入社後、最初に指導を受けることといえば、あいさつと電話での受け答え。ところが、この何でもないはずの日本語の応対が、実は間違いだらけ。これでは会社のイメージもガタ落ちです。秋には、半年の試用期間を終えた新入社員の正式配属が待っています。このまま「言葉知らず」の社員でいいわけはありません。頭を悩ます上司たち。そこで今回は、「正しい社会人」になるための日本語特訓法をお届けしましょう。
久保範明(インパクト
ステップ1
若者言葉を追放 「とか弁」「ほう弁」禁止令
「言葉のマナーというのは、その人個人の問題だけではなく、企業のイメージダウンにもなりかねません。それだけに、各企業とも、新人教育の重要な柱となっています。最近は、『お茶とか飲みます?』といった『とか弁』や『書類のほうお持ちしました』と、意味もなく『ほう』を付ける『ほう弁』など、若者言葉を直すよう指導してほしい、という要望が多いですね」
こう指摘するのは、企業の新入社員研修を手がける「アカデミーテンプ」の営業担当者。言葉の研修依頼がひっきりなしに寄せられており、職場での日本語の乱れがいかに蔓延しているかを物語っている。
商社で中間管理職を務めるAさんが、首をひねる。
「時制もおかしいね。お茶を差し出しながら、『お茶でよろしかったでしょうか』と過去形で聞くんですよ。『いや、よくないね』と言ってやりたくなります」
発音もコギャルが話すように、粘っこく、耳障り。
「すごい」を「すっごい」、「やっぱり」を「やっぱし」と言ったり、「なんかぁ」「~っていうかぁ」「~じゃないですかぁ」など、語尾を上げた「かぁ語」が、入社後も改まらない。
友達同士ならいざ知らず、ビジネスシーンでこれをやられたら、相手は気分を害し、まとまる話もまとまらないだろう。自分や会社の評判も吹っ飛んでしまう。
「社会人としての意識の低さの表れでしょう。とても、お客さまの前には出せないですね」(Aさん)
上司たる者、まずは職場から、こうした「若者言葉」を一掃することが第一歩だ。
■ステップ2
敬語の指導を徹底 誤用の「致す」「伺う」「おる」
言葉の間違いは、その場で指摘するのが一番。それも上司の役目
若者言葉の後に直面するのが、敬語だ。昔は、目上の人に用いた敬語が、家庭や学校からはとうに姿を消してしまった。新入社員は何のトレーニングもないまま、入社後、上司、先輩、顧客に応対しなければならないので、用法はめちゃくちゃ。なんにでも「お」や「ご」を付ければいいと思い込んでいる人も多い。
そんな彼らに、敬語には丁寧語、尊敬語、謙譲語の三つがあることを教え込む。「車」を「お車」、「電話」を「お電話」というように、「お」や「ご」を付けたり、語尾を「です」「ます」「ございます」と言うのが丁寧語。
尊敬語は、「どちらまでいらっしゃいますか」など、相手の行為を敬う言い方。謙譲語は、「私がご案内させていただきます」など、自分の行為をへりくだって言う表現――といった具合だ。
この3パターンを区別し、混同を避けるのがミソ。次のように例示すれば、より説得力が増す。
▼上司から緊急の電話を受けて、「部長、どうか致しましたか」
▼上司からプロジェクトの進行状況を聞かれて、「それはうちの鈴木課長に伺ってください」
▼取引先に電話をかけて、「花田課長はおられますか」
▼得意先との電話で、「次はいつ、お見えになられますか」
など、いずれも間違った使い方。
「致す」「伺う」「おる」は、いずれも謙譲語で、自分の行為をへりくだって言う際に用い、相手の行為に対して使うべきではない。
前の例を正確に言うと、「部長、どうなさいましたか」「それはうちの鈴木課長に聞いていただけますか」「花田課長はいらっしゃいますか」となる。
最後の例のように、「お~なる」のほかに尊敬の意を表す「~れる」をつけているが、これでは「二重敬語」。「次はいつ、お見えになりますか」「次はいつ、見えられますか」「次はいつ、いらっしゃいますか」のいずれかのように、敬意を表す言葉は一つ使うのが正しいと、教え込もう。
■ステップ3
逆の意味の慣用語 目上に用いない「なるほど」
次に、目上の人に注意しなければならないのは、敬語だけではないことを力説しよう。その代表例が、「なるほど」と「ご苦労さま」。どちらも上司、先輩に使うのは失礼な言葉だ。これをきっちり認識させる。
逆に、自分のことを説明する言葉にも不適当なものがある。「5年前に父が亡くなったものですから」「幼少のころから水泳をやってまして」などだ。「亡くなる」「幼少」ともに、他人のことを敬うニュアンスが含まれる言葉で、自分用には、はばかられる。
言葉そのものの意味を間違って使っている場合も多い。「役不足」「流れに棹さす」「気が置けない」などは好例。これらは、よく反対の意味で使用されており、要注意だ。正しい意味は次ページの表参照。
■ステップ4
手抜きメールは厳禁 カタカナ語多用を戒める
メールもビジネス文書という意識を徹底させたい
入社後4か月もたてば、仕事にも慣れ、言葉遣いも、社会人を大いに意識したものになってくるが、それとともに弊害も出てくる。
業界用語や専門用語の乱用だ。その象徴がカタカナ語。助詞の「てにをは」以外はすべてカタカナ語という言葉や文章によく出合う。
「この点については、デフォルトってことで……。念のため、上とのコンセンサスをとっておきますが、とりあえずペンディングってことで……。この条件はマストですから」
こんな会話をこなしてこそ、一人前の営業マンだ、と勘違いしている新入社員が何と多いことか。「カタカナ語多用=エキスパート」の思い込みを、早急に取り除かせたい。 専門用語と並んで業務用メールも多くこなすようになると、ここでのマナーも重要になる。
さすがに「○○社長様」「○○部長殿」「○○担当者様」というケースは少なくなっているが、パソコン時代の思わぬ落とし穴が、とんだ誤解を招いている。
大手メーカーに勤務する営業担当者が、こう怒る。
日本語が分かる
お薦めブックガイド
▲クリックすると拡大
「いつも判で押したように、冒頭は『お世話になっております』で、末尾は『よろしくお願いします』。きっとヒナ型があるんでしょうが、せめて氏名だけは、しっかり書き直しておいてほしいですね。友達仕様で名前だけという女性がいるんですよ。例えば『理紗』とか『真由美』だけとかね。一瞬、どこのママかと思っちゃいますよ」
パソコン登録で、「いつも」と打ち込めば、「いつもお世話になっております」、「よろ」と打ち込めば、「よろしくお願いします」と表記される設定にしてあるため、紋切り型の表現が横行するようになっているのだ。一見便利だが、こうした手抜きメールは常にチェックし、戒めたい。
■■■
「言葉を知らないヤツ」――。この言葉には、人格を疑うほどの強力な意味が含まれている。ちょっとした失言で、取引がパアになることも。「正しい社会人」は「正しい日本語」から。
|