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发表于 2006-5-26 19:27:09
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もう、すっかり顔なじみになった、自由が丘の改札口のおじさんに、トットちゃんは、首から紐で下げた定期を見せると、駅を出た。
さて、今日は、そこに、とても面白そうなことが起こっていた。それは、若いお兄さんが、ゴザを敷いて、その上に、あぐらをかいて座っていて、そのお兄さんの前には、木の皮みたいのが、山のように、積んであった。そして、そのまわりには、見物人が、五、六人、たまって、そのお兄さんのすることを見物していたのだった。トットちゃんも、その見物の中に加わってみることにした。どうしてかっていえば、そのお兄さんが、
「さあ、見てごらん、見てごらん」
と、いったからだった。トットちゃんが立ち止ったのを見ると、お兄さんは、いった。
「さあ、人間は健康が第一。朝起きて、自分が元気か、病気か、調べるのが、この木の皮だ。朝、この木の皮を噛んでみて、もし、にがかったら……、それは、病気という証拠。もし、噛んでも、にがくなかったら、あんたは大丈夫、病気じゃない。たったの二十銭で、病気がわかる、この木の皮、さあ、そこの旦那さん、ためしに噛んでみてください」
少し、やせた男の人が、渡された木の皮を、おそるおそる、前歯で噛んだ。そして、ちょっとして、その人は、首をかしげながら、いった。
「少し、苦い……ような木がする……」
お兄さんは、それを聞くと、飛び上がって叫んだ。
「旦那さん、あんたは病気にかかっている。気をつけなさいよ。でも、まだ、そう悪くはない、苦いような、”気がしてる”んだから。じゃ、そこの奥さん、ちょっと、これを同じように噛んでみてください」
おつかい籠を下げた、おばさんは、かなり幅の広いのを、ガリッ!と、いきおいよく噛んだ。そして、うれしそうに、いった。
「まあ!ぜんぜんにがくありません」
「よかったねえ、奥さん、元気だよ、あんたは!」
そして、それから、もっと大きい声で、いった。
「二十銭だよ、二十銭!これで毎朝、病気にかかってるかどうか、わかるんだから。安いもんだ!」
トットちゃんは、その、ねずみ色みたいな皮を、自分も試しに、噛ませてもらいたい、と思った。だけど、
「私にも……」
という勇気はなかった。その代わり、トットちゃんは、お兄さんに聞いた。
「学校が終わるまで、ここに居る?」
「ああ、いるよ」
お兄さんは、チラリと小学生のトットちゃんを見て、いった。トットちゃんは、ランドセルを、カタカタいわせると、走り始めた。少し学校に遅れそうになったのと、もうひとつ、用事をしなきゃならなかったからだった。その用事というのは、教室につくなり、みんなに聞いてみることだった。
「誰か、二十銭、かしてくれない?」
ところが、誰も、二十銭を、持っていなかった。長い箱に入ったキャラメルが、十銭だったから、そう大変なお金じゃないけど、誰も持っていなかった。
そのとき、ミヨちゃんが、いった。
「お父さんか、お母さんに、聞いてみて、あげようか?」
こういうとき、ミヨちゃんが校長先生の娘というのは都合がよかった。学校の講堂のつづきに、ミヨちゃんの家があるから、お母さんも、いつも、学校いるようなものだったし。
お昼休みになったとき、ミヨちゃんが、トットちゃんを見ると、いった。
「お父さんが、かしてもいいけど、何に使うのかって!」
トットちゃんは、校長室に出かけて行った。校長先生は、トットちゃんを見ると、めがねをはずして、いった。
「なんだい!二十銭いるって?何に使うの?」
トットちゃんは、大急ぎで、いった。
「病気か、元気か、噛むとわかる、木の皮を、買いたいの」
「どこに売ってるんだい?」
と校長先生は、興味深げに、聞いた。
「駅の前!」
トットちゃんは、また、大急ぎで答えた。
「そうかい。いいよ。君がほしいんなら。先生にも噛ましてくれよね」
校長先生は、そういうと、上着のポケットから、お財布を出すと、二十銭を、トットちゃんの、手のひらに、のせた。
「わあー、ありがとう。ママのもらって、お返しします。本なら、いつも買ってくれるけど、ほかのものの時は、聞いてから買うんだけど、でも、元気の木の皮は、みんなが要るから、買ってくれると思うんだ!」
そして、学校が終わると、二十銭を、握り締めて、トットちゃんは、駅の前に、いそいだ。お兄さんは、同じような声で叫んでいたけど、トットちゃんが、掌の二十銭を見せると、にっこり笑って、いった。
「いい子だね。お父さん、お母さん、よろこぶよ」
「ロッキーだって!」
と、トットちゃんは、いった。
「なんだい、ロッキーって?」
と、お兄さんは、トットちゃんに渡す皮を、選びながら、聞いた。
「うちの犬!シェパード!」
お兄さんは、選ぶ手を止めると、少し考えてから、いった。
「犬ねえ。いいだろう。犬だって、にがきゃ、嫌がるから、そしたら、病気だ……」
お兄さんは、幅が三センチくらいで、長さが、十五センチくらいの皮を、手にすると、いった。
「いいかい?朝、噛んで、苦いと、病気だよ。なんでもなきゃ、元気だぜ」
お兄さんが、新聞紙にくるんでくれた、木の皮を、トットちゃんは、大切に握り締めて、家に帰った。
それから、トットちゃんは、まず、自分で噛んで見た。口の中で、ガサガサする、その皮は、にがくも、なんともなかった。
「わーい、私は、元気です!!」
ママは、笑いながら、いった。
「そうよ。元気よ。だから、どうしたの?」
トットちゃんは、説明した。ママも、まねをして、皮を噛んでみて、そして、いった。
「にがくないわ」
「じゃ、ママも、元気!」
それから、トットちゃんは、ロッキーのところに行き、口のところに、皮を、差し出した。ロッキーは、まず、においをかぎ、それから、舌で、なめた。トットちゃんは、いった。
「噛むのよ。噛めば、病気かどうか、わかるんだから!」
でも、ロッキーは、噛もうとはせず、耳の後ろを、足で、書いた。トットちゃんは、木の皮を、ロッキーの、口のところに、もっと近づけると、いった。
「ねえ、噛んでみて?病気だったら、大変なんだから!」
ロッキーは、仕方なさそうに、皮の、ほんの、はじのほうを噛んだ。それから、また、においをかぐと、別に、いやだという風も見せず、大きく、あくびをした。
「わーい。ロッキーも、元気です!!」
次の朝、ママは、二十銭、おこづかいを、くれた。トットちゃんは、真っ先に、校長室に行くと、木の皮を、差し出した。
校長先生は、一瞬、
「これは、なんだろう?」
という風に皮を見て、それから、次に、トットちゃんが、大切そうに、手を開いて、握っていた二十銭を先生に渡そうとしてるのを見て、思い出した。
「噛んで?苦いと、病気!」
校長先生は、噛んでみた。それから、その皮を、ひっくり返したり、よく見て、調べた。
「苦いの?」
トットちゃんは、心配そうに、校長先生の顔を、のぞきこんで、聞いた。
「いいや、何の味も、しないよ」
それから校長先生は、木の皮を、トットちゃんに返すと、いった。
「先生は元気だよ。ありがとう」
「わーい、校長先生も元気!よかった!」
トットちゃんは、その日、学校中のみんなに、その皮を、かたはしから、噛んでもらった。誰もかれも、苦くなくて、元気だった。トモエのみんなは、元気だった。トットちゃんは、うれしかった。
みんなは、校長先生のところに、口々に、
(自分は、元気だ)
という事を、報告にいった。そのたびに先生は、いった。
「そうかい、よかったな」
でも、群馬県の自然の中に生まれ、榛名山の見える、川のほとりで育った校長先生には、わかっていたに違いない。
(この皮は、誰が噛んでも、苦くなることは、決して、ない)と。
でも、みんなが、「元気!」とわかって、喜ぶ、トットちゃんを、先生は、うれしいと思った。もしも、誰かが、
「苦い!」
といったら、その人のために、トットちゃんが、どんなに心配する、というような、優しい子に育っている事を、先生は、うれしい、と思っていた。
その頃、トットちゃんは、学校の近くを通りかかった野良犬の口に、その皮を、つっこんで、噛みつかれそうになっていた。でも、トットちゃんは、負けないで叫んでいた。
「病気かどうか、すぐ、わかるのに、ちょっとだけ、噛んでみて?あんたが、元気だってわかったら、それで、いいんだから!」
そして、見知らぬ犬に、その皮を、噛ませる事に、トットちゃんは、成功した。犬の周りを、とびはねながら、トットちゃんは、いった。
「よかった。あんたも、元気でーす!!」
犬は頭を下げて、恐縮してるような恰好で、どっかに走って、見えなくなった。
校長先生の推察どおり、このあと、あの、お兄さんが、二度と、自由が丘に姿を現すことは、なかった。
でも、トットちゃんは、毎朝、学校に行く前に、まるで、ビーバーが必死に噛んで、ボロボロになったような皮を、大切そうに机の引き出しから出して噛んでは、
「私は、元気でーす!!」
といって、家を出て行くのだった。
そして、本当に、トットちゃんは、元気なのだった。ありがたいことに。 |
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