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舞姬 森鸥外 (日文版)
时间:2007-03-15 01:10:30  来源:  作者:


官長はもと心のまゝに用ゐるべき器械をこそ作らんとしたりけめ。獨立の思想を懐きて、人なみならぬ面もちしたる男をいかてが喜ぷべき。危きは余が當時の地位なりけり。されどこれのみにては、なほ我地位を覆へすに足らざりけんを、日比伯林の留學生の中にて、或る勢力ある一群と余との間に、面自からぬ關係ありて、彼人々は余を猜疑し、又遂に余を讒誣するに至りぬ。されどこれとても其故なくてやは。
彼人々は余が倶に麥酒の杯をも擧げず、球突きの棒をも取らぬを、かたくななる心と慾を制する力とに歸して、且は嘲り且は嫉みたりけん。されどこは余を知らねぱなり。鳴呼、此故よしは、我身だに知らざりしを、怎でか人に知らるべき。わが心はかの合歡といぷ木の葉に似て、物燭れぱ縮みて避けんとす。我心は處女に似たり。余が幼き頃より長者の教を守りて、學の道をたどりしも、仕の道をあゆみしも、皆な勇氣ありて能くしたるにあらず、耐忍勉強の力と見えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、唯だ一條にたどりしのみ。餘所に心の亂れざりしは、外物を棄てゝ顧みぬ程の勇氣ありしにあらず、唯外物に恐れて自らわが手足を縛せしのみ。故郷を立ちいづる前にも、我が有爲の人物なることを疑はず、又我心の能く耐ヘんことをも深く信じたりき。鳴呼、彼も一時。舟の横濱を離るゝまては、天晴豪傑と思ひし身も、せきあへぬ涙に手巾を濡らしつるを我れ乍ら怪しと思ひしが、これぞなかなかに我本性なりける。此心は生れながらにやありけん、又早く父を失ひて母の手に育てられしによりてや生じけん。
彼人々の嘲るはさることなり。されど嫉むはおろかならずや。この弱くふぴんなる心を。
赤く自く面を塗りて、赫然たる色の衣を纏ひ、伽排店に坐して客を延く女を見ては、往きてこれに就がん勇氣なく、高き帽を戴き、眠鏡に鼻を挾ませて、普魯西にては貴族めきたる鼻音にて物言ふ「レエペマン」を見ては、往きてこれと遊ばん勇氣なし。此等の勇氣なければ、彼活溌な一る同鄕の人々と交らんやうもなし。この交際の疎きがために、彼人々は唯余を嘲り、余を嫉むのみならで、又余を猜疑することゝなりぬ。これぞ余が冤罪を身に負ひて、暫時の間に無量の艱難を閲し盡す媒なりける。

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