舞姬 森鸥外 (日文版)
时间:2007-03-15 01:10:30 来源: 作者:
公使に約せし日も近づき、我命はせまりぬ。このまゝにて鄕にがへらぱ、學成らずして汚名を負ひたる身の浮ぷ瀬あらじ。さればとて留まらんには、學費を得べき手だてなし。
此時余を助けしは今我同行の一人なる相澤謙吉なり。彼は東京に在りて、既に天方伯の秘書官たりしが、余が免官の官報に出でしを見て、某新聞紙の編輯長に説きて、余を社の通信員となし、伯林に留まりて政治學藝の事などを報道せしむることとなしつ。
社の報酬はいふに足らぬほどなれど、棲家をもうつし、午餐に往く食店をもかへたらんには、微なる暮しは立つべし。兎角思案する程に、心の誠を顯はして、助の綱をわれに投げ掛けしは工リスなりき。がれはいかに母を説き動かしけん、余は彼等親子の家に寄寓することとなり、エリスと余とはいつよりとはなしに、有るか無きかの收入を合せて、憂きがなかにも樂しき月日を送りぬ。
朝のカツフエ呆つれば、彼は温習に往き、さらぬ日には家に留まりて、余はキヨオニヒ街の間口せまく奥行のみいと長き休息所に赴き、あらゆる新聞を讀み、鉛筆取り出でゝ彼此と材料を集む。この截り開きたる引窗より光を取れる室にて、定りたる業なき若人、多くもあらぬ金を人に借して己れは遊び暮す老人、取引所の業の隙を偸みて足を休むる商人などと臂を竝ペ、冷なる石卓の上にて、忙はしげに筆を走らせ、小をんなが持て來る一盞のカツフエの冷むるをも顧みず、明きたる新間の細長き板ぎれに挿みたるを、幾種となく掛け聯ねたるかたへの壁に、いく度となく往來する日本人を、知らぬ人は何とか見けん。又一時近くなるほどに、温習に往きたる日には返り路によぎりて、余と倶に店を立出づるこの常ならず輕き、掌上の舞をもなしえつべき少女を、怪み見送る人もありしなるぺし。