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发表于 2004-3-16 23:00:00
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03月16日
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マラソン発祥の地を駆けるQちゃんの姿を思い浮かべるのは楽しいことだった。しかし、もし高橋尚子選手が代表に選ばれていたとしたら、誰が外れたのかと考えてみる。 4 a! I/ f2 ~9 w9 _
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名古屋で逆転優勝を果たし、四つの選考レースを通じての最高タイムを記録した土佐礼子選手が外せるだろうか。世界選手権で日本人3位になったあと、半年たらずの大阪で見事に優勝した坂本直子選手を外せるのか。そのいずれの場合でも、ふたりを落とす説得力のある理由は、見つからなかった。
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「五輪で勝てる人を」というのは、あくまで希望、願望の世界の話であり、「勝てる」と請け合える人はいないだろう。昨日の代表選考は、公表されているルール、基準のもとでは順当と言えるのではないだろうか。
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しかし同時に、アテネへの道を断たれた高橋選手の無念さも、どれほどかと思った。そもそも、マラソンを始めるきっかけになったのが、5000メートルに出場した97年の世界選手権のアテネ大会だったという。「マラソン発祥の地で、自分がマラソンを始めたいなと思ったアテネで、最後の締めというか、区切りの最後に持っていけたら」と、昨秋語っていた。
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4 y2 r" \# U9 O4 B, a% D- c 8月の22日、五輪のマラソンの出走地点・マラトンには、その姿は無い。しかし多くの人が思い起こすに違いない。日本の女子陸上選手で初めて五輪の頂点に立ったシドニーの瞬間を、軽やかで厳しいあの走りを、ひとなつっこい笑みを。
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これまでの比類のない活躍に改めて拍手を送りながら、Qちゃんの前に、新しい道が開けることを祈りたい。
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8 c5 t0 J% k# I6 Q- c) w6 ?: U* J& i03月17日+ a5 M: Q) O2 l% n% |
- C) c: a; G W& L7 Y" N 雨のマドリードの街を、テロに抗議する人々が埋め尽くす光景をテレビで見ながら思った。200人の犠牲者を出した列車同時爆破テロへの怒りは果たしてどこへ向かうのか。12日のデモや集会には全国で1100万人が参加したというから、並大抵ではない。 1 f0 Z( U, G& |& B( B
: g$ m/ \/ I+ H9 z9 X 14日の総選挙で、投票所に向かう与党幹部らに「人殺し」「うそつき」といった罵声(ばせい)が飛んだという。事件直後、十分な根拠もなくテロを武装集団「バスク祖国と自由」(ETA)のせいにしようとした政府・与党へと怒りは転じていったようだ。
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劇的な政権交代だった。イラク戦争を「正義に反した違法な戦争」として批判した社会労働党が、米英を支持してイラクに軍隊を派遣した与党に代わって第一党になった。予想をくつがえす結果だった。社会労働党を率いるのは43歳の法律家サパテロ氏である。
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' w+ F( L- P5 I0 y4 n: E, _ 祖父がスペイン内戦で共和国側で戦い、フランコ勢力によって処刑されたと伝えられている。彼の左翼理想主義を形作る原点だという。30年代の内戦からフランコ独裁へと辛酸をなめてきた人々には、まだ記憶に生々しい歴史だ。
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スペイン内戦を舞台にした小説『誰がために鐘は鳴る』を書いたヘミングウェーも共和国側で戦った。彼は「死者たちはスペインの土になった。そしてスペインの土が死ぬことはない」といって戦死者たちを悼み、遺志が引き継がれることを願った。 ( [9 m7 A! z5 ]- {9 ^& m
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サパテロ氏も遺志を継ぐひとりかもしれない。選挙期間中、「私の原則の第一は『汝(なんじ)、殺すなかれ』だ」と訴えた。イラク戦争に向ける目は厳しい。 |
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