すみません、2007年07月31日の天声人語を漏れた。
5 T" V( v% A+ V& ~. bこれからコピーされていただきます。+ u* I, X- L& V- ^
( e: [ E' P: D( p' u2007年07月31日(火曜日)付' o* F7 e# X% y @+ Z
' i% f( w: j; r9 p0 lきのう75歳で亡くなった小田実(まこと)さんは、存在感のあふれる作家だった。行動派で知られ、60年代には「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」の顔となって奔走した。一つの時代が過ぎたと感じる人も多いだろう。: v/ f0 X: H* P
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ともにベ平連をつくった哲学者の鶴見俊輔さんは、小田さんをよく知らないまま運動に呼び込んだ。「たまたま拾ったビンから煙がもくもく出てきて、アラジンのランプみたいに巨人が現れた」と出会いを回想する。並はずれた実行力で運動を広げていった。6 R8 ?3 m# Y/ @: D6 j4 A
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根底にあったのは大阪空襲の体験だ。爆弾の中を必死で逃げた。ふるえながら防空壕(ごう)をはい出し、黒こげの死体を片付けたという。だから米軍の北爆の写真を見たとき、煙の下で起きていることが手に取るように分かった。「される側」の視点である。
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若い頃、世界を歩いて『何でも見てやろう』を書いた。印象深いくだりがある。ユースホステルで徴兵制が話題になった。小田さんが「日本はそんな野蛮な制度はとっくの昔にかなぐり捨てた」と言うと、様々な国籍の若者の目が輝いたそうだ。そうした体験が、憲法9条への思いにつながっていく。3 Y0 b/ \0 W2 X
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末期がんの病床でも、いまの日本の空気を「戦前のようだ」と憂えていた。家族によれば、ここ1カ月はあまり話せなくなっていた。だが、「政治が本当にひどいときは市民は動くもんだ」と何度も口にしたという。( L H0 m$ u( }* b- l1 h, Z: o
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市民派として、「市民」への信頼を貫いた生涯だった。永眠は奇(く)しくも、その市民が安倍政権に厳しい審判を突きつけた夜だった。 |