多くの国には国立の戦争博物館というものがある。その国が戦争をどう振り返っているかを知るには格好の素材だ。フランスはナポレオンの栄光を賛美し、韓国は朝鮮戦争の記憶が生々しい。
很多国家都有国立的战争博物馆。这是了解该国如何回顾战争的极好素材。法国以此赞美拿破仑荣耀,韩国则将朝鲜战争叙述的栩栩如生。
その中でも、90年近い歴史を持つロンドンの帝国戦争博物館は、展示の幅広さで圧巻だ。戦闘機や戦車の実物から戦争の原因、戦時下の市民生活まで、様々な角度から戦争というものの全体像を示そうとしている。
其中,有着近90年历史的伦敦帝国战争博物馆所展示的规模之大是出类拔萃的。从战斗机、坦克等实物一直到战争的起因、战时的市民生活,力求从各个不同的角度来展示战争的全貌。
四半世紀前に初めて訪れた時、日本がロシアのバルチック艦隊を破った日本海海戦(1905年)が図入りで展示してあった。「トラファルガー以来最も偉大な海戦」と説明にあった。かつての敵国なのにずいぶんフェアな扱いだと感心したり、いや当時は日英同盟があったから同盟国なのだと合点したりしたものだ。
四分之一世纪之前我第一次参观该博物馆时,馆内还配图展示了日本大败俄国波罗的海舰队的日本海海战(1905年)。说它是“特拉法加(注:特拉法尔加角:位于西班牙西南海岸的海角,在直布罗陀海峡西北。1805年由霍雷肖•纳尔逊海军上将率领的英国海军在特拉法尔加角击败了法国和西班牙联合舰队)以来最伟大的海战”。这种对于过去的敌国公平态度曾使我钦佩不已,可转念一想,海战当时日英同盟仍在,两国是同盟国,也就心领神会了。
第二次世界大戦終結50周年には、その展示が消えていた。日本軍の捕虜になった英軍兵士の過酷な呙颏长欷扦猡仍Vえるコーナーがあった。消え行く老兵をたたえるムードで英国中が包まれていた頃だ。
到了二战结束50周年时,该展览就不见了踪影。取而代之的,是控诉被日军俘虏的英国士兵所遭受的令人难以置信的残酷命运的一角。当时整个英国都包裹对越来越少的二战老兵的颂扬的氛围之中。
今年、久しぶりに訪れて目を引いたのは、戦争犯罪の常設展である。民肖罅颗皻ⅳ丹欷烤丧姗`ゴやルワンダなどの記録映像を上映していた。展示を通じて、その時代時代の関心や戦争をめぐる論争が浮かび上がる。
今年旧地重游时,战争犯罪的常设展台吸引住了我的视线。此外,还放映着前南斯拉夫以及卢旺达等地大批平民横遭屠杀的记录片。战争展览反映者不同时代的关注角度,并突现有关战争的争论。
英国が、次の世代にどんな歴史観を伝えようとしているかもよく分かる。熱心に見学する子供たちを見ながら、日本に国立の戦争博物館がないことの意味を考えた。歴史の中で戦争をどう位置づけるのか。その答えが出ていないということだろう。
由此,也可清楚地了解到,英国是将怎样历史观传授给下一代的。我望着津津有味地参观着博物馆的孩子们,心中思考着日本没有国立战争博物馆的含义。战争,该如何在历史中定位?想必这个问题尚未找到答案吧。