流人くんの女の子に対する顔の広さと、行動力には、以前にも驚かされた。知り合いがいなければ、速攻で口説いて友達になる。そういうことをあっけらかんとやってしまえる人間なのだ。本当にぼくより年下なのか?
「ありがとう。やっぱり流人くんは頼りになるね」
ぼくのリップサービスを、流人くんはさらりと受け流した。
「ただし、ひとつ条件があるんすけど」
まるで、麻貴先輩みたいなことを言い出す。
「なに? 宿題くらいなら手伝えるけど」
「いや、それはやってくれる女の子が一杯いますから。そういうんじゃなくて、心葉さん、イブの予定あります?」
思いがけない問いに、ぼくは面食らった。
「クリスマスイブ? ないけど」
「やった! じゃ、それ、キープさせてください」
「イブに男の子とディ×ニーランドへ行って、手をつないで電飾パレードを見るのは勘弁してほしい」
「はは、いっすね、それ。まぁ、とにかくイブは空けといてください。遠子姉より胸の立派な女の子に誘われても、きっちり断ってくださいよ」
「それって、十歳以上の全ての女の子ってこと?」
「おっと、キツイな心葉さん。てゆーか遠子姉すっげー気にしてて、毎朝〝胸がふくらむ体操 ? とかしてるんで、いじめないでやってください」
「胸がふくらむ体操って……どんな体操?」
「こう、両手を胸の前であわせて、右に左に、ゆら~ゆら~と。部屋をのぞくと、真剣な顔してやってますよ」
想像して、軽く目眩がした。ヨガだろうか?
「ま、白藤の件は、向こうと連絡とれしだいメール入れます。なんで、遠子姉のおやつも覚えててやってくださいね。マジ楽しみにしてますから。弟からのお願いです」
冗談ぽい口調で言い、携帯を切った流人くんから着信が入ったのは、五十分後――ちょうど遠子先輩のおやつの三題噺を書き終えた時だった。
『明日四時、白藤付属の正門のトコで、待っててください。とびきりの美人が迎えに行きますんで』
そんなわけで、翌日の放課後。ぼくと琴吹さんは、石造りの立派な門の前で、流人くんの知り合いが現れるのを、緊張気味に待っていた。
十二月に入ってから日が落ちるのがますます早くなり、校舎は赤黒い夕日に染まっている。鋭い北風が吹きつけ、琴吹さんが肩を震わせる。
「寒い?」
「へ、平気……だよっ」
昨日、ぼくの前でぼろぼろ泣いてしまったのが恥ずかしいのか、視線をあちこち移動させ、ぎこちなく答える。水戸さんからのメールは今日もなく、三日も途絶えたままだという。それも心配でたまらないのだろう。
すでに十分ほど、待ち合わせの時間を過ぎていた。お嬢様ぽいワンピースの制服の上にコートを羽織った女の子たちが、何人も目の前を通り過ぎてゆくけれど、それらしい人は現れない。流人くんのメールには、〝とびきりの美人 ? と書いてあったけど、名前くらい聞いておけばよかったと後悔したとき――。
「あなたが、井上くん?」
いきなり、背筋をくすぐるような色っぽい声でささやかれ、慌てて振り返る。
「正解みたいね。遅れてごめんなさい。流くんのトモダチの鏡粧子よ」
真っ赤な唇を吊り上げて微笑んだのは、細身のブラウスにパンツ、ロングコートという出で立ちの、大人の美女だった。