何時の間にか、私の人生こうになった...
口译——阅读(第一課から)
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qianqianli0912 发布于2008-05-08 09:44:22
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口译——阅读(第二課)
パソコンを持って街へ出よう
マンハッタンは五番街にそびえるセントパトリック教会。晴れた日の昼休み時には近くのオフィスで働く人たちが階段に腰かけ、観光客に混じってサンドイッチを頬張りながら談笑している。飾らないニューヨーカーの日常。
この見慣れた光景に、二、三年前から新顔が加わった。階段に腰かけるところまでは同じだが、おもむろに鞄からノートパソコンを取り出して、そろえた膝に乗せる男たち。ちょっと窮屈そうなのは仕方がない。たいていは片手にサンドイッチかコーヒーを持っているから、こういうときのキーは指一本でたたく。午前中の打合せの要点をメモしているのか、あるいは午後のアポイントメントの確認か。
空港の待合室で、ホテルのロビーで、こんな光景が目につく。パソコンを持ち歩いて使うモービル・コンピューティング。すでにアメリカには、こういうスタイルで働く「モービル・プロ」が三千万人以上いるという。
なかにはオフィスに戻っても机のない人もいる。彼らにとってはノートパソコン机代わり。朝は通信で会社から必要なデータを受け取り、そのまま打合せ場所へ直行。午後は事務所に立ち寄って同僚たちとミーティング。終わったら空いているテーブルにノートパソコンを乗せ、データの整理だ。
まとねたレポートは、回線を通じて上司のパソコンに送り込む。出張中の上司は、ホテルの一室から通信で会社のパソコンにアクセスし、部下のレポートを読む。
職場だけではない、テキサス州の私立学校ACTアカデミーでは、1993年秋から7-12年生(日本の中学・高校生に相当)にノートパソコンを持たせて授業に活用している。導入の理由は「勉強はどこでもできるという環境を整える」ため。子どもたちはノートパソコンを家に持ち帰り、宿題や予習復習にも使う。
教室にパソコンがあるのは常識のアメリカでも、今の主流はデスクトップ型。中学・高校レベルでノートパソコンを支給する例は珍しい。だが学校にいる間しか使えないデスクトップ機に比べて、持ち運び自由なノート型なら好きなときに好きな場所で使えるから教育効果や利用効率はずっと高くなる。公立校は無理としても、私立なら中等教育でも、いずれはモービル・コンピューティングが常識になりそうだ。
性能面からみれば、今のノートパソコンはデスクトップ型と比較してけっして見劣りしない。CPU(中央演算装置)にインテル社のペンティアムを搭載、ウィンドウズ95もインストール済みのニューモデルが、日本でも続々登場している。
だがノート型の使い勝手を大きく左右するのは画面の大きさと通信機能。画面は、少なくとも10インチは欲しい。また電子メールの使用を容易にするため、アメリカではコンピュサーブやアメリカ・オンラインといった大手パソコンネットワーク(日本ならニフティ)への接続ソフトを始めから積んでいる機種が歓迎されている。
もう一つ、忘れてならないのは電池による稼働時間。商談中や資料の検索中に、突然バッテリーが上がってしまったら泣くに泣けない。ビジネスでの使用を考えれば、1日の標準的な労働時間である8時間程度は、電池の心配なしで使えるようであってほしい。
子どもが家でも学校と同じように勉強できるのはいい。けれど家庭と職場の区別がなくなったら気の休まる暇がない――そんな声は、モービル・コンピューティングの先進国アメリカにもある。
だが米BISラテジック・デシジョン社の調査によると、ノートパソコンを使いこなしている職業人の大半は「電源を切って」からの時間を存分に楽しんでいる。調査対象者のうち、40%以上は各種スポーツや釣り・キャンプなどの野外活動を趣味とし、20%近くは地域や協会のボランティア活動に積極的に参加していた(このタイプには女性が多いそうだ)。
ちなみにモービル・プロの平均年齢は30代の後半から40代。みんな、プライベートに使いたい時間が多いからこそ、ノートパソコンで仕事を効率的に片づける。
お仕着せのの勤務時間に縛られず、移動中の時間も無駄にしないで働くかわり、自分の時間にはきっぱり電源を切る。仕事が気になったら、その時だけ電源を入れて、電子メールをチェックすればいい。これからの時代、ノート型パソコンへの投資は「自由」を買うことなのだ。
(一)
「今世紀最後にして最大の大型商品」といわれているDVD(デジタル・ビデオ・ディスク)業界がテンヤワンヤ、まるで蜂の巣をつついたような大騒ぎになっています。
というのも、この画期的新製品の発売は10月一斉となっていたのに、米国の映画会社を中心としたソフト会社からイチャモンをつけられて、仕方なく著作権保護のためのコピー防止機や、世界を5区分した地域別のプレーヤーを付けるハメになってしまったからです。
このDVDというのは、現行のCDより波長の長い赤色半導体レーザーと画像圧縮技術「MPEG2」の使用により、記憶容量および画質を格段に高めた光記録媒体で、映画1本分に相当する137分の動画を記録できるうえ、7時間に及ぶ音楽なども聴くことが出来ます。
これにどうしてクレームがついたかといいますと、映画が封切りされる前にDVDが出回ってしまったら映画会社はお手上げになっちゃうからです。しかも、米国にとって映画ソフトは有力な輸出産業ですから、なおさら強腰にならざるを得ません。
もっとも、こうしたアメリカ側の反発は、日本の開発企業だったにとってみたら全くの誤算だったようで、有力な開発企業だったソニーは急遽、発売を来春に延期しました。東芝なども最初に1台5万円で売り出すはずだったものが8万円と4割も高い値段になってしまったばかりか、アジアはアジアだけのプレーヤーしか通用しないため、当初、300を予定していたソフトが100ぐらいに減ってしまいそうです。
それゆえ、先回り買いしたDVD関連は要警戒ですね。
余り聞きなれない製品ですが、無視できない存在になりつつあります。CD-R(CD-レコーダーブル)というのは、一度だけデータを書き込むことの出来るCD媒体(メディア)――つまり、何も記録されていないブランクのCD-ROMで、1994年1月に新規格が決まり、コンピューター記憶装置としての用途が開かれました。
主な用途は、CD-ROMの需要増加によるマスター用、データの書き替えが出来ないという特性を利用した医療、官公庁のデータ保存用、小ロットのCD(日本ではカラオケ用)など。1995年は212%増と他のパソコン関連の記録メディアの成長を凌駕しており、5年後の1999年には1994年比14倍の7千万枚が予想されています。太陽誘電、TDKがトップシェアでそれぞれ30%のシェアを握っていると推定されますが、利益貢献度が高いのは太陽誘電。相場の悪い今が下値拾いのチャンス。
(二)
20世紀最後の超大型商品との呼び声高いデジタル・ビデオディスク(DVD)商戦が始まった。松下電器産業と東芝で始まった戦いは、年内にパイオニア、三洋電機、日立製作所が参入し、ソニー、日本ビクターも来春には加わる予定だ。
当面は映画や音楽ビデオ再生用の「DVDビデオ」、コンピューター向けの読みだし専用の[DVD・ROM]での展開が予想されるが、中期的には読みだし・書き込みが可能な「DVD・RAM」など、幅広い応用企画商品が登場しよう。つまり、DVDはレーザーディスク(LD)、CD、CD・ROM、VTR、電子ゲーム機などを代替する可能性を秘めている。
代替可能な商品郡の市場規模は、1995年の世界規模では、ソフトも含めて約6兆円と試算される。1996年の民生用電子機器の国内予想生産額が約2兆2000億円の規模からみて、潜在市場の大きさが理解できよう。日本電子機械工業会社はDVDプレーヤーの世界需要を2000年に1億1000万台、東芝は同1億2000万台と、急速な成長を予想している。
潜在市場の大きさは申し分ないかもしれないが、問題は収益性だ。家電業界は価格破壊の波にのみ込まれている。1996年度の主要家電製品の国内出荷台数は軒並み過去最高が予想される。エアコン811万台、冷蔵庫は495万台。カラーテレビは初の1000万台乗せも射程内に入ってきた。
にもかかわらず、家電メーカーの顔色はさえない。1996年度上期の家電メーカーの決算発表の席で次のようなコメントが相次いでいる。「上期の家電製品の価格は平均で5%程度下落し、マージンを圧迫しているが、下期も同程度の価格下落の公算も。円安効果がなければ……」と。
国内家電市場の数量景気も、1997年には息切れの可能性が出始めている。主要家電製品の買い替え需要サイクルも1997年で一段落の可能性があり、同年3月に予定されている消費税率引き上げの影響も懸念される。
70-80年代に登場した新商品のVTR、LD、CDの販売価格はいずれも20万円を超えた価格の設定であったが、今回のDVDは8万円前後の登場。高精細画像の出るDVDプレーヤー用のチップセットの価格は2万-3万円と推定され、相当の量的拡大がなければ、ハードで利益を生むのは至難の業であろう。既に一部メーカーでは、離陸と同時に東南アジアでの生産を計画している。
DVDは大型商品に育つとの見方に異論はないであろう。しかし、かつての生長商品に比べ、ソフトの占める比重が大きく、また既存商品を代替するだけに、特定少数の日本メーカーが市場をリードするというパターンは期待できない。DVDの持つ機能を生かしたオリジナル・ソフトの開発、用途開発、中枢備品でのコストダウンで勝利できなければ、最もおいしい果実を海外の企業に持っていかれかねない。
[ 本帖最后由 qianqianli0912 于 2008-5-12 10:26 编辑 ]
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qianqianli0912 发布于2008-05-08 09:49:18
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口译——阅读(第三課)
有点时间的时候想把整本书都敲上来,希望多少能够对同学们有点益处~
文化変容のさまざまな型
文化変容を、接触しあう二つの文化の質によって分けると次の三つの型に分類される。
Ⅰ文明と無文字文化の接触
Ⅱ文明どうしの接触
Ⅲ無文字文化どうしの接触
しかし実際に人類学で問題にしているのは圧倒的にⅠの場合であって、いうまでもなく無文字文化の力の強大なる文明によってほとんど一方的に変えられていくのである。これに加えて日本の場合などはまさにⅡにあたるわけなのだが、Ⅲの場合は、変化が断片的なためか、あまりとりあげられていない。しかし、その例はあちこちにみられるのであって、たとえば北米ニュー・メキシコ州のナバホ・インディアンはもともとは狩猟民であったが、お隣に住むプエブロ・インディアンとの接触を通じて農耕民となった。
次に文化変容をその内容という点から分けてみると、ごく大ざっぱに分けて物質文化と非物質文化の二つに大別することができる。そして世界中どこでも物質文化のほうが変わりやすく、非物質文化のほうが変わりにくいというのが、大体にあてはまる共通した傾向である。日本の場合にしても、衣食住など物質的な面の西洋化に比べると、人間関係や精神的な面の西洋化ははるかに速度が遅く、変化しにくいのである。されにおなじ日本の国の地方差という点に目をむけてみると、物質文化、ことに衣とか食とかの面では、全国どこでも画一化されつつあるのに、方言などはほとんど変わらずそのままの形で残されている。
もうひとつこの文化変容を第三の基準たるその動因によって分類してみれば、力の強い側からの圧力によっておこる場合と、力の弱い側における自由意志によって起こる場合とに分けられるのであって、さらに後者においては、力の弱い側のもつ劣等感が大きく働いている場合が少なくないと思われる。しかし前者の場合の例としてあげられるのは、1636年にツングース族が明の国を滅ぼして清の国をおこし、漢民族を支配するにいたったときの状況であって、アジア北方民族古来の風習である辮髪を強制したのであった。剃頭辮髪令が出て、男子は12-13歳ごろからすべて辮髪にせねばならなくなり、これに従わなかった者数10万人が首をはねられてしまった。新しい慣習がこれほどまでに強制された例というのは、他にあまり類がないと思われるのだが、この慣習は清代300年近くつづき、その末期には前近代的慣習のシンボルのごとく若者たちから反撥をうけ(この辺の事情は魯迅の有名な小説「阿Q正伝」に描かれている)、しまいに廃止されるにいたったのである。
他方、世界のもろもろの無文字民族のあいだにおいて、欧米人の与えた強制的な文化変容はひじょうに多いのであり、一例をあげるとポリネシアのハワイの場合には1820年に、アメリカからプロテスタントの宣教師たちがはじめて訪れたのだが、当時のハワイ住民は男女とも上半身にはなにも着ていなかったので、これに衣服を強制的に着せることを、まず手はじめの仕事としたのだった。そこで男性に対しては洋服を着せることにしたのだが、女性に対しては、船に積んでもってきてあった布地でワンピースを大量生産した。しかし、住民一人ひとりの体にあわせて裁断していたのでは手間がたいへんでおいつかない。そこでだれにでもあうよう、ブカブカノズンドウ型衣服を考案していっせいに配ったのが、ハワイのムームーの起源であり、幸いにハワイの気候によく合ったので、すっかり受け入れられることになった。なおおなじような衣服の強制的導入の例は、南米ブラジルにおいてもみとめられる。アマゾン河流域奥地のシャバンテス族は、男女ともまったくの全裸であることをもってよく知られ、日本語では裸族などとも書かれていたが、大給近達氏によれば、第二次大戦後、1940年代の末にカトリックの宣教師たちは、強制的に洋服を着せることにした。しかし高温多湿の気候のさなかに洋服を着ることに慣れていないため、これによって皮膚病が一時まんえんするにいたったのである。しかしもっと大きな変化はと言えば、従来は裸のところへ酋長その他の身分に応じて、さまざまな装飾をつけ、これが彼らのあいだにおける重要な象徴的意味をもっていたのが、いっせいにおなじような洋服を着るようになったため、いわば象徴体系が崩れ去り、伝統的な社会関係や価値意識がこれまた大きく崩壊したのであった。
(一)
人間は羞恥心のために身体、そしてとくに陰部を隠そうとする本能をもっており、これが衣服の起源だと考える説がある。暑いのをがまんして身体を包もうとする風習をもこれによって説明しようとしているが、よく考えてみると、これには多くの難点がある。そのまず第一はこの羞恥心が実は諸民族ごとにきわめて多種多様であり、決して簡単なものではないという事実だ。
文明社会においては陰部を、そして女性の場合はさらに胸部をも隠そうとするのが一般だが、日本の庶民階級のあいだではもともと女性といえども胸部を人に見せまいとする風習はあまりなく、人前で母乳をのませることもふつうに行われていたのだった。昭和30年代のはじめごろから欧米流の考え方が入ってくるとともに女性の胸はセックス・アピールの対象となり、同時に胸部に対する羞恥心がたちまち生まれてきたと考えてよい。
他方、陰部をかくす風習のほうは、地球上の大部分の地域でみとめられるのだが、例外はいくらでもある。南米アマゾン川流域地方などには全裸で生活するシャバンテスその他の種族がたくさん住んでいる。ことに面白いのはおなじアマゾン川流域のウィトト族の場合で、男はどんな場合でも人前で絶対とりはずさぬ樹皮皮のフンドシをつけているのに、女性のほうは日常全裸で歩きまわるだけでなく、祭の日に着ける広い腰巻の前部にはわざわざ三角形の切り穴がついていて、隠すべき場所を他人に示そうとしているのである。
さらに世界中をながめてみると、隠そうとする身体の部分は民族・種族ごとに異なっている。戦前の中国女性は纏足を他人に見せることをもっとも恥ずかしがり、スマトラ、セレベスの住民の一部はヒザを見せることを恥じる。文明社会の場合についてみても、羞恥心はそのときにつけている衣服の種類によって変化するようだ。日本の女性の場合、和服を着ているときにはフクラハギをはいているあいだは、いつもこの部分を外にあらわしたままで、なんらの抵抗も感じない。だがそのときでも上腿部は出そうとしないのだが、ひとたびショート・パンツや海水着ともなれば平気でこの部分をも露出する。
こうしてみると、羞恥心とは決して本能的なものなのではなく、むしろ逆に、それぞれの習慣によって生み出されたものだおいうことがわかる。さらに言えば、最後にあげた和服、スカート、ショート・パンツの例でわかるように、むしろ衣服でおおい隠されることになった部分が羞恥心の集中する場所だということになってくる。19世紀に人類の結婚史を論じた人として知られる英国の社会科学者ウェスターマルクは、「裸体に対する羞恥心は決して衣服の発生原因ではなく、むしろ衣服の存在によって生み出されたものである」と述べているのははなはだ適切だと思う。どんな文明人でも、子どものときは裸体に対してなんら恥ずかしがることはなかった。一定の年齢に達し、衣服を着せられてから羞恥心をもち始めたのである。
(二)
日本人は欧米志向だと言われてきました。着ている服はフランスのディオール、持っているバッグはイタリアのグッチ、履いている靴はイタリアのフェラガモ。習いたい外国語は、何といっても英語、たまにフランス語かドイツ語……。
こう書くと、「それはひと昔前の日本人で、今の僕たちはそんなことありません。着ている服だって、中国製のTシャツだし、旅行も韓国やタイに行きますよ」という若者の声を聞こえてくるようです。しかし、「では君が聴いているCDの日本産の歌の中にどれほど英語の歌詞がちりばめられているか数えたことはあるかい」と尋ねれば、日本の若者は何もいえなくなってしまうこと請け合いです。
さて、歴史的には、スペインやポルトガルの人々が日本にもたらした文物を戦国の武将たち、とくに織田信長が好んだというのが、ヨーロッパ文化が好きだった歴史上の人物の最初の記録かも知れません。
日本が開国をして欧米を訪れるようになると科学技術面や社会資本面での欧米との格差があまりにも大きいことを、当時の日本人たちは嫌というほど見せつけられました。日本が200年間、国を閉ざしていた間に欧米は長足の進歩を遂げていたのです。
そこで、「脱亜入欧」などという極端な意見を唱える人も出てくる始末で、欧米の真似をして、アジアに日本の植民地を作ろうとする動きも社会で支配的になってきました。すると、すべてを上下の縦の関係で捉えようとする傾向が強い日本人の中では、「欧米は日本より上、アジアは日本より下」と考える人が増えてきたのです。欧米の欠点やアジアの優れた面を見ようとする人、あるいは日本や世界の文化や価値観の多様性を認識しようとする人々は当時の日本社会では力を持ち得ませんでした。
そして1945年8月、アメリカが広島と長崎に落とした原爆によって日本の敗戦が決まり、それまでの日本の歴史的歩みの方法と方向性の間違いは明らかになったわけです。
ところが興味深いことに、戦勝国アメリカの進駐軍が日本に来ると、敗戦国日本の若者たちはアメリカの文明を競って受け入れ、アメリカに憧れたのです。戦後から今日に至るまで51年間というもの、日本人の間ではアメリカに対して、おおよそこのような傾向が続いてきたといっても間違いではありません。
では、あなたの国ではどうでしょうか。私自身がアジアで見たことを率直に言えば、アジアも日本人より心理的にはやや複雑な構造をもっている場合があるにせよ、結局は日本と同じ欧米志向だということです。
こう見てくると、日本人を含むアジアに住む人々は、すべて欧米志向で、自らのアイデンティティーを大切にしない、節操のない人間たちだということになるでしょうか。
自らの住んでいる国が世界中で一番良い国だと信じられる人は幸福には違いありませんが、必ずしも現実を客観的に見ていることにはなりません。これは、かつての封建主義者や軍国主義者が国民を操る方法として使ったやり方です。
私は、アジア人の欧米への憧れは、アジアを活性化してきたと考えるのです。私たちの国や地域にないものを他の場所に求めるということは、私たちアジア人が常により優れたものや環境を手に入れようとしているということです。
ただし、現実の欧米はかつての力を持ち得なくなりつつあります。にもかかわらず、日本人も、他のアジアの人たちも、心が描いた欧米というイメージに憧れているのが現実なのではないでしょうか。
自分にないものを他に求めるのは人間心理に共通した性癖でしょう。それがアジア人に共通した欧米志向なのです。良い点は取り入れるべきでしょうが、相手の国や文化の現実を冷静に見つめ、分析することを忘れるべきではないでしょう。一つの現象や事物の背後に長い歴史・伝統や深い文化があることを見落としてしまったとき、私たちの欧米志向は猿真似以外の何物でもない滑稽極まりないものとなってしまうに違いありません。
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Jennifer发布于2008-05-09 10:12:14
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谢谢楼主分享。
提一个小建议 如果可以放把所有的东西贴在一个帖子里的话 也许更方便大家学习。
个人意见 仅供参考
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qianqianli0912 发布于2008-05-09 12:23:41
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谢谢!了解了~~恩!我再重新整理一下~
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qianqianli0912 发布于2008-05-09 13:43:46
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おかしい~
从第三课开始我都会贴到一个帖子上。不过很奇怪的是,导不入论坛里...
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Jennifer发布于2008-05-09 14:30:43
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是贴不上上来吗? 你试着把你的原文 先贴到电脑的记事本里,然后再复制贴过来。格式就很干净了。
前面发的两个帖子 我也帮你修改后移进来了
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qianqianli0912 发布于2008-05-11 16:50:24
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本当にありがとうございました。この世の中に、やはり心やさしい人が多いですね~うれしい!
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qianqianli0912 发布于2008-05-12 10:09:27
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口译——阅读(第四課)
世間知らずの「運び屋」たち
ニューヨークに住むビリー・ペズット(28)は、罪を犯したことなど一度もなかった。だが2年前に失業し、子供四人をかかえる身で家賃がはらえなくなると、麻薬密売人の甘い言業に引きずり込まれてしまった。
ジャマイカで羽を伸ばしてこないか。旅費はもつし、荷物を一つ持ち帰ってくれれば3000ドル払おう――ペズットは誘いに乗り、ジャマイカへと旅立った。
だがその帰り道、彼は現地の空港で逮捕された。頼まれた荷物の中身は、約9キロのマリファナ。うまい儲け話は、たちまちジャマイカでの刑務所暮らしに変わった。
アメリカでは最近、こうしたケースが増えている。ジャマイカから麻薬を持ち帰る彼らの大半は、世間知らずの貧しい若者だ。そしてその多くは、最高2年の刑務所暮らしを味わわされる羽目になる。
この1年間だけでも、ジャマイカから麻薬を持ち込もうとして逮捕されたアメリカ人は、600人を超える。実際はその3倍以上の運び屋が取り締まりをくぐり抜けているはずだと、当局はみている。
この手の運び屋は観光客と見分けがつかないし、どんどん使い捨てできる。しかもうるさい質問をしないから麻薬組織にとっては便利な存在だ、と専門家筋は言う。
ジャマイカで刑務所に送られるアメリカ人の大半は初犯で、儲け話に乗せられた失業中の男性や、生活保護を受けている母親が多い。
首都キングストン郊外にあるセント・キャサリンズ刑務所を取材したところ、取材に応じたアメリカ人服役者27人の半数以上が、ジャマイカ系ギャングが勢力をもつニューヨークのブルックリンとブロンクスの出身だった。また服役者の約三分の二は、それまで一度もアメリカ国外に出たことのないアフリカ系アメリカ人だった。
そしてほとんど誰もが、捕まって刑務所に入れられるなどとは夢にも思っていなかったようだ。
「ただで客船で旅行できるなんて話を聞けば、誰でも飛びつくさ」と、アメリカ人服役者の一人は言う。10ヵ月間の刑務所暮らしで15キロ近くやせたというこの男性は、「こんなことになるなんて考えもしなかった」と語る。
運び屋には「素人」を使っていても、麻薬組織の密輸の手口そのものは大がかりだ。
ジャマイカ側の組織は、観光用ホテルや客船、空港などを巧みに利用し、しかるべき筋には賄賂を贈っている。たとえば空港整備員への「謝礼」は、密輸を一回見逃してもらうたびに千ドルというのが相場だという。
アメリカ側でも賄賂が使われているようだ。ニューヨークの空港で最近逮捕されたカップルはコカイン15キロと一緒に、税関を迂回できる職員用の通行パスを持っていた。
(一)
昨年9月14日の朝、畑中和文(当時54)は、不吉な予感を感じながらマンションの自室のドアを開けたのかもしれない。午前7時の不意の訪問者。畑中はまだパジャマ姿だった。
住友銀行の名古屋支店長だった畑中は当時、暴力団への融資の回収にかかわっていたといわれる。そしてあの朝、畑中は何者かに頭を撃ち抜かれ、そのまま帰らぬ人となった。
この事件を筆頭に、銀行幹部に対する暴力や嫌がらせは、不振にあえぐ日本経済に大きな暗い影を落としている。問題の根幹は、ほとんどの日本人が一つの現実を語ろうとしないことにある。裏社会から企業社会に進出した暴力団が日本の景気回復の足かせになっている、という現実である。
1980年代の「バブル時代」に暴力団は、銀行から信用組合にいたるまで巨額の資金を借り入れ、不動産や株への投機を行った。そして、バブルがはじけた。日本の金融機関がかかえる不良債権は総額百兆円ともいわれるが、その少なからぬ部分が暴力団がらみとみられている。
日本が景気後退に突入して5年になるが、いまだに銀行は暴力団に債務の返済を迫れずにいる。畑中のような目にあわされるのが恐いからだ。
元警察官僚の宮脇磊介は、現在の景気の冷え込みを「ヤクザ・リセッション」と名づけている。デフレや規制の悪影響をくどくどと論じるエコノミストを尻目に、宮脇はきわめて簡単な言葉でこの不況を説明する。すなわち、やくざに対する恐怖心である。
「不良債権処理が遅々として進まない本当の理由は、そのかなりの部分が暴力団がらみだからだ」と、宮脇は指摘する。「このままでは暴力団による金融支配が進み、日本経済のマフィア化を招来することになる」。
そればかりか、融資を回収できなければ、体力の弱い銀行や信用組合は倒産し、不景気がさらに長引くことにもなりかねない。
ここにきてエコノミストや銀行家、さらには大蔵省でさえ問題を認識しはじめ、それを指摘するようになった。
「この問題を放置しておくことは、日本の民主主義の否定につながる」と、富士総研の高木勝研究主幹は言う。
帝国データバンクの中森貴和は、「どの時点で暴力団がからんだかは定かではないが、50%以上になんらかの形で関係していると思う」と語る。また暴力団に近い筋の話では、「不良債権で回収不能の分の80%-90%には暴力団の影がちらついている」。
この暴力団問題は「因果応報とみることができる」と、コーネル大学の人類学者で日本を研究しているシオドア・ベスターは言う。
「日本の社会はやくざに力を借りているので、やくざに目をつぶってきたのだ」
日本のやくざは、いわば裏取引の便利やだ。政治家は裏金工作にやくざを使っている。
(二)
1992年3月に暴力団対策法が施行されて4年半が過ぎたが、企業を対象にする組織暴力は健在である。同法施行後、暴力団は組織的にも行動面でも、顕著な変化を遂げている。企業はそのことを念頭に入れて、組織暴力に対する危機管理策を講ずべきだ。
暴力団対策法は一部暴力団の肥大化、凶暴化、巧妙な資金集めが進む中で、これ以上の暴力団の跳梁を防ぐ目的で制定された。それ以前にも警察は取り締まりを厳しくしてはいたが、暴力団側も検挙を免れる工夫を重ねてきた。例えば「代紋」のブランドを確立し、それを示して企業に不当な要求をすることで、暴力や脅迫によらず堂々と資金を集めるようになっていた。
そこで暴対法では、指定暴力団員が代紋を示すなど、暴力団の威力を示しての暴力的要求行為に対し、中止命令を出せる制度を創設した。施行後、暴力団は、「暴力団」のイメージを背景とした資金源活動が少なくとも公然にはできなくなった。これにより、1991年末に91000人いた暴力団勢力(構成員と準構成員)は、1995年末には79300人にまで減少している。
しかし現在、憂慮されることがいくつかある。第一に、「暴力団隠し」の進展だ。暴対法対策として、暴力団員を意図的に破門するなどしたことで、警察当局が暴力団員を把握することは一層困難になった。しかも暴力団は、一見して暴力団員と判別できる者を窓口にはしない。企業幹部を装ってソフトに近づき、企業の弱みや秘密を握ると一転して暴力団の本性を表す。企業は相手が暴力団やその系列企業であると分からないまま言質を取られ、譲歩を余儀なくされる。
第二は、銃器の購入が容易なことだ。企業幹部襲撃事件は暴対法施行後、筆者が確認しているだけで27件あり、このうち21件で銃器が使われた。対立抗争時のみならず、資金源活動の道具として手軽に銃器を使う傾向は、今後一層強まる懸念される。
第三は、資金源活動が一層広範になり、カネになるなら何でもする傾向がさらに強まったことである。今年9月に発覚したSMクラブ経営者など2人に対する強盗殺人事件では、暴力団員が1000万円の報酬で被害者の遺体をコンクリート詰めにして海中に投棄したと言われる。暴力団は、今後一層凶暴になり、なりふり構わぬ資金源活動を進めていくだろう。
恐いのは国内の組織暴力だけではない。今年8月には、三洋電機の現地子会社の社長がメキシコで誘拐され、200万ドルを支払って救出したとの報道があった。組織暴力に国境はない。日本の暴力団は海外に進出しているし、海外の暴力組織が日本に進出していることも周知の事実だ。法務省は10月、法制審議会に組織犯罪対策のための刑事法の整備を諮問した。組織暴力対策はまさに緊急の課題である。
企業側は法整備を待つのではなく、自衛策を強化すべきだ。ところが、企業の危機管理対策の実情は、人的にも設備面でもお粗末である。危機意識が欠如しているのではないかと疑わざるを得ない。今でも組織暴力との癒着関係を続けている企業があると聞くが、カネですべて解決するなどと考える従来からの甘い対応が、近い将来、大きな犠牲を招くことは必至である。
[ 本帖最后由 qianqianli0912 于 2008-5-12 16:16 编辑 ]
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qianqianli0912 发布于2008-05-12 10:14:04
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能不能麻烦Jennifer把第二课的字体格式也调小一点呢?我怎么也调整不过来...
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qianqianli0912 发布于2008-05-12 10:28:56
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调是调过来了,可能是技术不够纯熟,看起来有点怪怪的...
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qianqianli0912 发布于2008-05-12 16:12:24
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口译——阅读(第五課)
凡才も一昔前なら大天才?
「女たちは強く、男たちはハンサム、子供たちはみんな賢い......」。ユーモア作家ギャリソン・キーラーが描くこんな架空の町も、最後の部分については、ただの作り話と片づけられないかもしれない。
知能の本質を探る研究者でさえ見過ごしてきた、驚くべき現象が出てきた。今世紀初頭にIQ(知能指数)テストが世界に導入されて以来、先進諸国ではIQの平均値が飛躍的に上昇しているのだ。
イギリスでは1942年に比べて27点、アメリカでは1918年に比べて24点も伸びており、西ヨーロッパ各国、カナダ、日本、イスラエル、ブラジル都市部、中国、オーストラリア、ニュージーランドなどでも同様の伸びが認められている。
現在の平均的な子供のIQは、一昔前ならほとんど天才のレベルにまで上がった。20カ国のデータを見ても、「一国の例外もなく、大幅なIQの上昇が確認できた」と、この現象を発見したオタゴ大学(ニュージーランド)のジェームズ・R・フリン教授は、今日開かれたIQ会議で発表した。
「フリン効果」と呼ばれるこの現象が何によるものなのか、説明するのは容易ではない。統計的な操作によるものでないことは研究者が一致して認めているし、IQテストの内容も基本的には導入時から変わっていない。
だが、その他の点では研究者の間でも意見が分かれている。その状況は『ベル曲線』が1994年に出版されたときに巻き起こった、IQと人種問題の論争を思い出させるほど深刻なものだ。
IQが生まれつきの知能を測定するのだとすれば、世代間に重大なIQのギャップが存在していることになる。ということは、今の子供の大部分が生まれつき頭がいいのか、あるいは第二次大戦時の人々の多くが「野球の基本的なルールも理解できないくらいの知能しかもっていなかったか」(フリン)のどちらかということになってしまうからだ。
一方で、フリンが言うように、本当の知能の進歩を表すにしてはIQの上昇率が大き過ぎるとなれば、「IQで知能が測れるという理論が揺らぐ」ことにもなる。
「ベル曲線論争」に参加した学者たちは、IQの急上昇は「知能は環境によって決定される部分が大きい」との意見を裏打ちするものだと言う。「賢い遺伝子」の数が短期間でこれほど急上昇することは、自然界ではありえないからだ。
身長を例に取ると、背の低い親の子供は背が低い傾向がある。だが近年の平均身長の上昇の要因には、栄養事情の改善という要素も当然含まれている。
また環境の違いが、子供たちの知的潜在能力を最高に引き出す場合や、それを妨げるケースもある。
先月エモリー大学で、この問題が討議された。IQの上昇は生活水準の改善で説明がつくのかという点に関して、20点強の上昇のうち、5点は社会経済的要因で説明できるとフリンは言う。
では学校教育の向上も要因の一つだろうか。それについては、IQの伸び率が最も著しかったのは、迷路やパズルといった非言語の分野に重点をおいたもので、教育など文化的影響を受けにくい能力を調べるために考案されたテストだった。一方、学校教育などの影響を受けやすい「後天的知能」のテストでは上昇率ははるかに少ない。
栄養事情の改善や刺激の多い環境は、IQの上昇を説明できるだろうか。確かに空間的関係を把握する子供の能力は、レゴに熱中することによって高まる。そうした子供のIQは上昇するが、それは実際の知能が高まっているからだ。
しかし、学習速度や創造力などといった実社会で役に立つ知能が、IQの上昇率と同じスピードで向上しているということを示すデータはない。
エモリー大学の会議では、エール大学のウィリアムズが、IQが急上昇したのは、単に今の子供たちがテストに出される問題に慣れているからかもしれないと指摘した。シリアルの紙箱などに印刷してある迷路やパズルが、IQテストで出題されるものと驚くほど似ているというのだ。
「30年代の子供は、IQテストを受けるまで、そんな迷路など目にしたことがなかったはずだ。IQテストは、生まれつきの、生涯変わらない知能を測るのではなく、学習によって得た能力と、テストに対する『慣れ』の度合いを測るものであることは明らかなようだ」と、ウィリアムズは言う。
だがIQの上昇には、それよりずっと意味深い要素があるかもしれないともウィリアムズは指摘する。いくつかの研究で、寛容な両親に育てられた子は言葉を覚えるのが早いことがわかったのだ。
(一)
人間を他の動物と比べてみたとき、その特色はどんな点にあるのだろうか?ふつう、まずあげられるのは日本のアシによる直立歩行が可能になったということだ。このために人間は両手を自由に使えるようになり、その結果、種々の道具を作ったり使ったりすることができるようになったのだ。ところがこの点については、いろいろな学者から批判が出た。類人猿の場合、特に古くからもっとも研究の行われてきたチンパンジーの場合、よく動物心理学の本などに写真が出ている光景なのだが、天井から吊り下がっている手の届かないところにある餌をみつけると、いくつかの箱をつみ重ねて台とし、その上にのぼってなんなく手に入れる。あるいはまた床にころがっている、いくつかの短い竿をつなぎあわせて長い棒を作り、これではたき落とす。これなどはひじょうに原始的な段階であるとはいえ、道具の製作・道具の使用にほかならないわけで、こうした能力は人間だけのものではないことがわかるのだ。
それからまた、火の使用ということも、人間だけの特色としてしばしばあげられてきた。火を恐れずに、火を使うということができるようになったからこそ、人間だけが寒い土地に生存可能となり、また種々の素材を調理加工することによって食物の範囲を大幅にひろげることができ、その結果、環境への適応と生存の能力は著しく増大することになったのだ。しかしこの場合にもすこし意地悪く考えてみれば、よく訓練したチンパンジーなら、ライターで火をつけてタバコを吸うことなどできるわけで、こうやって眺めてみると、上のような点に関しては、人間と動物のあいだには、いわば量的な差しかないということになってくる。
そこで両者をはっきり分ける、もっと根本的で、まさに質的な相違点を探してみれば、それは実は人間の大脳における言語中枢(あるいは言語領域)の発生なのである。人間には運動性言語中枢、知覚性言語中枢の二つがあり、それぞれ発見者の名をとってブローカ中枢、ベルニッケ中枢ともよばれているが、これらは人間だけにしかない。ただし類人猿のなかのチンパンジーにおいては、その萌芽的なものがみとめられるようだが、しかしまだ、言語中枢とまではいかず、やはりこれは人間特有のものだということになる。ここで運動性言語中枢はノド、唇、舌などを動かして言語を発する役をつとめ、知覚性言語中枢のほうは他人の言語を理解するはたらきをする。したがって、かりに運動性言語中枢がケガなどによって破壊されると、コトバをしゃべることができなくなってしまうし、逆に知覚性言語中枢がやられたときには、相手のコトバは十分に聞こえるのに、まるで知らない外国語を聞いているのとおなじで、その意味を理解することはまったくできなくなる。なお最近は言語中枢がもっと広い範囲にまたがって存在するのではないかというみかたが出てきており、その点からはむしろ言語領域とよんだほうがよいと言われている。
(二)
寒冷気候への身体的適応は全身に生じたが、モンゴロイドの場合には、とくにつぎのような変化を生じた。
まず、体温を維持するために胴が長く太く、逆に四肢は短くなった。全体としての胴の体積が増すことは体温を蓄積するために有利であり、四肢が短くなることは体表面積が減少する結果、体温の放散を防ぐことに役立つ。この体形は、アフリカの熱帯地方に住むニグロイド(黒色人種系統)と対照的で、彼らの胴は比較的短くてやせており、また四肢はきわめて長い。
寒冷地においても、顔は多かれ少なかれ外気にさらされる。そこで北方モンゴロイドでもっとも著しい変化をとげたのが顔である。
彼らの顔は扁平となり、突出部を最少限におさえることによって凍傷を防ぐ効果がある。またマイナス数10度という冷めたい空気を効率よく暖め、適当な湿度をあたえて肺に送りこむために、鼻腔や副鼻腔が異常に大きくなり、これにともなって上顎骨も大きくなった。したがって彼らの顔は全体として高顔(面長)になったが、これが極端になると頬骨が異常ともいえるほど左右に張りだし、顔の幅も広くなることがある。
さらに眼球を寒さから守るために眼瞼に脂肪が蓄積し、同時に眼裂が細くなる。とくに上眼瞼が垂れ下がるため一重まぶたとなり、特有のモウコひだを生じた。またひげが濃いと吐いた息が一瞬にして凍りつき、口のまわりが凍傷をおこすためにひげが少なくなった。おそらく体毛とひげは遺伝的に連関があると思われるので、北方モンゴロイドでは体毛も少ない。
このような体形や顔面の特徴は日本人にもある程度みられるので、われわれはこれがむしろ人類、あるいは少なくともモンゴロイドの一般的特徴と思いがちである。しかしモンゴロイドをふくめて全人類的視野でみると、これらの特徴はきわめて特殊なもので、それは北方モンゴロイドに限られるといってもよい。
モンゴロイドは全体として比較的胴が長く四肢が短いという特徴を持っているが、北方モンゴロイドではその傾向がとくに強い。また人類一般としては、比較的眉間や鼻の突出が強く、眼裂は大きく、二重まぶたでモウコひだがなく、上顎骨もそれほど大きくなく、ひげや体毛はかなり濃いという特徴をもっている。したがって北方モンゴロイドの特徴は、異常な寒冷気候に適応したきわめて特殊なものと考えざるをえない。
[ 本帖最后由 qianqianli0912 于 2008-5-12 16:14 编辑 ]
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qianqianli0912 发布于2008-05-12 20:45:56
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有时间还想把口译的翻译整理整理,这本书比较薄,不过全都搬上来还是需要点时间的~接下来还要做点什么呢......
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qianqianli0912 发布于2008-05-15 17:09:47
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口译——阅读(第六課)
ソフトの時代こそ品質管理が生きる
日本電気に入社以来、コンピューターのソフトウェア開発一筋に歩んできた私が、突然、工場の勉強を始めました。1977年のことです。
なぜ全く畑違いの分野を勉強する気になったかというと、若いソフト技術者の苦悩と疲労困憊ぶりが目に余ったからです。
コンピューターは買ってもらったものの、お客さんからうまく動かないとか、誤った計算をしているなどのクレームが相次いでいました。その度に技術者たちは徹夜の連続でバグ(プログラム上の欠陥)を直します。バグとりというのは根気のいる作業で、ある意味ではソフトの開発より難しい。このままでは技術者の士気も上がらないし、何よりコストがかかりすぎる。
工場の優れた品質管理をソフト開発にも取り入れられないか、と考えないのです。しかし、社内の反応は冷たかった。「品質管理は生産現場に適した方法で、修士や博士号を持つ開発者には馴染まない」と口を揃えるのです。技術者にアンケートを取ってみても95%が反対という結果でした。
四面楚歌とはこのことかと思いましたが、あえて断行しました。私が当時の社長だった小林広治さんを口説いてトップダウンで進めたので、技術者も嫌々ながらもついてきてくれました。
効果はてきめんでした。バグの原因が次々に明らかになってきたのです。
技術者は期限に追われて、とりあえず一通りの開発を終えようとします。それが済んでから、検査して欠陥を取り除く手順で進めます。しかし、この方法は一見、開発スピードが速いように思えて、実は遠回りしています。
後から不良を改善しようにも、不良の原因がいつどこで発生したのか特定できないからです。不良を出すことは恥で、誰でも隠したい。技術者にとっては、一通りの開発を終えて後から検査した方が誰が不良を出したのかわかりにくい分、都合が良い面もあると思います。でも、それでは同じ間違いを何度も繰り返すことになる。
工場では不良を後工程に残さないように工程ごとに検査している。この、いわゆる「作り込み」をソフトの開発にも当てはめました。
問題は不良を出した人を責めることです。責任の擦り付け合いになっては、不良を探す努力をしなくなる。そこで、私は「バグを憎んで人を憎まず」という標語を作りました。失敗は誰にでもある。二度と繰り返さないことが大切なのです。
よく日本のソフト産業は米国に決定的な差を付けられていると言われますが、こと品質に関しては悲観する必要はありません。数年前、ソフト品質の日米比較調査をした時には、日本優位の結果が出ました。現にアトランタ・オリンピックでもIBMのシステムが混乱したし、マイクロソフトの「ウィンドウズ95」もバグが残っています。
品質を高める作業は、仕事のプロセスを変え、不良の原因を一つずつ究明する地道な努力が必要です。その効果は企業に蓄積されます。ソフトの量産では今のところ米国にかなわないかもしれませんが、いずれ品質が勝負になる時代が来れば日本にも勝機は十分あると思います。
(一)
税金の専門家でも何でもない私が、なぜこのテーマで本を書こうと思ったのか。それは、私自身の個人的な体験からきています。大学を卒業して新聞社に入社した私は、鉄鋼業界の担当記者として、文字通り夜討ち朝駆けで取材に走り回っていました。忙しかったけれど、充実していた。
だから年の暮れに庶務課から年末調整のための用紙を渡されても、「そのうちやろう」と思いつつ、忘れてしまうことの繰り返しだったんです。もらった給料から、自分自身が税金を払っているという意識はほとんどなかった。
その後、思うところあってフリーライターとして独立しました。そうなると、それまで会社がやってくれていた計算を自分で行い、自分で税務署に申告しなければならなくなる。さまざまな領収書を分類し、仕事ごとに整理し、申告書類に記入していく。その作業は私にとって、1年間の仕事を振り返り、自分のアイデンティティーを確認する大事な節目になっていたのです。同時に、サラリーマン時代には気づかなかった「税金の使われ方」に敏感になっていた。ところが、また数年後にある出版社に勤めることになって給与所得者に戻ってみると、フリーの時に感じていた“痛税感”など、ものの見事に消えてしまっていたんです。