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天声人语 2010/12/16 語感力
时间:2010-12-17 14:47:14  来源:  作者:abyssthinice reiuka2

用词与语感
2010年12月16日(木)付
 日本語の「わんわん」と「にゃあ」は、海を渡ると「バウワウ」「ミュウ」になる。母語にどっぷりつかっていると、犬や猫の鳴き声は画一的になりがちだ。実際には一匹として同じ声はないし、聞こえ方も人それぞれだろう。
    日语里的狗叫声“汪汪”和猫叫声“呐”,过了海就变成“bowwow”和“meow”了。浸淫在母语环境中,很容易以为狗啊猫啊的叫声就只有一种。而事实上同一只猫狗也有不同的叫声,不同的人听到的声音也是不一样的。
  谷川俊太郎さんに「おならうた」という愉快な詩がある。〈いもくって ぶ/くりくって ぼ/すかして へ/ごめんよ ば/おふろで ぽ/こっそり す/あわてて ぷ/ふたりで ぴょ〉。豊かな「音色」は、詩人が母語の常識から解き放たれ、心の耳で遊んだ産物だ。
    谷川俊太郎有一首叫≪放屁歌≫的让人忍俊不禁的小诗。“吃了红薯 卟/吃了栗子 卜/肚子饿了 嘿/不好意思 叭/在浴缸里 啵/偷偷摸摸地 咝/急急忙忙地 噗/两人一起 磅”。这丰富的音色,是诗人打破母语的常识的限制,用心灵之耳玩耍的产物。
  擬音語に限らず、何かを伝える前には言葉を選ぶ作業がある。とりわけプロポーズや面接のような勝負時、私たちは知る限りの言い回しから、思いと常識が折り合う言葉を絞り込む。
    不仅是拟音词,其实我们在传达什么东西之前都会有选择用词这一步。特别是求婚啊面试之类的关键时刻,我们会绞尽脑汁地从我们所知道的全部说法中选择既有创意又不超常识的用语。
  適切な表現にたどりつくには、意味と語感の二つの道があるという。意味には字引という案内人がいるが、語感には道しるべもなかった。近刊『日本語 語感の辞典』(岩波書店)の著者中村明さんが、先頃の読書面で出版を思い立った理由をそのように語っていた。
    要做到表达到位,据说意思和语感两方面都得要兼顾。意思的话可以有字典这样的引导人,可语感就完全没有引路人了。最近出版的≪日本语 语感的辞典≫(岩波书店)一书的作者中村明在前阵子的读书版上讲述出版这本书的缘由时这样说道。
  「言葉を選ぶ時に多くの表現が思い浮かぶのは、ものの見方が細やかということです。ものの見方を磨かないと、表現は増えません」。中村さんの指摘は、言葉を生業(なりわい)とする者すべてに重い。
    “在选择用词时脑子里浮现出很多不同的表达方式,这说明对事物的观察很细致。不磨练自己对事物的观察的话,表达方式是不会增加的。”中村先生的忠告,对每一个以卖文为生的人来说都是值得深思的。
  己の仕事は棚に上げて、政治家の「語勘」を問いたい。弁舌のプロらしからぬ「暴力装置」「仮免許」「甘受」。思いが口をついたにせよ、いくらでも言いようがあった。これしきの語感力では、誰のどのおならも〈ぶ〉でしかない。磨くべし。
    我想先把自己的工作放在一边,叩问一下政治家的“语感”。我们来看看“暴力装置”“临时驾照”“甘愿接受”这些完全与发言者身份不相符的用词。就算是心中的想法想要冲口而出,能选择的说法也是很多的。这等程度的语感能力,无论形容什么人的怎么样的屁都只有“卟”这一个词。还是请你们好好磨练磨练。

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