第1回 重要な会計方針を知っておこう-その1-
“将来、より大きな利益をあげそうな会社はないだろうか”“持っている銘柄は今後利益を伸ばすだろうか。それとも業績が低下する心配はないだろうか”有価証券報告書は投資家がこのような疑問を解決するうえで最も基礎的な情報を提供するものであり、まさにそのような目的のために法律によって作成が義務づけられているものです。
投資を考えるために有価証券報告書を利用する場合、会社の財務内容を知ることが最も重要なことです。このシリーズでは有価証券報告書から会社の財務諸表、連結財務諸表を読むうえで、ぜひ知っておきたい事項のいくつかを解説していきます。
有価証券報告書の「第5 経理の状況」には直前2期分の会社の決算期末の財政状態を示す貸借対照表、事業年度を通じての業績を示す損益計算書、利益の処分方法を示す利益処分計算書及びそれらの附属明細表、以上を総称して財務諸表と呼ばれるものと、それらを補足する情報が記載されています。
会社が行ういろいろな取引を記録して報告するため財務諸表を作成する作業を会計と言います。会計には誰が読んでもわかるように、そして昨年と今年と、あるいは他の会社との比較ができるように、一定の、もしくはいくつかのものから選択できるルールが定められています。いったん選択したルールはみだりに変更することはできません。
いくつかの方法の中から一つを選択したものが、その会社の「重要な会計方針」として、財務諸表の注記事項の初めに必ずまとめて記載されます。財務諸表を読む時にはこの会社が選択した「重要な会計方針」を知っておかないと、直接比較できないものを比較したり、隠れているリスクを見落としたりしてしまうことにもなります。
「重要な会計方針」には次のようなものがあります。
(1)有価証券の評価基準及び評価方法
(2)棚卸資産の評価基準及び評価方法
(3)固定資産の減価償却方法
(4)繰延資産の処理方法
(5)外貨建資産及び負債の本邦通貨への換算基準
(6)引当金の計上基準
(7)収益及び費用の計上基準
「重要な会計方針」はいったん決めたら絶対に変更できないというものでもありません。周囲の情勢が変わったり、製品そのもの、製品の製造方法や販売方法が変わったりすると、会計方法も変えないと財政状態や経営成績を正しく表せなくなることもあります。
以下、「重要な会計方針」の代表的なもののいくつかについて注意すべきことを説明しましょう。
(1)有価証券の評価基準及び評価方法
会社は短期的な資産哂盲韦郡幛渌位嵘绀蛑浃筏郡辍ⅳ蓼郡祥L期的な投資目的で株式、国債、社債等の有価証券を保有します。有価証券のうち、流通市場で取引されているものは価格が変動します。また、市場取引は行われていなくても、特に株式の場合はその会社の財政状態、経営成績が悪化すると実質的価値が低下することがあります。
市場性のある有価証券(上場もしくは店頭登録銘柄)の評価基準は原価基準と低価基準のどちらかが選択できます。
原価基準(原価法)というのは、購入した価額のままで評価し、市場価格が変動しても評価額は変えないという基準です。したがって原価基準をとっていれば取得価額より値上がりすれば含み益が、値下がりすると含み損が発生することになります。ただし、著しく価値が下落した場合は原価基準をとっていても、実質的価値まで評価の切り下げを行わなければなりません。
低価基準(低価法)というのは、取得価額より値下がりした場合にのみ、期末の市価にまで評価額を下げるという方法です。評価は銘柄毎に行われ、値上がりしている銘柄は原価のままで評価されますから、低価法をとっている限りは含み益は発生することはあっても含み損はないことになります。
同じ銘柄を何度にも分けて買った場合、例えばある銘柄を100円で買ったものを1,000株と、110円で買ったもの1,000株の合計2,000株持っていたとした場合、購入の都度合計の価額を平均して、105円とする評価方法を移動平均法といいます。有価証券の評価方法はこの移動平均法が最も一般的ですが、同じ銘柄でも買った時の値段で区別して管理する個別法という評価方法を採用する会社もまれにはあります。
例えば、上の例で、その後1,000株を110円で売ったとすると、移動平均法で評価している場合、5,000円の利益が出ますが、個別法では10,000円の利益が出る場合と全く利益が出ない場合とが生ずることになります。
原価法をとっている場合、会社の保有している有価証券の合計で含み損になっているのか、含み益があるのかはわかりません。また、低価法をとっていても含み益がどの位あるのかもわかりません。
そのような疑問に答えるため、最近、有価証券報告書の「経理の状況」の一番最後に「有価証券の時価情報」という項目が設けられました。ここでは保有しているすべての市場性のある有価証券の期末現在の時価の合計額が、有価証券の種類毎に示されています。たとえある銘柄で評価損がでていても、別の銘柄でより大きな含み益があれば全体として損にはなっていないことがわかります。
有価証券は本来的にはリスクの高い(儲けも大きいが損をすることもある)資産なのですが、長期的に値上がりが続いているとそのリスクをつい忘れがちになります。貸借対照表によって、会社の持っている資産のどの位が有価証券なのかということもよく見ておきましょう。
(2)棚卸資産の評価基準及び評価方法
卸売や小売を行う商業の会社では、販売するために仕入れて店頭や倉庫に置いてある商品のことを棚卸資産と言います。製造業の場合は、製品の原材料や部分品として外部から購入したもの、製造して出荷する前の製品等が棚卸資産です。製品を完成するまでにいくつかの工程を通る時には、製造工程の途中にあって製造中のものを半製品もしくは仕掛品と言い、これも棚卸資産に入ります。また、工場で使う燃料なども貯蔵品といって棚卸資産に含まれます。
棚卸資産は購入価額で評価されるのが原則ですが、なかには有価証券と同じように市場で取引相場が立っていて、購入した価額より値下がりすることもあるし、ファッション性が高い商品の場合、時間がたつと価値が下がって予定した値段では売れなくなることもあります。
一例として、外国から原料大豆を輸入して、油を絞って販売する会社のことを考えてみましょう。輸入大豆を船で輸送中に大豆の相場が低落し、製品である油の方が先に値下がりしてしまうということも起こります。輸送中に決算期を迎えた場合、船の中にある大豆の価額を時価にまで評価減しておかないと翌期に損失を繰り越すことにもなります。
このような場合に備えて棚卸資産の評価基準にも低価基準を採用することができます。低価基準をとる場合、その時価はどのようなものを採用したらよいかということが問題になります。製品や半製品、仕掛品の場合は期末現在で販売可能な価額ということになりますが、原材料や仕入商品の場合は期末現在で同種のものを仕入れることのできる価額が使われることが多いようです。
商品は仕入れて倉庫に入れ、販売する時順次出荷します。仕入も出荷も随時行われます。原材料も必要なときに何回にも分けて購入される一方、毎日生産工程に投入されます。これらの出し入れを記録して売上原価または製造原価の金額を決定する方法が棚卸資産の評価方法です。
評価方法には先入先出法、後入先出法、移動平均法、総平均法の他、百貨店や量販店で用いられる売価還元法等いろいろなものがありますが、品物の性質、価格変動の違いによりふさわしい方法がとられているかどうか、よく見ておかねばなりません。
[next]
第2回 重要な会計方針を知っておこう-その2-
このシリーズでは財務諸表を読むうえで、ぜひ知っておきたい事項を解説しています。
第1回では、会社が行う取引を記録して財務諸表をつくる作業を会計と言い、その会計にあたっては、会社が選択したひとつのルールを「重要な会計方針」として、財務諸表の注記事項のはじめに記載しなくてはならない、ということを説明しました。さらに、「重要な会計方針」の代表的なものとして、(1)有価証券の評価基準及び評価方法、(2)棚卸資産の評価基準及び評価方法について解説しました。引き続き、「重要な会計方針」のなかから主なものを取り上げます。
(3)固定資産の減価償却方法
会社は商品の生産や販売をするために長い間継続して使う目的で資産(固定資産)を取得します。大きいものは工場、機械やビル、航空会社では旅客機のようなものです。固定資産は長く使用しているうちに壊れて使えなくなったり、更新しなければ目的通りに使えなくなります。工場の機械や装置も原材料と同じように製品を作るために使われるのですから、使用している間はそれらを買うために支払った金額を毎期製造原価の一部として、適切な方法で計上する必要があります。このように固定資産の購入価額を毎期の費用に配分することを減価償却と言います。
毎期の減価償却額は固定資産の取得価額、耐用年数、耐用年数が終了した時の残りの価額と減価償却方法の4つの要素で計算されます。前の3要素は税法が定めている基準が用いられることが多いようです。まれに耐用年数や残存価額に会社独自の方法が採用されることもあります。
減価償却方法は他の方法が採用されることもありますが、ほとんどの会社が定率法か定額法を採用しています。
定率法とは毎期償却前の価額に一定の率をかけて償却額を計算する方法です。一定の率というのは耐用年数が終了した時に帳簿の価額が残存価額に等しくなるように計算された率です。定率法だと固定資産の使い初めの期間に償却負担が重くなり、段々費用計上額が少なくなります。したがって、耐用年数が終わらないうちに技術革新が起こって使っている設備が陳腐化したりした場合、定率法を使っていると、その設備を廃棄した時の臨時損失も比較的少なくてすみます。
定額法は使用期間中の償却額を毎年均等に計上する方法で、計算もしやすく毎期の費用も等額となりますが、途中で廃棄する時の損失は定率法を使っている場合と比べて大きくならざるを得ません。
定率法も定額法も設備の使用の度合いに関係なく、時間の経過によって費用として計上されますが、このほかに生産高比例法という方法がとられることも、まれにあります。
減価償却の目的の一つに設備投資資金の自己調達があります。毎期減価償却費として計上しても、その金額は社外に支払われるわけではなく、社内保留となりますから、資金は新しい設備の購入に使うことができます。
(4)収益及び費用の計上基準
商品を顧客に販売する取り決めをし、出荷する。その後で代金を回収して一連の販売行為が完結します。代金を手形でもらってきた時は、その手形が現金化されなければ販売行為は完了しません。
この中で会計のルール上は原則として、商品を出荷した時点で売上高を計上することとしています。店頭で代金と引き換えにお客様に商品を渡す時には、上の行為すべてがほとんど同時に行われますので、問題は何も起こりません。
海外旅行をする時、旅行者は前もって航空券を代金と引き換えに購入します。航空会社はたとえ代金をもらっても航空券を購入した旅行者が旅行を開始するか、または旅行を完了するまでは売上高を計上しません。この場合、航空会社は旅行前に受け取った代金を売上高を計上するまでは前受金として負債にしておきます。
これら二つの例は実現主義で売上高を計上したと言うことができます。それにひきかえ次の例は実現主義とはいえない特殊な収益の計上方法です。
建設会社は通常、工事が完成して発注者に引き渡した時(実現時)に完成工事高(売上高)を計上しますが、完成までに数年を要するような大きな工事を請負った場合、工事の進行度合いに応じて分割して完成工事高を計上することがあります。