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『野村美月』文学少女 txt日文版 连载1
时间:2009-07-16 13:06:27  来源:  作者:

毬谷先生に、しばらく資料の整理をお休みすることを告げるため、音楽準備室へ行くと、先生はラブシーンの真っ最中だった。

 唇と唇をくっつけていた小柄な女生徒が、「きゃっ」と叫んで、飛びのく。

 そうして、「し、失礼しましたっ」と可愛らしい声で叫んで、顔を伏せて、ぱたぱたと部屋から飛び出していってしまった。

「……先生、今のは一体」

 決定的瞬間に出くわして茫然とするぼくに、毬谷先生はしらじらしく笑ってみせた。

「ははは……。部屋に入るときは、ノックをしたほうがいいと思いますよ、井上くん」

「しました。先生も、校内でああいうことするときは、周囲に気を配ったほうがいいと思います」

「いや、ごもっとも。次は気をつけます。積極的な子だったので、ついふらっと……」

 先生が、ハンカチで汗をぬぐう。

「あ、ななせくんは、今日は図書当番の日でしたっけ?」

「実は……当分先生のお手伝いは無理そうなんです」

 ぼくは、琴吹さんの親友が失踪してしまったことを手短に話した。

「……そうですか。大変でしたね」

 毬谷先生は、眉をひそめ同情に満ちた様子でつぶやいたあと、意外なことを言った。

「ななせくんの友人というのは、発表会でトゥーランドットを演じる、あの水戸夕歌くんだったんですね。白藤へ後輩指導に行ったとき、何度か会ったことがあります。荒削りだが光るものがあって、よい指導者がつけば伸びる子に見えました。一体どんなトゥーランドットを聴かせてくれるのか、楽しみにしていたんですよ。水戸くんがそんなことになっていたなんて、ちっとも知らなかった……残念です」

「水戸さんが個人レッスンを受けていた先生に、心当たりはありますか? 水戸さんは、音楽の天使と呼んでいたそうですけど」

 毬谷先生は急に硬い表情になり、両手を硬く組み合わせた。左手で重そうな時計が光っている。

「……音楽の天使」

「はい。ご存知ですか?」

 ゆっくり息を吐いて指をほどき、申し訳なさそうにぼくの目を見つめる。

「いいえ。私は水戸くんと、それほど親しかったわけではないので。けど、知人の音楽関係者に尋ねておきますよ」

「ありがとうございます」

 ぼくは頭を下げた。

「そうだ。白藤の鏡粧子先生が、毬谷先生は元気かって言ってました」

 先生は、たちまち顔をほころばせた。

「おお、彼女に会ったんですか。彼女美人でしょう。私の周りの男子学生は、みんな憧れてたんですよ。力のある強い声をしていて、カルメンとか、はまり役でした」

「そうですね。とっても綺麗な人ですね。粧子先生は、毬谷先生は希望の星だったって言ってましたよ」

「ははは、大袈裟です。私はそんな大したもんじゃありませんよ。ここで呑気に教師をしているほうが性に合ってます」

 光にあふれた軽やかな声で、あっさりと否定してみせる。

 潔いほどに清々しい笑顔に、胸がすく思いがした。

「落ち着いたら、またお手伝いさせてください」

「ええ、待ってますよ」

 約束をして、部屋を出た。

 このあと、図書室で琴吹さんと待ち合わせをしている。

 準備室のドアをしめ、廊下を歩いてゆくと、曲がり角からいきなり手が伸びてきて、肩をつかまれた。

「!」

 制服の布越しに、指が皮膚に食い込む感覚に総毛立った。

 振り向くと、ぼくとそう変わらない背丈の、眼鏡《めがね》をかけた、色の抜けた髪の男子生徒が、噛みつくような目で睨んでいた。

 この前、図書室で、ぼくに最低だと言った少年だ!

 周りの景色が急に暗くなり、まるでナイフを持った通り魔にでも出くわしたように、体がこわばる。

「おい、毬谷となにを話してたんだ」

「きみ……誰?」

「いいから答えろ。あいつになにを言った?」

 居丈高な口調にムッとし、ぼくは彼の手を振り払った。

「知らない人に、そんなこと答える必要ないよ」

 背中を向けてさっさと歩き出そうとしたとき、後ろで、刺すような冷たい声がした。

「いい気なもんだな[#「いい気なもんだな」に傍点]」

 階段で聞いた、風の唸りのような低い声と、あのとき感じた底冷えのするような暗い視線がよみがえり、皮膚がざわっと粟立つ。振り返ると、真っ黒な目が憎々しげにぼくを睨んでいた。

「毬谷なんかに懐いて……。偽善者同士、気が合うんだな」

「どういう……こと」

「あんたと毬谷のこと、言ってるんだよ。どっちもおキレイな世界の住人で、笑顔でキレイごと抜かして。自分は傷つかずに、他人を傷つけている」

 名前も知らない他人から、一方的に非難されているという不自然な状況に、混乱し、息が苦しくなる。じっとりとした視線が、ぼくの顔の上を蛇のように這い回る。

「あんたは、いつもそうだ。琴吹先輩のことも、鈍感なふりして、本当は自分に都合が悪いことはスルーしてるだけじゃないか? あんたみたいなやつは、気づかないんじゃなくて、知りたくないだけなんだ。自分が汚れるのが嫌だから、その気もないのに優しくして期待させて、そういうの偽善者っていうんだよ」

 どうして、ぼくがここまで憎まれなきゃならないんだ――。彼は、琴吹さんのことが好きなのか? ぼくと琴吹さんのことを誤解して、ぼくのことが気にくわないのか?

 そんな考えが頭に浮かんだけれど、それより彼の放った言葉の刃が、胸を切り裂いてゆく痛みに、ぼくはすっかり翻弄されていた。

 ぼくが偽善者? 気づかないだけじゃなくて、知りたくないだけ?

 その気もないのに優しくして、琴吹さんのことを振り回している?

 言葉が、真っ黒なカマイタチのように荒れ狂い、血飛沫をあげて肉を抉ってゆく。

 頭の後ろが火をあてたように熱くなり、喉に幾度も塊が込み上げる。けれど、それは混沌として言葉にはならず、ぼくは彼の悪意にどう立ち向かえばいいのか――怒るべきなのか、逃げ出すべきなのか、笑い飛ばすべきなのか、判断がつかなかった。

 鋭い目に射すくめられ、動けずにいるぼくの耳に、陰鬱な声が響いた。

「二度と、毬谷に近づくな」

 彼の姿が、ぼくの視界から消えたとき、ようやく体が動くようになり、汗がどっと吹き出してきた。

 今のはなんだったんだ。彼は誰なんだ!

 それに、毬谷先生に近づくなって、どういうことなんだ!

 音楽準備室に戻って、先生に問いただしたかった。けど、彼がまだ近くにいて、あの暗い目でぼくを睨んでいるようで怖くなった。

 迷ったあげく、ぼくは図書室へ向かった。

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