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ペンローズの量子脳理論のtxt

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发表于 2020-2-13 12:22:05 | 显示全部楼层 |阅读模式
本帖最后由 あばよ 于 2020-3-5 19:38 编辑

1イントロダクション
http://x0000.net/topic.aspx?id=3703-0
2時間と空間:量子力学と、アインシュタインの重力理論
http://x0000.net/topic.aspx?id=3704-0
3曲がった時空間の重ね合わせと客観的収縮(「OR」)
http://x0000.net/topic.aspx?id=3705-0
4マイクロチューブル
http://x0000.net/topic.aspx?id=3706-0
5「Orch OR」による意識のモデルの要約
http://x0000.net/topic.aspx?id=3707-0
6結論:線虫であるということはどんな感じがするか?
http://x0000.net/topic.aspx?id=3708-0

「意識は、マイクロチューブルにおける波動関数の収縮としておこる」

ロジャー・ペンローズ
スチュアート・ハメロフ

要約:「意識とは何だろうか?」

哲学者の中には、「クオリア」、すなわち、「意識」を構成する経験のメディアが、現実の基本的な構成要素となっていると主張する人もいる。たとえば、ホワイトヘッドは、宇宙は、「経験の機会」(occasions experience)の集合であると述べた。このような世界観は事実なのだろうか?
その可能性を科学的に追求するためには、物理的現実自体の性質を再検討する必要がある。たとえば、アインシュタインの一般相対性理論によって記述される4次元時空の物理学と、量子力学との関係を再検討しなければならないだろう。
このような検討の結果、私たちは、「客観的な波動関数の収縮」(objective reduction)という新しい物理学に到達する。以下では、このプロセスを、簡略化して「OR」という記号で書くことにする。
「OR」は量子重力理論と関係している。また、「OR」は、量子力学と古典力学の間の境界で起こる基本的なプロセスを記述する。「OR」のスキームの下では、量子力学における波動関数の収縮は次のようにして起こる。
すなわち、量子力学の重ね合わせの状態は、ある「客観的な」基準(量子重力理論に関係したあるしきい値)に到達することによって、自ら収縮を起こす。脳のように、ある基準を満たす形で組織されたシステムでは、「OR」の際に「意識」が生ずると考えられる。私たちは、「OR」は、意識の本質的な属性の一つである「計算不可能性」(non-computability)を導入すると考える。時間的に言えば、「OR」は、瞬間的に起こる。それは、時空構造の自己組織化のプロセスの一つのクライマックスである。哲学との関連で言えば、「OR」は、ホワイトヘッドの言うような「経験の機会」を支えるプロセスの候補でもある。
では、「OR」のプロセスは、脳の中で、ニューロンの活動と関連して、どのような形で起こりうるのだろうか?また、「OR」は、「意識」のさまざまな特徴とどのように関係しているのだろうか?この論文で、私たちは、脳のニューロンの中にある「マイクロチューブル」(microtubules)において、意識を支えるのに要求されるような性質を持った「OR」のプロセスが起こっていると提案する。
マイクロチューブルは、「チューブリン」(tubulin)と呼ばれる蛋白質サブユニットから構成されている。私たちのモデルでは、量子力学的な重ね合わせ状態が、チューブリンの中で出現し、そのままコヒーレントな状態(波動関数の位相がそろった状態)に保たれる。そして、ある質量―時間―エネルギーのしきい値(このしきい値は、量子重力理論で与えられる)に達するまで、他のチューブリンの波動関数を次々と巻き込んでいく。
こうしたプロセスの結果システムがしきい値に到達したときに、瞬間的に、波動関数の自己収縮、すなわち「OR」が起こるのである。私たちは、波動関数の収縮が起こる前のコヒーレント重ね合わせの状態(すなわち、量子力学的な計算が行われている状態)を、「前意識的プロセス」と見なし、瞬間的に起こる(そして、非計算論的な)波動関数の収縮を、「一つの離散的な意識的イベント」と見なす。このような「OR」が次々と起こることによって、「意識の流れ」(stream of consciousness)が生ずるのである。
マイクロチューブルと相互作用する蛋白質(Microtubule-associated proteins, MAPs)は、このようなコヒーレントに重ね合わせられた量子力学的状態の振動をチューニングすると考えられる。こうして、マイクロチューブルで起こる「OR」は、自己組織化それ、全体としてオーケストラのように調整がされたものになる。以下では、マイクロチューブルで起こるこのような「OR」を、一般の「OR」と区別するために、「Orch OR」(Orchestrated OR=組織化された「OR」)と書くことにする。それぞれの「Orch OR」イベントは、それ自体は古典的な信号伝達手段を用いて、マイクロチューブルのサブユニットがシナプス、およびより一般のニューロンの機能を制御するときに、非計算論的な「選択」を行っている。
波動関数の自己収縮の量子重力理論におけるしきい値は、どのような形で意識と関係してくるのだろうか?私たちは、この問題は、マクロに重ね合わせられた量子力学的状態が、それぞれのシステムに固有な時間―空間の幾何学構造を持っていることと関連していると考える。これらの幾何学構造は、波動関数と同様に「重ね合わせ」られているのだが、一方では「分離」されてもいる。この「分離」が十分に大きくなると、時間―空間の幾何学的構造の重ね合わせは無視できないくらい不安定なものになり、やがて単一の状態へと収縮するのである。量子重力は、このような不安定性を特徴づけるスケールを決定している。さらに、このような収縮の際に実際にどの状態が選ばれるかという選択のプロセスは、非計算論的であると考えられる。こうして、それぞれの「Orch OR」イベントは、時間―空間の幾何学が自己選択していく過程であり、マイクロチューブルや他の生体分子を通して、脳の中のプロセスに関していくのである。
私たちは、意識的な経験は、時空構造の背後にある物理学そのものと、深く関係していると考える。そして、マイクロチューブルにおける「Orch OR」イベントは、意識をめぐる困難な問題に対して、全く新しい、そして非常にユニークで有望な視点を与えてくれると考えるのである。
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 楼主| 发表于 2020-3-5 19:39:18 | 显示全部楼层
1イントロダクション

経験のメディアの中の、自己選択?

意識という現象にかかわる「困難な問題」(hard problem)を科学的な世界観の中に位置づけることを考えよう。この時、中心となるのは、いかにして「クオリア」、すなわち精神的な状態の主観的な経験を説明するかということである。この点に関しても還元主義的な科学は、なすすべを知らない、そもそも、なぜ私たちは内面生活などを持っているのだろうか?いったい、意識とは、何のことなのだろうか?
意識に関する「困難な問題」に取り組むとき、一つの可能な哲学的立場は、意識を、物理的現実の基本的な構成要素の一つであるとみなすということだ。最も極端な視点、すなわち「汎精神主義」(panpsychism)をとった場合、意識は、すべての物質が持つ性質であるとされる。原子や、その中の構成粒子も、意識の要素を持っているというわけである。ライプニッツやホワイトヘッドのような「精神主義者」(Mentalists)は、通常、「物理的」と考えられているシステムも、ある意味においては精神主義的な実在から構成されているのだとした。バートランド・ラッセルは、「中立的単一主義」(neutral monoism)の考え方を述べた。すなわち、物理学的でも、精神的でもないある中立的な存在が、物質と心の両方の起源になっているという考え方である。最近になって、シュトゥーベンベルクは、クオリアこそが、ラッセルの中立的な存在であると主張した。単一論的理想主義(monistic idealism)の立場では、物質も心も、意識から生ずるとされる。すなわち、意識が、実在の根本的な構成要素であるというわけだ。一方、ウィーラーは、情報こそが宇宙を記述する物理的な側面を持つという、両義的な理論を提唱している。
これらの立場の中では、おそらくホワイトヘッドの哲学が、私たちが以下で問題とすることに一番関係がある。ホワイトヘッドは、宇宙の中の究極の具体的な実在は、個々の「経験の機会」であるとする。それぞれの「経験の機会」は、「感覚」に似た性質を持っている。ホワイトヘッドは、「経験」という言葉を、広い意味で解釈する。そして、それは汎精神主義と矛盾しないような意味だ。たとえば、「電子のたどる履歴の中で起こる時系列のイベントも、何らかの原始的な精神性を持つ」ということになる。しかし、ホワイトヘッドの考えは、単なる汎精神主義とは区別できる。というのも、ホワイトヘッドの言う「経験の機会」は、「量子的イベント」と関連づけることができるからだ。ここで重要なのは、量子力学の標準的な記述法の下では、ランダムな要素は、量子的な状態の収縮において見られるということだ。すなわち、量子的レベルのプロセスが、マクロなスケールにまで拡大されるときに起こる現象が重要なのである。
量子的状態の収縮(以下では、省略して「R」と表すことにする)は、物理学者が量子力学における観測過程を説明するときに用いる概念だ。「R」が、実際に起こる物理現象なのか、それとも何らかの幻想にすぎず、自然のふるまい基本的な要素とはみなせないのかは、今でも激しく議論されている。私たちの立場は、「R」が実在のプロセスであるというものだ。というよりも、「R」を、客観的で、実在するプロセス、「OR」のほど良い近似とみなそうということだ。ここで重要的なのは、「OR」は、「R」のようにランダムに起こるのではなく、決定論的ではあるが、非計算論的なプロセスとして起こるということだ。ほとんどすべての物理的状況において、「OR」は、環境からのランダムな影響が支配的な中で起こるだろう。だから、実際のところ、「OR」と「R」は、区別が付きにくいかもしれない。しかし、もし、問題となる量子的システムが環境から十分隔離され、コヒーレントな状態に保たれるならば、「OR」のメカニズムによって、自発的に収縮することが可能になるのである。この際、システムは、ランダムにではなく、非計算論的にふるまうのだ。しかも、このような「OR」のプロセスは、物理的宇宙の幾何学の、最も深いところと関係しているのだ。
私たちの観点は、経験的な現象を物理学的な宇宙と切り離せないものとして扱うことだ。実際のところ、私たちの経験することは、物理的宇宙を支配する法則自体と深く関係しているのだ。実際のところ、私たちの経験することは、物理的宇宙を支配する法則自体と深く関係しているのだ。この関係性はあまりにも深いものであるので、今日ある物理学の範囲では、そのほんの表面の輝きしか見ることができない。私たちは、このようなかろうじて見える輝きの一つが、意識的な思考プロセスに必然的に含まれる非計算論的要素であると主張する。
そして、このような非計算論的性質が、量子的状態の自己収縮――すなわち、前に述べた「OR」にも潜んでいると考えるのである。これが、著者の一人、ペンローズが1994年に出版した『心の影』の主なテーマの一つであった。意識的な思考は、他にどのような性質を持つかは知らないが、とにかく非計算論的であることは間違いないという結論は、ゲーデルの不完全性定理からの演繹によって導かれる。そして、この結論は、一見小さく見えるが、実は恐ろしく価値のあることを示唆しているのである。それはすなわち、少なくともある種の意識的状態は、それに時間的に先立つ状態から、アルゴリズム的プロセスによっては導かれないということである。このことこそ、人間(そしておそらくは他の動物)の心を、コンピュータと区別しているのである。たしかに、非計算論的であるということ自体は、私たちの経験にまつわる「クオリア」のような困難な問題と直接関係しているとは言えない。しかし、計算不可能性は、私たちの経験の背後にあるような物理現象とは、全く異なる性質を持つ「OR」にスポットライトが当たるのだ。このこの鍵を、感受性と忍耐を持って探求することは、最終的に心という現象を、その外面的な側面だけでなく、内側的な側面においても理解することにつながると信じるのである。
「OR」という視点から見ると、組織化された量子的システムが、その時間―空間的な分離の量子重力的しきい値に到達するまで孤立し、コヒーレントな重ね合わせを維持することに成功したとき、その時に意識が生ずる。その後、システムは自己収縮するのである(もちろん、非計算論的に!)。意識が生ずるためには、「自己」収縮が起こることが本質的である。すなわち、環境からのランダムな影響に基づく収縮ではダメだということなのだ。環境からの影響を受けて収縮した場合、そのプロセスは実際上ランダムであり、意識に直接関与できるような、役に立つ計算不可能性を欠いていることになるだろう。私たちは、自己収縮は、一瞬のうちに起こる現象であると考える。それは、時間―空間構造の根本に横たわる、自己組織化のプロセスの一つのクライマックスである。そして、この描像は、ホワイトヘッドの「経験の機会」の概念とも一致するのである。
「OR」は、原理的には、生命以外のさまざまな物質内で幅広く起こりうる。したがって、ここでは、一種の「汎精神主義」、すなわち、一つの電子にさえも、ある種の経験的な質が宿りうるという描像が示唆されているように思われる。しかし、「OR」を支配する原理によると、単一の電子が、仮にその孤立を維持できたとして、その重ね合わせ状態を「OR」で収縮させることができるのは、宇宙の現在の年齢よりも長い時間に精々一回きりなのである。単一のマクロな量子系の中で、コヒーレントな状態に保たれた粒子の集合だけが、私たちの持つ意識に意味を持つような短い時間の間に「OR」を起こすことができる。したがって、私たちの意識を支えることができる可能性があるのは、次のような非常に特殊な場合だけである。

(1)量子的状態のコヒーレンスが高いレベルで保たれていること。そして、「OR」のしきい値に到達するのに十分な時間が経過し、しかもそれに必要な時間が、私たちの思考のプロセスで役に立つほど短いこと。

(2)「OR」のプロセスが、少なくとも自発的な状態の収縮が起こるのに十分な時間が経過するまで、ノイズにあふれたまわりの環境から隔離されていること。このような隔離は、状態の収縮が単なるランダムな過程ではなくなるために重要である。環境の中の大きな変動が量子的状態と絡み合って引き起こされる収縮は、効果としてはランダムな(すなわち、非計算論的ではない)ものとなってしまうだろう。

(3)連続して起こる一連の「OR」が、「意識の流れ」を引き起こさせる。人間の一生の間には、莫大の数の「OR」のイベントが起こることになる。

量子重力的なしきい値に達することによって、一つ一つの「OR」イベントは、時間―空間の幾何学に重大な意義を持つことになる。実際、「OR」イベントの流れが、現実に出現する時空間構造の選択を決定づけるのである。
脳内の過程に利いてくるような物理現象のスケールを考えたとき、そこに量子重力の効果が現れるというのは驚くべきことのように思われるかもしれない。というのも、量子重力は、通常、日常目にするようなスケールでは、ばかばかしいほど小さな影響しか持たないとみなされているからである。しかし、このような考え方は間違っている。実際には、後に示すように、量子重力の基本的原理から決定されるスケールは、脳の中の意識を支えるプロセスを特徴づけるスケールと一致するのである。
それでは、今まで議論してきたような「OR」のプロセスは、実際の脳の中でどのように起こるのか?当然そのような疑問が沸いてくるだろう。「OR」のプロセスは、ニューロンの活動に、どのようにしたら高い情報交換速度で関与できるのだろうか?「OR」は、前意識的状態から意識的状態への遷移や、空間的、あるいは時間的な統合、そして同時性や時間の流れといった、私たちの心の持つ性質を説明できるのだろうか?
私たちは、私たちの心の持つ性質を説明できるような「OR」のプロセスが、ニューロンの中のマイクロチューブルにおいて起こっていると結論する。私たちのモデルにおいては、マイクロチューブル関連蛋白質)が、「OR」に至る量子的な振動を調節する役割を果たしている。こうして、私たちは、「調節された客観的状態収縮」(orchestrated objective reduction)、「Orch OR」の概念に到達するのである。
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 楼主| 发表于 2020-3-5 19:40:09 | 显示全部楼层
2時間と空間:量子力学と、アインシュタインの重力理論

量子力学は、私たちの住む宇宙を基本的なところで構成している物質やエネルギーの驚くべきふるまいを記述する。量子力学の根本にあるのは、原子や、分子、さらにそれらの構成粒子の持つ、「波でありしかも粒子である」という二重性である。原子や、原子を構成する粒子などの量子系は、環境から隔離された状態に置かれると、起こりうるさまざまな可能性を表現した波=波動関数としてふるまう。すなわち、複素数の値を持つ、コヒーレントな重ね合わせ状態としてふるまうのである。このような量子レベルの物体のふるまいは、状態ベクトルを使って表現することができる。そして、この状態ベクトルは、シュレディンガー方程式に従って、決定論的な時間発展をする。今、このような時間発展を「U」と表そう。
ミクロなレベルの量子的な重ね合わせは、どのようにしてかわからないけれど、私たちになじみの深いマクロなレベルの、重ね合わせの解かれた安定した構造へと変化する。この変化が、すなわち波動関数の収縮、「R」である。波動関数の収縮によって、いくつかの可能性を表現した量子的な波は、一つのマクロな現実へと落ち込んでいく。結果として生ずるのは、何らかの適当な演算子の固有状態だ。つまり、いくつか存在する固有状態のうちの一つが選ばれるわけである。このプロセスは、マクロ的な観測の過程において起こると考えられる。すなわち、ミクロな、量子力学的なスケールから、マクロな古典的力学的スケールへの拡大が行われる過程である。
通常の量子力学の解釈によれば、どのような固有状態が選ばれるかは、全くランダムである。これがすなわちいわゆる「コペンハーゲン解釈」だ。どのような固有状態が選ばれるかは、量子力学の法則に従って計算される確率の重みによって決定される。この、量子力学の確率的側面が、アインシュタインをはじめとする多くの人々を不愉快にさせてきたのだった。

「あなたは、サイコロ遊びをする神を信じるわけですが、私は完全な法則と秩序を信じています」

これは、マックス・ボルンに宛てた手紙の一節である。著者の一人のペンローズは、より深い記述のレベルにおいては、固有状態の選択は、今のところまだ知られていない「非計算論的な」数学的、あるいは物理学的な理論によって説明されるのではないかと主張した。つまり、波動関数の収縮は、アルゴリズム的には演繹できないという主張である。ペンローズは、このような計算不可能性は意識にとって本質的であると主張する。なぜならば、意識的な精神活動の少なくとも一部分は、コンピューターによっては実現不可能だからだ。
現在の物理学は、なぜ、どのようにして波動関数の収縮「R」が起こるのかを明確に説明することができないと断言してよいだろう。1930年代を通して、実験的あるいは理論的な証拠に基づく物理学者たち(たとえば、シュレディンガー、ディラック、フォン・ノイマンその他)の考えは、量子力学におけるコヒーレントな重ね合わせは、時間的にはいつまでも続きうるというものだった。したがって、原理的には、ミクロなスケールからマクロなスケールまで重ね合わせが維持されうると考えられた。あるいは、意識を持つ観測者によって観測が行われ、その結果波動関数が収縮するまで、重ね合わせは維持されると考えられた。このような波動関数の収縮を、主観的収縮、「SR」(subjective reduction)と呼ぼう。「SR」の考え方によれば、マクロな物体でさえ、もし観測されないまま放っておかれれば、重ね合わせ状態のままでいることになる。このような考え方がいかに馬鹿げているかを示すために、エルヴィン・シュレディンガーは、有名な「シュレディンガーの猫」の思考実験を提出した。つまり、観測者が箱を開けて見るまで、中の猫は死んでいる状態と生きている状態の重ね合わせ状態にとどまっているという常識では受け入れがたい結論だ。
このような困った状況を避けるために、客観的な基準による波動関数の収縮(客観的収縮、「OR」)のメカニズムが最近になって提案されている。このようなメカニズムに基づくと、重ね合わせられた状態は、時間発展して、やがてしきい値に達し、そこで波動関数の収縮、すなわち「OR」が、急速に起こる。これらのメカニズムのうちのいくつかは、重力の効果が「OR」を引き起こすとしている。
表1は、このような収縮のメカニズムを分類したものである。
物理現象としての重力は、1687年にアイザック・ニュートンの数学によってかなりの程度正確に記述された。重力は、その後の自然科学の発展において鍵となる役割を果たしてきた。しかし、1915年になって、アインシュタインの一般相対性理論が私たちの科学的世界観に革命を起こした。
アインシュタインの理論によれば、重力は、物理学において、非常にユニークな役割を担っている。その理由の中で最も重要なものは、次のとおりだ。

(1)重力は、時空間の中で起こるイベント間の因果関係に影響を与える唯一の物理現象である。

(2)重力は、何の局所的な実在性も持たない。なぜならば、適当な座標変換をほどこせば、局所的な重力は、いつでも消してしまうことができるからだ。重力は、むしろ、空間のグローバルな性質に関係している。そして、すべての粒子と力を含む、時空間自体の持つ曲率を決定している。

以上のような理由により、重力は、他の物理的効果から導き出される、二次的な現象とはみなされえない。重力は、物理的実在の最も根本的な因子であると考えなければならないのである。
アインシュタインによる一般相対論と、量子力学を統一すること、すなわち、量子重力をつくることは、未だ成功していない物理学の最重要課題の一つだ。そして、量子重力理論が完成した場合には、一般相対論と量子力学の両方が、根本的な変化を余儀なくされるだろうと考える強力な証拠がある。
そして、何よりも、量子重力理論は、物理的現実について、全く新しい理解をもたらすことになるだろう。重力の大きさはきわめて小さい(たとえば、電気的力に比べると、40桁ほども小さい)。それにもかかわらず、重力は量子的状態がミクロなレベルからマクロなレベルに発展する上で深い影響力を持つと信じる理由がある。量子重力を生物学と結びつけること、少なくとも、神経系と結びつけることによって、「意識」という現象の、全く新しい理解がもたらされる可能性があるのである。
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 楼主| 发表于 2020-3-5 19:40:54 | 显示全部楼层
3曲がった時空間の重ね合わせと客観的収縮(「OR」)

現代物理学の描像によれば、現実世界は、3次元の空間と1次元の時間が組み合わされた、4次元の時空の中に埋め込まれている。この時空は、アインシュタインの一般相対論に従って、少しだけ曲がっている。空間の曲がりは、質量密度の分布を重力場が反映することによって引き起こされる。質量分布があるかぎり、たとえどんなに小さくとも、時空の曲率に影響を与える。
以上が、古典的な物理学の下での標準的な描像だ。一方で、量子的なシステムが物理学者によって研究される際には、このような、質量の存在によって引き起こされる時空構造の小さな曲がりは、全くと言ってよいほど無視されてきた。その理由としては、重力の効果は、量子力学が対象としているような問題においてはほとんど微々たるものであるということが挙げられた。しかし、驚くことに、時空構造のこのような小さな違いが、実際には大きな効果を持つことがありうるのだ。というのも、時空の曲がりは、量子力学の法則自体に、デリケートだが根本的な影響を及ぼすからだ。
重ね合わせられた量子的状態が、異なる質量分布を持つ場合、それぞれに対応する時空の幾何学も異なることになる。こうして、重ね合わせられた量子的状態が存在するときには、同時に、異なる時空構造の重ね合わせも存在する。量子重力理論が完成していない現状では、このような時空の重ね合わせを記述するための、さまざまな試みが提案されてきた。私たちの現在の提案に特に関係があるのは、何人かの研究者のとったアプローチである。すなわち、波動関数の客観的収縮(「OR」)は、まさに異なる時空構造が重ね合わされたときに起こるというアイデアだ。
このアプローチでは、「OR」の起こる速さ、ないしは時間スケールは、量子重力の基本的な考察に基づいて計算することができると提案されている。もっとも、詳細の部分に関する考えは、研究者の間で異なっている。ここでは、私たちは、ペンローズによってなされた提案を採用する。すなわち、十分異なった時空構造の量子的重ね合わせは不安定であり、その寿命は時空構造のずれに応じた時間スケールで与えられる。このような重ね合わせの状態は、やがて単一の時空構造へと収縮する。すなわち、最初に重ね合わされていた時空構造のどれか一つへと収縮するのである。
このような「OR」のプロセスは、たしかに、標準的な量子力学において一般に認められているメカニズムではない。しかし、だからと言ってそれにかわるもっともらしく明瞭なスキームなどありはしないのだ。このような「OR」のプロセスを採用することによって、「同時に複数の宇宙が存在する」といった解釈(多世界解釈)は必要なくなる。実際、量子重力の専門家の間では、「OR」以外にどのようなスキームを考えうるのか、合意がない状態だ。ここでは、この根本的な問題の解決が、重力によって引き起こされる「OR」によって与えられると仮定することにする。
図1は、マクロなレベルでの異なる質量分布が量子力学的重ね合わせを起こした場合、時空構造がどのように影響を受けるか、その様子を示したものである。それぞれの質量分布は別々の時空構造を生じ、異なる曲率を持つ。これらの二つの質量分布が量子力学的重ね合わせを保っているかぎり、それらに対応する二つの時空構造も重ね合わせられたままだ。一般相対論の原理によれば、一つの時空の中の点をもう一つの時空の中の点に対応させるような自然な方法は一般の場合には存在しない。したがって、二つの時空構造はある意味では「分離」しており、二つの時空構造が分岐するところに、「傷」ができることになる。
図1では、分岐する時空構造は一番下に示されている。この時空は、図の上の二つの時空構造を「張り合わせた」ものである。それぞれの時空の時間的な起点は、時空ダイアグラムの一番下の点にある。張り合わされた時空構造は、二つの異なる質量分布が実際に量子力学的重ね合わせ状態にあるところを示し、一方上の二つは、重ね合わされた二者択一的な質量分布を表している。張り合わされた時空構造は、最初は同一の点にあった質量が、二つの選択肢に分裂し、時間が経過するにつれて(ダイアグラムの上の方向にいくにつれて)次第にお互いから離れていく様子を表している。
量子力学的に言うと、「OR」が起こらないかぎり、このような重ね合わせ状態が、物理的現実を表す。「OR」が起こった瞬間、重ね合わされた二つの時空構造のうちどちらかが支配的になり、状態はどちらかの時空構造に落ち込む。二つの時空構造の一方が「凸」、一方が「凹」として描かれているが、もちろん、実際には時空構造は4次元である。
ついでに言うと、これらの時空構造が「埋め込まれて」いるように見える、想像上の3次元空間には、何の意味もない。つまり、分岐しつつある時空構造の内部的な幾何学のみが物理的意味を持つのであって、それが埋め込まれている「より高い次元」の空間などないのである。張り合わされた二つの時空の間の「分裂」があるしきい値に達すると、二つの時空のうち一つは消滅する。これがすなわち「OR」の過程である。残されたもう一方の時空が、物理的現実として定着する。このようにして、量子的状態は図1の「凸」と「凹」の時空のどちらかを選ぶことによって、収縮の過程(「OR」)を起こすことになる。
図1では、二つの時空の間の「分裂」の大きさは、張り合わされた時空における凸と凹の間の距離として表されている。だが、これはあくまでも便宜上だ。右に述べたように、二つの時空がその中に埋め込まれている「より高次の」空間には、何の物理的意味もない。二つの時空の間の「分裂」の大きさは、もっと抽象的な数学的概念である。この大きさは、むしろ、4次元時空の計量の上の、「シンプレクティック測度」(symplectic measure)として表されるのが適当だ。だが、その数学の詳細(そしてそれにまつわるさまざまな困難)は、ここではあまり関係ない。重要なことは、この分裂は時間と空間にまたがる分裂であり、単なる空間的なものではないということだ。したがって、時間的な分裂が、空間的な分裂と同じくらい重要であるということになる。大まかに言えば、時間的分裂の大きさをT、空間的分裂の大きさをSとすると、その積が全体の分裂の大きさの目安になる。そして、「OR」は、この分裂の大きさがしきい値に達したときに起こると考えられる。
しきい値の大きさは、絶対単位系では1のオーダーである。ここで、絶対単位系とは、プランク―ディラック定数(=h/2π)、重力定数G、光速度Cをすべて1とした単位系である。
こうして、小さなSの値に対しては、重ね合わせられた状態の寿命Tは大きいし、逆に、もしSが大きければ、寿命Tは、小さいことになる。Sを計算するためには、弱い重力場におけるニュートン近似を用いて、二つの重ね合わせられた時空構造の間の差に対応する重力場の自己エネルギーEは、最終的に、絶対単位系で、

S=E

と与えられる。こうして、普通の単位で書くと、

T=h/2πE

を得る。
大筋でいうと、Sは3次元の分裂の大きさを表しているから、この分裂の大きさは空間の各次元にほぼ均等に分けられていると考えていい。実際、図1の下の重ね合わされた空間の絵では、そのように描かれている。しかしながら、このような絵はあくまでも理解を助けるためのもので、実際の法則は、上に挙げたような数学的なものであることを忘れてはならない。上の二つの式は、ある「OR」のイベントについて、質量分布、コヒーレントな重ね合わせが継続する時間、および時空間的な分裂の大きさの間の関係を与えている。もし、何人かの哲学者が主張するように、私たちの心の中の経験が時空間の中に埋め込まれているものだとすると、このような「OR」のイベントは、心のような経験のメディアの中の自己組織的なプロセスであるということになる。すなわち、意識が関係する可能性が出てくるだろう。
だが、脳の中のいったいどこで、そしてどうやって、コヒーレントな重ね合わせと、その結果としての「OR」が起こりうるのだろうか?この点については、いくつかの候補と場所と、そこでの量子力学的相互作用が提案されてきた。私たちは、マイクロチューブルこそ、「OR」が起こる場所として最も可能性が高いと考える。もちろん、オルガネラや、クラスリン、ミエリン、前シナプスの小胞体構造、それにニューロンの細胞膜蛋白質なども関与している可能性がある。
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 楼主| 发表于 2020-3-5 19:41:28 | 显示全部楼层
4マイクロチューブル

コヒーレントな量子的重ね合わせや「OR」が起こり、したがって意識と関連が深いと思われる脳内の構造が持つと考えられる性質の中には、次のようなものがある。

(1)脳の中に広範に分布していること。
(2)機能的に重要であること。たとえば、ニューロンの間の結合性や、シナプスの機能の制御にかかわっていること。
(3)双極子が長い距離にわたって周期的で、結晶構造に準じた構造の中に埋め込まれていること。
(4)一時的に外界からの影響から孤立することが可能なこと。
(5)機能的に、量子レベルのイベントと結びついていること。
(6)中空で、円筒形の構造を持ち、その中を波が伝わることが可能なこと。
(7)情報処理に適した構造を持っていること。
細胞膜や、膜蛋白、シナプス、DNAなどの構造は、上に挙げた性質の一部は持っているが、すべてを持っているわけではない。細胞骨格の中のマイクロチューブルのみが、上の性質をすべて満足するように思われる。
生きている細胞の内部は、脳のニューロンも含めて、空間的側面、ダイナミックスの側面から見て、自己構築的な蛋白質のネットワークによって組織されている。すなわち、細胞骨格(cytoskeleton)である。ニューロンにおいて、細胞骨格はその細胞としての形態を決定し、シナプス結合を維持、制御する役割を果たす。細胞骨格の重要な構成要素の一つがマイクロチューブルである。マイクロチューブルは、チューブリンと呼ばれる蛋白質が集まってできており、中空の円筒の形をしている。マイクロチューブルは、他のマイクロチューブルや細胞構造にマイクロチューブル関連蛋白質(MAPs)を通して結合しており、全体として格子状の細胞骨格のネットワークを形成している(図2)。
マイクロチューブルの直径は25なのメートル(1ナノメートルは1センチメートルの1000万分の1)で、その長さはさまざまであり、ある種のニューロンの軸索においては、きわめて長くなることがある。マイクロチューブルの円筒形の壁は、13のプロト・フィラメントから構成されており、それぞのフィラメントは、チューブリンから構成されている(図3)。チューブリンは、極性を持った、8ナノメートルの長さの2量体で、αチューブリンとβチューブリンという、少し性質の異なる二つの1量体からできている。チューブリン2量体は電気的に言うと双極子で、過剰な負の電荷がどちらかの1量体に偏って存在している。マイクロチューブルの構造の中で、チューブリンは少しねじ曲げられた8角形の格子上に配列されており、3、5、8……ごとに繰り返すらせんの道筋が形成されることになる。
マイクロチューブルは、伝統的に細胞の「骨組み」とみなされてきた。しかし、骨組みとしての役割に加えて、マイクロチューブルや他の細胞骨格の構造は、信号伝達や信号処理の役割も果たしているようだ。いくつかのタイプの研究が、細胞骨格を認識のプロセスと結び付けている(これらの研究は、たとえばハメロフとペンローズの1996年の論文でまとめて紹介されている)。
理論的なモデルやシミュレーションは、マイクロチューブルの中のチューブリンが隣り合ったチューブリンと相互作用して情報を表現し、伝搬し、処理する能力を持つ可能性を示唆している。その過程は、図5のような、分子レベルの「セル・オートマトン」として表現される。以前に書いた論文の中で、私たちはマイクロチューブルと意識を結びつけるモデルを提出した。すなわち、量子力学的過程の『心の影』の中で説明したような非常に実在論的な解釈に基づくモデルである。
私たちのモデルでは、コヒーレントな量子的状態が、脳の中のマイクロチューブルの中で発生し、環境から隔離された状態に置かれる。そして、このような量子的状態が、重ね合わされたチューブリンの状態の間の質量―エネルギー分布の差が量子重力的なしきい値に達するまで維持されると考える。結果として生ずる波動関数の自己収縮、すなわち「OR」が、時間的に不可逆なプロセスとして起こる。これが、意識における心理的な「今」を決定する現象なのである。このような「OR」が次々と起こることによって、時間の流れと意識の流れが作り出される(図7と図8)。
私たちは、マイクロチューブルと結合したマイクロチューブル関連蛋白質(MAPs)が、量子的な振動を調節すると考える。その結果、「OR」の性質が決定される(図9)。以上の理由で、私たちは、マイクロチューブル関連蛋白質が結合したマイクロチューブルで起こる自己組織的な「OR」を、調節された客観的収縮、「Orch OR」(Orchestrated Objective Reduction)と呼ぶのである。「Orch OR」は、このようにして、基本的な時空の幾何学の中で自己選択的なプロセスであると考えられる。もし、経験が真の意味で基本的な時空の要素であるとするならば、「Orch OR」は、クオリアをはじめとする、意識をめぐる困難な問題と深く関係しているはずだ。
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 楼主| 发表于 2020-3-5 19:42:01 | 显示全部楼层
5「Orch OR」による意識のモデルの要約

私たちが提出しているモデルは、次のような内容を含んでいる。

(1)量子力学のさまざまな側面(たとえば量子的コヒーレンス)と、前に示唆したような自己収縮の過程(客観的収縮、「OR」)は意識において本質的な役割を果たしている。これらの過程は、脳のニューロンの中で、細胞骨格のマイクロチューブルをはじめとする構造の中で起こっている。

(2)マイクロチューブルを構成するチューブリンの構造は、内部の量子状態と関連している。そして、チューブリン同士が協同的に相互作用することによって、古典的および量子的な計算が行われている。前出の図4、5、6参照。

(3)量子的なコヒーレントな重ね合わせがチューブリンの間に起こる際には、環境からの熱的エネルギーと、生体分子からの生化学的エネルギーが関与する(このさい、フレーリッヒが提案したようなメカニズムが働いているかもしれない)。最近になって、蛋白質の中のコヒーレントな励起状態の証拠が報告されている。
されに、マイクロチューブルの表面付近の水分子は、ランダムではなく、ある秩序の下に、蛋白質の表面と相互作用していると考えられる。マイクロチューブルの中空の構造は、量子的な波の伝導管として働き、量子的にコヒーレントな光子を作り出すかもしれない(ちょうど、「超光放射」<super-radiance>や、「自己誘導透明化」<self-induced transparancy>の現象のように)。コヒーレントな状態は、周りの環境から隔離された形で、最大数百ミリ秒にわたって保たれる必要がある。このようなコヒーレントな状態は、

(a)マイクロチューブルの筒の中の中空
(b)チューブリンの疎水性のポケット
(c)コヒーレントに秩序づけられた水分子
(d)ゾルーゲル層

の中で起こる可能性がある。
ノイズにあふれ、混沌とした細胞内の環境で果たして量子的にコヒーレントな状態が維持できるのかという疑問があるだろう。この点については、生化学的なラディカルのペアが、細胞質内で分離した後も相関を保つという、肯定的なデータがある。

(4)前意識的なプロセスにおいては、コヒーレントな量子的重ね合わせとそれに基づく計算が、マイクロチューブル内のチューブリンで起こる。この重ね合わせの状態は、チューブリンの固有状態の間の質量分布の差が量子重力のしきい値に達するまで維持される。しきい値に達したとき、自己収縮(「OR」)が起こる。

(5)自己収縮(「OR」)の結果、マイクロチューブル内のチューブリンは、古典的に定義された状態へと落ち込む。「OR」に関するある種の理論によれば、結果として生ずる古典的な状態は、計算不可能である。つまり、これらの状態は、量子的計算の最初の状態から、アルゴリズムに基づいて決定することはできない。

(6)「OR」の結果、チューブリンがどのような状態になるかの確率は、チューブリンの初期状態や、量子的な振動を制御するマイクロチューブル関連蛋白質(MAPs)の状態によって決まる(前出図9)。このような理由で、私たちはマイクロチューブル内で自己調節しながら起こる「OR」のプロセスを、「調節された客観的収縮」、「Orch OR」と呼ぶのである。

(7)ペンローズによって提出された「OR」に関する議論によれば、重ね合わせられた状態は、それぞれが独自の時空構造の幾何学を持つことになる。コヒーレントな質量―エネルギー分布の違いが、十分に大きい時空の幾何学の分離をもたらしたときに、システムは単一の状態へと自己崩壊を起こす。こうして、「Orch OR」は、基本的な時空構造の幾何学における自己選択を含む(図10、11)。

(8)十分によく定義された質量分布を持つ二つの状態が重ね合わされた状態から「Orch OR」が起こるプロセスを定量的に評価するためには、二つの分布の間の差に対する重力的自己エネルギーEを求めればよい。ここから、重ね合わせられた状態が自己収縮するまでの寿命Tが、

T=h/2πE

という式で求められる。私たちは、Tを、重ね合わせがコヒーレントに維持される時間=「コヒーレンス時間」と呼ぶことにする。ここで、Tの大きさとして、T=500ミリ秒という値を採用してみよう。これは、リベットらによって、前意識的なプロセスを特徴づける時間とされてきた値である。この値からEを計算すると、コヒーレントな状態を500ミリ秒間保つために必要なチューブリンの数が推定できる。答えは、約109個のチューブリンということになる。

(9)典型的な脳のニューロンは、約107個のチューブリンを持っている。もし各ニューロンの中の、10%のチューブリンがコヒーレントな量子的重ね合わせに参加しているとすると、約103個のニューロンが、コヒーレントな状態を500ミリ秒保つために必要とされることになる。

(10)私たちは、一つ一つの自己組織化された「Orch OR」を、単一の意識的イベントとみなす。このようなイベントが次々と起こることによって、「意識の流れ」が形成される。もし、何らかの理由によって、生態が脅かされたり、興奮したとしよう。この時には、コヒーレントな量子的状態が速く現れ、たとえば、1010個のチューブリンが50ミリ秒以内に「Orch OR」を起こすと考えられる(前出図8)。もし、1011個のチューブリンが参加すれば、5ミリ秒で「Orch OR」が起こる。
たとえば、あなたの前に突然ベンガル虎が現れたとすると、1012個のチューブリンが、0.5ミリ秒以内に「Orch OR」を起こすことになるかもしれない。もちろん、より遅い時間経過をたどるコヒーレント状態もあるだろう。ちなみに、単一の電子は、自己収縮を起こすために、宇宙の年齢以上の時間を要する。

(11)量子的状態は、非局所的である。その理由は、量子的状態が、「巻き込み」(entanglement)、すなわち、EPR(Einstein-Podolsky-Rosen)パラドックスのような効果を起こしうるからだ。収縮の過程では、このような非局所的な状態が、一気に一つの状態に落ち込む。非局所的な収縮は、収縮を誘発する質量の移動が小さな領域で起こることによっても生ずるし、あるいは大きな領域にわたって均一に起こることによっても生ずる。個々の瞬間的な「Orch OR」のイベントは、空間的、時間的な広がりを持つ重ね合わせの自己エネルギーが、特定の瞬間にしきい値に達することによって生ずる。情報は、このような瞬間的なイベント(意識の中での心理的な「今」)に結びついて表現される。このような一連の「Orch OR」が、私たちにとってなじみの深い「意識の流れ」を形成し、また、一方向に進む時間の流れを形成する。
以上のような私たちの考察と、意識的な経験の時間的経過についての私たちの主観的な見方を比べることは面白いだろう。たとえば、仏教においては、意識が一つ一つ独立した、離散的なイベントのつながりであるという考え方がある。修養を積んだ瞑想者は、現実の経験において、「ちらちらする瞬間」を経験するという。仏教の経典は、意識を、「精神現象のある瞬間における集合」や、「明瞭な、お互いに独立した、永続しない瞬間が、生成したと同時に消滅する過程」として説明している。それぞれの意識的な瞬間は、次々と生成し、存在し、消滅する。その存在は瞬間的で、時間的な継続はない。なぜならば、点には長さがないからだ。私たちの通常の認識は、もちろん、連続的である。これは、ちょうど私たちが実際には不連続なフレームからできている映画を、連続的な流れとして認識するのと同じことなのだろう。いくつかの仏教の経典の中では、意識の瞬間の頻度について定量的な記述さえ見られる。たとえは、サルバースティバディンス(Sarvaastivaadins)は、24時間の間には6480000個の「瞬間」があると述べている。つまり、平均すると一つの瞬間は13.3ミリ秒だということだ。別の仏教の経典は、瞬間を、0.13ミリ秒だとしている。一方、ある中国仏教の伝統の中では、一つの「思念」が20ミリ秒続くとされている。このような記述は、瞬間の長さの変化も含めて、私たちが提案した「Orch OR」と矛盾しない。たとえば、13.3ミリ秒の前意識的瞬間は、4×104個のコヒーレントなチューブリンを巻き込んだ「Orch OR」対応し、0.13ミリ秒の瞬間ならば、4×1012個のチューブリン、20ミリ秒ならば2.5×1010のチューブリンのコヒーレントな状態に対応する。こうして、仏教的な「経験の瞬間」や、ホワイトヘッドの「経験の機会」、そして私たちの提案した「Orch OR」は、お互いに許容できるくらいの一致を見ていると言ってよいだろう。
まとめると、「Orch OR」のモデルは、次のような意識の重要な特徴を含んでいることになる。

(1)ニューロンの活動の制御
(2)前意識的状態から、意識的状態への遷移
(3)計算不可能性
(4)因果性
(5)さまざまな瞬間的および時間的重ね合わせが結び合わされて「現在」ができること
(6)経験が成立する基本的な時空の幾何学との結び付き
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 楼主| 发表于 2020-3-5 19:43:03 | 显示全部楼层
6結論:線虫であるということはどんな感じがするか?

「Orch OR」のモデルは、たとえば109個のチューブリンの間で500ミリ秒の間量子的にコヒーレントな状態を維持できる生物体は、意識的な経験を持つ可能性があるということを示唆する。もちろん、より多くのチューブリンがより短い時間コヒーレントな状態を維持するのでもいいし、より少ないチューブリンがより長い間コヒーレントな状態を維持するのでもよい。必要な時間は、

E=h/2πT

で決まるのである。人間の脳は、たとえば、1012個のチューブリンが0.5ミリ秒の間コヒーレントな状態を維持する「ベンガルの虎」の経験を持ちうるように見える。だが、より単純な生命体についてはどうなのだろうか?
進化という視点から見れば、ダイナミックで機能的な細胞骨格が現れたことは、真核生物にとって好都合なことであった(細胞骨格は、「スピローヘータ」<spirochetes>との共生によって生じたと考えられている)。たとえば、細胞運動や、内部の組織化、細胞分裂の際の染色体の分離など、さまざまな意味において、細胞骨格は重要な役割を果たしている。細胞が軸足(axopods)や神経突起(neural processes)などの構造物を身につけ次第に特化していく過程の中で、細胞骨格の構造も次第に大きくなり、オルガネラの輸送や細胞運動に寄与してきた。このような機能の副産物として、フレーリッヒが提案しているようなメカニズムによって量子的にコヒーレントな状態が生まれたのかもしれない。
「Orch OR」と、その結果生ずる意識に至る変化のシナリオとして、「細胞視覚」(cellular vision)がある。アルブケヒト=ビューラーは、1992年に、単一の細胞が、赤ないしは赤外の光を検出し、それに対して方向性のある反応をするということを報告した。この際、細胞骨格が関与しているらしいという。ジブらは、1995年に、このようなプロセスは、マイクロチューブルおよびその周囲の秩序だった水分子における量子的にコヒーレントな状態を必要とすると提案した。一方、ハーゲンは、同じ年に、量子的な効果や、細胞視覚を通して、量子的にコヒーレントな状態になることのできる配向したマイクロチューブルは、進化上有利な位置を占めてきたと示唆した。量子的にコヒーレントな状態がどのような理由で生じたかはわからない。だが、ある時、ある生物体が「Orch OR」を起こせるだけのマイクロチューブルにおける量子的コヒーレンスを実現し、「意識的」な経験を獲得したのであろう。
進化の過程のどの段階で、このような原始的な意識が発生したのだろうか?ゾウリムシ(Paramecium)のような単細胞生物は、驚くほど知的な行動を見せる。そして、細胞骨格を、さまざまな形で駆使している。では、ゾウリムシは、意識を持つと言えるのだろうか?
今、一匹のゾウリムシが、一つのニューロンと同じように、約107のマイクロチューブルを持つとすると、ゾウリムシにおいて「Orch OR」が実現するためには、マイクロチューブル中のすべてのチューブリンが、1分近くにわたって量子的にコヒーレントな状態を維持しなければならないことになる。このようなことは、ありそうにもない。
一方、線虫のC・エレガンス(C elegans)を考えてみよう。この生物は、非常によく研究されていて、その302個のニューロンは、すべてマップされている。C・エレガンスは、「Orch OR」を起こすことができるだろうか?3×109のチューブリンがあることになるから、全体の3分の1のチューブリンが量子的にコヒーレントな重ね合わせに参加したとして、500ミリ秒必要なことになる。これは、あまり現実ではないが、しかし全く不可能というわけではない。もし、C・エレガンスがダメだとしても、同じようによく研究されているアメフラシ(Aplysia)ならば、1000個のニューロンがあるから可能かもしれない。いずれにせよ、109「Orch OR」は、このような可能性を考える、理論的な枠組みを提供するわけである。
原始的な「Orch OR」に基づく経験は、私たち自身の持つ内的経験とどう関係するのか?もし、線虫が量子的な自己崩壊を起こすことができるとして、いったい、線虫であるというのは、どんな感じがするのだろうか?(ナーゲルによる、「コウモリであるというのはどんな感じ?」という古典的な議論を思い出す)。C・エレガンスの中での、109個のチューブリンを巻き込んだ、500ミリ秒かかる「Orch OR」のプロセスは、量子重力的な自己エネルギーとしては、私たちの日常生活の経験と同じ程度である。これは、つまり、「経験の強さ」も同じ程度であることを意味するのだろうか?最も大きな差異は、私たちは、1秒間にたとえば50回の「Orch OR」を起こすことができるのに対して、C・エレガンスはせいぜい1秒間に2回の「Orch OR」しか起こすことができないということだろう。C・エレガンスは、記憶容量も少ないし、連合の複雑さや、感覚データの豊富さという点でも、人間とは比較することができない。だが、私たちの基準に基づけば、C・エレガンスの中で、109個のチューブリンが、500ミリ秒かけて起こす「Orch OR」のイベントは、意識的経験と言っていいのである。C・エレガンスにとっては、おそらく、うすぼやけた「現在」があって、すぐに「次の瞬間」へ移ってしまうだけなのだろうが。
意識は、宇宙の中で重要な意味を持っている。マイクロチューブルにおける「Orch OR」は、意識を、基本的な時空構造の中で計算不可能な自己選択の過程として捉えるモデルである。もし、経験が時空構造の持つ一つの性質だとするならば、「Orch OR」は、意識における困難な問題に、正面から取り組むアプローチなのである。
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