「天界に天使と人間のハーフがいる。」と知った時、俺は奇妙な感じがした。大神によって作られる天使は天界に住み、同じく大神によって作られた人間は下界で暮らしている。両の世界は融合することなく、保たれたバランスの中で共存していた。そう、交わることのない各々の世界に生きるもの同士がいつ、どこで、どうやって結ばれたのか。更には、どう言う経緯のもと、天界で暮らすようになったのか、幾つかの謎が俺に不可思議な感情を懐かせた。

人間には男と女という性が存在し、両者で愛を育み、子孫を残すのだと言う。そうやって時代を受け継ぎ、生きていくのだ。だが、我々天使は違う。何かを継承することもなく、誰もが永遠の命を有している。異なる種族である天使と人間の接点はどこにあったのだろう。俺には分からないが、交合により残された子孫がいることは紛れもない事実だった。

天使と人間のハーフは兄弟だった。兄をキラ、弟をマヤと言った。純血であるのを尊ぶ天使たちはハーフである彼らをまるで汚らわしいものでも見るような目でみて、ぞんざいに扱った。だが、そうした振る舞いを許せないと感じる天使たちも少数ではあったが、存在した。ルカやゴウたちも俺同様にキラとマヤを庇い、輪の中に迎え入れたのだ。彼らは傷付いた心を癒し、徐々にだが持ち直していった。それでもキラは兄と言う立場からか、気を許すことはめったになく、絶えず弟を見守っていた。マヤはガイととても仲良くなった。何事においても気が合うらしく二人でいる姿をよく目にするようになった。当初は心配そうにしていたキラもガイの無類の明るさとさり気無い思いやりを知ってからは、態度が変化した。口に出しては言わないが、「ガイならば…」と安心して弟を任せているようだった。

心を開き、話をするようになってから分かったことだが、二人は己が出生については何も知らなかったのだ。何故天界で自分たちだけがハーフなのか、父と母は誰なのか、そういった事実を何一つ知り得ないままだった。暖かな温もりや慈愛に満ちた抱擁は記憶の片隅に残存しているようだったが、それが誰から与えられたものなのかは覚えていないという。二人は物心がつくまで大神の神殿内で暮らし、観礼式の後、許されたエリアに移り住んでいた。あるとき、俺とルカはふとした事件が切っ掛けで、二人の出生を知ってしまい、ひどく狼狽した。だが、真実に直面したこてで、これまで疑問に思っていた全ての謎は解けた。何故、天使と人間のハーフが天界にいたのかと言うことも含め、全ての謎が…。

時はすぎ、天界に不穏な空気が流れ始めた頃、二人は天を下りる決心をした。俺にできることは知らぬままでいた方が幸せに違いないと心に封じてきた彼らの出生の秘密を打ち明けることだと思った。そして、真実に向き合ったキラとマヤを無事、天界から送り出してやることだと。

二人は祝福の日、ひっそりと天を下りていった。俺はその手に泉の滴を握らせてやった。何かあった時、いつでも天に戻れるようにと願いを込めて。

一年後、聖霊祭の日に、彼らは戻ってきた。何か言いたげな素振りがあり、気にはなったが、聞けぬまま彼らは再び下界へと下りていった。天界に馴染めず出ていった彼らは、下界では美味くやれているのだろうか。ひょっとすると、地上でも空気に馴染めずにいるのではないだろうか。だが、一度は捨てた天界故に、再び住むことは叶わぬと未練を断ち切っているだけではないのだろうか。

本意は分からないが、俺は雲間から下界を見下ろし、彼らの行く末が幸せであらんと祈った。