【悪霊がホントにいっぱい!】
小野不由美
プロローグ
もしも、あなたの家に幽霊《ゆうれい》が出るとする。
やっぱりあなたは困《こま》るよねぇ。気味は悪いし、幽霊が出たりするといろいろと不都合《ふつごう》なこともあるもんね。
あなたは、とうぜん、なんとかしたいと思う。
どうする?
あたしに言わせるなら、あなたは山手線《やまのてせん》に仱毪伽¥猡筏猡ⅳ胜郡瑬|京《とうきょう》の人間じゃないんだったら、まず東京駅だか上野《うえの》駅だかに行かなきゃならないけどね。
山手線に仱盲郡闇i谷《しぶや》で降りる。べつに半蔵門《はんぞうもん》線でも銀座《ぎんざ》線でも、東横《とうよこ》線でも、井《い》の頭《かしら》線でもかまわない。とにかく渋谷に行けばいい。着《つ》いたら、かの有名なハチ公前へ。そしてあたりの優《やさ》しそうな人をとっつかまえて、「道玄坂《どうげんざか》はどこですか」と聞こう。
道玄坂がわかったら、坂をのぼる。しばらく歩くとレンガ色のアンティークなビルが見えるはず。一階が広場みたいになったビルだよ。
――あったね?
ビルに着いたら、噴水《ふんすい》のわきのエスカレーターで二階へあがる。一階にある喫茶店やブティックに眼をくれてはいけない。なかなかオシャレなお店ばかりで、つい入りたい気分になっちゃうけど。
二階に着いたらあたりを見まわしてみよう。ブルーグレーのドアが見えたかな?
そのドアには上品な模様いりのすりガラスがはまってて、そこに金色の繊細な字体で「SPR」というロゴがはいっている。その下に同じく金色で、「Shibuya Psychic Research」とあるはず。
まっすぐドアをめざそう。
え、喫茶店じゃないのかって? とんでもない、喫茶店じゃないよ。喫茶店では、幽霊に困っているあなたの役にはたたないもんね。
それに、喫茶店とまちがえて飛びこむと、冷たい扱いを受けることになっている。場合によっては、「英語が読めないんですか?」とイヤミを言われることもある。
「Shibuya Psychic Research」。――すなわち、「渋谷サイキックリサーチ」。
わかる?
「サイキック・リサーチ」は「心霊現象の調査」。「渋谷サイキック・リサーチ」というのは、渋谷にある心霊現象の調査事務所、ということなのね。所長が渋谷という名字だから、ひょっとしたら、渋谷さんちの心霊現象調査事務所、という意味なのかもしんない。まぁ、どちらにしても、要はよく電柱に張ってあるやつよ。
『憑《つ》きもの、幽霊《ゆうれい》、よろず相談申し受けます』
幽霊を追い払ったり、憑きものを退治したりするやつ。
さて、あとは勇気を出してドアを開《あ》けるだけ。
中は、広い上品なオフィスになっている。ふつうは、あたしがお客を出迎えるんだけど、そうでない場合もあるよ。あたしはアルバイトだから、常にいるというわけじゃないの。
あたしがいないときは、背が高くて痩《や》せててアイソのない男の人が迎えてくれる。その彼さえいなくて、誰《だれ》も出迎えてくれないことも、たまにはある。そういう時はたいがい、正面の応接セットに、そーぜつに顔のいい男のコがふんぞりかえっている。年は十六、七。若いからといって、彼をアルバイトとまちがえることだけは、ぜったいにしちゃだめだぞ。彼はおそろしくプライドが高いので、そういうまちがいを犯した人間を断固として許さないのだ。
なんたって彼は、天上天下唯我独尊《ゆいがどくそん》的ナルシスト。略してナルちゃん。
ナルの機嫌《きげん》そこなわなければ、あなたは安心して相談ができる。きっと彼は、あなたの悩みを解決してくれることだろう。
……気が向けば。
「渋谷サイなんとかというのは、ここでいいのよね?」
ドアを開けてはいってきたのは、みなりのいいお金持ちっぽいご婦人だった。
あたしはこの日バイトの日で、しかも休憩時間中でもなく、すなわちオフィスにいたので、オバサンはあたしに出迎えてもらえた。
「はい。ご相談ですか?」
あたしは営業用の笑顔をつくる。彼女の眼はしかし、立ち上がったあたしを素通りして、この日はたまたまソファーで本を読んでいたナルのほうに向いた。
「ちょっと、ぼうや」
……知らないということは危険なことだ。オバサン、そいつに向かって「ぼうや」なんて言うのはやめたほうがいいぞ、あぶないから。虎《とら》に向かって「タマ」と呼ぶがごとし。
あたしは、
「失礼ですが、どんなご用件ですか?」
ていねいな声とさわやかな笑顔で聞いてやったのに、オバサンはチラッと視線を投げただけであたしを無視した。
……ほほう。
あたしを無視したまま、ツカツカとナルによって、
「ちょっと、ぼうや、この事務所のひと?」
ナルは振り向かない。「ぼうや」と呼ばれて振り向くはずがない。
あたしはけなげにも、オバサンに優しく声をかける。
「あの、失礼ですけど」
オバサンは、またも無視。
……いいかげんにしろよっ! いい年をして礼儀も知らんのか、こいつっ!
「あの、ご用件でしたら、わたしがうけたまわりますが」
怒鳴《どな》ってやりたいが、そこはガマン。あたしは、丁寧《ていねい》な声で聞く。オバサンはあたしを振りかえって無遠慮《ぶえんりょ》な眼でジロジロ見た。そうしてフンと鼻で笑う。
……こ、こいつーっ。
それからナルに、
「ちょっと、ぼうや、わたしはお客なのよ!」
「お客……?」
ナルのどこか投げやりな冷たい声。視線を本に落としたまま。
「そうよ。返事くらいしたらどう? カンジ悪いわねぇ」
……どっちが?
ナルはそっけない声を出す。
「おひきとりを」
「――なによ、わたしは客だと言ってるでしょ?」
「最低限の礼儀も知らないような下品な客の依頼を受けるほど、仕事に困《こま》っていませんから」
……えらい。よく言った。
真っ赤になるオバサンの顔。
「失礼な……日 責任者を出しなさい! ひとこと言ってやるからっ!」
……けっ。おろかものめ。
ナルがスラリと立ち上がって、オバサンのほうにむきなおる。冷たいまなざし。それだけでどんな人間をも黙らせる威圧感がある。漆钉筏盲长筏误姢绕狳の眼、上から下まで氦幛伪摔稀⒚烂病钉婴埭Α筏螑櫮Г恧撙郡い恰