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楼主 |
发表于 2009-1-22 10:45:13
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2009年1月21日(水)付
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色のとぼしい季節だが、近くの公園を歩くとささやかな黄色が目に入る。枝にロウバイが咲き、地面には福寿草が光る。ロウバイの花に顔を寄せると、ふくよかな香が鼻先に漂う▼福寿草を「日溜(ひだ)まりに寄り合ったカナリヤの雛(ひな)の感じ」と言ったのは俳人の飯田龍太だ。たしかに、眺めていると雛のささやきが聞こえる気もする。その飯田に〈大寒の一戸もかくれなき故郷〉がある。木々が冬枯れて「透明度」を増した村里をきりりと詠んだ名句である▼そんな大寒のきのう、東京は春の陽気から一転、真冬に戻った。だが最近の天気予報は至れり尽くせりだ。朝、外気を体感しなくても、テレビの女性が代わりに寒さに震えてくれる。「厚めのコートを」「マフラーも」。忠告通りの身支度で家を出れば間違いはない▼インターネットの予報はさらに多彩だ。洗濯指数に星空指数、紫外線指数。冬季限定で風邪引き指数、肌荒れ指数。鍋物指数なるものもある。ありがたいが、頼りすぎて人間の「お天気感覚」が退化しないかと心配になる▼民俗学の宮本常一は少年のころ、隣の森を鳴らす風の音と、海の波音で天気を知ったという。北風が低い澄んだ音で森に吹けばきっと快晴。そうした具合で、「森と波は私の気象台でもあった」と回想している▼思えばわが少年時代にも「気象台」はあった。西に連なる山の見え方隠れ方で天気の見当はついた。雪が来るのも予測できた。遠い昔の記憶である。そして新たな「気象台」を身近に見つけるのもいいと、大寒の寒さの中で思った。 |
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