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发表于 2012-6-13 20:32:58
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トンチ系
* |" {6 ?* E9 w G' M K名字には、一休さんのトンチ問題のようなものがいくつかあります。これらはおそらく、元々あった名字にあとから違う漢字をあてることになり、当時の人が考え出してものでしょう。: _$ W' z8 u2 |5 b8 F+ {# H5 e
* `, L ]$ S; O5 \% q+ ^( k* a) @; M E九% q! Q( F- R7 P2 d/ f4 @2 F8 g s
* N+ A) f2 V: G" n! z% U「九」一字で「く」と読むことから、これだけで「いちじく」と読みます。一桁数字の名字には、「一」「三」「六」「九」の4通りが実在しますが、その中でももっともユニークな読み方です。由来などは不明。
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" b0 O* s, s0 O5 k( O @; _6 S小鳥遊% u' S& \2 [8 i& K% q
- z7 B7 D' k' D: V, |" w「小鳥」が「遊ぶ」という名字。小鳥は弱いため、ゆっくりと遊ぶことができない。しかし鷹のような強い鳥がいなければ、安心して遊ぶことができるたろう、ということで、この名字は「たかなし」と読みます。トンチ系の名字としては分かりやすいことから方々で紹介されるので、みたことある人も多いのではないでしようか。おそらくもともとは「高梨」さんだったと思います。
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5 W$ A- |" M! i部田5 f; B$ [9 Z) m
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「ぶた」さんじゃないです。でも、知らない限り絶対に読めません。というより、「ぶた」以外、想像すらつきません。初対面で相手に呼びかける必要があったらどうしますか?。相手が女性だったら、口が裂けてもいえませんよね。この名字の秘密を解く鍵は「服部」さんにあります。「服部」も充分難読なのですが、これは誰でも「はっとり」と読めます。「服部=はっとり」ならば、「部=とり」だろう、と考えた人がいるのです。ですから、「部田」で「とりた」となります。この系統には、「日下=くさか」から生まれた「日馬=くさま」などがあります。 0 y7 J/ Y z$ d
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) I% R* j: j$ T8 u5 g. j臥龍岡4 L9 H8 J3 F! n0 t9 G0 ]# |
( `6 k. s9 W# V$ E; G0 _「龍」が「臥」せている「岡」。龍とはいうまでもなく、中国の想像上の動物。この龍が地面に寝ていたらどんな感じでしょうか。おそらく、長~く地面が丘のように盛り上がっているように見えるに違いないです。だから、「臥龍岡」と書いて「ながおか」と読みます。本来の名字は「長岡」さんだったんでしょうね。
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O: W8 k6 p* H/ A2 `9 b$ `0 M% D: t8 U" \' v; Y+ B% ]
月見里1 Y q$ e" r: V& `( B
4 t' u5 T8 ^8 r N( O月を見るには山がない方がよく見える。だから、「月見里」と書いて「やまなし」と読みます。静岡市の旧清水地区と、千葉県の松戸市付近の名字で、清水には「月見里神社/やまなしじんじゃ」という神社もあります。なお、漢字通りに「つきみさと」と読むこともあります。こちらも元々は「山梨」さんだったのではないでしょうか。 ' I, M1 L2 F# v1 c
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: i" q3 |9 {; `5 N: y, q鶏冠井3 _, W1 y) ?9 d+ r/ G
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ニワトリの冠といえば「トサカ」のことです。このトサカ、何かに似ていると思いませんか。真っ赤なトサカは、紅葉したカエデの形に似ています。そこで、「鶏冠」を「カエデ」と読ませます。京都府には「鶏冠井」という地名があり、室町時代にはここをルーツとする鶏冠井一族がいたことが知られています。本来は「かえでい」だったと思うのですが、いつの間にか末尾の「い」がなくなり、今では「かえで」と読んでいます。
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' H6 ]# k' B0 h7 f: r( ^: l8 O十$ G# N ^' a) K" t& T
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一見、漢数字の「十」に見えますが、本当は漢数字の「十」ではありません。実は、「木」という漢字の両側の払いがなくなっているものです(ここでは漢数字の「十」で代用しています)。読み方には「もげき」とも「もぎき」とも言われていましたが、「もぎき」が正しいようです。その理由は、「木の払いをもいだ形だから」ということに由来します。漢数字の「十」は縦棒は先を止めますが、「木」という漢字は行書では縦棒の先をはねます。ですから、「もぎき」さんも正しくは縦棒の先をはねるのだそうです。
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/ v% e. N9 h, f9 T) z% s1 d, F7 K/ f伝説系
5 }7 H: M' ^2 ^6 d R. Q名字の由来として伝説が伝わっているものです。
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1 l4 j; W& w6 x5 ^; e5 ^肥満 ひまん, `9 I' ~9 o; E
' q! A0 k8 c4 x. _かつて、ある村で村人が旅のお坊さんを家に泊めました。すると、お坊さんはお礼として石をくれたそうです。この石、なぜかどんどん肥え太るように大きくなっていったのですが、それと同時に村も栄えるようになったとか。あとで聞くと、実はその旅のお坊さんとは有名な弘法大師だったので、村人は、この石にあやかって名字を「肥満」にしたという言い伝えが残っています。全国各地に伝わる“弘法大師伝説”の一つなのですが、「石が大きくなる」→「肥満」という飛躍がなんともすごいところです。その背景には、中世以前では「太っている=裕福」という概念が一般的にあったのだと思います。 8 W! v2 ^3 Q2 @. s; _6 w; I/ ~
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薬袋 みない+ j" q' ~# G4 n3 G8 y
+ m' @" U& N( M: f( }1 T5 rこの名字には伝説がいくつかあって、どれが正しい伝説なのかよくわかりません。基本的に武田信玄の支配下にあった村のことで、薬の袋が関係している(当たり前だが)というのは一致しています。最も一般的なのは、武田信玄は薬の袋を落とした時、これを届けでた村人に、信玄が「中を見たか」と聞くと「見ない」と答えた、というものです。ここから、「薬袋」で「みない」と読むようになったとか。別の伝説では、長寿村のため、誰も薬すら飲まず、「薬袋をみない」から名字になったといいます。実際、山梨県には有名な長寿村もあり、もっともらしい説です。この発展型の名字として「御薬袋/みない」というのもあります。こちらは漢字で、「武田信玄の薬袋だ」と主張しているようです。 : m! ~9 ?. |" I# i% ?
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( y& \& @% L) R, C舌 ぜつ5 V1 B E+ y* R, ]. V- V% e2 A
Y5 K. V7 D! b+ _; I京都の貴船神社に神様が降臨した際、牛鬼というおしゃべりな神が、他言無用の天上の秘密をしゃべってしまい、舌を八つ裂きにされて追放されたといいます。牛鬼は、その後貴船に戻り、自ら戒める意味で「舌」を名字として、貴船神社の神官になったと伝えています。 7 _% |6 ~- j6 j7 i! Y
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5 `$ n" \/ A+ u玉虫 たまむし
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この名字に伝わる伝説はすごいです。越後国で戦に敗れた武士が自刃しようとしたとき、一人の老人が現れて命を助けられたそうです。その後、その老人が玉虫に変化して去って行ったことから、以後玉虫を名字にした、と伝えられています。この老人はいったい何者だったのでしょうか。 / {! H% _" y) s# x- P; S
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変えちゃった系
) h) l" g- U) I" ]0 _8 U- N0 ?元々は違う名字だったものを意識的に変えた、という名字です。! F y. @: z8 T& L
q6 h- z% i( v' |. a3 I東京 とうきょう
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+ h; j! q- W5 E! ^# _都道府県名と同じ名字は、北海道・愛媛・沖縄を除いてすべて実在します。この3つが実在しない理由はも戸籍制度ができたあとの地名だからです。戸籍に登録したあとの地名はもう名字にしようがありません。ですから、北海道の地名の多くは名字には存在しません。微妙なのが明治初期にできた地名で、戸籍とどちらが先だったか、ということになります。「東京」という地名もこの時期に出来たものですが、名字には「東京」さんが実在します。もともとは「江戸」さんだったのですが、戸籍登録する際に、「江戸が東京に変ったのだから、自分の名字も江戸ではなく東京で登録した」ということらしいです。従って、東京家は東京じゃないところにあります(全国1世帯とか)。
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華表 とりい
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「とりい」さんと言えば、普通は「鳥居」と書きます。鳥居とはいうまでもなく、神社の入口にあるもので、日本独特のものです。しかし、中国にも似たようなものがあり、これが鳥居のルーツだという人もいるようです。この中国のものを「華表」といいます。そこから、「鳥居」さんの一部が「華表」と漢字を変えたようです。博学のご先祖がいたんですね。ここからさらに変化した「花表/とりい」という名字もあります。
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, u- L8 ?8 T- q& Z2 p鼻毛 はなげ
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: u* r/ r$ b5 n9 ?( I7 S2 i; P- jよく話題になる名字です。鼻毛家によると、もともとは「髭」という名字だったそうです。ところが、先祖(幕末あたりの頃の人らしい)が、「髭」という名字がいやで「鼻毛」に変えた、といわれているそうです。そこまで「髭」を嫌がった理由も何かあったんでしょうが、残念ながらわかりません。 r8 G2 E! b% I. r" R
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古い言葉系3 a# M7 l9 i5 ?7 h0 d# j. m% p
名字が生まれた当時は普通の言葉だったのに、というものもあります。8 S [" ?% _% p! `
. C1 w7 W9 l l9 \. ]+ q8 Z1 c馬締 まじめ9 N* ?- m$ e# ~: L- |7 s( w9 d- t2 Y
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かつて、宿場では旅人が泊るだけではなく、馬の中継もしていました。この場所は一般的には「問屋場」というのですが、「馬締」ともいったことから生まれた名字です。略して「馬〆」とも書き、三重県や大分県、福岡県などにあります。
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唐桶 からおけ3 M* H5 ?% e+ H1 l& W& `' @
' j: L+ I# o- f「唐」とは言うまでもなく中国のこと。ですから、「唐桶」というのは中国の桶、或いは中国風の桶のことでしょう。こうした桶を作っていたか、販売していた人が名字にしたものだと思います。別におもしろい名字でもなんでもなかったのですが、カラオケが普及したことで一躍おもしろい名字になってしまいました。島根県の出雲地方から鳥取県西部にかけてあります。
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郷右近 ごうこん1 o& T' e$ X$ {- S+ \% ^* v( `
9 W( c; N( f6 J3 S1 d「唐桶」と似たようなパターンの名字です。この名字はかなり古く、戦国時代から宮城県には郷右近氏がいたことが知られています。「郷」とは地方の村のこと、「右近」は役職ですが、「郷」家と「右近」家が合体してできた名字ではないでしょうか。本来の読み方は「ごううこん」ですが、発音しづらいこともあり、一般的には「ごうこん」と呼ばれ、現在では「ごうこん」を正しい読み方としている家もあります。まさか「合コン」という言葉ができるとは思わなかったでしょうね。 # ~2 p0 d- h) R: ~& K: S1 f
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! k! Q7 i) O! r0 V一円 いちえん
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この一円とは、お金の単位ではありません。「このあたり一円」なとどいう時の「一円」です。もともと滋賀県に一円という地名があり、ここをルーツとする一円氏がありました。一族はのちに高知県に移り、戦国時代の城主に一円氏がいたことが知られています。一円が珍しい名字となったのは、明治になってお金の単位が「両」や「文」から、「円」や「銭」になった時からです。それでも、当時の一円は大金で、むしろうらやましい名字だったかもしれません。しかし、お金の勝ちがどんどん下がってきて、とうとう最低の金額になり、一円さんも珍しい名字の仲間入りをしてしまいました。
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傘 からかさ" b; k: G6 |- w5 ?
- d/ K; d: }6 V/ t) H( s$ k「傘」という名字があり、「からかさ」と読みます。なぜでしょうか。「かさ」には「笠」と「傘」という2つの漢字がありますが、実はこの2つは違うものなのです。「笠」は古代から日本にあるもので、頭に直接乗せるものです。一方、中国から伝わった手に持つものは「傘」の漢字を使いました。中国(唐=から)から来たカサなので、「傘」を「からかさ」と読んでいるのです。
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; r) Q! V) d$ a f- Dもらった系# W, R3 q! L" K: ?* ?
殿さまや偉い人から名字をもらったというものです。6 A# }/ Y2 |, ~' t+ U5 |! j; d
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日本 にっぽん5 R. F9 Z: h/ {
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江戸時代、小幡善作という船乗りが殿様を船に乗せました。その時、殿様から天候を聞かれたのですが、「日本晴れになる」と予測して見事当たったのでした。これに感心した殿様から「これからは日本を名字にしろ」といわれたそうです。江戸時代って、船乗りでも名字があるんですよね。まぁ、殿様を乗せるくらいですから、それなりの人なんでしょうけど。
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風呂 ふろ" e: p2 c9 \/ U( ^& o9 I @
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「風呂」という名字は実は各地にそこそこあります。今と違って、昔は家に風呂がある、というのは贅沢だったのです。そうした風呂家のうち、岩手県遠野市の風呂家にはすごい由来があります。というのも、頼朝に追われている源義経に風呂を貸したところ、義経から「風呂」という名字をもらったというのです。ただ、この話の問題は、遠野は義経主従が打ち取られた平泉よりもさらに北にあり、義経はそこまでたどり着いていないということなのです。
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小粥 おかい/こがゆ
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% p8 E# r& h5 N静岡県浜松市には「小粥」という名字がけっこうたくさんあります。この名字は徳川家康からもらった名字です。徳川家康は若いころ、武田信玄の前に木っ端みじんに敗れたことがあります。ほうほうのていで逃げた来た家康は、ある家でお粥をごちそうになりました。ほっと一息ついた家康は家の主人に「小粥」という名字を送りました。今では、「こがゆ」か「おかい」と読むことが多いですが、本来の「おかゆ」を名乗っている家もあるようです。なお、小粥家では家紋も、お椀に箸を一膳乗せた形であるといいます。 7 E7 `6 y, K% F ?. N: Q
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