南アフリカの人々、特に黒人にとってサッカーは特別なスポーツだろう。サッカーは彼らに希望をもたらす存在だった。
南アのサッカーの夜明けは19世紀。最初のサッカー組織は白人が作ったが、やがて黒人にも普及し、20世紀には全国組織ができるほどの人気になった。だがそれが政府には気に入らなかった。アパルトヘイト(人種隔離政策)が激しくなるにつれ、サッカーでも圧力を強めていく。
黒人たちはグラウンドの確保すら困難な状態にされた。ある日突然、ゴールポストが撤去されていたこともあった。1960年代には消滅に追い込まれた黒人リーグもあった。
しかしそんな状況下でも、サッカーは希望をもたらした。サッカーがビジネスとして成り立つには、国民の8割を占める黒人が不可欠。スポンサーが支持したのは黒人だった。政治犯が収容されていた監獄島ことロベン島では、サッカーが受刑者のよりどころとなった。
アパルトヘイトが終わりを告げたとはいえ、今も黒人と白人の対立が解消されたわけではない。大きな経済格差は、治安にも影を落としている。今日から始まるサッカーのW杯は、そんな国で行われる。
かつて監獄島にいたマンデラ元大統領は、W杯開催が決定した時、こんな喜びの言葉を残していた。「人生には成功も失敗もある。しかし常にたくさんの希望があるものだ」。サッカーが今度は民族融和の希望をもたらすよう願う。