短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽(ぜんが)を組んだ。――趙州曰(ちょうしゅういわ)く無(む)と。無とは何だ。糞坊主めと歯噛(はが)みをした。
我将短刀插回鞘内,放在右肋之下,然后结跏趺坐。说什么“赵州(注:唐朝著名禅师)曰无”。“什么叫无?”我咬牙切齿地骂道:“你个鸟和尚。”
奥歯を強く咬み締めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
因后槽牙咬得太使劲,鼻孔里狂喷热气。太阳穴抽搐得生痛。双眼也睁得有平常的两倍大。
懸物が見える。行灯が見える。畳が見える。和尚の薬缶頭がありありと見える。鰐口(わにぐち)を開いて嘲笑(あざわら)った声まで聞える。怪しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香がした。何だ線香のくせに。
我看得见挂轴。看得见座灯。看得见榻榻米。和尚那颗光头更是如在眼前。甚至连他咧开阔嘴嘲笑的声音也清晰可闻。真是个混帐鸟和尚。说什么也得搬掉他那颗茶壶脑袋。好,我这就领悟。于是,我在嗓子眼里默念着“无、无”。我已念了“无”了,可线香还在散发着香味。搞什么鬼?你不就是根线香么!
自分はいきなり拳骨を固めて自分の頭をいやと云うほど擲った。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両腋から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の接目(つぎめ)が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思に身を巨巌の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。
我猛地攥紧拳头不停地敲打着自己的脑袋。后槽牙咬得吱吱响。两肋下直冒汗,后背僵硬。膝关节突然痛了起来。即使膝盖断了又怎么样呢?可是,很痛,很难受。“无”却怎么也出不来。一想到要它出来就疼痛难忍。恼怒、憋屈、十分的懊恼。泪如泉涌。我真想一咬牙一头撞到巨石上,摔他个粉身碎骨。
それでも我慢してじっと坐っていた。堪えがたいほど切ないものを胸に盛(い)れて忍んでいた。その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、毛穴(けあな)から外へ吹き出よう吹き出ようと焦(あせ)るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。
尽管如此,我还是强耐着性子坐着。将难以忍受的苦闷压在胸中,强忍着。然而,那苦闷从下往上将我全身的肌肉撑起来,像是急不可耐地要从汗毛孔里往外窜,而四面八方都被堵住了,根本就没有出口,情形严酷之极。
そのうちに頭が変になった。行灯も蕪村の画も、畳も、違棚も有って無いような、無くって有るように見えた。と云って無はちっとも現前(げんぜん)しない。ただ好加減に坐っていたようである。ところへ忽然隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた 。
不一会儿,我的脑袋就迷糊起来了。座灯、芜村的画、榻榻米、搁架,全都变的似有却无,似无却有的样子。可“无”却无半点踪影。好像仅仅是随随便便地坐着而已。恍惚间,隔壁房间的座钟忽然“当”地一声敲响了。
はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。
“啊!”,我大吃一惊。右手立刻搭在短刀上。这时,时钟又“当”地敲响了第二下。