AERA:2007年12月3日号
「女性初」がわざわざニュースにならなくても、女性の管理職、役員はまだ少数派。
でも気がつけば一歩前に進んでいた女性たち。出世も悪くないなと思い始めている。
(AERA編集部・大波綾)
◇
ちょっとしたレストランよりも数段おいしい、というのが飴善晶子(47)が自宅でふるまう手料理の評判だ。シニアソムリエの資格を持っているからワイン選びもお手のもの。
「一緒になって食べて、飲んでいるのに、いつ作ったの?とびっくりするくらい、手際よく次々に料理が出てくる」(後輩)
飴善は日本航空の元客室乗務員。2年前、26年間の乗務員生活を終えた。現在は宣伝部マネジャーという次長職。客室乗務員から地上職の役職につく女性は日本航空で初めてだ。
羽田空港まで、そう遠くない天王洲アイルの「JALビル」から見る飛行機は小さい。制服とマニュアルを会社に返したとき、
「もう空を飛べないんだ」
と一抹の寂しさを覚えた。
だが、この異動を客室乗務員として育ててくれた会社に恩返しが出来るチャンスと受け止めた。
結婚生活に終止符を打ったあのころを救ったのは仕事だった。
小学2年生の作文で「スチュワーデスになりたい」と書いた信念を貫き、1980年に日本航空の客室乗務員に。28歳で結婚。だが仕事とのバランスに苦心した。
◆離婚後すぐに海外勤務
夫は「辞めるな」と言ってくれたが、「妻がスチュワーデスであることにこだわっていたのではないか」との思いがあった。スチュワーデスは飾りじゃない。
「お互いに傷ついたり、傷つけたりしてつらかった」
結局、結婚4年で離婚した。
1人になってすぐ、フランクフルト行きの辞令が出た。外国人の乗務員を束ねる役目だった。
「海外で仕事に打ち込み、余計なことを考えずに済んだ。もやもやから抜け出せたんです」
2年間のドイツ勤務を経て帰国後、客室訓練部の教官として数々の新人と向き合った。出世したいと考えたことはなかったけれど、気がつけば一歩ずつ階段を上がっていた。2003年には管理職の客室マネジャーに。
「ある程度の地位に就けば、悩んでいる後輩たちを助けてあげることもできる」
空の顔から、CMやパンフレットを手がける地上の宣伝ウーマンへの転身を決めたのもその一つ。働き続ける女性社員のサンプルになれればいいな、と思っている。
86年に施行された男女雇用機会均等法から21年。肩書を持つ女性はめずらしくない。でも、機はまだ熟していないのか。「責任を、になう女性は、美しい」と女性エグゼクティブをターゲットに今年3月創刊された月刊誌「日経EW」は、5号で休刊した。
「日本人女性の価値観なのでしょうか。昇級のチャンスがあってもまず断って、誰かが背中を押してくれるのを待つのが美徳だと思うところがある」
そう語るのは、均等法元年入社のキリンホールディングス人事総務部多様性推進プロジェクト主査の河野真矢子(44)。現在、女性がいきいきと働ける職場環境づくりを目指す「キリン・ウィメンズネットワーク」の中心メンバーだ。
◆「できません」は禁句
キリンビールの女性営業第1期生として86年に入社した河野にも、それなりの苦労はあった。営業先で「新人女性を担当につけるなんて軽んじている」と受け止められたり、組合の旅行に参加するか否かでもめたり。入社して3年ほどたったとき、「ずっと営業を続けるの?」とふと疑問に思った。
「この会社の幅ってそんなに狭くないよ」
男性の先輩の言葉は本当だった。ほどなく宣伝部に。5年後には商品企画部に移り、「秋味」など季節商品の開発に携わった。
30代半ばにさしかかったとき、男性社員と同じように管理職の試験を受けたのは自然の流れ。転勤も経験し、福岡で初めて部下5人を持った。ただ、初めての管理職では反省がある。
部下とは毎月1回、面接して働きぶりをチェックした。仕事の成果をどう出すかに夢中で、部下がどれだけ成長するかが見えなかったのだ。河野は言う。
「人が育つ喜びがわかったのは、いまの仕事についてからです」
三菱東京UFJ銀行の平塚順子(40)はいわゆるバブル世代だ。この4月、東急池上線荏原中延駅前にある荏原支店の支店長になった。二十数人の部下を抱える若きボス。男性も含めて年上の部下は何人もいるが、
「年齢とか性別とか、気にしたこと、ないんです」
金融機関が大量に採用した90年、旧東海銀行に総合職として入行した。辞めたいと思ったのは入行2年目。海外不動産業務を担当したときは折しも、バブル崩壊と重なった。不動産価値が下落して、損失が出た顧客と対峙するのはつらかった。なんとか持ちこたえたのは「誰かがどこかで見てくれている」ことがわかったから。
「異動したそれぞれの部署で上司には恵まれました。観察の天才というか、ちょっとしたことをほめてくれる。これからは自分がうれしかったことへのお返しをしていく時期、なのかな」
部下には「私にはできません」を禁句にしている。
「トライ&エラーの繰り返しでいいじゃないですか」
◆再雇用から執行役員に
肥塚見春(52)は30歳を目前にして1度、高島屋を退社している。再入社し、いまは3女の母にして執行役員だ。
2人目が生まれてまもなく、育児で頼っていた母親が倒れた。職場と保育園、病院の往復に疲れ果てた。そんなとき、IT系企業に勤めていた夫に家族同伴が条件の米国留学話が持ち上がった。
「神の声が辞めろと言っている気がしたんですよ」
当時、高島屋にはすでに子を持つ女性の上司がいて、女性社員が意味なく辞めることには激怒するのが目に見えていた。でも、どうにもならない。辞めさせてくださいと申し出たら、その上司は、
「うちにも再雇用制度があったらいい」
肥塚が制度適用の第1号に。肩書が重くなるごとに、やりがいも増えていった。新宿店の大幅リニューアルでは、9階を「上質感ある」子供服フロアに作り替えるのに肥塚が音頭を取った。
「スタッフの熱意が無駄になるかならないか、私の役員に対するプレゼンにかかっている。うまくいかないときは私の責任」
◆部下から不満が出た
今年5月、執行役員に就任したが、自分がふさわしいと思えず、「女性だからという理由で声がかかったのか」と勝手に悩んだこともある。
「これまでの人生、結果的にあなたが全部手に入れたものでしょ」
夫に励まされ、決心がついた。
最近、積極的に役職に就きたいという女性の後輩も増えてきた。
「少しは背中を見せられたかな」
日産自動車の人財育成室長・原田利恵子(50)にとって、04年は人生最大のチャレンジの年だったかも知れない。
80年の入社以来、海外営業部門でオーストラリアを長く担当してきた。85年に結婚。仕事が充実してしばらく出産は考えなかったが、37歳で「1人は欲しい。いまが良いタイミングかも」と思って長女を産んだ。
日産は99年、カルロス・ゴーン社長が就任。激動する会社にダイナミズムを感じた。常に数値目標を掲げるのもゴーンイズム。女性管理職の積極活用もその一つだ。
04年、原田は国内営業部門でディーラーのスタッフを支援する部の部長に。いきなり部下が50人。
「会議をこなすのに精いっぱい。視界が35度くらいになっていた」
部下からは不満も出た。子育てもあって、キャリアコーチの支援を仰いだ。
「What is your contribution?(あなたが貢献できることは何?)」
耳によみがえってきたのは、かつて海外営業部門から商品企画室への異動希望を出したときに上司に突きつけられた質問だ。
オーストラリアを担当していたとき、いつもお客様の視点で物事を考えていた。ヒントは現場にある。だったら部下にも考える集団になってもらおう。
◆「部下育成は子育て」
任せるところは部下に任せるなど、割り切れるようになった。部下を持つのは正直、つらかったが、危機を乗り越えたいま、部下の成長がことのほかうれしい。
「部下を育てるのは子育てと同じ。いまやお母さんの気持ちです」
資生堂監査役・大矢和子(57)は、入社以来、秘書一筋11年だった。ところが当時の社長が急逝し、職場が一変した。商品開発部門に異動してからは、ほぼ1年ごとにめまぐるしく部署が変わる。行く先々でゼロからのスタート。
「自分は素人だった。でも、どの部署にも有能なスペシャリストがいる。そのつど知恵を借りれば、こわいことなんてないんです」
大矢が女性をみていて感じるのは、一人でなんでも抱え込もうとすることだ。
「有能な社員ほど有能な管理者になれないとよく言いますが、人にお願いするのが苦手な人は多い。ときに頼ることも大事です」
人の前で話すことが苦手だった大矢があるとき、言われた。
「話下手の人のほうが、人は耳を傾けるものですよ」
役員になったことも、いまならこう思える。
「案ずるより、産むがやすし」
(文中敬称略)
◆飴善晶子[47歳]
日本航空宣伝部マネジャー
*
神奈川県立外語短期大学卒業。1980年、客室乗務員として入社。フランクフルト基地アドバイザリークルー、客室訓練部教官、客室マネジャーなどを経験。2005年に客室乗務を終え、現職
*
【家族】 東京・渋谷の分譲マンションで、ロングコートチワワ「アポロン」と同居
《ワーク&スタイル》
【買い物】 家具や調理器具をそろえるのが楽しみ。最近ではエスプレッソマシーンを購入。デロンギのアイスクリーマーを検討中
【旅行】 平日に休みが取れると、箱根の「オーベルジュ オー・ミラドー」に向かう。勝又登シェフの感動的なフレンチとワインを楽しむのが至福の時
*
<日本航空>(3月末時点、※印以外は日本航空インターナショナルのデータ)
【従業員数】 ※JALグループ 男27,045人、女24,452人
【平均年齢】 44.5歳(地上社員の男女)
【平均勤続年数】 20.2年(地上社員の男女)
【07年4月入社の初任給(大卒)】 19万296円
【平均年収(44.5歳)】 801万7000円
【役職者数】 ※JALグループ 男8,509人、女1,079人
【役員数】 *10月末時点の取締役と執行役員 男41人、女1人
◆河野真矢子[44歳]
キリンホールディングス人事総務部
多様性推進プロジェクト主査
*
国際基督教大学教養学部卒業。1986年、入社。女性営業第1期生として東京支社南東京支店に配属。宣伝部、商品企画部、九州地区本部営業企画部、人事部人材開発担当を経て、2007年7月より現職
*
【家族】 東京・目白の分譲マンションで一人暮らし
《ワーク&スタイル》
【ファッション】 「yoshie inaba」のパンツスーツを愛用。バッグはロエベがお気に入り。軽くて丈夫なプラダのアタッシェケースはパソコン用
【旅行】 節目にはスイスなど海外でトレッキングへ。ただし、この2年間は社会人大学院(筑波大)に通学中のため、おあずけ
*
<キリンビール>(7月1日時点)
【従業員数】 男2,830人、女671人
【平均年齢】 男42.0歳、女38.1歳
【平均勤続年数】 男17.9年、女15.7年
【07年4月入社の初任給(大卒)】 *ホールディングス制移行前の旧キリンビールの実績 21万2870円
【全社平均年収】 *ホールディングス制移行前の旧キリンビールの実績 882万円
【役職者数】 男435人、女5人
【役員数】 *取締役 男7人(うち社外取締役2人)、女0人
◆平塚順子[40歳]
三菱東京UFJ銀行荏原支店長
*
上智大学文学部社会学科卒業。1990年、旧東海銀行入行。八重洲支店、情報開発部、東京営業部、人事部、本店営業部、UFJ銀行統合後にリテール営業部を経験。2007年4月から現職
*
【家族】 東京都文京区で一人暮らし
《ワーク&スタイル》
【ごほうび】 20代のころ、担当した案件の初成約記念にオメガの時計を購入。いまも愛用している。毎日5分遅れるのがいとしい
【ファッション】 仕事ではiCB、MATERIA、ANAYIなど。プライベート用はバーニーズニューヨークが多い。バッグはグッチが丈夫で使いやすい
*
<三菱東京UFJ銀行>(3月末時点)
【従業員数】 *嘱託・臨時従業員など、海外現地採用者を含まず 男18,894人、女10,950人
【平均年齢】 38歳7カ月(男女)
【平均勤続年数 男18.4年、女12.1年
【07年4月入社の初任給(大卒)】 17万4000円
【平均年収】 809万8631円
【役職者数】 *10月初時点 役職者のうち女性は6.7%
【役員数】 *6月末時点、執行役員はのぞく 男25人、女0人
◆肥塚見春[52歳]
高島屋執行役員、広報・IR室長
*
一橋大学社会学部卒業。1979年、入社。85年に自己都合で退職するが、87年に再雇用入社。新宿店の準備室、横浜店の子供服ベビー用品・趣味雑貨販売部長などを経て、2007年5月から現職
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【家族】 夫と25、23、18歳の娘がいる。住まいは東京・八王子
《ワーク&スタイル》
【ファッション】 「イランイラン」など、東京コレクションなどで活躍中のブランドを新宿店で購入。アクセサリーは日本橋店で。後輩のバイヤーに予算の範囲で選んでもらう
【ごほうび】 百貨店だけに土日の休みは少ないが、休日は月に1度エステサロンでリラックス。スパも好きで夫とのんびり過ごす
*
<高島屋>(8月末時点)
【従業員数】 男3,839人、女3,207人
【平均年齢】 *2月時点 男47.1歳、女39.8歳
【平均勤続年数】 *2月時点 男25.6年、女19.1年
【07年4月入社の初任給(大卒)】 20万5000円
【平均年収】 データなし
【役職者数】 男769人、女90人
【役員数】 *カッコ内は執行役員 男7人(14人)、女0人(1人)
◆原田利恵子[50歳]
日産自動車人財教育支援部人財育成室長
*
日本女子大学文学部英文科卒業。1980年、入社。海外営業部門の豪州担当、商品企画室、グローバルマーケティング部などを経て、2004年に国内営業部門に。店舗運営支援部、CS推進部を経て、07年より現職
*
【家族】 都内で夫、長女、実父と暮らす。ネコとインコも
《ワーク&スタイル》
【愛車】 クルマはもちろん日産で、いま運転しているのはシルバーのスカイライン。「フロントが男前でかっこいい」(本人談)
【ファッション】 取材日はジバンシーのジャケットだったが、ブランドには特にこだわっていない。買い物はコーディネーターを兼ねる中学生の長女とデパートやショップへ
*
<日産自動車>(4月時点)
【従業員数】 *非正社員は含まず 男30,889人、女2,166人
【平均年齢】 データなし
【平均勤続年数】 18.8年(男女)
【07年4月入社の初任給(大卒)】 20万2000円
【平均年収】 データなし
【役職者数】 男約2,500人、女約100人
【役員数】 男48人、女1人
◆大矢和子[57歳]
資生堂監査役
*
慶応大学文学部卒業。1973年、入社。秘書を11年経験した後、商品開発部門に。アユーラ事業部次長、法務部次長、お客様センター所長などを経て、2001年から執行役員に。07年6月から現職
*
【家族】 東京・恵比寿で夫と大学生の息子の3人暮らし
【ファッション】 チェックするのはジャンポール・ゴルチエ、コム・デ・ギャルソン。「ザ・ギンザ」にもお気に入りが多い
【癒やし】 一番の贅沢は家族一緒の温泉三昧。週に1度は整体に通う。エステは「天国にいる気分になれる」バリのウブドにある資生堂グループの「キラーナスパ」がおすすめ
*
<資生堂>(4月1日時点 *国内資生堂グループ)
【従業員数】 男3,313人、女9,481人
【平均年齢】 男42.3歳、女36.2歳
【平均勤続年数】 男19.6年、女14.6年
【07年4月入社の初任給(大卒)】 20万4170円(東京地区)
【平均年収】 *40歳基準 約634万円
【役職者数】 *6月末時点 男1,527人、女241人
【役員数】 *6月末時点 男25人、女3人
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