブだと思うんなら好きなだけ飲めばいいさ」
“也许是那样。”说后我在烟灰缸里把烟弄灭。“肯定在什么地方有那纯真的街道,在那里的纯真的肉店切那纯真的烤肉。如果说从白天开始喝威士忌是纯真的话,只要喜欢就喝下去。”
ボールペンが机を叩くコツコツという音だけが長いあいだ部屋を支配していた。
也只有那圆珠笔敲打桌子的声音在很长一段时间里支撑着这个房子。
「悪かった」と僕は謝った。「そういう言い方をするつもりはなかったんだ」
“我不对。”我道谦说。“我并不想那样说。”
「べつにいいよ」と相棒は言った。「たしかにそうかもしれないな」
“无所谓了。”同事说。“也许的确是那样。”
エアコンのサーモスタットがかたんと音を立てた。おそろしく静かな午後だった。
空调的温控开关“咔嚓”发出了声。大概是个非常安静的下午了。
「自信を持てよ」と僕は言った。「我々は我々だけの力でここまでやってきたんじゃないか。誰にも貸しも借りもない。バックがあったり肩書きがついたりするだけでふんぞりかえってるその辺の連中とはわけが違うんだ」
“要有自信。”我说。“我们也就是只凭借我们自己的力量发展到现在这个状态。也没有向谁借向谁贷。和那些有后台有头衔的人不一样。”
「我々は昔友だちだったな」と相棒が言った。
“我们也只是老朋友。”同事说。
「今でも友だちだよ」と僕は言った。「ずっと力をあわせてやってきたんだ」
“现在也是好朋友呀!”我说。“而且一直还在努力合作中。”
「離婚してほしくなかったんだ」
“并不希望你离婚。”
「知ってるよ」と僕は言った。「でもそろそろ羊の話をしないか?」
“这个我知道的。”我说。“还是不想说说有关羊的事?”
彼は肯いてボールペンをペン皿に戻し、指の先で瞼をこすった。
他点点头,把圆珠笔放到笔筒里,用指尖摸一摸眼睑。
「その男が来たのは今朝の十一時だった」と相棒は言った。
“那位男的来这里的时间是今天上午11点。”同事说。
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