千尋 ひゃっ!…水だ!
うそ…夢だ、夢だ!さめろさめろ、さめろ!
さめてぇ…っ…
これはゆめだ、ゆめだ。みんな消えろ、消えろ。きえろ。
あっ…ぁあっ、透けてる!ぁ…夢だ、絶対夢だ!
船が接岸し、春日さまが出てくる。
千尋 ひっ…ひっ、ぎゃあああーーっ!
千尋を捜すハク。暗闇にいる千尋を見つけて肩を抱く。
千尋 っっっ!
ハク様 怖がるな。私はそなたの味方だ。
千尋 いやっ、やっ!やっっ!
ハク様 口を開けて、これを早く。この世界のものを食べないとそなたは消えてしまう。
千尋 いやっ!…っ!?
ハク様 大丈夫、食べても豚にはならない。噛んで飲みなさい。
千尋 …ん…んぅ…んー…っ
ハク様 もう大丈夫。触ってごらん。
千尋 さわれる…
ハク様 ね?さ、おいで。
千尋 おとうさんとおかあさんは?どこ?豚なんかになってないよね!?
ハク様 今は無理だけど必ず会えるよ。…!
静かに!
ハクが千尋を壁に押しつけると、上空を湯バードが飛んでいく。
ハク様 そなたを捜しているのだ。時間がない、走ろう!
千尋 ぁっ…立てない、どうしよう!力が入んない…
ハク様 落ち着いて、深く息を吸ってごらん…そなたの内なる風と水の名において…解き放て…
立って!
千尋 あっ、うわっ!
走り出す二人。
ハク様 …橋を渡る間、息をしてはいけないよ。
ちょっとでも吸ったり吐いたりすると、術が解けて店の者に気づかれてしまう。
千尋 こわい…
ハク様 心を鎮めて。
従業員 いらっしゃいませ、お早いお着きで。いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。
ハク様 所用からの戻りだ。
従業員 へい、お戻りくださいませ。
ハク様 深く吸って…止めて。
カオナシが千尋を見送る。
湯女 いらっしゃい、お待ちしてましたよ。
ハク様 しっかり、もう少し。
青蛙 ハク様ぁー。何処へ行っておったー?
千尋 …!ぶはぁっ
青蛙 ひっ、人か?
ハク様 …!走れ!
青蛙 …ん?え、え?
青蛙に術をかけて逃げるハク。
従業員 ハク様、ハク様!ええい匂わぬか、人が入り込んだぞ!臭いぞ、臭いぞ!
ハク様 勘づかれたな…
千尋 ごめん、私 息しちゃった…
ハク様 いや、千尋はよく頑張った。これからどうするか離すからよくお聞き。ここにいては必ず見つかる。
私が行って誤魔化すから、そのすきに千尋はここを抜け出して…
千尋 いや!行かないで、ここにいて、お願い!
ハク様 この世界で生き延びるためにはそうするしかないんだ。ご両親を助けるためにも。
千尋 やっぱり豚になったの夢じゃないんだ…
ハク様 じっとして…
騒ぎが収まったら、裏のくぐり戸から出られる。外の階段を一番下まで下りるんだ。そこにボイラー室の入口がある。火を焚くところだ。
中に釜爺という人がいるから、釜爺に会うんだ。
千尋 釜爺?
ハク様 その人にここで働きたいと頼むんだ。断られても、粘るんだよ。
ここでは仕事を持たない者は、湯婆婆に動物にされてしまう。
千尋 湯婆婆…って?
ハク様 会えばすぐに分かる。ここを支配している魔女だ。嫌だとか、帰りたいとか言わせるように仕向けてくるけど、働きたいとだけ言うんだ。辛くても、耐えて機会を待つんだよ。そうすれば、湯婆婆には手は出せない。
千尋 うん…
従業員 ハク様ぁー、ハク様ー、どちらにおいでですかー?
ハク様 いかなきゃ。忘れないで、私は千尋の味方だからね。
千尋 どうして私の名を知ってるの?
ハク様 そなたの小さいときから知っている。私の名は――ハクだ。
ハク様 ハクはここにいるぞ。
従業員 ハク様、湯婆婆さまが…
ハク様 分かっている。そのことで外へ出ていた。
階段へ向う千尋。恐る恐る踏み出し、一段滑り落ちる。
千尋 ぃやっ!
はっ、はぁっ…
もう一段踏み出すと階段が壊れ、はずみで走り出す。
千尋 わ…っいやああああーーーーっ!やあぁああああああー!
なんとか下まで降り、そろそろとボイラー室へむかう。
ボイラー室で釜爺をみて後ずさりし、熱い釜に触ってしまう。
千尋 あつっ…!
カンカンカンカン(ハンマーの音)
千尋 あの…。すみません。
あ、あのー…あの、釜爺さんですか?
釜爺 ん?…ん、んんーー?
千尋 …あの、ハクという人に言われてきました。ここで働かせてください!
リンリン(呼び鈴の音)
釜爺 ええい、こんなに一度に…
チビども、仕事だー!
カンカンカンカンカンカン
釜爺 わしゃあ、釜爺だ。風呂釜にこき使われとるじじいだ。
チビども、はやくせんか!
千尋 あの、ここで働かせてください!
釜爺 ええい、手は足りとる。そこら中ススだらけだからな。いくらでも代わりはおるわい。
千尋 あっ、ごめんなさい。
あっ、ちょっと待って。
釜爺 じゃまじゃま!
千尋 …あっ。
重さで潰れたススワタリの石炭を持ち上げる千尋。ススワタリは逃げ帰ってゆく。
千尋 あっ、どうするのこれ?
ここにおいといていいの?
釜爺 手ぇ出すならしまいまでやれ!
千尋 えっ?…
石炭を釜に運ぶと、ススワタリみんなが潰れた真似をしだす。
カンカンカンカン
釜爺 こらあー、チビどもー!ただのススにもどりてぇのか!?
あんたも気まぐれに手ぇ出して、人の仕事を取っちゃならね。働かなきゃな、こいつらの魔法は消えちまうんだ。
ここにあんたの仕事はねぇ、他を当たってくれ。
…なんだおまえたち、文句があるのか?仕事しろ仕事!
リン メシだよー。なぁんだまたケンカしてんのー?
よしなさいよもうー。うつわは?ちゃんと出しといてって言ってるのに。
釜爺 おお…メシだー、休憩ー!
リン うわ!?
人間がいちゃ!…やばいよ、さっき上で大騒ぎしてたんだよ!?
釜爺 わしの…孫だ。
リン まごォ?!
釜爺 働きたいと言うんだが、ここは手が足りとる。おめぇ、湯婆婆ンとこへ連れてってくれねえか?後は自分でやるだろ。
リン やなこった!あたいが殺されちまうよ!
釜爺 これでどうだ?イモリの黒焼き。上物だぞ。
どのみち働くには湯婆婆と契約せにゃならん。自分で行って、運を試しな。
リン …チェッ!そこの子、ついて来な!
千尋 あっ。
リン …あんたネェ、はいとかお世話になりますとか言えないの!?
千尋 あっ、はいっ。
リン どんくさいね。はやくおいで。
靴なんか持ってどうすんのさ、靴下も!
千尋 はいっ。
リン あんた。釜爺にお礼言ったの?世話になったんだろ?
千尋 あっ、うっ!…ありがとうございました。
釜爺 グッドラック!
リン 湯婆婆は建物のてっぺんのその奥にいるんだ。
早くしろよォ。
千尋 あっ。
リン 鼻がなくなるよ。
千尋 っ…
リン もう一回乗り継ぐからね。
千尋 はい。
リン いくよ。
…い、いらっしゃいませ。
お客さま、このエレベーターは上へは参りません。他をお探し下さい。
千尋 ついてくるよ。
リン きょろきょろすんじゃないよ。
蛙男 到着でございます。
右手のお座敷でございます。
?…リン。
リン はーい。(ドン!)
千尋 ぅわっ!
蛙男 なんか匂わぬか?人間だ、おまえ人間くさいぞ。
リン そーですかぁー?
蛙男 匂う匂う、うまそうな匂いだ。おまえなんか隠しておるな?正直に申せ!
リン この匂いでしょ。
蛙男 黒焼き!…くれぇーっ!
リン やなこった。お姉さま方に頼まれてんだよ。
蛙男 頼む、ちょっとだけ、せめて足一本!
リン 上へ行くお客さまー。レバーをお引き下さーい。
『二天』につくが、『天』まで千尋を連れて行くおしらさま。
奥のドアを開けようとする千尋。
湯婆婆 …ノックもしないのかい!?
千尋 やっ!?
湯婆婆 ま、みっともない娘が来たもんだね。
さぁ、おいで。…おいでーな~。
千尋 わっ!わ…っ!
いったぁ~…
頭が寄ってくる。
千尋 ひっ、うわぁ、わあっ…わっ!
湯婆婆 うるさいね、静かにしておくれ。
千尋 あのー…ここで働かせてください!
魔法で口チャックされる千尋。
湯婆婆 馬鹿なおしゃべりはやめとくれ。そんなひょろひょろに何が出来るのさ。
ここはね、人間の来るところじゃないんだ。八百万の神様達が疲れをいやしに来るお湯屋なんだよ。
それなのにおまえの親はなんだい?お客さまの食べ物を豚のように食い散らして。当然の報いさ。
おまえも元の世界には戻れないよ。
…子豚にしてやろう。ぇえ?石炭、という手もあるね。
へへへへへっ、震えているね。…でもまあ、良くここまでやってきたよ。誰かが親切に世話を焼いたんだね。
誉めてやらなきゃ。誰だい、それは?教えておくれな…
千尋 …あっ。ここで働かせてください!
湯婆婆 まァだそれを言うのかい!
千尋 ここで働きたいんです!
湯婆婆 だァーーーまァーーーれェーーー!
湯婆婆 なんであたしがおまえを雇わなきゃならないんだい!?見るからにグズで!甘ったれで!泣き虫で!頭の悪い小娘に、仕事なんかあるもんかね!
お断りだね。これ以上穀潰しを増やしてどうしようっていうんだい!
それとも…一番つらーーいきつーーい仕事を死ぬまでやらせてやろうかぁ…?
湯婆婆 …ハッ!?
坊 あーーーーん、あーーん、ああああーーー
湯婆婆 やめなさいどうしたの坊や、今すぐ行くからいい子でいなさいね…まだいたのかい、さっさと出て行きな!
千尋 ここで働きたいんです!
湯婆婆 大きな声を出すんじゃない…うっ!あー、ちょっと待ちなさい、ね、ねぇ~。いい子だから、ほぉらほら~。
千尋 働かせてください!
湯婆婆 わかったから静かにしておくれ!
おおぉお~よ~しよし~…
紙とペンが千尋の方へ飛んでくる。
湯婆婆 契約書だよ。そこに名前を書きな。働かせてやる。その代わり嫌だとか、帰りたいとか言ったらすぐ子豚にしてやるからね。
千尋 あの、名前ってここですか?
湯婆婆 そうだよもぅぐずぐずしないでさっさと書きな!
まったく…つまらない誓いをたてちまったもんだよ。働きたい者には仕事をやるだなんて…
書いたかい?
千尋 はい…あっ。
湯婆婆 フン。千尋というのかい?
千尋 はい。
湯婆婆 贅沢な名だねぇ。
今からおまえの名前は千だ。いいかい、千だよ。分かったら返事をするんだ、千!
千 は、はいっ!
ハク様 お呼びですか。
湯婆婆 今日からその子が働くよ。世話をしな。
ハク様 はい。…名はなんという?
千 え?ち、…ぁ、千です。
ハク様 では千、来なさい。
千 ハク。あの…
ハク様 無駄口をきくな。私のことは、ハク様と呼べ。
千 …っ