【悪霊になりたくない!】
小野不由美
プロローグ
東京、渋谷《しぶや》、道玄坂《どうげんざか》。
オフィスの窓際で、あたしはゾーキンを持ったまま手を止めた。
窓の下の並木は桜。白い花がちらほら咲き始めている。
「早いなぁ……」
思わずつぶやくと、後ろから問いかけられた。
「なにが?」
声をかけてきたのは職場の同僚。いかにも春らしく白いブラウスに白いカーディガンの彼女は、腕まくりをして床《ゆか》にモップをかけている。
「一年。あたしがここにバイトにくるようになって、もうすぐ一年なんだよね」
「へぇぇ」
感心したように言った彼女の名前は高橋優子《たかはしゆうこ》。略してタカ。都内某女子高校の最上級生になったばかり。
対するあたしは谷山麻衣《たにやままい》。めでたくこの春、都内某私立高校の二年生になった。
そしてここは『渋谷サイキック・リサーチ』、そのオフィス。幽霊《ゆうれい》や超能力や、そんな不可思議《ふかしぎ》な現象を調査する事務所。
「よく一年も続けたよなぁ。こんな変なバイト」
お仕事の内容が内容なので、幽霊に会うなんてしょっちゅうなわけで。バイトにくる前は人魂《ひとだま》でさえ見たことのなかったあたしとしては、格段の進歩。なんたって、最近じゃ怪談ぐらいじゃビビリもしない。ホラー映画なんか見ても、幽霊がリアルじゃないとか、ウンチクをたれるしまつだもんな。
「しかも、上司がアレで。うーん、我ながらえらいわ。あたしってば人間できてる」
所長は渋谷一也《しぶやかずや》。現在弱冠《じゃっかん》十七歳。こーんな一等地のオシャレなビルで、高級そうな事務所なんか構《かま》えてくれちゃう男の子。心霊現象の調査だとか言って、幽霊や超能力を相手に科学技術なんかをふりまわしてくれちゃって。秘密主義で性格が悪くて、くやしいことに才能があって顔がよくて。おシャカさまも裸足《はだし》で逃げ出すナルシスト。人呼んで「秘密のナルちゃん」。
タカは悪戯《いたずら》っぽく笑う。
「所長がアレだから、続いたんでしょ?」
……あう。
「そっか。一年なのかぁ。一年の間にちょっとはすすんだ?」
「なにが」
「ふたりのナカ」
「おタカさん、そいつは言わない約束でしょ」
「そうだったかねぇ。あたしゃ最近、とんと物覚えが悪くて……」
「ふっ。もう老人ボケか」
「言ったな」
「言ったとも」
あたしの返答に、タカはモップを構え、腰に手をあてて強気のポーズ。
「年長者をバカにすると痛い目を見るぞぉ」
そう宣言するなり、あたしの側《そば》に駆《か》け寄ってきた。ガラスをみがくのに開いていた窓から身を仱瓿訾筏啤