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2 羊博士登場 (6)
「やれやれ」と僕は言った。やれやれという言葉はだんだん僕の口ぐせのようになりつつある。「これで一ヵ月の三分の一が終わり、しかも我々はどこにも辿りついていない」
「そうね」と彼女は言った。「いわしはどうしているかしら?」
我々は夕食のあとでいるかホテルのロビーにある品の悪いオレンジ色のソファーの上で休んでいた。我々のほかには例の三本指のフロント係がいるだけだった。彼は梯子を使って電球をとりかえたり、窓カラスを拭いたり、新聞をたたんだりしていた。我々以外にも何人か泊まり客はいるはずなのだが、みんな日かげにおかれたミイラみたいにことりとも音を立てずに部屋にこもっているようだった。
「お仕事の方はいかがですか?」とフロント係は鉢植えに水をやりながらおそるおそる僕に尋ねた。
「あまりぱっとしないね」と僕は言った。
「新聞に広告をお出したりになりましたようで」
「そうなんだ」と僕はいった。「土地の遺産相続(そうぞく)のことで人を捜してるんですよ」
「遺産相続?」
「そう。なにしろ相続人が行方(ゆくえ)不明ときてるから」
「なるほど」と彼は納得した。「面白そうな御職業で」
「そんなこともないですよ」
「しかしどことなく『白鯨』のような趣(おもむ)きがあります」
「白鯨?」と僕は言った。
「そうです。何かを探し求めるというのは面白い作業です」
「マンモスとか?」と僕のガール?フレンドが訊ねた。
「そうです。なんだって同じです」とフロント係は言った。「私がここをドルフィン?ホテルと名付けましたのも、実はメルブィルの『白鯨』にいるかの出てくるシーンがあったからなんです」
「ほう」と僕は言った。「しかしそれならいっそのこと鯨ホテルにデモすればよかったのに」
「鯨はあまりイメージがよくないんです」と残念そうに彼は言った。
「いるかホテルってすてきな名前よ」とガール?フレンドが言った。
「どうもありがとうございます」とフロント係はにっこりした。「ところでこのように長期滞在していただきましたのも何かのご縁ということで、お礼のしるしにワインなどをさしあげたいと思うのですが?」
「嬉しいわ」と彼女は言った。
「どうもありがとう」僕は言った。
彼は奥の部屋にひっこむと、しばらくしてから冷えた白ワインとグラスを三つもってやってきた。
「まあ乾杯ということで、仕事中ですが私もしるしだけ」
「どうぞどうぞ」と我々は言った。
そして我々はワインを飲んだ。それほど高級なものではないけれど、さっぱりとした気持の良い味のワインだった。グラスも葡萄のがらのすかしが入ったなかなか粋なものだった。
「『白鯨』が好きなんですね?」と僕は訊ねてみた。
「ええ、それで小さい頃から船乗りになろうと思っていたんです」
「それで今はホテルを経営しているのね?」と彼女は訊ねた。
「このとおり指を失くしてしまいましたもので」と男は言った。「実は貨物船の積荷を下ろしているうちにウィンチに巻き込まれちゃったんです」
「可哀そうに」と彼女は言った。
「その時は目の前がまっ暗になりましたね。でもまあ、人生というのはわからんものです。なんとか今ではこのようにホテルを一軒持てるようになりました。たいしたホテルではありませんが、それなりになんとかやっております。これでもう十年になりますか」
とすれば彼はただのフロント係ではなく、支配人なのだ。
「最高に立派なホテルよ」と彼女は励(はげ)ました。
「どうもありがとうございます」と支配人は言って、我々のグラスに二杯めのワインを注いでくれた。
「でも十年にしては、なんというか、建物に風格がありますね」と僕は思いきって訊ねてみた。
「ええ、これは戦後すぐに建てられたんですよ。ちょっとした縁がありまして安く買いとることができました」
「ホテルの前にはいったい何に使われていたんですか?」
「北海道綿羊会館という名になっておりまして、綿羊に関する様々な事務と資料を……」
「綿羊?」と僕は言った。
「羊です」と男は言った。
“哎呀呀。”我说。这种说法逐渐成了我的口头禅。“就这样一个月的三分之一已经结束了,可是我们还没有什么进展。”
“是的。”她说。“那只沙丁鱼猫现在怎么样呢?”
晚饭后我们在宾馆服务大厅的一个不怎么样的橘子颜色的沙发上休息。除我们之外也只有三指的服务员。他用梯子换灯泡,擦玻璃窗,整理报纸。在我们之外还应有几位客人居住在这里,他们就像放在暗处的干尸那样毫无声息地守在房子里。
“你们的工作进展怎么样?”服务员向花盆里浇着水提心吊胆地问我。
“还没有什么起色。”我说。
“你们在报纸上刊登广告了。”
“是的。”我说。“因为遗产继承之事而找人。”
“遗产继承?”
“是的。就是那继承人去向不明。”
“原来是这样。”他明白了。“很有趣的职业。”
“也并不那么有趣。”
“总觉得有点像白鲸那样的乐趣。”
“白鲸?”我说。
“是的。在探求寻找什么那是很有趣的工作。”
“猛犸呢?”我的女朋友问。
“是的。具体是什么都是一样的。”服务员这样说。“我把这里命名为海豚宾馆,实际上是因为在一位作家的《白鲸》中有海豚出现这种场面。”
“是吗?”我说。“可是即便有那样的场面,直接命名鲸宾馆不是更好吗?”
“鲸的印象并不那么好。”他遗憾地那样说。
“你命名的海豚宾馆是很漂亮的名字。”女朋友说。
“太感谢你了。”服务员微笑着。“那么你们这么长时间住在这里肯定有什么缘份,为了感谢你们给你们提供葡萄酒什么的如何?”
“太高兴了。”她说。
“谢谢你了。”我说。
他走到里面的屋子里,过了一会儿拿来了一瓶冰镇的白葡萄酒和三个玻璃杯。
“算是干杯什么的,因为在工作中,我也有少喝点。”
“请,请。”我们说。
接着我们就开始喝葡萄酒。虽然并不是那么高级的东西,但却是让人感到很清爽的葡萄酒。那玻璃杯也像是带有葡萄品位那样的透彻的东西。
“你喜欢白鲸吗?”我问。
“是的。为此从小时候开始就想乘船当水手。”
“那为什么现在经营起宾馆了?”她问。
“也因为我丢掉了手指头。”那男的说。“实阳上在卸货船的货物时被卷扬机卷住了。”
“那也太可惜了。”她说。
“那个时候我眼前漆黑。这样就不知道人生会怎样发展了。总算现在有了这个宾馆。虽不是什么很重要的宾馆,算是有件事可操办了。这样已经过了十年了。”
这样的话他可不仅仅是服务员,而且还是所有人。
“这是最好的最漂亮的宾馆。”她鼓励说。
“非常感谢。”宾馆所有人说着,他又向我们的杯中倒入第二杯葡萄酒。
“那么已经过了十年,不管怎样,这建筑还是有个什么风格的。”我想着就随便问了。
“是的。这是在战后马上建造的。正好有个理由很便宜地买了过来。”
“改作宾馆之前这建筑到底做什么用了?”
“曾用名是北海道绵羊会馆,有关绵羊的各种各样的事务和资料……”
“绵羊?”我说。
“是羊。”男的说。 |
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