咖啡日语论坛

 找回密码
 注~册
搜索
楼主: shixinglan

[好书推荐] 窓際のトットちゃん(每日更新....全文完!)

[复制链接]
发表于 2006-5-18 11:16:27 | 显示全部楼层
8错啊~~~生词很少也~~~蛮易懂滴哈~~~拿来练口语了哈~~~
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-19 21:58:24 | 显示全部楼层
今日、トットちゃんは、悲しかった。
もう、トットちゃんは、三年生になっていて、同級生の泰ちゃんを、とても好きだと思っていた。頭がよくて、物理が出来た。英語を勉強していて、最初に「キツネ」という英語を教えてくれたのも、泰ちゃんだった。
「トットちゃん、キツネは、フォックスだよ」
(フォックスかあ……)
その日、トットちゃんは、一日”フォックス”という響きに、ひたったくらいだった。だから、毎朝、電車の教室に行くと、最初にする事は、泰ちゃんの筆箱の中の鉛筆を、全部ナイフで、きれいに、けずってあげる事だった。自分の鉛筆ときたら、歯でむしりとって、使っているというのに。
ところが、今日、その泰ちゃんが、トットちゃんを呼び止めた。そのとき、トットちゃんは、昼休みなので、プラプラと講堂の裏の、れのトイレの汲み取り口のあたりを散歩してたんだけど、
「トットちゃん!」
という泰ちゃんの声が、怒ってるみたいなので、びっくりして立ち止った。泰ちゃんは、一息つくと、いった。
「大きくなって、君がどんなに頼んでも、僕のお嫁さんには、してあげないからね!」
それだけいうと、泰ちゃんは、下を向いたまま、歩いて行ってしまった。トットちゃんは、ポカンとして、その泰ちゃんの頭が……脳味噌が、いっぱい詰まっている、自分の尊敬してる頭、仮分数、という仇名の頭が……見えなくなるまで見ていた。
トットちゃんは、ポケットに手を突っ込んだまま考えた。思いあたる事は、ないように思えた。仕方なく、トットちゃんは、同級生のミヨちゃんに相談した。ミヨちゃんは、トットちゃんの話を聞くと、大人っぽい口調で、こういった。
「そりゃ、そうよ。だって、トットちゃん、今日、お相撲の時間に、泰ちゃんのこと、投げ飛ばしたじゃないの。泰ちゃんは、頭が重いから、すーっと、と土俵の外に、すっとんだんだもの。そりゃ、怒るわよ」
トットちゃんは、心のそこから後悔した。(そうだった)、毎日、鉛筆をけっずてあげるくらい好きな人を、なんて、おすもうの時間に、すっかり忘れて、投げ飛ばしちゃったんだろう……。でも、もう遅かった。トットちゃんが、泰ちゃんのお嫁さんになれない事は、決まってしまった。
(でも、明日から、やっぱり、鉛筆は、けずってあげよう)
だって、好きなんだもの。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-19 21:59:45 | 显示全部楼层
トットちゃんの前の学校のときも、そうだったけど、小学生が、「はやし歌」を、声をそろえて歌うのが、はやっていた。例えば、トットちゃんが、退学になった、その前の学校では、放課後、学校の門を出てから、自分たちの校舎を振り返りながら、生徒たちは、こう歌った。
「赤松学校、ボロ学校!入ってみたら、いい学校!」
そして、このとき、たまたま、よその学校の子が通りかかったりすると、その、よその子は、赤松小学校のほうを指さしながら、こう大声で、けなした。
「赤松学校、いい学校!入ってみたら、ボロ学校!わーい!!」
どうやら、建物が、新しいとか、古いとかいう、見たところで、「ボロ」か、どうか決めるんだけど、やはり大切なのは、「入ってみたら……」のところで、子供とはいっても、学校は、建物より、内容で、「入ってみたら、いい学校!」のほうが、「いい」という真実をついてるところも、この歌には、あった。この「はやし歌」は、もちろん、一人のときは、歌わなくて、五人とか六人とか、人数の多いときに、やるのだった。
さて、今日の午後のことだった。トモエの生徒は、みんな放課後、思い思いのことをして、遊んでいた。みんなが決めた呼び方、”追い出しのベル”という最終的なベルがなるまで、好きなことをしていて、いいのだった。校長先生は、子供に、自分の好きなことをさせる自由時間が、とても大切と考えていたから、放課後の、この時間は、ふつうの小学校より、少し長めに、とっていた。
校庭でボール遊びをする子、鉄棒や、お砂場で、ドロンコになっている子、花壇の手入れをする子もいたし、ポーチ風の小さい階段に腰をかけて、お茶べりしてる上級生の女の子もいた。それから、木登りの子もいた。みんな勝手にやっていた。中には、泰ちゃんのように、教室に残って、物理というか、化学の続きのフラスコを、ブクブクさせたり、試験管などを、あれこれテストしたりしてる子もいたし、図書室で、本を読んでいる子だの、動物好きの天寺君のように、拾って来た猫を、ひっくり返したり、耳の中を、のぞきこんで研究してる子もいた。とにかく、みんな、楽しんでいた。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-19 22:00:46 | 显示全部楼层
お弁当が終わって、お昼休みになったときだった。トットちゃんが、スキップしながら、行動を横切ろう、としたところで、校長先生に逢った。逢った、といっても、さっき一緒に、お弁当をたべたばっかりだったんだけど、とにかく、トットちゃんと、反対のほうから、先生が来たから、逢った、という形になった。校長先生は、トットちゃんを見ると、いった。
「ちょうど、よかった。君に聞きたい、と思ってた事があったんだ」
「なあに?」
と、トットちゃんは、何か、先生に教えてあげることがあるなんて、うれしい、と思って聞いた。先生は、トットちゃんの頭のリボンを見て、いった。
「君の、そのリボン、どこで手に入れたんだい?」
それを聞いたときの、トットちゃんの、うれしそうな顔といったらなかった。だって、それは、昨日から結んでいるんだけど、トットちゃんが見つけた、掘り出し物だったからだった。トットちゃんは、そのリボンを、先生に、もっと、よく見えるように近づけると、得意そうな声で、
「おばちゃまの、昔の袴に、ついていた。箪笥にしまうとき、見つけて、いただいたの。おばちゃまは、『トットちゃんの目は、早いのね』といった」
と報告した。先生は、トットちゃんの話しを聞くと、
「そうか。なるほど」
と、考えるように、いった。
トットちゃん御自慢のリボンは、このあいだ、パパの妹さんの家に遊びに行ったときのことなんだけど、運よく、虫干しで、いろんな着物と一緒に、おばちゃまが、女学生の頃、着てた紫色の袴も、出していたのだった。そして、それを取り込むとき、トットちゃんは、チラリ、と、いい物を見ちゃったのだった。
「あれー!!いまの、なあに?」
おばちゃ間は、その声に手をを止めた。その、いいもの、というのが、今リボンで、それは、はかまの後ろの部分、ウエストの上あたりの、硬くなってる山型の部分に、ついていたのだった。おばちゃまは、
「後ろから見える、おしゃれね。ここに、手で編んだレースをくっつけたり、幅の広いリボンを縫いつけて、大きく蝶々のように結んだりするのが、あの頃の流行だったのよ」
と話してくれた。そして、その話を聞きながら、いかにもほしそうに、そのリボンを、ずーっと、なでたり、さわったりしてるトットちゃんを見て、
「あげましょう。もう、着ないのだから」
といって、はさみで縫いつけてある糸を切って、そのリボンをはずして、トットちゃんにくださった、というのが、いきさつだった。本当に、そのリボンは、美しかった。上等の絹で、バラの花や、いろんな模様が、織り込んである、絵のような、リボンだった。幅が広くてタフタのように張りがあるから、結ぶと、トットちゃんの頭と同じくらいに大きくなった。「外国製」だと、おばちゃまは、いった。
トットちゃんは、話をしながら、時々、頭をゆすっては、サヤサヤ、というリボンの、すれる音も、先生に聞かせてあげた。話を聞くと、先生は、少し困ったような顔でいった。
「そうか。昨日、ミヨが、トットちゃんのみたいなリボンがほしい、っていうから、ずーっと、自由が丘のリボン屋さんで探したんだけど、ないんだね。そうか、外国のものなんだなあ……」
それは、校長先生、というより、娘に、ねだられて、困っている父親の顔だった。それから、先生は、トットちゃんに、いった。
「トットちゃん、そのリボン、ミヨが、うるさいから、学校に来るとき、つけないで来てくれると、ありがたいんだけどな。悪いかい、こんなこと、たのんじゃ」
トットちゃんは、腕を組んで、立ったまま、考えた。そして、わりと、すぐ、いった。
「いいよ。明日から、つけて来ない」
先生は、いった。
「そうかい。ありがとう」
トットちゃんは、少しは残念だったけど、(校長先生が困ってるんだもの、いいや)と、すぐ決めたのだった。それと、決心した、もう一つの理由は、大人の男の人が……しかも自分の大好きな校長先生が……リボン屋さんで一生懸命、探してる姿を想像したら、可哀そうになったからだった。本当に、トモエでは、こんな風に、年齢と関係なく、お互いの困難を、わかりあい、助けあうことが、いつのまにか、ふつうの事になっていた。
次の朝、学校に出かけたあと、トットちゃんの部屋にお掃除に入ったママは、トットちゃんの大切にしてる、大きな熊のぬいぐるみの首に、あのリボンが結んであるのを、見つけた。ママは、どうして、あんなに喜んで結んでたリボンを、トットちゃんが急にやめたのか、不思議に思った。リボンをつけたグレーの熊は、急に派手になって、恐縮してるように、ママには、見えた。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-19 22:03:09 | 显示全部楼层
最近几天可能没有办法来贴了。请大家见谅阿!!
回来后继续努力!!!
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-25 21:13:40 | 显示全部楼层
トットちゃんは、今日、生まれて初めて、戦争で怪我をした兵隊さんのたくさんいる病院に行った。一緒に三十人くらいの小学生が行ったけど、みんな、いろいろの学校から集まってきた知らない子達だった。いつの頃からか、国の命令によるもののようだったけど、一つの小学校から、二人か三人、トモエのように人数の少ない学校は一人とか、そんな風に、お見舞いに行く子が決まると、三十人くらいのグループにまとめて、どこかの学校の先生が引率して、兵隊さんの入っている病院に行く、というようなことが、少しずつ始まっていた。そして、今日は、トモエからは、トットちゃんだった。引率の先生は、めがねをかけて、やせた、どこからの学校の女の先生だった。その先生に連れられて、病院の部屋に入ると、白い寝巻きを着た兵隊さんが、十五人くらい、ベッドの中にいたり、起き上がったりして、むかえてくれた。怪我してるって、度運なのかと、トットちゃんは心配してたけど、みんながニコニコしたり、手を振ったり、元気なので安心した。でも、頭に包帯してる兵隊さんもいた。女の先生は、部屋の、だいたい、真ん中へんに子供を、まとめると、まず、兵隊さんに、
「お見舞いに参りました」
と、挨拶をした。みんなも、おじぎをした。先生は続けて、
「今日は、五月五日で、端午のお節句ですので、『鯉のぼりの歌』を歌いましょう」
といって、早速、手を指揮者のように、高く上げ、子供たちに、
「さあ、いいですか?三!四!」
というと、元気に、手を振り下ろした。顔見知りじゃない子供たちも、みんな、大きな声で、一斉に歌い始めた。
いらかの波と 曇の波……
ところが、トットちゃんは、この歌を知らなかった。トモエでは、こういう歌を、教えていなかったから。トットちゃんは、そのとき、優しそうで、ベッドの上に正座してる兵隊さんのベッドのはじに、人なつっこく腰をかけて、「困ったな」と思いながら、みんなの歌を聞いていた。
いらかの波と……
が終わると、女の先生は、いった。はっきりと。
「では、今度は、『ひな祭り』です」
トットちゃん以外の、みんなは、きれいに歌った。
あかりをつけましょ ぼんぼりに……
トットちゃんは、黙っているしかなかった。
みんなが歌い終わると、兵隊さんが拍手をした。女の先生は、にっこりすると、「では」といってから、
「皆さん、『お馬の親子』ですよ。元気よく、さあ、三!四!」
と、指揮を始めた。
これも、トットちゃんの知らない歌だった。みんなが、「お馬の親子」を歌い終わったときだった。トットちゃんの腰掛けてるベッドの兵隊さんが、トットちゃんの頭をなでて、いった。
「君は、歌わないんだね」
トットちゃんは、とても申し訳ない、と思った。お見舞いに来たのに、一つも歌わないなんて。だから、トットちゃんは、ベッドから離れて立つと、勇気を出して、いった。
「じゃ、あたしの知ってるの、歌います」
女の先生は、命令と違うことは始まったので、
「何です?」
と聞いたけど、トットちゃんが、もう息を吸い込んで歌おうとしてるので、黙って聞くことにしたらしかった。
トットちゃんは、トモエの代表として、一番、トモエで有名な歌がいい、と思った。
だから、息を吸うと、大きい声で歌い始めた。
よーく 噛めよ たべものを……
周りの子供たちから、笑い声が起こった。中には、
「何の歌?何の歌?」
と、隣の子に聞いてる子もいた。女の先生は、指揮のやりようがなくて、手を空中にあげたままだった。トットちゃんは、恥ずかしかったけど、一生懸命に歌った。
噛めよ 噛めよ 噛めよ 噛めよ たべものを……
歌い終わると、トットちゃんは、おじぎをした。頭を上げたとき、トットちゃんは、その兵隊さんの目から、涙が、こぼれているのを見て、びっくりした。何か、悪いことをしたのか、と思ったから。すると、その、パパより少し歳をとったくらいの兵隊さんは、また、トットちゃんの頭をなでて、
「ありがとう、ありがとう」
といった。
頭をなでてくれながら、兵隊さんの涙は止まらないみたいだった。そのとき、女の先生は、気を取り直すような声で、いった。
「じゃ、ここで、みんなの、おみやげの、作文を、読みましょう」
子供たちは、自分の作文を、一人ずつ、読み始めた。トットちゃんは、兵隊さんを、見た。兵隊さんは、目と、鼻を赤くしながら、笑った。トットちゃんも、笑った。そして、思った。
(よかった。兵隊さんが笑った)
兵隊さんの涙が、何であったのか、それは、その兵隊さんにしか、わからないことだった。もしかすると、それは、故郷に、トットちゃんに似た子を残してきていたのかも、知れなかった。それとも、トットちゃんが、あまり一生懸命に歌ったので、いじらしく、かわいく思ったのかも知れなかった。そして、もしかすると、戦地での体験で、(もうじき食べ物もなくなるのに、”よく噛めよ”の歌を歌ってる)と、可哀そうに思ったのかも知れなかった。そして兵隊さんには、この子供達が、これから巻き込まれる、本当の恐ろしいことが、わかっていたのかも、知れなかった。
作文を読む子供たちの知らないうちに、太平洋戦争は、もう、いつのまにか、始まっていたのだった。
回复 支持 反对

使用道具 举报

舟行雨 该用户已被删除
发表于 2006-5-25 23:23:10 | 显示全部楼层
提示: 作者被禁止或删除 内容自动屏蔽
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-26 19:27:09 | 显示全部楼层
 もう、すっかり顔なじみになった、自由が丘の改札口のおじさんに、トットちゃんは、首から紐で下げた定期を見せると、駅を出た。
さて、今日は、そこに、とても面白そうなことが起こっていた。それは、若いお兄さんが、ゴザを敷いて、その上に、あぐらをかいて座っていて、そのお兄さんの前には、木の皮みたいのが、山のように、積んであった。そして、そのまわりには、見物人が、五、六人、たまって、そのお兄さんのすることを見物していたのだった。トットちゃんも、その見物の中に加わってみることにした。どうしてかっていえば、そのお兄さんが、
「さあ、見てごらん、見てごらん」
と、いったからだった。トットちゃんが立ち止ったのを見ると、お兄さんは、いった。
「さあ、人間は健康が第一。朝起きて、自分が元気か、病気か、調べるのが、この木の皮だ。朝、この木の皮を噛んでみて、もし、にがかったら……、それは、病気という証拠。もし、噛んでも、にがくなかったら、あんたは大丈夫、病気じゃない。たったの二十銭で、病気がわかる、この木の皮、さあ、そこの旦那さん、ためしに噛んでみてください」
少し、やせた男の人が、渡された木の皮を、おそるおそる、前歯で噛んだ。そして、ちょっとして、その人は、首をかしげながら、いった。
「少し、苦い……ような木がする……」
お兄さんは、それを聞くと、飛び上がって叫んだ。
「旦那さん、あんたは病気にかかっている。気をつけなさいよ。でも、まだ、そう悪くはない、苦いような、”気がしてる”んだから。じゃ、そこの奥さん、ちょっと、これを同じように噛んでみてください」
おつかい籠を下げた、おばさんは、かなり幅の広いのを、ガリッ!と、いきおいよく噛んだ。そして、うれしそうに、いった。
「まあ!ぜんぜんにがくありません」
「よかったねえ、奥さん、元気だよ、あんたは!」
そして、それから、もっと大きい声で、いった。
「二十銭だよ、二十銭!これで毎朝、病気にかかってるかどうか、わかるんだから。安いもんだ!」
トットちゃんは、その、ねずみ色みたいな皮を、自分も試しに、噛ませてもらいたい、と思った。だけど、
「私にも……」
という勇気はなかった。その代わり、トットちゃんは、お兄さんに聞いた。
「学校が終わるまで、ここに居る?」
「ああ、いるよ」
お兄さんは、チラリと小学生のトットちゃんを見て、いった。トットちゃんは、ランドセルを、カタカタいわせると、走り始めた。少し学校に遅れそうになったのと、もうひとつ、用事をしなきゃならなかったからだった。その用事というのは、教室につくなり、みんなに聞いてみることだった。
「誰か、二十銭、かしてくれない?」
ところが、誰も、二十銭を、持っていなかった。長い箱に入ったキャラメルが、十銭だったから、そう大変なお金じゃないけど、誰も持っていなかった。
そのとき、ミヨちゃんが、いった。
「お父さんか、お母さんに、聞いてみて、あげようか?」
こういうとき、ミヨちゃんが校長先生の娘というのは都合がよかった。学校の講堂のつづきに、ミヨちゃんの家があるから、お母さんも、いつも、学校いるようなものだったし。
お昼休みになったとき、ミヨちゃんが、トットちゃんを見ると、いった。
「お父さんが、かしてもいいけど、何に使うのかって!」
トットちゃんは、校長室に出かけて行った。校長先生は、トットちゃんを見ると、めがねをはずして、いった。
「なんだい!二十銭いるって?何に使うの?」
トットちゃんは、大急ぎで、いった。
「病気か、元気か、噛むとわかる、木の皮を、買いたいの」
「どこに売ってるんだい?」
と校長先生は、興味深げに、聞いた。
「駅の前!」
トットちゃんは、また、大急ぎで答えた。
「そうかい。いいよ。君がほしいんなら。先生にも噛ましてくれよね」
校長先生は、そういうと、上着のポケットから、お財布を出すと、二十銭を、トットちゃんの、手のひらに、のせた。
「わあー、ありがとう。ママのもらって、お返しします。本なら、いつも買ってくれるけど、ほかのものの時は、聞いてから買うんだけど、でも、元気の木の皮は、みんなが要るから、買ってくれると思うんだ!」
そして、学校が終わると、二十銭を、握り締めて、トットちゃんは、駅の前に、いそいだ。お兄さんは、同じような声で叫んでいたけど、トットちゃんが、掌の二十銭を見せると、にっこり笑って、いった。
「いい子だね。お父さん、お母さん、よろこぶよ」
「ロッキーだって!」
と、トットちゃんは、いった。
「なんだい、ロッキーって?」
と、お兄さんは、トットちゃんに渡す皮を、選びながら、聞いた。
「うちの犬!シェパード!」
お兄さんは、選ぶ手を止めると、少し考えてから、いった。
「犬ねえ。いいだろう。犬だって、にがきゃ、嫌がるから、そしたら、病気だ……」
お兄さんは、幅が三センチくらいで、長さが、十五センチくらいの皮を、手にすると、いった。
「いいかい?朝、噛んで、苦いと、病気だよ。なんでもなきゃ、元気だぜ」
お兄さんが、新聞紙にくるんでくれた、木の皮を、トットちゃんは、大切に握り締めて、家に帰った。
それから、トットちゃんは、まず、自分で噛んで見た。口の中で、ガサガサする、その皮は、にがくも、なんともなかった。
「わーい、私は、元気です!!」
ママは、笑いながら、いった。
「そうよ。元気よ。だから、どうしたの?」
トットちゃんは、説明した。ママも、まねをして、皮を噛んでみて、そして、いった。
「にがくないわ」
「じゃ、ママも、元気!」
それから、トットちゃんは、ロッキーのところに行き、口のところに、皮を、差し出した。ロッキーは、まず、においをかぎ、それから、舌で、なめた。トットちゃんは、いった。
「噛むのよ。噛めば、病気かどうか、わかるんだから!」
でも、ロッキーは、噛もうとはせず、耳の後ろを、足で、書いた。トットちゃんは、木の皮を、ロッキーの、口のところに、もっと近づけると、いった。
「ねえ、噛んでみて?病気だったら、大変なんだから!」
ロッキーは、仕方なさそうに、皮の、ほんの、はじのほうを噛んだ。それから、また、においをかぐと、別に、いやだという風も見せず、大きく、あくびをした。
「わーい。ロッキーも、元気です!!」
次の朝、ママは、二十銭、おこづかいを、くれた。トットちゃんは、真っ先に、校長室に行くと、木の皮を、差し出した。
校長先生は、一瞬、
「これは、なんだろう?」
という風に皮を見て、それから、次に、トットちゃんが、大切そうに、手を開いて、握っていた二十銭を先生に渡そうとしてるのを見て、思い出した。
「噛んで?苦いと、病気!」
校長先生は、噛んでみた。それから、その皮を、ひっくり返したり、よく見て、調べた。
「苦いの?」
トットちゃんは、心配そうに、校長先生の顔を、のぞきこんで、聞いた。
「いいや、何の味も、しないよ」
それから校長先生は、木の皮を、トットちゃんに返すと、いった。
「先生は元気だよ。ありがとう」
「わーい、校長先生も元気!よかった!」
トットちゃんは、その日、学校中のみんなに、その皮を、かたはしから、噛んでもらった。誰もかれも、苦くなくて、元気だった。トモエのみんなは、元気だった。トットちゃんは、うれしかった。
みんなは、校長先生のところに、口々に、
(自分は、元気だ)
という事を、報告にいった。そのたびに先生は、いった。
「そうかい、よかったな」
でも、群馬県の自然の中に生まれ、榛名山の見える、川のほとりで育った校長先生には、わかっていたに違いない。
(この皮は、誰が噛んでも、苦くなることは、決して、ない)と。
でも、みんなが、「元気!」とわかって、喜ぶ、トットちゃんを、先生は、うれしいと思った。もしも、誰かが、
「苦い!」
といったら、その人のために、トットちゃんが、どんなに心配する、というような、優しい子に育っている事を、先生は、うれしい、と思っていた。
その頃、トットちゃんは、学校の近くを通りかかった野良犬の口に、その皮を、つっこんで、噛みつかれそうになっていた。でも、トットちゃんは、負けないで叫んでいた。
「病気かどうか、すぐ、わかるのに、ちょっとだけ、噛んでみて?あんたが、元気だってわかったら、それで、いいんだから!」
そして、見知らぬ犬に、その皮を、噛ませる事に、トットちゃんは、成功した。犬の周りを、とびはねながら、トットちゃんは、いった。
「よかった。あんたも、元気でーす!!」
犬は頭を下げて、恐縮してるような恰好で、どっかに走って、見えなくなった。
校長先生の推察どおり、このあと、あの、お兄さんが、二度と、自由が丘に姿を現すことは、なかった。
でも、トットちゃんは、毎朝、学校に行く前に、まるで、ビーバーが必死に噛んで、ボロボロになったような皮を、大切そうに机の引き出しから出して噛んでは、
「私は、元気でーす!!」
といって、家を出て行くのだった。
そして、本当に、トットちゃんは、元気なのだった。ありがたいことに。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-28 20:22:44 | 显示全部楼层
        
今日は、新しい生徒がトモエに来た。小学校の生徒にしては、誰よりも背が高く、全体的にも凄く大きかった。小学生というよりは、
「中学生のお兄さんみたいだ」
と、トットちゃんは思った。着てるものも、みんなと違って、大人のひと、みたいだったし。
校長先生は、朝、校庭で、みんなに、この新しい生徒を、こう紹介した。
「宮崎君だ。アメリカで生まれて、育ったから、日本語は、あまり上手じゃない。だから、ふつうの学校より、トモエのほうが、友達も、すぐ出来るだろうし、ゆっくり勉強できるんじゃないか、という事で、今日から、みんなと一緒だよ。何年生がいいかなあ。どうだい、タアーちゃん達と一緒の、五年生じゃ」
絵の上手な、五年生のタアーちゃんは、いつものようにお兄さんらしく、いった。
「いいよ」
校長先生は、にっこり笑うと、いった。
「日本語は、うまくない、といったけど、英語は得意だからね、教えてもらうといい。だけど、日本の生活に馴れていないから、いろいろ教えてあげてください。アメリカの生活の話も、聞いてごらん。面白いから。じゃ、いいね」
宮崎君は、自分より、ずーっと、小さい同級生に、おじぎをした。タアーちゃん達のクラスだけじゃなく、他の子も、みんな、おじぎをしたり、手を振ったりした。
お昼休みに、宮崎君が、校長先生の、家のほうに行くと、みんなも、ゾロゾロついて行った。そしたら、宮崎君は、家に上がるとき、靴を履いたまま、畳にあがろうとしたから、みんなは、
「靴は、脱ぐの!」
と大騒ぎで、教えてあげた。宮崎君は、びっくりしたように、靴を脱ぐと、
「ゴメンナサイ」
といった。みんなは、口々に、
「畳は脱ぐけど、電車の教室と、図書室は、ぬがなくていい」
とか、
「九品仏のお寺の、お庭はいいけど、本堂は、ぬぐの」
とか、教えた。そして、日本人でも、ずーっと外国で生活していると、いろんなことが違うのだと、みんなにも、よくわかって、おもしろかった。
次の日、宮崎君は、英語の、大きい絵本を、学校に持って来た。お昼休みに、みんなは、宮崎君を、何重にも、とりかこんで、その絵本を、のぞきこんだ。そして、おどろいた。第一に、こんな、きれいな絵本を見た事が、なかったからだった。みんなの知ってる絵本は、普通、色が、真っ赤、とか、緑色とか、まっ黄色という風なのに、この絵本の色は、薄い肌色のようなピンクとか、水色でも、白い色や、グレーが、混ざっているような、気持ちのいい色で、クレヨンには、ない色だった。二十四色のにもない色で、タアーちゃんだけが持ってる四十八色のクレヨンだって、ないような色がたくさん合った。みんなは、感心した。それから、次に、絵なんだけど、それは、おむつをした、赤ちゃんが、犬に、おむつを、引っ張られているところから始まっていた。だけど、みんなが感心したのは、その赤ちゃんが、描いたみたいじゃなく、ピンク色の、やわらかそうな、お尻を出して、本当に、そこにいるみたいだったからだった。そして、第三に、こんな大きくて、厚い、しかも、紙のいいツルツルの絵本を見るのは、初めてだった。トットちゃんは、もちろん、いつものように、抜け目なく、一番、絵本に近く、しかも、宮崎君の、そばに、人なつっこく、くっついていた。
宮崎君は、まず、英語で文章を読んでくれた。それは、とてもとても、滑らかな言葉で、みんなは、うっとりした。それから、宮崎君は、日本語と、格闘を、はじめた。
どっちにしても、宮崎君は、みんなと違うものを、トモエに、運んで来てくれた。\
「赤チャンハ、ベイビィー」
宮崎君のいう通り、みんなは、声を出した。
「赤ちゃんは、ベイビィー!!」
それから、また、宮崎君はいう。
「ウツクシハ、ビューティフル」
「美しいは、ビューティフル」
みんながいうと、宮崎君は、すぐに、自分の日本語を訂正した。
「ゴメンナサイ、ウツクシ、チガウ、ウツクシイ?」
こうして、トモエのみんなは、宮崎君とすぐ親しくなった。宮崎君も、毎日、いろんな本を学校に持って来ては、お昼休みに読んでくれた。
だから、宮崎君は、みんなの、英語の家庭教師という風だった。でも、そのかわり、宮崎君は、みるみるうちに、日本語が、上手になった。そして床の間にも、腰をかけたり、しなくなった。
トットちゃん達も、アメリカについて、いろいろ知った。
トモエでは、いま、日本と、アメリカが親しくなり始めていた。
でも、トモエの外では、アメリカは敵国となり、英語は、敵国の言葉ということで、すべての学校の授業から、はずされた。
「アメリカ人は、鬼!」
と、政府は、発表した。このとき、トモエのみんなは、声を揃えて、叫んでいた。
「美しいは、ビューティフル!」
トモエの上を通り過ぎる風は暖かく、子供たちは、美しかった。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-5-29 18:29:36 | 显示全部楼层
「芝居だ!芝居だ!学芸会だ!」
トモエはじまって以来のことだった。お弁当の時間に、みんなの前で、毎日だれかが、一人ずつ出て、おはなしする、というのは、ずーっと続いていたけど、お客さんも来て、講堂の、いつも校長先生が、リトミックのとき弾く、グランドピアノの乗っている小さいステージの上で、芝居をやるなんて……。とにかく、芝居というものを見たことのある子は、誰もいなかった。トットちゃんだって、バレーの「白鳥の湖」のほかは、見たこと一度だってなかった。それでも、とにかく、学年別に、出し物が検討された。そして、およそ、トモエらしくないけど、教科書に、載っていたかなんかで、トットちゃんのクラスは、
「勧進帳」
と、決まった。そして丸山先生が、指導してくださる事になった。弁慶は、背も高く、体も大きい税所愛子さんが、いい、という事になり、富樫は、一見まじめで、大きい声の、天寺君に決まった。そして、義経は、みんなの相談の結果、トットちゃんがやることになった。残りのみんなは、山伏の役だった・
さて、稽古が始まる前、みんなは、まず、セリフというのを、おぼえなくちゃならなかった。でも、トットちゃんと、山伏は、セリフがないので、とてもよかった。なぜなら、山伏は、芝居のあいだじゅう、黙って立っていればよかったし、トットちゃんは、富樫の守っている「安宅の関」を、うまく通るために、弁慶が、主人である義経を、ぶったりして、「こんなのは、ただの山伏です」、という話だから、義経のトットちゃんは、ただ、うずくまっていれば、いいのだった。弁慶の税所さんは、大変だった。富樫と、いろいろ、やりとりがある他に、何も書いてない巻物を取り出し、富樫が、
「読んでみてください」
というから、
「そもそも、東大寺建立のため……」
とか、即興に、自分で作って、必死に読んで、敵の富樫を感動させる、という、難しいところがあるので、毎日、
「そもそも……」といっていた。
富樫役の天寺君だって、弁慶は、やりこめなくちゃならないセリフが、たくさんあるので、フウフウいっていた。
さて、いよいよ、稽古が始まった。富樫と弁慶が、向かい合わせになり、弁慶に後ろに山伏が、並んだ。トットちゃんは、山伏の先頭にいた。ところが、トットちゃんは、話が、わかっていなかった。だから、弁慶が、義経のトットちゃんを、つきとばし、棒でぶつと、猛然と、抵抗した。税所さんの足を、けっとばしたり、引っかいたりした。だから、税所さんは泣くし、山伏は、笑った。
本当なら、どんなに弁慶が義経を、ぶっても叩いても、義経が、されるままになっているので、富樫が、弁慶の心の中の、つらさを思いやって、結局、この、「安宅関」を、通してやる、という芝居だから、義経が、反抗したのじゃ、芝居にならないのだった。丸山先生は、トットちゃんに説明した。でも、トットちゃんは、絶対に、
「税所さんが、ぶつんなら、私だって、ぶつ!」
というので、芝居は進まなかった。
何度、そこのところをやっても、トットちゃんは、うずくまりながら抵抗した。とうとう丸山先生は、トットちゃんに、いった。
「悪いけど、義経の役は、泰ちゃんに、やってもらうことにしよう」
トットちゃんはにとっても、それは、ありがたいことだった。だって、自分だけが、ぶたれたり、つきとばされるのは、いやだ、と思っていたから。それから、丸山先生は、いった。
「そのかわり、トットちゃんは、山伏になって、ください」
そこで、トットちゃんは、山伏の一番後ろに並ぶことになり、
「これで、やっと、うまく、いく!」
と、みんなが考えたけど、それは、みんなの間違いだった。というのは、山伏が山を登ったり降りたりするための、長い棒を、トットちゃんに渡したのが、いけなかった。トットちゃんは、立ってるだけで退屈してくると、その棒で、隣の山伏の足を、つっついたり、もう一人さきの山伏の、わきの下を、くすぐったりした。それから、また、その長い棒で、指揮者のまねをしたりしたから、まわりのみんなは、あぶなかったし、第一に、富樫と弁慶の芝居が、それで、ブチこわしになるのだった。
そんなわけで、とうとう、トットちゃんは、山伏の役も、おろされてしまった。
義経になった泰ちゃんは、歯を食いしばるようにして、ぶたてたり、けっとばされたりしたから、見る人は、
(可哀そうに!)
と思うに違いなかった。稽古は、トットちゃん抜きで、順調に進行していた。
一人ぼっちになったトットちゃんは、校庭に出た。そして、はだしになり、トットちゃん風のバレーを踊り始めた。自分流に踊るのは、気持ちがよかった。トットちゃんは、白鳥になったり、風になったり、変な人になったり、木になったりした。誰もいない校庭で、いつまでも、一人で踊った。
でも、心の中では、
(やっぱり、義経やりたかったな)
という気持ちが、少しあった。
でも、いざ、やったら、やっぱり、税所さんのこと、ひっかいたり、ぶっちゃったりするに、違いなかった。
こうして、あとにも先にも、トモエにとって一回だけの学芸会に、トットちゃんは残念だけど参加できなかったのだった。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-6-5 20:27:53 | 显示全部楼层
         
トモエの生徒は、よその家の塀や、道に、らく書きをする、ということがなかった。というのは、そういう事は、もう充分に学校の中でやっているからだった。
それはどういうのかというと、音楽の時間だけど、生徒が講堂に集まると、校長先生は、みんなに、白い、はくぼくを渡した。生徒は、講堂の床の、思い思いの場所に陣取って、ねっころがったり、ちゅう腰になったり、きちんと正座したり、自由な形で、はくばくを持って、用意する。みんなの準備が揃うと、校長先生がピアノを弾く。そうすると、、みんなは、その講堂の床に、先生の弾いてる音楽のリズムを、音符にするのだった。薄茶色で、ツルツルの木の床に、はくぼくで書くのは気持ちがよかった。広い講堂に、トットちゃんのクラスの十人ぐらいが、ばらばらに散らばっているのだから、どう名に大きい音符を書いても、他の子に、ぶつかる事はなかった。音符といっても、五線を書く必要はなく、ただ、リズムを書けばいいのだった。しかも、それは校長先生とみんなで話し合って決めた、トモエ流の呼びかたの音符だった。
例えば、
  は、スキップ(スキップして、飛べはねるのにいいリズムだから)
  は、ハタ(旗のように見えるから)
  は、ハタハタ 
  は、ニマイバタ(二枚の旗)
  は、黒\
  は、白
  は、白に、ほくろ(たまは、しろてん)
 。マル(全音符のこと)
……と、こんな風だったから、とても音符に親しめたし、面白かったkら、この時間は、みんなの楽しみな授業だった。
床に、白墨で描く、というのは、校長先生の考えだった。紙だと、どんどん、はみ出しちゃうし、黒板では、みんなが書くのに、数が足りなかった。だから、講堂の床を、大きい黒板にして、はくぼくで書けば、「体も自由に動かせるし」「どんなに早いリズムでも、どんどん書けたし」「大きい字で、かまわなかった」。何よりも、のびのびと、音楽を楽しめるのが、よかった。そして、少し時間があると、ついでに飛行機だの、お人形さんだのの絵も、描いて、かまわなかった。だから、ときどき、わざと、隣のこのところまで、つづくようにして、みんなが、つなげっこをして、講堂中が、ひとつの絵になることも、あった。
音符の授業は、音楽がひつ区切りすると、校長先生が降りて来て、一人ずつのを見て廻る、というやりかただった。
そして、
「いいよ」
とか、
「ここは、ハタハタじゃなくて、スキップだったよ」
とか、いってくださった。そして、みんなが、ちゃんと直すと、先生は、もう一度、弾いて、みんなも、そのリズムを正確に、たしかめて、納得するのだった。こういうとき、校長先生は、どんなに忙しくても、人任せにすることは、絶対になかった。そして、生徒たちも、小林校長先生じゃなくちゃ、絶対に、面白くなかった。
ところで、この音符のあと、掃除が、かなり、大変だった。まず、黒板消しで、はくぼくを拭き、そのあとは、みんなが共同で、モップだの、お雑巾だので、すっかり、床を、きれいにするのだった。それでも、講堂中全部を拭くのは、大事だった。
こんなわけで、トモエのみんなは、「らく書きゃ、いたずら書きをしたら、あとが大変!」と知っていたから、講堂の床以外では、しなかったし、第一に、一週間に、二度くらいある、この授業で、らく書きの楽しみは、もう、充分に満たされていた。
トモエの生徒は、「はくぼくの感触って、とういうの」とか、「どう握って、どう動かせば、うまく書けるか」とか、「はくぼくを折らない方法」とかを、本当に、よく知っていた。つまり、どの子も、”はくぼく評論家”になれるくらいだったのだから。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-6-5 20:30:26 | 显示全部楼层
        
春休みが終わって、初めて学校に集まった日の、朝だった。校庭で、小林先生は、みんなの前に立つと、両手を上着のポケットに入れた、いつもの恰好で、じーっと、立っていた。それから、両手をポケットから出すと、みんなを見た。先生の顔は、泣いているようだった。先生は、ゆっくり、いった。
「泰明ちゃんが、死んだよ。今日、みんなでお葬式に行こう。泰明ちゃんは、みんなの友達だったね。とても残念だよ、先生も。悲しい気持ちで、いっぱいだ……」
そこまでいうと、先生の目の周りが真っ赤になり、涙が、先生の目から落ちた。
生徒たちは、みんな呆然として、誰も声を出す子は、いなかった。みんなの胸の中には、それぞれ、泰明ちゃんに対する想いが、こみ上げていたに違いなかった。これまでに、こんな悲しい静かさが、トモエの庭を通り過ぎたことは、なかった。
トットちゃんは、思った。
「そんなに早く、死んじゃうなんて、春休みの前に、泰明ちゃんが、『読めば?』って貸してくれた”アンクルトムの子屋”だって、まだ終わりまで、読めていないくらいなのに」
トットちゃんは、泰明ちゃんの事を、思い出していた。春休みの前に、別れるとき、本を渡してくれたときの、曲がった指のこと。始めて逢った日、
「どうして、そんな風に歩くの?」
と聞いたトットちゃんに、
「僕、小児麻痺なんだ」
って、やさしく、静かに教えてくれたときの、あの声と、少し笑った顔と。夏の、あの二人だけの大冒険、秘密の木登り(トットちゃんより、年も背も大きかったけど、トットちゃんを信頼し、全部トットちゃんに、任せた、あのときの、泰明ちゃんの体の重さも、今は、なつかしかった。)「テレビというのもが、アメリカにある」って教えてくれたのも泰明ちゃんだった。
トットちゃんは、泰明ちゃんが好きだった。お休み時間だって、お弁当のときだって、学校が終わって駅まで帰るときだって、いつも一緒だった。なにもかもが、なつかしかった。でも、トットちゃんは、もう二度と泰明ちゃんは、学校に来ないとわかっていた。死ぬって、そういうことなんだから。あの可愛がってた、ひよこだって、死んだら、もう、どんなに呼んでも、動かなかったんだから。
泰明ちゃんのお葬式は、泰明ちゃんの家のある田園調布の、家とは反対側の、テニスコートの近くの教会だった。生徒は、みんな、黙って、自由が丘から一列になって、教会まで歩いていった。いつもはキョロキョロするトットちゃんも、下も見たまま、ずーっと歩いていた。そして、校長先生から、初めて話を聞いた。さっきと、今の考えが、少し違っていることに気がついた。さっきは、(信じられない)という気持ちと、(なつかしい)という気持ちだったけど、今は、(もう一度でいいから、生きてる泰明ちゃんと逢いたい。逢って、話がしたい)という思い出、胸がいっぱいだった。
教会は、白い百合の花が、たくさんあった。泰明ちゃんの、きれいなお姉さんや、お母さんや、お家の人達が、黒い洋服を着て、入口の外に立っていた。みんな、トットちゃん達を見ると、それまでより、もっと泣いた。みんな、白いハンケチを、ぎゅーっと持っていた。トットちゃんは、生まれて初めて、お葬式を見た。お葬式は、悲しいものとわかった。話をしてる人明るいのに、楽しい気持ちは、もう、どこを探しても、ないように思えた。腕に黒いリボンを巻いた男の人が、トモエのみんなに、白い花を一本ずつ渡して、それを持って、一列になって教会に入り、泰明ちゃんの寝てるお棺の中に、そっと、それを入れてください、と説明した。
泰明ちゃんは、お棺の中にいた。花に囲まれて、目をつぶっていた。でも、死んでいても、いつものように、やさしく、利口そうに見えた。トットちゃんは、ひざをつくと、花を、泰明ちゃんの、手のところに置いた。そして、泰明ちゃんの、手に、そっと、さわった。トットちゃんが、何度も何度も、引っ張った、懐かしい手。汚れて小さいトットちゃんの手に比べて、泰明ちゃんの手は、真っ白で、指が長く、大人っぽく見えた。
(じゃね)
と、トットちゃんは、小さな声で、泰明ちゃんに、いった。
(いつか、うんと大きくなったら、また、どっかで、逢えるんでしょう。そのとき、小児麻痺、なおってると、いいけど)
それから、トットちゃんは立ち上がり、もう一度、泰明ちゃんを見た。そうだ!大事なこと忘れていた。
(”アンクルトムの子屋”、もう返せないわね。じゃ、私、あずかっとく。今度、逢うときまで)
そして、トットちゃんは歩き始めた。そのとき、うしろから、泰明ちゃんの声が聞こえるような気がした。
「トットちゃん!いろんなこと、楽しかったね。君のこと、忘れないよ」
(そうよ)
トットちゃんは、教会の出口のところで、振り返って、いった。
(私だって、泰明ちゃんのこと、忘れない!)
明るい春の日差しが……、初めて泰明ちゃんと、電車の教室で逢った日と同じ、春の日差しが、トットちゃんの周りを、とりかこんでいた。でも、涙が、今トットちゃんの頬を伝わっているのが、初めて逢った日と、違っていた。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-6-6 19:50:27 | 显示全部楼层
  泰明ちゃんのことで、トモエのみんなは、ずーっと悲しかった。特にトットちゃんのクラスは、朝、電車の教室で、もう、いくら授業が始まる時間になって泰明ちゃんが来なくても、それは遅刻じゃなくて、絶対に来ないのだ、となれるのに時間が、かかった。一クラスが、たったの十人というのは、普段はいいけど、こういうときには、(とても、都合が悪い)と、みんなは思った。
[泰明ちゃんがいない]
ということが、どうしても、目で見えてしまうからだった。でも、せめてもの救いは、みんなの座る席が決まっていないことだった。もし、泰明ちゃんの席が決まっていて、そこが、いつまでも空いてるとしたら、それは、とても、つらいことだったに違いない。でも、トモエでは、毎日、好きな席に自由に座っていい、というきまりだったから、そこのところは、ありがたかった。
このところ、トットちゃんは、自分が大きくなったら、「何になろうか?」ということを考えるようになっていた。もっと小さい頃は、チンドン屋さんとか、パレリーナと思っていたし、初めてトモエに来た日には、駅で、電車の切符を売る人もいい、と思った。でも、今は、もう少し、女らしい、何か、変わっていることを仕事にする人になりたい、と考えていた。
(看護婦さんもいいな……)
と、トットちゃんは、思いついた。
(でも……)
と、すぐにトットちゃんは思い出した。
(この前、病院にいる兵隊さんをお見舞いに行ったとき、看護婦さんは、注射なんか、してあげてたじゃない?あれは、ちょっと、むずかしそうだ……)
「そうかといって、何がいいかなあ……」
言いかけて、突然、トットちゃんは、うれしさで、いっぱいになった。
「何だ、ちゃんと、なるもの、前に決めてたんだ!」
それからトットちゃんは、泰ちゃんのそばに行った。ちょうど泰ちゃんは、教室で、アルコールランプに火をつけたところだった。トットちゃんは、得意そうにいった。
「私は、スパイになろうと思うんだ!」
泰ちゃんは、アルコールランプの炎から、目をトットちゃんに向けると、じっと、トットちゃんの顔を見た。それkら、少し考えるように、目を窓の外にやり、それから、トットちゃんのほうにむきなおると、響きのある利口そうな声で、そして、トットちゃんにわかりやすいように、ゆっくり、いった。
「スパイになるにはね、頭がよくなくちゃ、なれないんだよ。それに、いろんな国の言葉だって出来なくちゃなれないし……」
そこまで言うと、泰ちゃんは、ちょっと、息をついた。そして、目をそらさずに、はっきりと、トットちゃんを見て、いった。
「第一、女のスパイは、顔がきれいじゃなくちゃ、なれないんだよ」
トットちゃんは、だんだん目を泰ちゃんから床に落とし、顔も、少し、うつむくよう形になった。それから泰ちゃんは、少し間をおき、今度は、トットちゃんから目をそらして、小さな声で、考えながら、いった。
「それに、おしゃべりの子は、スパイには、なれないんじゃないかなあ……」
トットちゃんは、びっくりした。それは、スパイになることを反対されたからじゃなかった。泰ちゃんのいうことが、すべて正しいからだった。すべてが、思い当たることだった。
トットちゃんは、どこをとっても、スパイになれる才能はない、と、自分でも、よくわかった。泰ちゃんが、意地悪で言ってるんじゃないことはもちろんだった。スパイは、あきらめるよりしか、なかった。やっぱり相談してよかった。
(それにしても!)
と、トットちゃんは、心の中で考えた。
(すごい!泰ちゃんは、私と同じ年なのに、こんなに、いろんなことが、よくわかっているなんて……)
もし、泰ちゃんが、トットちゃんに、
「僕、物理学者になろうと思うんだけど!」
なんていったら、一体、どんなことを、いってあげられるだろうか。
「アルコールランプに、マッチで上手に火がつけられるもの、なれると思うわ……」
でも、これじゃ、ちょっと子供っぽいかなあ。
「英語で、狐はフォックスで、靴はシューズ、って知ってるんだもの、なれるんじゃないの?」
これでも、充分じゃ、なさそうだ。
(でも、泰ちゃんなら、いずれにしても、利口な人のする仕事に向いている)
と、トットちゃんは、思った。だから、とっとちゃんは、だまって、フラスコの泡を見つめてる泰ちゃんに、やさしく、いった。
「ありがとう。スパイはやめる。でも、泰ちゃんは、きっとえらい偉いになるわ」
泰ちゃんは、口の中で、何か、モゾモゾ言うと、頭をかきながら、開いた本の中に、頭を、うずめてしまった。
(スパイもだめなら、なにになったら、いいのかな?)
トットちゃんは、泰ちゃんと並んで、アルコールランプの炎を見つめながら、考えていた。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-6-7 18:20:25 | 显示全部楼层
お弁当がすんで、みんなで、丸く並べた机やいすを片付けると、講堂は広くなる。トットちゃんは、
「今日は、真っ先に、校長先生に、よじのぼうろう」
と決めていた。いつもそう思ってるんだけど、ちょっと油断すると、もう、誰かが、講堂の真ん中に、胡坐をかいてる先生の足の間に入り込んでいて、背中には、二人ぐらい、よじ登って、さわいでいて、そして校長先生は、
「おい、よせよ、よせよ!」
と真っ赤な顔で笑いながらいうんだけど、その子達は、一度、占領した先生の体から、はなれまい、と必死だった。だから、ちょっと遅くなると、もう、小柄な校長先生の体は、大混雑なのだった。でも、今日、トットちゃんは決めたから、先生が来る前から、その場所……講堂の真ん中……に、立って待っていた。そして、先生が歩いてくると、こう叫んだ。
「ねえ、先生、はなし、はなし!!」
先生は、あぐらをかくために、すわりながら、うれしそうに聞いた。
「なんだい?はなしって」
トットちゃんは、数日前から、心に思ってることを、いま、はっきり先生に、言おうとしていた。先生が、あぐらをかくと、突然、トットちゃんは、(今日は、よじのぼるのは、やめよう)と思った。こういう話は、ちゃんと、向かい合うのが、適当、という風に考えたからだった。だから、トットちゃんは、先生に向かい合い、くっついて正座した。そして、顔をしこしまげた。ちいさいときから、「いいお顔!」と、ママなんかに言われている顔をした。それは、歯を少し見せて笑う、よそゆきの顔だった。この顔のときは、自信があり、いい子だと、自分でも思っているときだった。
先生は、膝を、のり出すようにして聞いた。
「なんだい?」
トットちゃんは、まるで、先生の、お姉さんか、お母さんのように、ゆっくりと、やさしく、いった。
「私、大きくなったら、この学校の先生に、なってあげる。必ず」
先生は、笑うかと思ったら、そうじゃなく、まじめな顔をして、トットちゃんに聞いた。
「約束するかい?」
先生の顔は、本当に、トットちゃんに、「なってほしい」と思ってるように見えた。トットちゃんは、大きくうなずくと、
「約束!」
と、いった。いいながら、(本当に。絶対に、なる!)と自分にも、いいきかせた。
この瞬間、はじめて、トモエに来た朝のこと……ずいぶんむかしに思えるけど、あの一年生のときの……始めて、先生に、校長室で逢ったときの事を思い出していた。先生は、四時間も、自分お話を、ちゃんと聞いてくれた。あとにも、先にも、トットちゃんの話を、四時間も、聞いてくれた、おとなは、いなかった。そして、話が終わったとき、
「今日から、君は、もう、この学校の生徒だよ」
って、いってくださったときの、先生の、あったかい声。いま、トットちゃんは、あのときより、もっと、
(小林先生は、大好きだ)
と思っていた。そして、先生のために働くこと、先生のためになることなら、何でもしようと心に決めていた。
先生は、トットちゃんの決心を聞くと、いつものように、歯の抜けた口を、恥ずかしそうにしないで、見せて、うれしそうに、笑った。
トットちゃんは、先生の目の前に、小指を突き出した。
「約束!」
先生も小指を出した。短いけど、力強そうな、信頼できそうな、先生の小指だった。トットちゃんと、先生は、指きりゲンマン!をした.先生は笑っていた.トットちゃんも、先生がうれしそうなのを見て、安心して、笑った。
トモエの先生になる!!
なんて、すばらしいことだろう。
(私が、先生になったら……)
トットちゃんが、いろいろ想像して、思いついたことは、次のようなことだった。
「勉強は、あんまり、やらないでさ。運動会とか、ハンゴウスイサンとか、野宿とか、いっぱいやって、それから、散歩!」
小林先生は、よろこんでいた。大きくなったトットちゃんを想像するのは、難しかったけど、きっと、トモエの先生になれるだろう、と考えていた。そして、どの子も、トモエを卒業した子は、小さい子供の心を忘れるはずはないのだから、どの子も、トモエの先生になれるはずだと考えていた。
日本の空は、いつアメリカの飛行機が爆弾をつんで、姿を見せるか、それは、時間の問題、といわれているとき、この、電車が校庭に並んでいるトモエの学園の中では、校長先生と、生徒と、十年以上も先の、約束を、していた。
回复 支持 反对

使用道具 举报

头像被屏蔽
 楼主| 发表于 2006-6-8 21:58:17 | 显示全部楼层
              
  たくさんの兵隊さんが死に、食べ物が無くなり、みんなが恐ろしい気持ちで暮らしていても、夏は、いつもと同じように、やって来た。太陽は、戦争に勝ってる国にも、負けてる国にも、同じように、光を送ってきた。
トットちゃんは、今、鎌倉の、おじさまの家から、夏休みが終わるので、東京の自分の家に帰ってきたところだった。
トモエでの、楽しかった野宿や、土肥温泉への旅などは、何も出来なかった。学校のみんなと一緒のあの夏休みは、二度と味わえそうになかった。そして、毎年、いとこたちと過ごす鎌倉の家も、いつもの夏とは、全く違っていた。毎年、みんなが、怖くてないちゃうくらい上手に、怪談をしてくれた親戚の大きいお兄さんが、兵隊に行ってしまった。だから、もう、怪談は、無しだった。それから、アメリカでの、いろんな生活の話を、本当か嘘か、わからないくらい面白く話してくれる、おじさまも、戦地だった。この、おじさまは、第一級の報道力メラマンで、名前を、田口修治といった。
でも、「日本ニュース」のニューヨーク支社長や「アメリカ・メトロニュース」の極東代表をしてからは、シュウ・タグチ、としてのほうが有名だった。この人は、トットちゃんのパパのすぐ上のお兄さんで、本当の兄弟だけど、パパだけが、パパのお母さんの家の姓をついだので、名前が違うわけで、本当なら、パパも、「田口さん」になるはずだったんだけど。
この、おじさまの写した「ラバウル攻防戦」とか、その他の、いろんなニュース映画は、次々と映画館で上映されていたけど、戦地から、フィルムだけが送られてくるのだから、おばさまや、いとこたちは、心配していた。なぜって、報道力メラマンは、いつも、みんなの危険なところを撮るのだから、みんなより、もっと先に行って、振り返って待っていて写さなければ、ならないからだった。後から行ったのでは、みんなの後姿しか、撮れないからだった。道がなければ、みんなより先に、道のないところを、かきわけて、先か、または、横に行って撮るのが仕事だった。みんなの作ってくれた道を行ったのでは、こういう戦争中のニュースは撮れないのだと、親戚の大人たちは、話していた。鎌倉の海岸も、なんとなく、心細そうだった。
そんな中で、おかしかったのは、この、おじさまの家の一番上の男の子の、寧っちゃん、という子だった。トットちゃんより、一歳くらい下だったけど、寝る前に、トットちゃんや、ほかの子供たちの寝るカヤの中で、「天皇陛下、ばんざい!!」といって、ばったり倒れて戦死する兵隊さんも、まねを、何度も真剣にやるんだけど、それをやった晩は、なぜか、必ず、ねぼけて、夜中に、縁側から落ちて、大騒ぎに、なるのだった。
トットちゃんのママは、パパの仕事があるので、パパと東京だった。
さて、夏休みが終わる今日、ちょうど、東京に帰る大きい親戚のお姉さんが来ていたので、トットちゃんは、いま、家までつれて帰ってきていただいたところだった。
家に帰ったトットちゃんは、まず、いつものように、犬のロッキーを探した。でも、ロッキーは、どこにも見えなかった。家の中にはもちろん、庭にも、パパの趣味の蘭なんかがあった温室にも。トットちゃんは心配になった。いつもなら、トットちゃんが、家の近くまで帰ってきただけで、どっかから、飛び出してくるロッキーなんだから……。トットちゃんは、家を出て、ずーっと、外の通りのほうまで行って、名前を呼んだけど、どこからも、あの、懐かしい目や耳や、しっぽは見えなかった。トットちゃんは、自分が外に出ているうちに、家に帰ってるかも知れないと思って、走って帰ってみた。でも、まだ帰って来ていなかった。トットちゃんは、ママに聞いた。
「ロッキーは?」
さっきから、トットちゃんが走りまわっているのを、知っているはずのママは、だまっていた。トットちゃんは、ママのスカートを引っ張って聞いた。
「ねえ、ロッキーは?」
ママは、とても答えにくそうに、いった。
「いなくなったの」
トットちゃんは、信じられなかった。
(いなくなった?)
「いつ?」
トットちゃんは、ママの顔を見て聞いた。
ママは、どうしたらいいか……という風な悲しい感じで、いった。
「あなたが、鎌倉に出かけて、すぐ」
それから、ママは、急いで、つけ足した。
「随分探したのよ。遠くまで行ってみたし、みんなにも聞いてみたけど、どこにも、いないのよ。あなたに、なんていったら、いいか、ママは考えていたんだけど……。ごめんなさいね……」
そのとき、トットちゃんは、はっきりと、わかった。
ロッキーは、死んだんだ。
(ママは、私を悲しませないように、いってるけど、ロッキーは死んだんだ)
トットちゃんには、はっきりしていた。今まで、トットちゃんが、どんなに遠くに出かけても、ロッキーは、絶対に、遠出をすることは、なかった。なぜなら、トットちゃんが、必ず帰ってくることを知っていたからだった。
(私に、なにもいわずに、ロッキーが出かけていくなんて、絶対に、ない)
それは、確信に近かった。
トットちゃんは、それ以上、ママに何も言わなかった。ママの気持ちは、充分に、わかったからだった。トットちゃんは、下を向いたまま、いった。
「どこに行ったのかなあ!」
そういうのが、精一杯で、トットちゃんは、二階の自分の部屋に、かけこんだ。ロッキーのいない家の中は、よその家のようにさえ、思えた。トットちゃんは、部屋に入ると、泣きそうになるのを我慢して、もう一度、考えてみた。それは、ロッキーに対して、なにか、”意地悪なことか、家を出て行くようなことをしなかったか、どうか?”ということだった。
小林先生は、いつも、トモエの生徒に、いっていた。
「動物を、だましちゃ、いけないよ。君達を信じてる動物を、裏切るようなことを、しちゃ、可哀そうだからね。犬なんかに、”お手をしたら、お菓子をやるよ”なんて、いって、お手をさせて、何もやらなかったりするなよ。犬は、君達を信じなくなるし、性格が悪くなるからね」
このことを守っているトットちゃんは、ロッキーを、だますようなことは、していなかったし、思い当たることは、まったく、なかった。
そのとき、トットちゃんは、床においてある、熊のぬいぐるみの足に、くっついているものを見た。いままで、我慢していたトットちゃんは、それを見ると、声を上げて、泣いた。それは、ロッキーの、薄茶色の毛だった。トットちゃんが、鎌倉に出発する朝、ロッキーと、ここで、ふざけて、転がったりしたとき、ロッキーから、抜け落ちた毛だった。その、ほんの数本の、シェパードの毛を、手に握りしめたまま、トットちゃんは、いつまでも、いつまでも、泣いた。涙も、泣く声も、どうしても、止まらなかった。
泰明ちゃんに続いて、トットちゃんは、また、親友を、なくしてしまった。
回复 支持 反对

使用道具 举报

您需要登录后才可以回帖 登录 | 注~册

本版积分规则

小黑屋|手机版|咖啡日语

GMT+8, 2024-4-28 07:20

Powered by Discuz! X3.4

© 2001-2017 Comsenz Inc.

快速回复 返回顶部 返回列表