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【天声人语】04年9月25日 小泉八云
时间:2007-12-12 14:14:35  来源:本站原创|http://coffeejp.com/blog/index.php/27935/viewspace-3217  作者:华南虎

从正在举办残奥会的雅典往西约400公里,有一个名为勒夫卡达的小岛浮在爱奥尼亚海中。著有《怪谈》、《陌生日本的一瞥》的拉夫卡迪奥•赫恩(小泉八云),1850年,就生于此岛。

他的出生地名为为留卡迪阿。据说是“放浪”之意。他从母亲的祖国希腊到父亲的出生地爱尔兰,又遍历英、美、法属西印度群岛等地,于1890年来到日本。赫恩的人生旅程也很漫长。

他在松江、熊本执教之后又成为东大的英国文学讲师。据说赫恩的后任讲师夏目漱石曾对妻言,“小泉先生可谓是英国文学的泰斗,又是享誉全球的文豪,自己这样初出茅庐的书生来接他的教鞭,不可能上好课”。

赫恩于100年前的9月26日,因心肌梗塞而离开了人世。新宿区大久保小学的前面立着上写是他“終焉之地”的碑。昨天,我去了在那斜对面的八云纪念公园。

新宿区与勒夫卡达是友好城市,区内立有一座希腊政府赠送的赫恩半身像。像是面向西方摆放的。我回想起他妻子节子所著的《回忆录》中所列举的赫恩爱好的事物。晚霞、夏日、海、游泳、孤寂的墓地,等等,而在这些之前是“西”。

像前茂密的橄榄树树叶上,小灰蝶盘旋飞舞着。据说蝉、蚂蚁以及蝴蝶也是“赫恩最好的朋友”。

 

040925《天声人語》

   パラリンピックが開かれているアテネから西の方に約400キロ、レフカダはイオニア海に浮かぶ小さな島である。「怪談」や「知られぬ日本の面影」を著したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、1850年に、この島で生まれた。

 出生地はリュカディアと呼ばれていた。それは「放浪」を意味すると言われている(『小泉八雲事典』恒文社)。母の国ギリシャから、父の出身地アイルランド、さらに英、米、仏領西インド諸島などを経て、1890年には日本へ。ハーンの人生の旅も長かった。

 松江、熊本で教えた後に東大の英文学の講師となる。「小泉先生は英文学の泰斗でもあり、また文豪として世界に響いたえらい方であるのに、自分のやうな駆け出しの書生上りのものが、その後釜に据わつたところで、到底立派な講義ができるわけのものでもない」。ハーンの後任の講師となった夏目漱石が、妻にもらしたという。

 ハーンは100年前の9月26日、狭心症(きょうしんしょう)で他界した。新宿区立大久保小学校の前に「終焉(しゅうえん)の地」の碑がある。昨日、その筋向かいの八雲記念公園へ行ってみた。

新宿区とレフカダは友好都市になっており、ギリシャ政府から贈られたハーンの胸像がある。像は西の方を向いていた。妻節子が「思ひ出の記」であげていた、ハーンの好きだった物を思い浮かべた。夕焼け、夏、海、遊泳、淋しい墓地などの最初に「西」とあった。

像の近くに茂るオリーブの葉先にシジミチョウが舞っている。セミやアリやチョウもまた「パパの一番のお友達」だったという。


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