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楼主: Jennifer

[经验方法] 連載《天声人語》想看中文版请去看1590楼最新公告

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发表于 2006-1-8 20:48:14 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月04日(水曜日)付
0 C5 {9 ^4 i/ V% a* R/ h0 {5 j9 ]& g0 \今日から仕事始めの人も多いことだろう。ひっそりとした通りにゲタの音が響く三が日も悪くなかったが、街や職場に活気が戻るのはうれしい。戻ってきてほしくないのは交通渋滞と排ガスだが、車の動きも本格化する。6 b4 m0 v1 [5 F0 |2 [8 v1 [; w

6 E3 {! e: `% ~- W8 D& Z 昨日、車が絡んだ記事が目にとまった。昨年1年間の全国の交通事故の死者数が、7千人を下回ったという。1956年、昭和31年以来というから、ほぼ半世紀ぶりだ。( f0 B  W! a3 W6 e+ v

  {/ x' P2 L2 j; r' C 「交通戦争」といわれた70年前後には年々1万数千人が死亡していたから、おおむね半減したことになる。罰則の強化や、警察、消防、地域の人たちが力を尽くしてきたことの効果が表れてきたのだろうか。しかし減ったとはいえ、昨年は6871人もの命が失われた。その家族や周囲の人たちの悲嘆は、はかりしれない。負傷者も100万人を大きく上回って、約115万6千人にのぼっている。! n3 r& H7 |! D' v

3 k+ ?% [/ T4 H" u; I8 m% i4 R 運転者が、「凶器」を操っているという自覚を持って交通ルールを厳しく守るのは当然だ。その上で、人が常に車に襲われかねないような今の道や街を、そうならない形に変えてゆけないものだろうか。4 M; C; j9 F4 }4 K! ?" G; y

  d* h/ l# e% t 例えば、市街地では、歩道の無い道路は原則として人と自転車の専用にする。行き場を失った車をどうするのかは、地域の意向を尊重しつつ知恵を絞る。そのくらいの発想の転換を試みる時ではないか。, R2 m  h0 `0 ^) l$ k
' `+ M$ F: [# W2 q+ a" \7 P: u+ `2 ~; U
 政府は、年間の死者5千人以下を目標に掲げているという。死者の数値目標とは、やはりかなしい。「ひとりでも減らし、減らし続ける」を掲げて、人と車との新しい関係を探ってゆきたい。
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发表于 2006-1-8 20:49:04 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月05日(木曜日)付
3 V( m1 q/ X3 @7 Y) \2 d' m1 k手元に届いた年賀状の多くには、戌(いぬ)の字や犬の姿が様々にあしらわれていた。その中で、前の戌年よりも目についたのは、愛犬の写真を印刷したものだった。生後16年、14歳などの添え書きもあり、この長寿・高齢の世を飼い主と共に歩んでいるさまが浮かんだ。
6 g3 [7 j1 K* v9 L4 O0 N9 x0 F. ^$ d
 人間とのつきあいが長い生き物だ。民俗学者の南方熊楠が、大正の頃に、こんな寿命にまつわるルーマニアの伝説を記している。
; j  w9 f  v! g  l' q
* M7 h; c+ L0 R 天の神が生き物たちを召集し、その寿命と暮らし方とを定めたという。人間は、世界の王として君臨し30歳と決められたが、短いと不満をもった。次に、常に重荷を負って50歳と宣告されたロバが、「どうか20年差し引いていただきたい」と言うのを聞いた人間が、その20年をもらい受けた。
# J  W2 o* t$ j- y, d& S: D9 b4 h/ X
 次に犬が呼ばれた。主人である人間の家や財産を守って40年と聞いて震え上がり、半分にして下さいというので、また人間がそれをもらう。さらには、60歳とされたサルの半分も得て、人の寿命は100歳と決まった(『日本の名随筆』作品社)。
( \% n4 [! m" L0 }0 D
2 E  S" I+ [- @7 C8 u この伝説には、人間は、ロバや犬たちの寿命をもらった分、その動物の苦労も背負ったとも記されている。あたっているかどうかはともかく、とりあえずは、友人たちと愛犬の健勝を祈った。
1 e9 l# v9 E: o% j7 {; v" A2 b- G7 L2 p" n/ D
 この前の戌年だった94年は、細川、羽田の両政権が倒れ、「自社さ」の村山政権ができた。政治の上では変化の多い年だったが今回はどうだろう。年が改まり、秋には首相が代わるとされているようだが、「犬が西向きゃ尾は東」ほどに当たり前にゆくのかどうか。
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发表于 2006-1-8 20:49:47 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月06日(金曜日)付
- P6 @  b5 h: \( D$ a! D0 S* l「三八(さんぱち)豪雪」と呼ばれる歴史的な雪害がある。昭和38年、1963年の1月、北陸など日本海側で記録的な大雪が降り続き、交通がマヒした。( D" l: d' t3 @; O7 b/ q( b8 M- b

  n6 _. J) k: Y) r4 d7 H 当時、金沢大学の教官だった作家、古井由吉さんは、雪下ろしでの「際限もない反復」作業を小説「雪の下の蟹」に書いている。「全身が快く汗ばんでいる。久しぶりのことだった。血行が健やかになってゆき、神経がやさしい獣のようにまどろんでいた」(筑摩現代文学大系)。, v0 E+ C5 }- l" h* i6 W8 Q

/ N* r# l  e8 Q1 t, N6 F- m 雪下ろしが「私」に解放感をもたらすという印象的な場面だが、現実の世界での作業は重く厳しい。時には人の命が失われるほどだ。暮れから日本列島の各地で、雪の記録が更新されている。106地点で、12月の積雪記録を書き換えたという。鹿児島は88年ぶりで、世界自然遺産に登録されている屋久島の縄文杉の枝が雪の重みで折れた。/ ~8 _6 r! I' }. |% e" O

3 G1 }3 j1 H$ R1 v1 G+ d# _ 寒さの方も記録的だ。12月の気温は、北日本と沖縄を除く各地で1946年に地域の平均気温の統計を取り始めてから最も低かった。
/ R6 A8 q2 [3 [- k6 U( I$ A. N9 f: {0 M; k* f2 U' {9 C7 [5 a
 この寒さが今後どうなるのかは分からない。しかし猛暑の夏と酷寒の冬が、これ以上幅を利かすようなら、日本のくっきりと分かれた四季が「二季」になりはしないだろうか。春と秋という穏やかな季節が、強烈な夏と冬にのみ込まれなければいいのだが。
' P9 i1 w4 m4 X5 [0 s$ u
- j" |. {  y9 h) y) H( _4 h8 s( i この冬の大雪の影響は新聞社にも及んでいる。出来る限り、いつも通りに新聞をお届けしようと、原稿の締め切り時間を通常より繰り上げて、印刷や発送にかかっている。窓の外に雪はないが、雪の国を思いながら執筆する昨今だ。
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发表于 2006-1-8 20:50:40 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月07日(土曜日)付
$ V9 \( b  T- ~. X- s2 B長さが一定で改行のないこのコラムでは、句読点の置き方に制約がある。字数があふれて削るテンもあれば、半端な位置のマルに手を焼く日もある。句点も読点も、一筋縄ではいかない。1 V( j3 j" I# W7 z+ Q) W' ]6 K

3 _) @+ z3 |& K! s" u; Q どの道にも専門家はいるもので、たとえば群馬県高崎市の元高校教諭、大類(おおるい)雅敏さんは句読法を研究して40年になる。『句読点活用辞典』など著作も多い。同学の士が集まると「モーニング娘。」の「。」は是か非かなどと議論に花が咲くそうだ。4 P7 u! N! I4 j4 V# E* h9 w2 A; y
8 M/ U5 q2 F# W+ w
 大類さんによると、西洋ではプラトンの昔から句読法が盛んに研究されてきた。コンマ、ピリオド、セミコロンと種類も多い。日本では紫式部のころには文章に句読点がなかった。疑問符や感嘆符も江戸期の輸入品である。1 O4 \3 A& S- T4 L: U( R# G
7 @+ J/ I/ l4 \- B0 s& i
 大類さんが句読点にひかれたのは20代後半、権田直助という幕末の学者の著作に接してからだ。権田は神官にして医家で尊皇の志士でもあった。政治犯として幽閉された明治初年、句読研究に没頭し、「国文にもきちんとした句読法を確立せよ」と主張した。生家の跡が埼玉県毛呂山(もろやま)町にある。% \2 E6 U1 b9 J& ^  w
/ k2 ]8 R  v0 _5 {
 句読点といえば、福島県猪苗代町の野口英世記念館で見た、母シカ自筆の手紙が忘れがたい。「おまイの。しせ(出世)にわ。みなたまけました」。どうか帰国して下されと英世に訴える書状だが、実物を見ると、マルの一つひとつが字ほどに大きい。しかも行の隅でなく中央に置かれている。& }( U2 a5 {% P
* [4 d% p! O* L* f0 ~
 幼い頃に覚えた文字を思い出してつづった手紙だという。テンも兼ねた大きなマルが、母親の一途な思いを伝える。句読点の結晶を見る思いがした。
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发表于 2006-1-8 20:51:14 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月08日(日曜日)付5 u) z/ E- h; e) G$ t# n0 c( O
大雪にもかかわらず、この年末年始は、高速道路の混雑がひどくなかった。渋滞が昨冬より4割減り、長くても30キロほどだった。料金自動払いの車が増えたほか、多くの運転者がピークを避けたらしい。3 a' \/ ?* D- Y& R+ e
  H# W0 w6 U! r9 R
 中日本高速道路によると、これまで最長の渋滞は1995年暮れ、名神と東名にまたがった154キロである。帰省ラッシュに雪が重なり、琵琶湖の東から浜名湖の西まで延々とつながった。バブル景気のころは東北道や九州道でも、進まない車列が100キロに及んだ。
4 ~4 t5 X! \. b9 C& m
! X, v4 n- }9 p" q! s4 b さかのぼれば、自動車などなかった紀元前から、渋滞は都市を悩ませてきた。首都大学東京の大口敬・准教授らの研究では、ローマ帝国は馬車の渋滞に苦慮している。一時カエサルは日中に都心へ乗り入れることを禁止した。その分、夜間の交通量が増え、哲学者キケロは夜の馬車騒音を嘆いた。5 U5 R  Q5 o3 {  x& }. m3 e0 F

  R4 A) m. Y6 C/ P 水の都ベネチアでは、ゴンドラの渋滞が問題になった。水路の混雑や事故を減らすため、政府は16世紀、ゴンドラの大きさや形を定めた。車検制度と同じ考え方である。
' M9 m% s! w$ ~1 j9 g
( y3 s8 @/ n% z/ c* w/ W& C' Y. v6 U 石油危機の1970年代、米国では2人以上が乗る車専用の車線が設けられた。相乗りで朝夕の渋滞を緩和する狙いだが、意外に不評だった。車は個人の足と信じる人たちが、同乗を嫌ったようだ。\
2 l" h) o( w# o/ s* C8 ^. i$ C9 B9 t: @
 渋滞を防ぐため、日本の学界では、高速道路を乗り入れ予約制にしたらどうかという研究も進んでいる。限度に達したら乗り入れを止める。「道路網が整い、100キロ級の渋滞はもう起きない」という楽観論も聞くが、渋滞解消の努力はたゆみなく続けてほしい。
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 楼主| 发表于 2006-1-12 13:54:54 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月09日(月曜日)付( ]& d/ y; U& R
6 N4 P& V1 M' ?7 V( t7 x
山下寿明さんは自力では起き上がれない。言葉を話すこともできない。食べものは、おなかに小さな穴をあけて直接胃に入れている。
$ R; t. \8 }- [7 ^# f2 O* O# P
0 A; S. E. A2 E2 b9 s% e 東京都世田谷区にある重症心身障害児の通所施設「あけぼの学園」でも今週、成人式が開かれる。今年お祝いする2人のうち、1人が山下さんだ。この20年間に、山下さんは知的な成長を確実にしてきた。だれも教えていないのに、テレビを見たいときにはテレビに視線を向けて声を出すようになった。ビデオが終わりそうになると、声を出して家族を呼ぶ。
5 [+ E+ I6 z6 `5 T! G
" U& K2 }1 @1 U4 j' E 初めて会う人には、ニコッと笑顔を見せる。そのあと、家族に向かって、頭を上下に動かし、目をパチパチさせる。「よその人にちゃんと気を使ったよ」という合図だ。0 N' d: _0 X- L1 I( v$ b
  z. C5 V5 `. r1 G4 {
 その一方で、からだはしだいに動きにくくなっている。おさないころは腹ばいや背ばいで移動していたのに、いまはできない。たんがつまりやすいのも心配だ。母親の絹子さんは「ここまで生きてくれたことに感謝しています。育てることは大変ですが、私の生きがいになっています」と語る。0 V$ {( B! ^" B3 A( H8 x. u6 h6 ]4 d9 _/ `
! V- H* R# b. o' @6 r2 o
 やはり、あけぼの学園に通っている岩城明子さんが成人式を迎えたのは6年前だった。赤い晴れ着を着て、ちょっとはにかむ当時の写真を母親の節子さんに見せてもらった。節子さんは「あなたはもう大人なのよ、と声をかけると、にっこり笑って応えてくれた。本当に大人に見えました」と話す。1 Y2 T* J( ~# @! }

4 o- c1 d3 Y2 u; L% k7 l あけぼの学園の成人式では、話すことができない子どもに代わって、ともに歩んだ20年を親が語る。その言葉が毎年、積み重なっていく。
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 楼主| 发表于 2006-1-12 13:56:13 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月10日(火曜日)付 " P0 _7 C8 \+ p2 U

) B! e% B: t0 V. m
2 ?8 o" r; z5 @2 p$ [! k8 M旧約聖書のイザヤ書に、こんな一節がある。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見/死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」(新共同訳)。赤ちゃんがさらわれた仙台市の光ケ丘スペルマン病院の「光ケ丘」の由来だという。スペルマンは、1955年の病院創設に力を尽くした枢機卿の名前だ。# G2 h& @. v; m' F
* ~0 [9 s; _( P' {9 R! r$ U8 g
 「光ケ丘」には「苦しみを通して喜びを見い出すの意味がこめられています」と、病院のホームページにはある。幸いにして無事に戻ったが、小さな命が引きずり込まれた闇は深かった。
9 b- G6 l* Y  W) o" _, `3 u, C
& n  o$ [$ [- x0 b 身代金を要求した脅迫文は漢字カタカナ交じりで、手書きだったという。カタカナには、文に覆面を施すような不気味なところがある。ひらがなでは、どこかに日ごろの書き癖が出るとでも考えたのだろうか。5 d. |$ v+ h3 U+ P! P! j& }7 W
# p& P7 V0 q5 g) _1 V0 o4 o& q( h" b
 「何ニシロ 警察ノ臭イガスレバ スベテ中止」「赤チャンヲドンドン返セナクナッテ行ク」と冷酷に書く。一方で、「本当ニイイ赤チャンダト思イマス」などと揺さぶる。計画は周到に立てたつもりだろうが、やはり逃げ切れるものではなかった。4 H' w! d" ~; y' F5 _$ N$ P

7 b3 t; y' V0 T; b 病院の管理面では教訓を残した。無防備な多くの命を守る手だてが十分ではなかった。人の出入りを、より厳しくチェックする必要があるが、監視カメラだけでも、万一の時に犯人を速やかに追う手がかりになる。: ^& Y: t( s) d2 o. ?! U9 c& A
8 F, d) y; h0 y/ Z( ~, W& _
 事件が大きく報道された後に報道協定が結ばれた。取材や報道を控えるのはメディアの根幹にかかわるが、協定がなければ結果は違っていたのかも知れない。生後10日余りの命が、50時間の闇を抜けて、両親のあたたかい光に包まれた。
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 楼主| 发表于 2006-1-12 13:57:17 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月11日(水曜日)付
0 X( _  E, x0 j, \9 A) J6 h. I. d! T4 U8 {
きのう1月10日は「110番の日」だった。各地で、それにちなむ行事もあっただろうが、110番通報を巡って残念なことが報じられた。7人もの犠牲者が出た長崎県大村市のグループホーム「やすらぎの里さくら館」の火事で、2分間の「空白」があり、消防の出動が遅れたという。
) |- @% s: m6 n/ f' [# Z3 `5 x+ n" Q2 V$ Z  k% s  g
 ホームからの火災の一報は、8日午前2時25分ごろ、県警本部に110番通報で入った。県警からの連絡で大村署が大村消防署に電話した。消防署側の説明では、受けた消防士は再確認を求め、いったん電話を切ったという。2分後に警察から電話を受け、34分に消防隊が出動した。- j5 Y: c. w' Y+ T* n+ q) Z0 U
" A4 @. H; }% s1 q* h: [. O
 消防署側では「1分1秒を争う状況では、あってはならないこと。大変申し訳ない」と話している。2分で、あるいは誰かを救えたかも知れないと思うと、やりきれない。この2日前に、消防署に「市内のホテルで火災」との虚偽通報があったというが、痛恨の足踏みとなった。2 ]0 ~* H% y' H3 W
7 C9 ~' Q2 ]: C4 D3 i0 @' ~: Z
 この火事は高齢社会で急増するグループホームのもろい一面も浮かび上がらせた。「これまではケアの質ばかりを考え、防災は二の次だった」。長崎県内で三つの施設を運営する認知症高齢者グループホーム協議会長の渡辺登さんの言葉が重い。
( E$ R# K) u4 N! d" Z8 N. {
, w2 Q5 X" Y: F 高齢者の施設で働く介護職員の一番のストレスは「夜勤時の不安」という介護労働安定センターのアンケートもあった。火を出さないことが基本だが、素早く火を感知する手だても整える必要があるだろう。
$ `8 ]% [1 |  ]/ B6 F
5 A5 g9 f  ]- b! u" ~( r 110番と119番は、いざという時の「いのちの回線」だ。一時(いっとき)も途切れないでほしい。
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 楼主| 发表于 2006-1-12 13:58:07 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月12日(木曜日)付
4 Q; x% {4 D: W" m# D" h% q, q+ @" s! c) C/ n8 F
行ったことはないが、いつかは訪ねてみたい。信越国境にある秋山郷も、そんな旅ごころを誘う場所の一つだろう。平家の落人伝説の残るその地が、豪雪で孤立している。; Q. B$ B% E- E, Y5 Y
" {8 V0 r* K5 |3 w' W
 「秋山には古(いにしへ)の風俗おのづから残れりと聞(きき)しゆゑ一度は尋(たづね)ばやとおもひ居りしに……米味噌醤油鰹節茶蝋燭(らふそく)までをも用意して……」。新潟の文人、鈴木牧之が秋山郷を訪ねたのは、江戸後期のことだった。この『北越雪譜』(岩波文庫)には、心引かれた地へ旅立つ思いや現地での見聞が記されている。
1 s$ e* i2 Q5 V( B$ O; S  I  o: P/ l3 Y+ K) {
 牧之が秋山郷への旅で著した別の一冊『秋山記行』(東洋文庫)には、当時の集落を描いた絵が載っている。見ているうちに、先日見た一枚の写真が絵に重なってきた。それは、雪で孤立状態になった秋山郷を上空から撮影したものだった。
3 c8 G( P& \1 c* w- K
5 C* }' n' ~4 p 絵の方では、かやぶきの家がわずかに点在している。写真の方の家は大きく数も多い。しかし厚い雪がその家々の屋根を覆っているので、昔の秋山郷のたたずまいがよみがえったかのように見えた。/ x1 v9 s" t3 Z, B: l1 R
% y* k7 i9 ]; i# o! Y4 t9 u5 A  j8 \
 やはり江戸の後期に書かれた『信濃奇勝録』が、当時の人々の様子を伝えている。争ったり怒ったりすることなく、質朴で「太古の人の如し まことに世外の一世界なり」
7 U9 {, z) n) T2 l, @5 y
2 T  J" Z- k9 s: I& R0 ?" P 冬場には道が閉ざされてきた秋山郷は、隔絶の地であればこそ、うつろわない暮らしや文化を伝えてきた。しかし今では、人々の暮らしは周囲と行き来することで成り立っている。地上の道は閉ざされたが、牧之の時代には思い及ばなかった空の道も使って、一世界と世界とをつなぎ続けたい。
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 楼主| 发表于 2006-1-16 18:33:00 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月13日(金曜日)付
6 p! n& X6 i: }+ N9 w
: B, Y& L3 B6 S! A/ Z宮沢賢治がよく通ったという岩手県水沢市の旧緯度観測所の古い本館が、解体の直前に一転して保存される方向となった。代表作「銀河鉄道の夜」の構想を育んだとも考えられている建物だ。保存を訴える全国の賢治ファンの声を受けて、水沢市では市有にする方針という。
# o, v/ M* X! z9 J5 B) Q) F  g& D# e; ~. R  u( K$ J
 今の国立天文台水沢観測所の敷地内にある木造2階建ての旧本館は、1921年、大正10年に建築された。その年に、賢治は現在の花巻市の農学校に教諭として赴任した。それ以後、地球の自転軸のふらつきなどを調べる観測所に、しばしばでかけた。  L- d/ E4 O; |( k* Q, Z

* B% ]: S0 Q) k" } 「その前の日はあの水沢の臨時緯度観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ」。童話「風の又三郎」の原型とされる「風野又三郎」の一節だ。詩「晴天恣意」の下書きの一つには「水沢緯度観測所にて」という副題が記されている。
$ [2 m0 h% n* X
( K- F! D4 _3 N$ M& V 先日の夜、その旧本館を訪ねた。小さな望楼付きの洋風の建物は、雪明かりの中で、大きな黒い影のように立っていた。半月が浮かび、星はあまり見えない。\
9 z7 v2 B/ Q' e1 Q* t5 l
. E& f6 a* A& J* L% U. p 「銀河鉄道の夜」の初稿ができたのは、観測所に通っていた24年ごろだった。22年には愛する妹トシが亡くなっている。それまでそこに居た人が永遠に居なくなる。その深い悲しみが、少年ジョバンニが友のカンパネルラを失う物語に投影しているように思われる。& ?! S* h  _' t7 ]

5 S/ {* Z% e$ z1 c! \: }2 r  a 旧本館に近づくと、ガラス窓の奥に小さな赤い電球の明かりが見えた。闇の中の一点の光。それは、「銀河鉄道」が掲げるともしびのように、ぽうっと静かに息づいていた。
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 楼主| 发表于 2006-1-16 18:33:54 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月14日(土曜日)付   r" r- @) t+ K0 r/ ]* t
# Z9 h* o7 \" M" e

8 |% w* f; I5 _  e% _東洋大が募集し、約5万8千首が寄せられた「現代学生百人一首」の入選作を読む。三十一文字をつづりながら、自分や周りや世界を見つめている姿が目の前に浮かんでくる。1 q0 c) L8 h% y/ Z2 r& V# L
" y9 g2 c) f% A( o+ }5 t
 〈私って何なのかしらと問う鳥に貴方は貴方と言い放つ空〉中2・甲斐菜摘。〈未来というワケのわからぬ存在を私の形に切り抜いていく〉高3・武井怜。〈喜・哀・楽仮面の上に描くたび己の顔をうしなう道化師(ピエロ)〉中3・増田菜穂子。
* n) K  \- a( s& A- l3 c3 q/ \+ H4 z0 p# v' a  G) R* l
 学びの中の一瞬をうたう。〈図書館の窓よりトンボ迷い込み草野心平に留まり、また飛ぶ〉高3・佐々木勇翔(ゆうと)。〈暴れだす牛の鼻環(はなかん)必死でつかむ感覚頼りの胃汁の採取〉高3・福島麻衣。, ~0 O; b$ O9 v2 G5 c

& {4 Y0 j1 I/ K1 J" X6 J7 t% j% j 家族へのまなざしがある。〈花型のにんじん入りの弁当が昨夜の喧嘩を反省させる〉高1・代島千沙都。〈病室で流した涙の理由はね痛みじゃなくて母のぬくもり〉高2・高橋麻未。戦後60年がたった。〈祖母が言う戦地に向かう祖父の背を涙こらえて送った日のこと〉高2・富樫拓也。選外佳作からも一首。〈悲劇の日、忘れられない60年止まったままの11時2分〉高2・女子。$ l' S4 A& b  h0 ]+ `

4 n) v2 z3 ~  i0 d 人と人のさまざまなつながりがある。〈こんなにも明るく晴れた天気でもみんなケータイうつむきかげん〉高1・山崎純平。〈なずなですあつかいにくい子なのですけれどわたしはあいしてるのです〉中2・福山なずな。! w/ o3 _! h( z/ m' G% `
/ l/ b  V4 m' L1 M3 r
 若い感性に力強さが宿る。〈刈られても刈られた分だけまたのびる芝のあおさに力みなぎる〉中2・鈴木奏慧(かなえ)。〈人生のブランコたまにはバックする大きく前へこぎ出すために〉高1・田中結。
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 楼主| 发表于 2006-1-16 18:34:57 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月15日(日曜日)付
" F- r& E, @; ^0 {/ Q/ z5 E
% X# e& \- Y8 ^) c/ y
' y- p6 o5 g' i9 n5 Z$ X( p/ t苦手な英語を長時間聞き続けていると、きまって集中力がとぎれる瞬間が訪れる。慌てて耳を引っ張ったり指で掃除したりするが、もう遅い。話の筋に追いつくのは至難のわざである。
$ I' r* q$ I% e; d4 @7 V+ M# {
4 ~6 h# F2 E* G/ l' V) v) B 外国語学習者が例外なく体験することのようだ。感覚としては車の燃料切れに近い。在米中に同じ思いをした作家村上春樹さんは、その自覚症状を「ウルトラマンの電池切れ」と描写している(『やがて哀しき外国語』講談社)。
1 X, D$ _* ^/ i5 p  N* L! O( J) G) w! \. y( D% M4 J& B" i
 今年から大学入試センター試験に英語の聞き取りが登場する。長年の読解偏重批判にこたえた措置だ。50万人もの受験生が、一斉に同じ再生装置を耳につけ、30分間聴覚をとぎすます。ためしに市販の模擬テストCDを聞いてみたが、会話はかなり早口で、思ったより手ごわい印象だ。
' U0 T: u7 I1 G8 N, [% S
8 S( B  I3 Y) u4 W* g 試験中に騒音でもしたら受験生は集中できない。いくつかの大学に尋ねると、「試験日は音量を控えて」と近隣にお願いしたそうだ。たとえば普天間飛行場に近い琉球大学は、ヘリコプターや軍用機が試験日に会場上空を飛ばないよう、防衛施設局を通じて米軍に申し入れた。
* |; |* `& l. D' `( V' F1 C' v+ c3 w2 g( O" L& n
 首都大学東京は、キャンパス周辺の大型商業施設や映画館に音響を抑えるよう要請した。どこも快諾してくれて、当日はジャズ演奏や大道芸が中止になるそうだ。
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 本番中に問題を聞き直すことはできない。勝負は一度きりだ。思わぬ騒音で気が散り、「電池切れ」を起こす受験生がいないとも限らない。せっかくの勉強の日々が悔し涙で終わらぬよう、今度の土曜の夕方、会場近くの方々はどうかくれぐれもお静かに。
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 楼主| 发表于 2006-1-16 18:36:32 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年01月16日(月曜日)付 . g8 u- p& N, v% ~

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, Q- |: }2 O8 ^) d" E朝晩めっきり冷え込む季節は体調を崩しやすい。ちょっと風邪気味かなと思った先日、ホームセンターの家庭用品売り場で、子ども時代に使っていた湯たんぽと再会した。# _6 A  T2 t* l7 ^9 o' A) ~
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 カメの甲羅のようなブリキ製のあれである。昭和30年代には、今のような軽くて暖かい寝具は出回っていなかったから、湯たんぽは欠かせなかった。ただし栓が小さいので熱湯を入れるのは難しい。毎晩母に入れてもらっていた。ネルの袋も母の手作りだった。2 l, Q, z; G) ^/ ]! P2 u1 ?$ `# h

1 B+ {8 c* }' ^# R 作家の故向田邦子さんも回想している。「湯タンポは翌朝までホカホカとあたたかかった。自分の湯タンポを持って洗面所にゆき、祖母に栓をあけてもらい、なまぬるいそのお湯で顔を洗うのである」(『父の詫(わ)び状(じょう)』)。湯たんぽの周りでは、時間がゆっくり流れていた。5 g. k+ P! `: W, ]+ i
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 もともとは中国伝来である。清代の小説『紅楼夢』にも登場するという。日本でも元禄期には使われていたらしい。かつては陶製だったが、昭和初期から金属製が普及した。高度成長期に広まったガスや電気の暖房器具に追われて、ほとんど姿を消していたものの、今また注目されている。' u- o+ r# v3 M  `
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 店頭には、ゴム製やプラスチック製も並ぶ。湯たんぽは空気を乾燥させないので、肌にやさしい。電気の消し忘れもない。こうした様々な効用が見直されている理由だろう。7 V( F: O, Q' W: h6 o' ]& X

. ^) I" ]! i7 l/ Z 湯たんぽという名前も、とても温かそうだ。「たんぽ」とは、器をたたいたときの音から来たという説と、中国語で湯たんぽを意味する「湯婆」の唐音が語源だが、それが忘れられて、「湯(ゆ)」が付け加えられたという説がある。
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发表于 2006-2-12 21:44:08 | 显示全部楼层
天声人语(1月17日)-「歩く」 * o& P$ J/ g4 Z* G: b3 ]
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1996年の1月17日に出版された『瓦礫(がれき)の下の小説』(集英社)を開く。その1年前の阪神大震災で亡くなった重松克洋さんが書きためていた小説と詩を編んだ遺稿集である。
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& Z! k3 `9 ~: q9 f/ x当時20歳で関西学院大2年だった重松さんは、西宮市内のアパート「若葉荘」の1階に住んでいた。地震でアパートが崩れ、その下敷きになる。後日、友人たちが瓦礫の中から泥だらけの原稿用紙約200枚をみつけた。; o" {% R; h4 d* y
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「俺達は、神様に踊らされているんだよ……明日のために、一時的な幸せを与えられて、人は生きさせられてるんだよ」「小さな幸せの中にいることが、本当の幸せなんだよ。難しく考えなくてもいい」。小説「時の輪」では「時の輪から抜け出したいんだ」という言葉を残して自殺する友人とのこんなやりとりが描かれる。人の生に、正面から向き合おうとした軌跡のようだ。. T7 ?; ?( B0 z; s8 U9 Y

# G1 @/ H: p1 F 昨年の1月17日、神戸は雨だった。市内の追悼の会を取材した後「若葉荘」に向かった。関西学院大に近い住宅街のその場所は駐車場になっていた。敷地の一角に花が供えられ、手を合わせてしのぶ人たちがいた。
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$ U# v/ m/ ]3 H. j7 {: r 重松さんは高校時代に「歩く」という詩を書いた。「この道が続く限り/僕は歩き続けるだろう/たとえ道がなくなったとしても……なぜなら歩き続けることが自分の証明であり/歩き続ける限り僕は生きているからだ」
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' ~% O. o9 y: H5 T  h 今年も1月17日が巡って来た。あの日から11年の月日が流れた。しかし、亡くなった人たちは、今も、これからも、それぞれにつながる人々の中で生き続け、歩き続けてゆくだろう。
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发表于 2006-2-13 16:17:39 | 显示全部楼层
天声人语(1月18日)-天下取りの塔 ) M% S  ?6 b* i8 t* x* }
 六本木ヒルズは、東京の都心の坂の上にある。中心の森タワーは54階建てで、高さが238メートルある。肩をいからせた巨大な甲冑(かっちゅう)のような姿は、遠くからでも目に飛び込んでくる。その38階にあるライブドアを、東京地検が家宅捜索した。
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$ I, @9 F( K3 y6 ?* o8 r 強制捜査を受けたからといって、必ずしも罪を犯したと決まったわけではない。しかし、世間の注目を集め続けてきた企業に対する今回の捜索の陣容には、検察の意気込みの強さがうかがえる。3 V- p* n6 q2 O9 C1 z+ y5 I4 w+ T: m
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 容疑の一つとして「風説の流布」があげられた。相場を変動させたり、売買で利益を得たりする目的で意図的な情報を流すことは、証券取引法で禁じられている。ライブドアの関連会社が、企業の買収に絡んで偽りの事実を公表した疑いがあるという。  \5 n4 V5 I8 S/ \* F1 F

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7 I  F7 q9 R7 W% g' J7 `" U" q' b 堀江貴文社長は、ヒルズの38階に入居した理由について、東京タワーを見下ろせる唯一の場所だからと自著に書いている。「この絶景を毎日見られることを想像してみてほしい。地上をこの手で握りしめたような気になる。そして、ふつふつと熱いものがこみ上げてくる。『絶対に天下を取るぞ』と」(『プロ野球買います!』あ・うん)。
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 インターネットの関連企業の成長はめざましく、ライブドアは、その中心にいた。劇的に膨張してゆく過程で、利益の追求と資金集めに走るあまり、法を無視するようなことがあったのだろうか。3 a2 O1 n% }) u1 f# ?# X

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 家宅捜索は、夜を徹して行われた。それは、四方八方からの多くの目にもさらされていた。「天下取りの塔」で、何が起きていたのか。捜査の行方を見守りたい。
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