相手は取り合わないで、明智を抱えて、ぐんぐん家の中へ入って行きます。自然赤井もあとに従わぬわけにはいきません。
玄関の間には、また一人の屈強な男が、肩をいからして立ちはだかっていましたが、一同を見ると、ニコニコしてうなずいてみせました。
ふすまを開いて、廊下へ出て、一番奥まった部屋へたどり着きましたが、妙な事に、そこはガランとした十畳の空部屋で、首領の姿はどこにも見えません。
乞食が何か、あごをしゃくって指図をしますと、美しい女の部下が、ツカツカと床の間に近寄り、床柱の裏に手をかけて、何かしました。
すると、どうでしょう。ガタンと、重々しい音がしたかと思うと、座敷の真ん中の畳が一枚、スーッと下へ落ちていって、あとに長方形の真っ暗な穴があいたではありませんか。
「さあ、ここの梯子段を降りるんだ。」
言われて、穴の中を覗きますと、いかにも立派な木の階段がついています。
ああ、なんという用心深さでしょう。表門の関所、玄関の関所、その二つを通り越しても、この畳のがんどう返しを知らぬものには、首領がどこにいるのやら、まったく見当もつかないわけです。
「何をぼんやりしているんだ。早く降りるんだよ。」
明智の体を三人がかりで抱えながら、一同が階段を降りきると、頭の上で、ギーッと音がして畳の穴はもとのとおり蓋をされてしまいました。実にゆきとどいた機械じかけではありませんか。
地下室におりても、まだそこが首領の部屋ではありません。薄暗い電燈の光を頼りに、コンクリートの廊下を少し行くと、頑丈な鉄の扉が行く手を遮っているのです。
乞食に化けた男が、その扉を、妙な調子でトントントン、トントンと叩きました。すると、重い鉄の扉が内部から開かれて、パッと目を射る電燈の光、まずゆいばかりに飾り付けられた立派な洋室、その正面の大きな安楽イスに腰掛けて、ニコニコ笑っている三十歳ほどの洋服紳士が、二十面相その人でありました。これが素顔かどうかは分かりませんけれど、頭の毛をきれいに縮らせた、ひげのない好男子です。
「よくやった。よくやった。君たちの働きは忘れないよ。」
首領は、大敵明智小五郎を虜にしたことが、もう、嬉しくてたまらない様子です。無理もありません。明智さえ、こうして閉じ込めてしまえば、日本中に恐ろしい相手は一人もいなくなるわけですからね。
かわいそうな明智探偵は、ぐるぐる巻きに縛られたまま、そこの床の上に転がされました。赤井寅三は、転がしただけでは足りないと見えて、気を失っている明智の頭を、足で二度も三度も蹴飛ばしさえしました。
「ああ、君は、よくよくそいつに恨みがあるんだね。それでこそ僕の見方だ。だが、もうよしたまえ。敵はいたわるものだ、それに、この男は日本にたった一人しかいない名探偵なんだからね。そんなに乱暴にしないで、縄を解いて、そちらの長いすに寝かしてやりたまえ。」
さすがに首領二十面相は、虜をあつかうすべを知っていました。
そこで、部下たちは、命じられたとおり、縄を解いて、明智探偵を長いすに寝かせましたが、まだ薬が覚めぬのか、探偵はグッタリしたまま、正体もありません。
乞食に化けた男は、明智探偵誘拐のしだいと、赤井寅三を見方に引き入れた理由を、詳しく報告しました。
「ウン、よくやった。赤井君は、なかなか役に立ちそうな人物だ。それに、明智に深い恨みを持っているのが何より気にいったよ。」
二十面相は、名探偵を虜にした嬉しさに、何もかも上きげんです。 |