1968年,即昭和43年,在日本发生3亿日元运输途中被抢的事件,这一年国内外所发生的重大的事件接连不断。在美国,牧师马丁·路德·金和总统候选人罗伯特・肯尼迪被暗杀;苏联·东欧军队入侵捷克;在法国,暴发了“5月革命”。
在越南,春节攻势使已陷入了泥潭的越南战争的走向发生了很大的转变。北越南军队与解放战线同时反攻,在西贡的美国大使馆曾一度被占领。
“春节攻势在我们的时代是最重大的事件之一,之所以这么说,倒不是因为它是以南越为舞台所发生的事件,而是因为它发生在一万多英里以外的美国人的心中。” 华盛顿邮报的记者奥巴多法在《春节攻势》(草思社)中这样写道,深信胜利已近在眼前的美国市民受到了极大的打击。
在古都顺化,解放战线一方占领了城市,与欲夺回城市的美军展开了大约持续一个月的浴血巷战。而进攻伊拉克费卢杰的美军海军陆战队的指挥官又将这个顺化搬出来鼓舞士气。“你们在创造历史的现场……(这次战斗)是又一个顺化。”
在《春节攻势》中引用了在战争中创作反战歌曲,被称为越南的鲍勃·迪拉(注:Bob Dylan美国诗人)的陈·孔·松(注:Trinh Cong Son1939-2001越南诗人)的诗。“在老弱的遗体傍/横躺着青年和儿童的尸体/而我妹子的尸体又在何方?”。末尾是“顺化 1968年”。
2004年的费卢杰,又会如何载入史册呢?
3億円事件が起きた1968年、昭和43年は、大きなできごとが国内外で相次いだ。米国ではキング牧師と大統領候補のロバート・ケネディが暗殺され、ソ連・東欧軍がチェコへ侵入、フランスでは「5月革命」があった。
泥沼化(どろぬまか)したベトナム戦争の行方を大きく変えたのが、旧正月(テト)のテト攻勢だった。北ベトナム軍と解放戦線が一斉蜂起し、サイゴンでは米大使館が一時占拠された。
「テト攻勢がわれわれの時代で最も大きな出来事の一つであったというのは、南ベトナムを舞台として起こった事柄によるものではなく、一万マイル以上も離れたところにいるアメリカ人の心の中に起こったことのためである」。勝利は間近と信じ込まされていた米市民が衝撃を受けたと、ワシントン・ポスト紙のオーバードーファー記者は『テト攻勢』(草思社)に書いた。
解放戦線側が町を占拠し、奪回を狙う米軍との間で約一月にわたる血みどろの市街戦が続いたのが古都フエである。そのフエを、イラクのファルージャを攻撃する米軍の海兵隊の現地指揮官が持ち出し、兵士を鼓舞した。「お前たちは歴史をつくる現場にいる……(今回の作戦は)もう一つのフエだ」
戦争中に反戦歌を作り、ベトナムのボブ・ディランと呼ばれたチン・コン・ソンの詩が『テト攻勢』に載っている。「老人と弱い者のむくろのかたわらに/若者と幼児のむくろが横たわる/どれが私の妹のむくろなのか?」。最後に「フエ 1968年」とある。
2004年のファルージャは、どう記されるのだろうか。