日本アニメへの関心とその消費は過去 10 年で世界的に急激な伸びを見せた。アニメと関連キャラクター商品販売額は、2002 年には 9 兆円となったが、10年前の販売額はこの1割以下でしかなかった注1。他の市場では、鉄鋼や製造業や重機械などの分野をはじめ日本の売り上げは下降気味だが、最近のウォール・ストリート・ジャーナル紙も述べたように「日本は文化輸出によってその低下分を余裕で埋め合わせている注2」また小泉純一郎首相は、平成十五年国会の開会式辞でアニメを賞賛した。『千と千尋の神隠し』を代表例としてあげつつ、小泉はアニメが「日本文化の救世主」になったと主張した注3。これほどのもてはやされぶりを前にして、こう尋ねてみよう:かつては日本の子供向けに生産されて消費される製品と思われていたアニメが、どうしてグローバルなメディア市場でこれほどの勢力を持つようになったのか?
答えは、アニメが国際的に他の国から求められたから、であって日本側がそれをプッシュしたからではない。1960 年代から 1970 年代に、まさに「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のスローガンが日本の一般意識を変えつつあった時期に日本で学んだり従軍したりして、アニメやマンガに興味を持つようになった国際的な人々の波があったのだ。アメリカに戻った人々は、アニメやマンガを友人たちと共有したいと思った。1975年にアメリカと日本の大惺袌訾衰鹰钎钎氓毪贽zんだことで、これが可能になった。初めてファンたちは番組を録画して、アメリカの知り合いに見せられるようになったのだった注4。それ以前は日本語と英語のことばの壁があったために共有はむずかしく、ファンたちは SF 大会の奥のほうで、すばらしい映像と得体の知れないことばが観客を襲う中で、ごくかいつまんだアニメの筋書きを説明するのがせいぜいだった。もっとひどい場合には、読者は日本語の読める友人を横に、「後ろから進む文字や絵」を格闘するハメになった。当時についてヘンリー・ジェンキンズはこうコメントしている:「あれが何を言ってるんだかさっぱりわからなかったけれど、でもすっごくクールに見えたんだよ注5」
新しい技術と新しい流通ネットワークのおかげで、ファンたちはアニメの福音をすぐに伝えられるようになった。続いて生じたのはファン流通の誕生だった――全国に広がる巨大なアングラネットワークでアニメ番組が流通するようになったのだった。ファンダムの構成が変わるにつれて、「ファンサブ」、つまりファンによるアニメビデオの翻訳と字幕追加が1990年までには流通プロセスに追加されていた。大学を卒業したファンの多くはアニメ会社を設立し、今日の業界リーダーとなっている。
アニメのファン流通ネットワーク――1970 年代から 1990 年代初期にかけて、アニメを輸入してアメリカの広大なアングラネットワークで流通した日本アニメファンたちのネットワーク――は「改宗コモンズ」、つまりある特定の目的を推進するためにメディアやアイデアが自由に交換できる空間となっている。このネットワーク上で多くの人は富を築き、そしてもっと多くの人々が、日本アニメについての知識と情熱をアメリカのファンたちに広めた。これはインターネットの広範な採用以前の話だ。こうした拡大は、グローバル化というのがアメリカの文化帝国主義だという説を嘲笑するものだ。というのもこの場合にはアメリカ人たちが別に日本の業界から恫喝を受けたわけでもないのに、大挙して日本の文化産物を自ら引っ張り込んでいるからだ。アニメの草創期には、翻訳、再構成や再製作は、収益の達成に反するものではなかった。むしろこのファンによるプロセスこそが、アニメの広範な商業利用の前提となる財とサービスとして機能したのだった。ファンたち、流通者たち、製作者たちはみんな、後にこうしたファンによるプロセスが必要だったということを否定したがる。著作権による制限に真っ向から抗して、アニメのファン配信は 1970 年代から 1990 年代にかけて花開き、やがて国内産業を生み出す原動力となり、技芸の推進をもたらしたのだった。
本論は以下のように構成されている。第二章では、「アニメ」「マンガ」「ファン流通」「ファンサブ」といった、本分析で多用される用語になじみのない読者のための説明を行う。第三章では、アメリカでのアニメに対する関心拡大と関連したアニメファン現象の歴史を詳細に記述し、1976 年から 1993 年の主要プレーヤーたちのプロセスや動機を明らかにする。この歴史は独自のインタビューや一次情報源に基づいており、最終的にはファン流通が経済的には正規ライセンス作品が商業的に成立する前提財として機能したということを明らかにする。第四章では、ファン配信とファン活動の法的分析を示し、検討している期間中の日米の著作権法と、関連する著作権施行条例などを検討する。そしてファン配信が自分たちの目標を実現するためには著作権侵害を冒すしかなかったということを明らかにする。最終章では、こうした分析を組み合わせて、現存する著作権制度が否定したはずの経済活動領域が生み出されて、それがアニメ消費の急速な拡大に貢献し、結局はすべての関係者がそれによって利益を得たのだ、ということを主張する。
注:
注 1:大韓民国政府調査, 2002.
注 2:共同通信。Wall Street Journal. 17 Apr. 2003.
注 3:"The Hollowing Out of Japan’s Anime Industry." Mainichi Interactive. 25 Feb. 2003. <http://mdn.mainichi.co.jp/news/a ... 0oa024000c.html> 8 May 2003.
注 4:"1975: Sony Betamax Combination TV/VCR Released in the U.S." CED Magic: Pictorial History of Media Technology. <http://www.cedmagic.com/history/> 8 Dec. 2003.
注 5:Jenkins, Henry. 個人インタビュー. 28 August 2000. |