最近の言葉から。9・11の同時多発テロから5年たった。山口県下関市の中村佑(たすく)さんは、当時30歳だった息子匠也(たくや)さんを世界貿易センターで失った。「テロは絶対に許されないが、実行犯を憎みたくはない。憎しみが憎しみを呼び、テロや戦争が繰り返されてきた。そんな憎しみの連鎖に加わることになるから」
摘取一些最近的言论。9•11系列恐怖事件,已过去5年了。山口县下关市的中村佑先生的儿子匠也先生,当年30岁,在世界贸易中心内遇难身亡。“恐怖事件是绝对不能容忍的,但我不想仇恨这些凶犯。因为仇恨会招致仇恨,恐怖事件或战争就没完没了了。这样就会加剧仇恨的恶性循环”。
オウム事件裁判で、松本智津夫(麻原彰晃)被告の死刑が確定した。松本サリン事件の被害者、河野義行さんの妻澄子さんは今も意識が戻らない。「死んでいることと生きていることは全然違う。(松本被告への)憎悪より、妻が生きていることへの感謝。この方がはるかに大きい」と義行さん。
在对奥姆真理教的审判中,已判定松本智津夫(麻原彰晃)被告为死刑。松本莎林事件的受害者,河野义行先生的妻子澄子女士,至今神知不清。义行先生说:“活着和死了,完全是两回事。与其很他〈松本被告〉,不如感激妻子之生。因为这方面要重要的多”。
松本被告の四女が、オウム問題の報道で知られる江川紹子さんを後見人(こうけんにん)に就けるよう裁判所に申し立てた。江川さんは「後見人を引き受けることにはためらいはあった。しかし、償いの気持ちを助けてあげたいと思った」と述べた。
因报道奥姆真理教事件而为人所知的江川绍子女士,被法院认定为松本被告四女儿的监护人。江川女士说:“接受监护人一职,曾有过犹豫。可后来觉得应该维护她那种赎罪的心情”。
森光子さんが主演する舞台「放浪記」が通算1800回に達した。「ここまで、とても速かったようなポツポツと来たような、いろんな思いが交錯しています」とあいさつした。
森光子女士主演舞台剧《放浪记》,总共已达1800场。她说:“过去的一切,风风火火地都过得很快,现在想起来,真是百感交集”。
鹿児島県鹿屋市の牧多美さんは84歳の現役助産師で、1万人以上の赤ちゃんを取り上げてきた。昭和20年8月15日には防空壕(ごう)でお産に立ち会う。敗戦を知って思った。「子どもたちが未来をつくっていくんだ」
鹿儿岛县鹿屋市的牧多美女士84岁了,仍是一位现职的助产士,由她接生的婴儿超过了1万人。昭和20年的8月15日(注:即1945年8月15日,日本投降日)那天,她正在防空洞里接产。当她知道战败时,心想:“孩子们会创造未来的”。
主に福岡市で活動する「あすなろ五行歌会」の失語症の人たちが、五行歌の作品展を開いた。「帰ってきた/言葉に/一こずつ/キスして/あげたいくらい」
主要在福冈市一带活动的“罗汉松五行歌会”的患失语症的会员们,举办了五行歌作品展。“真想/亲吻/归来的/每一句/话语”。