第六回 出会い
僕は夜道を歩きながら、不思議工房での出来事をいまさらながらのように疑っていた。「あれは本当に現実だったのだろうか?夢ではなかったのだろうか?」
つい本音を吐いてしまったが、あまりにも非現実的な話だ。「彼女がほしい」なんて注文を出す僕もばかげている。
あれこれ考えてみたが、ポケットに注文書の控えと請求書がある以上、現実にあった出来事であることを疑う余地はない。
だまされているのとも考えられる。請求書の中身が気になって、それに手をかけようとしたところ・・・
前方で突然「ドン」という鈍い音がして、次に、走り去っていくバイクの音が聞こえた。とっさに「事故だ」と思った。
慌てて駆けつけると若い女性が倒れていた。
「大丈夫ですか?しっかりしてください!」
女性には意識がなかった。僕は急いで救急車を呼んだ。「しっかりして!」
僕は何度も女性に声をかけた。彼女はピクリとも動かない。遠くからサイレンの音が近づいてきた
彼女の怪我は比較的軽傷だった。バイクにはねられたショックで意識を失っていたらしい。
病院でホッと胸を撫で下ろした矢先、医師から聞かされたことに、僕は言葉を失った。「彼女はこの事故の後遺症で記憶喪失になった」と。
今は自分の名前すらも思い出せないらしい。
彼女は所持品の一切を奪われていたから、すぐには身元がわからないということだった。
彼女はふんにも引ったくりに会った上に、記憶まで失ったのだ。病室を訪れると、窓の外をボーッと眺める彼女がいた。
灯りの下で見るとびっくりするほどの美人だった。青ざめて深く沈んだ表情がかえってその美しさをきわただせていた。
不意に彼女が僕に気づき、「ありがとうございます」と言って、頭を下げた。
僕に助けられたことは、医師から聞いて知っているらしい。
「い・・いや、大事にいたらなくて、本当によかったです。」
僕の言葉に彼女は会釈した。ほんの少し口元を綻ばせただけだったが、僕には天使の笑顔ように思えた。「彼女の記憶が戻るまで少しでも力になってやろう。」
この時、僕はそう心に決めた。
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