|
发表于 2004-3-23 23:00:00
|
显示全部楼层
03月23日 T- Z/ u) R! d$ A
) T8 i7 Z) o0 c' i& {) L. {( T, I 人間が恭しく敬称で呼ぶ昆虫はあまり例がないだろう。お蚕さまである。虫からつややかな絹糸が生まれる不思議さが敬称にも込められる。絹糸はまた富の源でもあり、敬意を払われてきた。 , T9 p G9 `8 u4 T7 b
9 o6 y& C& y- r+ `
かつては日本の主要な輸出品でもあった。しかし化学繊維の登場によって、傾いていく。約50年前にはまだ80万戸を数えていた養蚕農家が減少を続け、いまでは3千戸を切った。風前のともしびとも見える。ところが蚕は、新しい舞台で脚光を浴び始めた。
" f# a( g6 y7 C2 }$ t+ J
% D, H9 U, J2 ?8 G 絹糸の元になるまゆは人体になじみやすいたんぱく質でできている。細菌やカビの増殖を防ぎ、紫外線を通さないなどの性質もあるようだ。素材として利用価値が大きい。そのたんぱく質を使ってすでに化粧品などが実用化されている。
# c+ P" ~9 O- W) F3 X. d6 G9 p' d8 Q) X
蚕の遺伝子解明にも日本は力を注ぐ。先月には、世界に先がけてカイコゲノムを80%解読したとの研究成果が発表された。こちらの方は、医薬品や農薬の開発につながるらしい。昆虫テクノロジーといわれる最先端分野で蚕は主役を演じている。 1 a6 f W8 }: b2 Z) D$ k
( U5 Q7 n- v4 U. i9 r 何千年も人間に尽くしてきた蚕はもはや野生に戻ることはできない。同じ長いつきあいの蜜蜂などとは違って、自力で餌を手に入れることはできないし、逃亡能力もない。人間に危害を与える恐れもない。しかもまゆづくりという特殊技能を持つ。研究材料として、最適ともいえるおとなしい昆虫だ。
4 V0 ^' _& N4 o4 k. k9 L" v3 h( e; M: a5 n
卵から幼虫へ、そして何度も脱皮を繰り返し、やがて糸を吐いて自分を包み込む。その一生で生命の神秘を教えてくれる蚕が、生命科学の発展にも献身している。 $ p% x. n+ K3 b% r
0 F( I- Q- ^% @( M' I
* W2 X* s8 d# n1 X03月24日
- v, y" u9 D4 F7 s4 C. e Q8 t/ P% G9 m2 ~- L5 M2 _
. h8 U9 s8 Q7 l# |# S
「彼をやっつけた」。イスラエル軍によるイスラム過激派ハマスの精神的指導者ヤシン師殺害について、イスラエルのメディアはそう伝えた。米軍がイラクのフセイン元大統領を捕まえたときと同じ言い回しだ。
& ?* Z1 v. K0 C6 B8 A: {2 K+ `8 m7 g4 E7 k& j
英国のストロー外相が殺害を「違法で、受け入れられない」と非難しても、イスラエル側は「英国もフセイン大統領を暗殺しようとしたではないか」と反論する。あなたたちと同じように対テロ戦争をしているだけ、と開き直られると米英政府も返す言葉に困るだろう。 ' [$ Q8 Q, C9 w7 S# `' e
$ K) t. O. W3 ~0 K
どう見ても事態を極端に悪化させる暗殺である。イスラエル政府内でも閣僚2人が反対したそうだ。国民はどう思っているのだろうか。「わが国の状況は超現実的だ」とみるのは、数少ない平和活動家の一人ウリ・アブネリさんだ。
/ P$ \; U8 p9 A( e* Q; h7 R& {6 }6 v. c8 o
「多くの人々は戦争や自爆テロ、暗殺にうんざりし、解決のためには代償を払っていいと思っている。世論調査ではいつもそうだったのに、政府に代わって本気で代案を出そうとする政治勢力がいない」。最近のホームページでそう記す。スペインで起きた政権交代が米英でもイスラエルでも起きるべきだ、とも。 + P5 H+ P; |' b; O
* V; H3 z i! U( z& e$ I1 b 雑誌を発行していたアブネリさん自身、何度も暗殺の危機に遭遇した。「公肖螖偿圣螗些`1」と名指しされ、イスラエルの秘密警察につけねらわれたという。しかし訴え続ける。「占領者である私たちが主導してパレスチナとの和平を進めるべきだ」
+ l- P; L- u' e" z
9 ?* h; w& K. U! c1 q ヤシン師殺害については「犯罪より悪い。愚かな限り」と英紙に語り、解決不能な宗教戦争に陥ることを危惧(きぐ)する。
0 x- l( ?8 D4 I( g) E
+ L3 [! g- E& ^3 z' Q8 Z8 U4 \, X6 J# f; Q h# S# R: q
03月25日
; |' r4 k7 ^; L2 n+ D# f( i5 M. {2 n2 S, {# P
0 A9 q0 l& `$ D2 q! F' ~' F 自転車に仱盲匹供`パーへ買い物に行くような気さくな人だったそうだ。先週亡くなったオランダのユリアナ前女王である。ほぼ1世紀を生きた彼女の死は、変転を重ねたあの国の歴史へと思いを誘う。
c* b9 }8 r( g( P8 g' B& X( {, n( S4 {1 O' _" ^+ G+ O
母のウィルヘルミナ女王は、ナチス・ドイツの侵攻で英国に亡命した。アムステルダムの隠れ家で日記を書き続けたユダヤ人少女アンネ・フランクも、英国からのオランダ女王のラジオ演説に耳を傾けた。44年5月44日には「敬愛する女王様」がラジオで「帰国したあかつきには」「急速な解放」という言葉をつかったと期待を込めて書きとめている(『アンネの日記』文芸春秋)。 " w2 O- w M/ T1 Y0 G+ I, X
& V: V; p* s9 O# v
オランダは様々な顔を持つ国だ。風車、チューリップ、吆婴趣い盲匡L物、世界の海に雄飛する中での日本との長い交流の歴史もあれば、レンブラントからゴッホに至る美術の伝統もある。哲学者のスピノザもいた。
' T& `4 ]7 i( x' }" f" l- V4 M+ @( y( @6 g V3 C$ E
暗い呙虬凳兢工毪韦ⅴ铹`グナーのオペラで知られる「さまよえるオランダ人」だろう。神を呪ったため、永遠の航海を科せられた幽霊船伝説である。強国に囲まれ、覇権の波にもまれてさまよってきた地でもあった。 ( x( ]# b; s/ _! Q- u* Y$ c
& B6 Y+ F, Q: R- `2 C1 J
迫害の中にありながらアンネは「わたしはオランダ人を愛します。この国を愛します」とたびたび書き記した。ナチス時代は別にして、古くから亡命者や難民を受け入れてきた開かれた国だとの思いが強い。 - z t: o; H% x, U. f5 q
* D+ a0 E' R. R% Y' J. V! Z
イラクへ軍隊を派遣したいまの政府は、難民規制への動きなども見せているようだ。「開放的で寛容」という良き伝統を大事にしてほしい、と遠くから思う。 |
|