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楼主 |
发表于 2004-3-12 23:00:00
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■《天声人語》 03月12日付
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武蔵野の雑木林の名残をとどめる東京・井の頭公園の中に、都の「自然文化園」はある。象の「はな子」が、上野動物園からここに移ってきて、今月で50年になった。
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' J0 u. `* J' V! z$ |% G/ ~4 n 生まれはタイだ。戦後初めての象として東京にやって来たのは、1949年、昭和24年の9月だった。その夜、2歳の子象は、間もなくインドから来る大きなインディラに合わせて作られた象舎のさくの間をすり抜けて、宿直室の雨戸をたたいたという。 : n W( a) {) o& W9 t$ a! F
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6 N% ?- L( B, N, l) p: B 自然文化園に移され人気者になった。しかし、56年と60年には人身事故があった。そうした悲惨な出来事も経ながら、半世紀余り、異国で生きてきたのである。 : y7 {# z. t# l( u& T. W
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はな子という名前には、戦争がかぶさっている。『上野動物園百年史』によると、43年に、空襲を想定した猛獣の処分命令が出た。象は3頭で、タイから贈られたメスの象が花子だった。毒入りの餌を口にしようとしない花子たちは、絶食死させられた。腹をすかせた象が、職員を見ると前脚を折り、鼻をあげるしぐさをする。芸をすれば餌がもらえると思っているように見えたという。
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9 C& p2 |2 _8 P/ A5 }. b; U 先日、来園50年記念の会があった。入園者からの多くのお祝いのメモが張り出してある。「100才 おめでとう」。はな子は57歳ぐらいだから、やや気が早い。そう思ったが、贈られたパンやバナナに鼻を伸ばす姿を見ていて、気持ちが変わった。
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はな子のような動物たちが長く穏やかに生きられる時は、人もまた、長く穏やかでいられるのではないか。「100才」には、そんな願いが込められているように見えてきた。 3 `, O1 \9 `' B) h: A
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