“要让看画的人感到某种逸乐的感动。我希望我的画能像给人以深深安逸的《扶手椅》(注:该画全称为《坐在扶手椅上的奥尔加肖像》,1917年,毕加索所作。芭蕾舞演员,俄国贵族后裔奥尔加·科克洛娃是毕加索的第一人妻子。)一样”。据说亨利·马蒂斯曾说过这样意思的话。东京·上野国立西洋美术馆的《马蒂斯展》(12月12日闭幕)的开幕,使我得以再次玩味这句久违了的话的含义。
我曾经造访过巴黎塞纳河畔有着马蒂斯画室的那个公寓。从窗口向河面望去,游船来往穿梭,对岸的巴黎圣母院清晰可见。当时的这房间的居住者曾说“尽管地铁工地很烦人,这里是最具巴黎风情的地方”。而100年前所描绘的这样构图的画,正在这次的画展中展出着。
走遍展厅。因其大胆火辣的人物肖像以及艳丽的色彩,到处让人感到生命的跃动和肉欲的气息。时间虽不长,让我也在扶手椅式的逸乐中沉湎了一回。
与马蒂斯同为20世纪美术代表人物的毕加索的《毕加索展》也正在进行。(东京都现代美术馆=江东区,12月12日闭幕)。一如既往,那是一场令人欲醉的奔放、激烈的形与色的盛典。主题是《人体与性爱》,男女间的激烈情事汹涌而来。
西洋画画家川岛理一郎在二战前曾分别问过他们俩怎么看待对方。毕加索说,“那家伙心高气傲,画得画好,极通情理”,而马蒂斯说毕加索“变化无常不知会干出什么事来,但是他是真正懂事的人”。(《旅人之眼》龙星阁)
如今马蒂斯辞世50年,毕加索也去世31年了。想象着他们彼此间的对话,品味到了两位巨匠的丰盛的果实。
041114≪天声人语≫
「絵を見る人には、ある種の逸楽(いつらく)的感動を覚えてほしい。私の絵は、深い安らぎを与える『肘掛(ひじか)け椅子(いす)』でありたい」。マチスは、こんな意味のことを言っていたそうだ。東京・上野の国立西洋美術館の「マティス展」(12月12日まで)で、久しぶりに、この言葉をかみしめた。
マチスのアトリエがあったパリ・セーヌ川べりのアパートを訪ねたことがある。窓から川の方を見ると、観光船が行き交い、対岸にはノートルダム寺院が見える。当時の住人は「最もパリらしい場所です。地下鉄工事がうるさいのが難点だが」と言っていた。この構図で100年前に描かれた絵が、今回展示されている。
会場を巡る。大胆で際立った人物像や鮮やかな色づかいに、生の躍動と官能の気配を感じる。しばらく、肘掛け椅子の逸楽にひたった。
マチスと共に20世紀美術を代表するピカソの「ピカソ展」も開かれている(東京都現代美術館=江東区 12月12日まで)。いつもながら、奔放で過激な形と色の祝祭に酔いそうである。テーマは「躰(からだ)とエロス」で、男女の激しいドラマが迫ってくる。
洋画家・川島理一郎は戦前、このふたりが互いにどう思っているのかを、別々に聞いた。「あの人はハイカラで美しい絵を描くなかなか話せる人だよ」とピカソが言い、「気まぐれで何をしでかすかわからぬ、然しあれは物の判る人だよ」とマチスは言った(『旅人の眼』龍星閣)。
マチスが没して50年、ピカソが逝って31年になる。両巨匠の豊かな果実を、ふたりの間の会話も想像しながら味わった。